60.4:中話3-2
◆セシリアの過去
昼間。
セシリアは自宅のソファーでうたた寝をしながら、子供のころの夢を見ていた。
セシリアは物心ついたころからカムディア教の修道院にいた。
両親のことはわからない。
修道院があったのは、王都から遠く離れた北にある街だ。
広い運河沿いに造られた大きな街である。
修道院は教会と同じく男子禁制だ。
なので周りには女性しかいなかった。
「もう、セシリアちゃん、イタズラばっかりすると、ほっぺをぷにぷにするわよ!」
「ごめんなさい、しすたー・グリア」
セシリアはよくイタズラをする子供だった。
その度に年長の修道女に怒られたものだ。
修道女の多くはスキルを持たない『無能』だった。
スキルがないことが判明した子供を、親が将来を心配して修道院に預けに来るのだ。
それが良いことか、悪いことかはわからない。
だがセシリアにとっては、友達ができるので良いことだった。
セシリアが7才のときに、1人の女の子が預けられてきた。
名前はセピア。
セシリアと同じ年の女の子だった。
セシリアとセピアはすぐに仲良くなった。
毎日一緒に遊んだり、修道院のお手伝いに励んだりした。
そして、ときどきイタズラをしては一緒に怒られる。
2人は親友だった。
修道院の部屋も同室だった。
夜になると、ベッドに入り、眠くなるまでお話をする。
「セシリアちゃん、今日もおこられちゃったね?」
「ちょっとしたイタズラで、カエルをブーツに入れておいただけなのにね」
そう言って、くすくすと笑い合う。
でも、消灯後に騒ぎすぎると、もう1人いる同室の修道女グリアに怒られる。
グリアはセシリアたちより20以上も年上の修道女だ。
怒ると怖い。
「2人とも、早く寝なさいね」
「「はーい、シスター」」
2人はずっと一緒だった。
料理当番のときも。
掃除当番のときも。
畑仕事のときも。
勉強のときも。
遊ぶときも。
ご飯のときも。
お風呂のときも。
寝るときも。
◇
11才になった、ある日。
「今だよ、セシリアちゃん!」
「うん!」
2人は一緒に修道院の敷地を抜け出し、街へと遊びに出た。
街へは何度か出たことがある。
だが2人だけで街へ出るのは初めてだった。
いつもは大人の修道女たちと一緒に、限られた区域を回るだけだ。
今まで自由に歩き回ったことはない。
街の人は、修道女の格好が珍しいのか、遠くからヒソヒソとなにかを言っていた。
でも2人ともそんなことは気にしなかった。
商店街を見て回ったり。
大きな運河の横を歩いたり。
公園で休憩をしたり。
冒険者ギルドを眺めたり。
「私も冒険者になってみたいなー」
「ええ、危ないよセピアちゃん」
「セシリアちゃんは心配性すぎるよ」
「えー、そうかなー?」
楽しい時間は、あっという間に過ぎていく。
すぐに空は夕暮れに包まれた。
「疲れちゃったね」
「そうだね、セピアちゃん。そろそろ帰ろっか」
「うん、楽しかったね」
「ねー」
2人は笑顔で、修道院に向かって歩き出した。
道はしっかりと覚えている
迷うことはない。
「ねえ、セシリアちゃん。帰ったら怒られちゃうかな?」
「えー、やだなー。またカエルでも捕まえて帰ろうか」
「いいね、怒られそうになったら、投げつけちゃおう」
そんな話をして笑い合う。
住宅街を通ったとき、3人組の男の子たちと出会った。
男の子たちは2人を馬鹿にしたように笑いながら、声をかけてきた。
「おい、お前らカムディア修道女だろ?」
「俺、知ってるぜ。お前らが『無能』だってな!」
「やーい、親に捨てられた、クズどもめ!」
セシリアとセピアは、突然の罵倒に驚いた。
セシリアは『無能』ではない。
ちゃんとスキルを持っている。
だから、むっとして男の子たちを睨んだ。
だがセピアは違った。
自身を『無能』だと知っている。
そのせいで親に捨てられたのだと知っている。
だから涙が出た。
ぼろぼろと涙が零れ出た。
