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7:受付

 レインは、キャメルドと挨拶をしてわかれた後、さっそく冒険者ギルドへとやってきた。


 「こ、こんにちは」


 恐る恐るギルドに入ったレインは、中の様子をうかがった。

 まず目に入ったのは酒場だった。


 レインは一瞬、入る建物を間違えたかと思った。

 だが、どうやらギルドに酒場が併設されているだけのようだ。

 酒場は食堂も兼ねているらしく、何人かの冒険者らしき男たちが食事をしている。


 レインが視線を巡らせると、次に、ギルドの受付らしき場所が目に入った。


 「あら、こんにちは」


 受付の女性が、入口の辺りに立ち尽くしているレインに気が付いて、声をかけてきた。


 「は、はい、こんにちは」


 レインは慌てて返事をして、その受付へと移動した。


 「あれ? 君はたしか王立学院の入学式にいた子よね?」


 レインは女性の言葉で、入学式のときの受付の女性だと気付いた。


 「あ、はい。あのときは、ありがとうございました」

 「いえいえ、私の名前はセシリア・ラインリバーよ。よろしくね?」

 「ぼくはレインです、よろしくおねがいします」


 お互いに名前を交換する。

 レインは改めてセシリアと名乗った女性を見た。

 茶色い髪で、優しい雰囲気の綺麗な人だ。

 20才……、いや10代後半くらいだろうか。

 老化防止系のスキルを持っているかもしれないから正確な年齢はわからない。

 でも、外見はそれくらいに見えた。

 にこにことした笑顔が魅力的だ。


 レインは幼心に、素敵な人だなぁ、と思った。


 「私がギルドにいて驚いたかしら?」

 「はい」


 素直に頷くレイン。

 まさかこんな場所で再開するとは思ってもみなかった。


 「ふふ、実は入学式の日は臨時で雇われていただけだから、いつもはここで働いているのよ」

 「そうだったんですね」


 レインは、なるほど、と納得した。

 セシリアの優しい雰囲気に、少しずつ緊張がほぐれていく。


 「ところで、今日はどういったご用かしら?」

 「あの、ぼく、冒険者になりたいんです」

 「理由を聞いてもいい?」

 「……お金がほしい、から、……です」


 お金がほしい。

 すごく切実で、大切な問題だ。

 しかし、レインは、浅ましい子供だと思われるのではないかと不安になった。

 だから、最後は消え入りそうな声だった。


 「そう、そうなのね。大丈夫よ、ちゃんと冒険者になれるからね。仕事だってちゃんと君に出来そうなものがあるし、心配しなくても大丈夫よ、お姉さんに任せてね!」


 セシリアはレインの事情を聴いて、俄然やる気を出した。

 お金が必要だという理由から、自分では想像もできない苦労をしているのだろうと察したのだ。


 「それじゃあ、登録するためにいくつか質問するからね?」

 「はい、よろしくおねがいします」


 セシリアはにこにことした笑顔で登録用紙を引っ張り出し、記入の準備を始めた。


 「君のお名前はレイン君だったわよね?」

 「はい」

 「今年で何才になりましたか?」

 「えぇと、7才です」


 レインは自分の年齢を思い出しつつそう答えた。


 「ふむふむ、いま住んでいるところはどこですか?」


 セシリアは質問しつつも、おそらく中央男子孤児院だろうと思っていた。

 レインが親に捨てられたことは、すでに知っている。

 中央区で孤児が預けられる場所といえば、中央男子孤児院以外は聞いたことが無い。

 女子ならば修道院なのだが、男子ならばそこだ。

 だから、一応、確認のつもりで聞いただけだった。


 だが、


 「あの、前に住んでた屋敷の前の……」


 レインはそこで言い淀んだ。

 ここから先を言っても良いのだろうか?

 掃除用具入れに住んでいる。

 そんなことを言って、軽蔑されないか?

 罵倒されないか?


 一度、不安が鎌首をもたげると、なかなかその先を言い出せなかった。


 「うん?」


 セシリアは笑顔のまま首を傾げた。

 屋敷の前?