家にいたころのことを思い出して泣いた。
自分が『無能』であることが悔しくて泣いた。
「『無能』が馬鹿みたいに泣いてるぜ!」
「だせー! 親に捨てられて当然だな!」
「いい気味だ! もっと泣けよ『無能』!」
男の子たちはそう言って石を投げつけてきた。
「セピアちゃん、行くよ!」
セシリアはセピアの手を引いて、走って逃げた。
幸い、男の子たちが追いかけてくることはなかった。
「ぐす、わ、わたし、うぅ」
セピアはずっと泣いていた。
セシリアは何を言って良いのかわからなかった。
やがて修道院にたどり着いた。
もう空は暗い。
「ただいまー」
セシリアが帰宅の挨拶をすると、グリアが怒った顔で出てきた。
「こらっ! 2人ともどこに行って――。っ!?」
だがグリアは、涙を流すセピアの様子に驚いて、声を止めた。
そして街でなにがあったのかを察した。
自身も『無能』として、この修道院に預けられたのだ。
同じような経験くらい、何度もある。
「さあ、おいで2人とも、ご飯が出来てるわ。みんなと一緒に食べましょう」
グリアは優しく声をかけた。
そしてセピアを抱き寄せ、頭を撫でる。
「ほら泣かないで、いいこいいこ」
「うぅ、シスター」
セピアはその日、たくさん泣いた。
嫌な思いを押し流すように、たくさん泣いた。
ベッドに入っても、涙は止まらなかった。
でも、グリアが一緒に眠ってくれた。
温かくて安心できて、いつの間にか涙は止まっていた。
翌日、セピアはいつものような笑顔に戻っていた。
でも、街に出るのを怖がるようになった。
セシリアは当然だと思った。
そして、なぜ普段から勝手に外に出ないように言われているのか理解した。
セシリアも街に出ることが嫌いになった。
でも、わざわざ街へ出なくても、2人の暮らしは満たされていた。
修道院の手伝いをしたり、勉強したり、敷地の中で遊んだり。
今まで通りの楽しい生活だ。
◇
数ヵ月経った。
明日はグリアの誕生日だ。
だが2人にはプレゼントを買うお金なんてない。
なので、敷地の中で贈れるものを探した。
「見て、セシリアちゃん、可愛いお花」
「本当だ、シスター・グリア、喜んでくれるかな」
2人は見つけた花を小さな植木鉢に移した。
白色の小さな花だ。
名前なんてわからないが、とっても可愛い。
きっと喜んでくれる。
誕生日の当日。
2人は花をグリアに贈った。
「「シスター、いつもありがとー」」
「まあ、2人ともありがとう。とっても嬉しいわ」
グリアはとても喜んでくれた。
そのことが、2人は嬉しかった。
それからも幸せな生活が続いた。
2人でイタズラをして、ときどきグリアに怒られて。
セシリアは、こんな生活がずっと続けばいいと思った。
そんな満ち足りた月日が流れた。
◇
セシリアは20才になった。
セシリアの外見の変化は、いつの間にか止まっていた。
でもセシリアの生活は変わらず、幸福に満ちていた。
確かに生活は貧しい。
だがセピアがいて、グリアがいる。
他にも仲のいい、家族のような修道女たちがいる。
それだけで満たされていた。
最近セシリアの仕事に、幼い修道女への先生役が追加された。
「それじゃあ、ここまでで、わからないところはあるかしら?」
修道院の一室に小さな女の子を集めて勉強を行う。
「シスター・セシリアここおしえてー」
「わたしもー」
「おしえてー」
女の子たちは綺麗で優しいセシリアが大好きだ。
わかってもわからなくても、とりあえずセシリアに群がる。
セシリアもみんなが好きなので、頑張って教える。
勉強中のセシリアはずっと立ちっぱなしで、ほとんど喋りっぱなしだ。
だから終わった後はへとへとである。
セピアはその間、聖歌隊の活動をしている。
普段は修道院で、他の修道女たちと歌の練習。
そして週に1回、街の教会で聖歌を歌うのだ。
セピアはまだ、街に出ることに恐怖感がある。
だが他の修道女たちと一緒なら平気だ。
セシリアも聖歌隊に入りたかったのだが、歌が下手過ぎて入れてもらえなかった。
今では笑い話だが、当時は泣いてしまうほど辛い出来事だった。
仲間外れにされたみたいで、すごく悲しかったのだ。
「お疲れさま、セシリアちゃん」
「うん、セピアちゃんもお疲れさまー」
夜、食堂の前で声をかけあう、セシリアとセピア。
雑談をしながら食堂へと入る。
まだ誰も来ていないようだ。
しかしすでに少し料理が並んでいる。
「ねえセシリアちゃん、一口だけならいいかな?」
「うん、いいと思うわ」
そう言って、イタズラっぽく笑う2人。
つまみ食いをしようと、こっそり皿に手を伸ばす。
2人とも大人になってもイタズラすることが大好きなのだ。
そこに料理の皿を持ったグリアがやってきた。
「あ、こらっ、2人とも、まだ食べちゃダメでしょ!?」
グリアは近頃、少し白髪が目立ってきた。
でもそんなことを言えば、余計に怒られる。
なので2人はそんなことは言わない。
素直に謝る。
「「ごめんなさーい!」」
そして言うや否や、食堂から逃げ出す。
「あ、待ちなさい!」
2人とも逃げ足には自信がある。
伊達に何年もイタズラっ子をしていない。
とはいえ結局、夕食を食べるために戻ってきたところでグリアに捕まった。
「お仕置きに、ほっぺぷにぷにの刑よ!」
そう言って怒るグリア。
2人は、みんなの前でほっぺをぷにぷにされたのだった。
夕食後。
セシリアとセピアは自室に戻った。
15才のころから、2人部屋に移っているのでグリアとは別室だ。
グリアは他の小さな子たちと同室らしい。
就寝の準備をした2人は、ベッドに入り、いつものように会話を楽しむ。
「セシリアちゃんはどんな男の子が好きなの?」
「え? うーん、考えたことないからわからないけど。なんで?」
年頃の女の子らしい会話だが、セシリアにはピンとこなかった。
というか修道女全員にピンとこない質問だ。
「じ、実はね、前に聖歌を歌いに行った教会のシスターに、みんなには内緒でこんな本をもらったの! もう読み終わったんだけど、とっても面白かったわ!」
「どんな本なの? というか、内緒でもらったのなら言っちゃダメでしょ?」
「うっ……、セ、セシリアちゃんは特別だからいいの! それで、本の内容なんだけど、なんと、恋愛小説なのよ! きゃー!」
セピアは、シーツにくるまって、きゃーきゃー暴れている。
それをジトっとした目で見るセシリア。
「セピアちゃん。昔、男の子たちにあんなに酷いこと言われたのに、まだ恋愛なんかに興味があるの?」
そうでなくても、ただでさえ修道院では『男女がみだりに触れ合ったりしてはいけない』と口を酸っぱくして言われているのだ。
なぜ恋愛に興味があるのか理解できない。
「現実の男の子なんかに興味はないけど、小説の男の子は別よ。礼儀正しくて、優しくて、真面目で、とっても努力家で。ね? 素敵でしょ?」
「素敵かどうかはわからないけど、あくまで小説でしょ? そんな男の子、現実にいるものなの?」
セシリアは、いるわけがないだろうと内心で思っている。
「小説にいればそれでいいの! 現実なんかに……、興味はないわ」
悲し気なセピアの言葉。
セシリアは納得した。
別に男の子に限った話ではない。
残酷な現実より、優しい空想の世界の方が何倍も良い。
セピアは『無能』と呼ばれ、辛い思いをしている。
だから、特にそう思うはずだ。
そんなふうに思った。
「そっか、そうかもしれないわね」
「私ね、ときどき、こんなことを考えるの。毎日、真面目に生きていたら、いつか神様が、素敵な男の子を私のもとに使わせてくださるって。黒い髪に、黒い瞳、それでね――」
セピアは空想の話を続けた。
小説の登場人物をもとにした憧れの男の子。
その子が、この閉じた世界から連れ出してくれる。
そんな夢物語。
セシリアはゆっくりと微睡みながら、親友の話に耳を傾けていた。