 中央区にはよく行くが、貴族が住んでいる辺りのことはよく知らない。

 そんな所に孤児院なんてあっただろうか?


 レインはセシリアの不思議そうな顔を見て、早く言わなければ変に思われる、と焦った。


 「……そ、そうじ、ようぐいれに、すんでます」


 レインは意を決し、絞り出すようにそう言った。

 そして、言ってしまったことを後悔した。


 学院では掃除用具入れに住んでいるということから、『汚い』『臭い』『ゴミ』という悪口が広まり始めた。

 この優しいお姉さんも、自分が掃除用具入れに住んでいると知ったら、軽蔑するのだろうか。

 そう思うと怖くて仕方がなかった。


 口の中がからからに乾いて、嫌な汗が流れ出る。

 手が汗ばんで気持ち悪い。


 レインは怖くて、セシリアの顔を見ることができなかった。


 「……っ」


 セシリアは唖然と息を飲んでいた。


 掃除用具入れとは、そのままの意味の掃除用具入れだろうか?

 掃除用具を入れておくところ?

 そんなところに、こんな子供が?


 そこまで思考が移ったところで、普段は温厚なセシリアの心に怒りの色が灯った。

 そんな理不尽をこんな子供に課すなんて許せない。

 スキルが無いからなんだというのだ。

 『無能』がなんだ。


 セシリアはレインの親だった人に嫌悪感を抱いた。

 そして、その感情が表情に出た。


 その瞬間、ちらっと視線を上げたレインと目が合った。


 レインは、セシリアの嫌悪感に気付いた。

 その感情を自分に向けられているのだと思った。

 だから、逃げようと思った。


 「ごめんなさい」


 レインは一言謝って、逃げるために出口へと振り返った。

 しかし、


 「あっ、待って!」


 カウンターから乗り出したセシリアの腕が、すんでのところでレインのことを捕まえた。

 レインはそれを振り解こうとしたが、まったく逃げられる気がしない。

 思いの外、力が強い。

 無理だ逃げられない。


 「ご、ごめんなさい」


 逃走を諦めたレインは、力を抜いて、怯えた表情でセシリアに謝った。


 逃げようと思ったけど捕まったのだ。

 怒られる。

 父親だった人が自分にしたように、殴られる。

 蹴られる。

 罵倒される。

 こわい、こわい、こわい。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。


 「レイン君が謝ることなんかないわよ。お願い、謝らないで? 私の方こそごめんね? そっか、掃除用具入れか、うん、そっかぁ」


 怯えて謝るレインに、セシリアは優しい声で話しかけた。


 セシリアの内心は激しい後悔で塗りつぶされていた。

 家を追い出されたばかりの子供に、今住んでいる所を聞くなんて無神経すぎた。

 百歩譲って、住んでいる所を聞くことが仕方なかったとしても、その後の反応が最悪だった。

 レインがせっかく勇気を振り絞って言ってくれたのに、自分は無言で、しかも嫌悪感を顔に滲ませるなんて最低すぎる。

 自分の反応でレインがどれだけ傷ついたかなんて想像すらできない。


 「あの」


 レインは、セシリアの様子に困惑した。

 殴られないのだろうか。

 蹴られないのだろうか。

 なんで、この人はこんなに優しい声で話しかけてくるのだろうか。


 わからないことだらけだった。


 「あ、ごめんね。次の質問ね?」

 「……はい」


 セシリアはレインの困惑を知ってか知らずか、気を取り直して冒険者登録のつづきを再開した。

 誕生日は?

 血液型は?

 どこか身体に悪いところは?

 今の段階で使える魔術は?

 地図の見方はわかるか?