◇
また何年もの月日が流れた。
相変わらず、セシリアの姿は変わらないままだ。
だが、みんなは少しずつ変わってきた。
セピアは白髪が目立ち始めてきた。
グリアは腰が痛いらしく、最近では立つのも辛そうだ。
セシリアが勉強を教えていた子供たちも、セシリアより年上に見える。
みんな変わった。
ある日、セシリアがイタズラっぽい顔でセピアに話しかけた。
「ねえ、ちょっとだけつまみ食いしてもいいかしら?」
「セシリアちゃん、イタズラしちゃダメでしょう? 子供たちが真似をするわ」
「はーい、ごめんなさい、セピアちゃん」
セシリアはつまらなそうにしょげた。
昔は一緒にイタズラしていたのに、いつからか変わってしまった。
寂しい。
2人がそんな話をしていると、1人の修道女が大慌てで駆けこんできた。
「シスター・セピア! シスター・セシリア! 大変です、シスター・グリアが!」
グリアが死んだ。
それはセシリアにとって衝撃だった。
唐突な別れ。
まだ生きていてくれると思っていた。
母親代わりだった女性の死。
厳しいけど優しかった。
大好きなグリアの死。
眠るグリアの手には、小さな押し花が握られていた。
いつかした、誕生日の贈り物。
白色の小さな可愛い花。
セシリアは泣いた。
大声を出して、激しく泣いた。
セピアも泣いた
でも、少しだけだった。
とても悲しいのに、セシリアのようには泣けなかった。
子供のころ、『無能』を馬鹿にされた日は、あんなに泣くことができたのに。
あのときよりも、よっぽど辛く悲しいのに。
今は、あのときのように涙が流れない。
セピアはこのとき初めて、自分とセシリアとの違いを実感した。
見た目が若いだけだと思っていた。
でも違う。
心も昔から変わっていない。
まったく老いていない。
いつも一緒にいたから、変わらないことに気付かなかった。
親友のこれからを思うと、心配で堪らない。
1人だけずっと変わらないことに耐えられるのだろうか。
だがセピアにはどうすることもできなかった。
セシリアの鳴き声が響く。
◇
また数年経った。
場所は院長室。
院長になったセピアに、セシリアが呼ばれたのだ。
「セピアちゃん、なにかようかしら?」
「シスター・セシリア、他の子たちに示しがつかないから、私のことは『院長』って呼んでね?」
「はーい、セピア院長」
口を尖らせて、ちょっと拗ねたようにするセシリア。
その様子に、セピアは苦笑した。
セピアとしても、あまりうるさく言いたいわけではない。
でも、小さなルールを守ることは、みんなで生活するには必要なことだ。
そう自分に言い聞かせて、その思考を打ち切り、セシリアに要件を告げる。
「実は、シスター・セシリアに教会のお手伝いに行ってもらいたいの」
「教会? どうして?」
教会と修道院は、同じカムディア教同士の繋がりがある。
だが基本的には違う施設だ。
教会は外から来た人向けの施設。
修道院は自分たちで生活するための施設だ。
一応、普段からお互いに協力し合っているので、手伝いに出向くことに不思議はない。
「炊き出しの手伝いが欲しいらしいわ」
「炊き出しなんてするの?」
ずいぶんと急だ。
「聞いた話では、ノスウェ王国が大規模転移魔術の実験に失敗したらしいわ。それで、ノスウェからの避難民が、この街にも大勢来ているらしいのよ」
「そうなの、たいへんそうね? 事情はわかったけど、いつから行けばいいの?」
「今日のお昼前からお願い。他の子たちも一緒に連れていってね」
「わかったわ」
教会の手伝いに来たセシリアは大活躍だった。
なにせ、ほとんどの修道女がまともなスキルを持っていないのだ。
さらには女性ばかりで男手もない。
ちゃんとスキルを持っているセシリアが活躍するのは当然である。
「シスター・セシリア、これもお願いします」
「はーい、まかせて」
返事をしながら、大きな鍋を運ぶセシリア。
セシリアは優しそうな見た目だが、意外と機敏で、実はそれなりに力も強い。
炊き出しは数日渡って行われた。
その間、毎日、セシリアは手伝いに出向いた。
基本的には裏方の手伝いしかしていないが、その存在は一番目立っていた。
だが目立っていたのは忙しく動き回っていたことだけが理由ではない。
その美しい容姿が最大の理由だ。
遠目にセシリアの姿を見た者たちは、男女を問わず息を飲んだ。
いつしか「教会には聖女様がいる」という噂が流れるようになった。
院長室で話すセシリアとセピア。
「ふふ、シスター・セシリア、聖女様の噂を聞いたわよ?」
「え? 聖女様?」
「『教会には聖女様がいる』って、街では評判みたいね」
「へぇ、あの協会に聖女様なんていたのね。気付かなかったわ」
愉快そうに話すセピア。
一方のセシリアは、自分がその聖女様だと気付いていない。
セシリアは炊き出しが終わってからも教会の手伝いに呼ばれた。
セシリアが少し礼拝堂に顔を出すだけで、教会に足を運ぶ人が増えた。
この頃から、街に根差していた、『無能』の修道女を蔑む風潮はかなり弱まった。
◇
何十年経っただろうか。
セピアは何年も前に院長を引退した。
そして、いつからか寝たきりになった。
今ではセシリアが付き添って介護をしている。
「ごほっ、ごめんね、セシリアちゃん」
「いいのよ、セピアちゃん気にしないで」
セシリアは優しく微笑みかけた。
親友を大切にするのは当然のことだ。
だから介護も苦にはならない。
気にする必要なんかない。
そう思った。
だがセピアの気持ちは、申し訳なさで一杯だった。
大切な親友を残し、老いて、死んでいくことが、申し訳なくて仕方がなかった。
寂しがりやのセシリアを1人で残してしまうことが、心配で、不安で、仕方がない。
「私が『無能』じゃなければ、ごほごほっ」
「どうしたの、セピアちゃん?」
「私さえ『無能』じゃなければ、私がセシリアちゃんと同じスキルを持ってさえいれば、ごほっ、ずっと一緒にいられたのに……。ごめんね?」
「セピアちゃん、そんなこと……」
セシリアがセピアの手を握った。
手から伝わるお互いの温もり。
セピアは昔のことを思い出していた。
子供のころ、セシリアと2人で駆けまわった日々のことだ。
料理や畑のお手伝いをしたこと。
勉強したり、遊んだりしたこと。
ご飯を食べ、お風呂に入り、一緒に眠ったこと。
カエルを捕まえてイタズラしたこと。
グリアに怒られたこと。
思い出すのは、幸せな思いでばかり。
セピアの目から涙が零れた。
年老いて、涙もろくなったのだろうか。
最後にまた、こうやって泣くことができた。
親友のことを想って、泣くことができた。
きっとセシリアも、自分が死んだら、たくさん泣いてくれるのだろう。
そう思うと、申し訳ないが、嬉しさを感じる。
「ねえ、セシリアちゃん」
「なぁに、セピアちゃん?」
「私ね、ときどき、こんなことを考えるの。ごほっ、毎日、真面目に生きているセシリアちゃんのためにね、きっと、いつか神様が、出会わせてくれるって」
「だれと?」
セシリアは首をかしげた。
「ずぅっと、セシリアちゃんと一緒にいてくれる、一緒にいることができる。そんな優しい、良い子よ」
空想の話。
現実じゃない。
でもセピアはそう信じている。
「セピアちゃん……」
セシリアは悟った。
セピアとはもうすぐお別れだということを。
もう一緒にはいられないということを。
ずっと一緒だったのに。
悲しくて、涙が出た。
「ねえ、笑顔を見せて? 私、セシリアちゃんの笑顔、大好きよ?」
「ぐす、う、うん。うんっ!」
昔のように笑い合う2人。
お互いに大好きな笑顔。
このまま時が止まってほしい。
そう思った。
セピアが死んだのは、それから間もなくだった。
セシリアは泣いた。
親友との別れに、大声を上げて泣いた。
もう一緒に遊べない。
一緒にお話しもできない。
イタズラもできない。