 そんな質問がいくつも続いた。



 「これでほぼ終わりね、あとは……」


 と、そこでセシリアは少し考えるそぶりを見せた。

 レインの冒険者登録名を『レイン』のままにするか、それとも、なにか適当な『名字』を名乗ってもらうかを考えたのだ。

 別に『レイン』のままでも問題は無いのだが、名字はあっても困らない。

 むしろ王都で暮らすなら、あったほうが便利だ。


 この国、ヴァーニング王国は中央集権型国家であるため、王都の人口が多い。

 そのせいで、名前だけだと不便な場面がある。

 だから、自由に名字を名乗ることを許されており、それを正式な名として使うことも認められている。

 多くの者は自分の職業や、出身地がわかるような名字を名乗っている。

 例えば、セシリアの名字であるラインリバーは、王都から北にある運河の名前と同じだ。

 セシリアはその運河沿いの街の出身なので、その名字を名乗っているのだ。


 セシリアは、後々のことを考えると、今ここでレインに新しい名字を名乗ってもらうほうが良いだろう判断した。

 ラザフォード家から除籍されたばかりのレインには酷な話題かもしれないが、こればっかりは仕方がない。

 そう考え、言葉を選びながら、レインに『名字』について伝えた。


 「みょーじ、ですか?」


 キョトンとした顔で聞き返すレイン。


 「ええ、そうよ」


 セシリアは、王都は人口が多いから、名前だけで登録すると不便かもしれないということなどを、レインに教えた。


 レインはセシリアの説明に、なるほど、と納得した。

 それと同時に、セシリアが自分に気を使って言葉を選んでくれていることがなんとなくわかり、嬉しさと気恥ずかしさが入り混じった不思議な気分になった。

 そして、このお姉さんはなんて優しい人なのだろう、と思った。

 まるで、絵本で見た聖女様のようだ、と。


 綺麗で優しい大人の女性であるセシリアの笑顔に、レインは安心感を覚えた。


 「レイン君は、何か名乗りたい名字はある?」


 だが、急に名乗りたい名字と言われても、何も思いつかない。

 しいて言うなら、前まで名乗っていたラザフォードだろうか。

 しかし、それがダメなことくらいはわかる。

 むぅ、としばらく考えたレインだが、結局、何も閃かなかった。


 セシリアも、そうなることは予想していた。

 自分も、似たようなものだった。

 なので、こう提案した。


 「じゃあ、お姉さんと同じラインリバーっていうのはどうかしら? レイン・ラインリバー、素敵でしょ?」


 セシリアはレインに説明した。

 ラインリバーという名字は北部出身者にはありふれた名前だ。

 だから、特段、悪目立ちをするということもないだろう。

 語感も、それほど悪くはない……、と思う、たぶん、と。


 レインは、自分がセシリアと同じ名字を名乗らせてもらっても良いのかなぁ、と少し迷った。

 だが、素直にその好意に甘えることにした。

 他に案もないし、何日考えたところで、自分にはセシリア以上の良案を出すことは無理だろうと思ったからだ。


 「セシリアさんさえよければ、そのみょーじでおねがいします」


 そう言って頭を下げる。


 「じゃあこれで決まりね。よろしくね? レイン・ラインリバー君」

 「はい、よろしくおねがいします。セシリア・ラインリバーさん」


 お互いに名前を呼び合うと、自然と笑みが零れた。

 こんなに穏やかな気持ちは久しぶりだ。


 すると、レインは、さっきセシリアから逃げようとしたことに対して罪悪感が湧いてきた。

 すぐに謝るべきだと思った。

 だが、


 「それじゃあ、登録に必要なことはこれで終わりだけど、レイン君は少し待っててくれるかな? もしかしたら、時間がかかっちゃうかもしれないけど、なるべく急ぐからね」


 そう言ってカウンターの奥へと入っていこうとするセシリア。


 「あ、あのっ!」


 それを、レインは慌てて呼び止めた。


 「うん? なぁに?」


 立ち止まり、振り返るセシリア。


 「さっきは、いきなり逃げようとして、すみませんでした」


 レインはそう言って頭を下げた。

 そして顔を上げたレインに、セシリアは「レイン君は悪くないから気にしないでいいのよ」といって優しく微笑みかけてくれた。


 それを見たレインは、自分の頬が熱くなるのを感じた。

◆あとがき


名字については、日本で言うところの

『平民苗字許可令』はあるけど、

『平民苗字必称義務令』はない。

みたいな感じです。


名乗っても名乗らなくてもいいのです。

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