悲しくて仕方がない。
でも最後のときには、眠るセピアに笑顔を見せた。
それが一番、セピアが喜んでくれることだと思ったから。
◇
また、何年も経った。
「セシリアさまー、あそぼー」
「セシリアさまー」
「いっしょにあそんでー」
修道院の小さな女の子たちは、いつも優しくて綺麗なセシリアが大好きだ。
セシリアもみんなのことが好きだ。
「いいわよー、なにをして遊びましょうか?」
今日も笑顔でみんなと接する。
女の子たちは何をして遊ぶか考えた。
そこに1人の子がカエルを掴んで駆けてきた。
「わたし、カエルつかまえてきたー!」
「じゃあ、それで皆をおどろかしちゃおうよ!」
「わあ、おもしろそう!」
楽しそうな女の子たち。
セシリアはなんだか懐かしい気持ちになった。
面白そうだし、自分もイタズラに加担したい。
だがしかし、それは年長者としてよろしくないだろう。
「こらー、ダメよ? イタズラすると、ほっぺぷにぷにの刑よ?」
頑張って、みんなのお姉ちゃん役を務める。
ぷんぷんと怒った顔を作り、女の子たちを叱る。
「「「ごめんなさーい」」」
女の子たちはすぐに謝った。
その後、みんなで追いかけっこをして遊んだ。
セシリアは大人気なく全力だ。
意外と走るのが早い。
女の子たちはそんなセシリアが大好きだ。
楽しい時間。
みんなで笑い合った。
そんな日々が続く。
月日が流れた。
女の子たちの方が、セシリアよりお姉さんになった。
また月日が流れた。
みんな年老いた。
さらに月日が流れた。
みんな死んだ。
順番に死んだ。
安らかな老衰。
幸せな最後。
悲しむことなんてないはず。
なのに悲しい。
それでも、セシリアは笑顔でみんなと接する。
今年も新しい子が来た。
やがて大人になった。
ゆっくりと年老いた。
そして死んだ。
みんな変わっていく。
変わらないのはセシリア1人。
1人だけ違うことで、心が疲弊する。
せめて1人だけでも自分と同じような人がいれば。
そんなことを何度も思った。
だがそれは叶わぬ願い。
ある日、修道院が閉鎖されることになった。
建物の老朽化が原因だ。
セシリア以外の修道女たちは各地の修道院や教会へと引き取られることになった。
順にばらばらの場所に移っていく修道女たち。
だが、みんな想うことは同じ。
願わくは、大好きな聖女様に幸多き未来があらんことを――。
◇
ある日の王都。
セシリアは小さな女の子と一緒にいた。
赤髪が特徴的な可愛らしい女の子だ。
「おねーちゃん、ここがあたちたちのおうち?」
「そうよ、オーファちゃん」
王都に住み始めたセシリアは最初、冒険者になろうとした。
だが受付嬢の強い勧めで、受付として働くことになった。
勧められた当初は、自分には受付なんて無理だと思い、断ろうとした。
なにせ修道院を出てからも、男性に近付くどころか、会話すらしてなかったのだ。
受付なんてできるはずがない。
そう考えたのである。
しかし受付嬢に、「カウンター越しに事務的な会話を少しするだけ」と聞いて、やってみることにした。
横から仕事を見学していると、確かにその通りだった。
手が触れることもないようなので、これなら大丈夫そうだと安心した。
職員として登録する際、名前を聞かれた。
そのとき名字を名乗ることになった。
ラインリバーという名字だ。
故郷にある運河からとった。
北の出身者にはよくある名字だと教えてもらった結果だ。
いよいよ王都での生活が始まった。
初めてする受付の仕事。
修道院とは違う、王都での生活。
戸惑うことは何度もあった。
でも先輩受付嬢たちの助けで、すぐに慣れることができた。
「おねえちゃん、おかえりー」
「ただいま、オーファちゃん。良い子にしてた?」
「うん!」
オーファは素直な良い子だ。
2人での暮らしは楽しい。
少しだけ月日が経った、ある日。
セシリアは先輩受付嬢から仕事を頼まれた。
「セシリアちゃん、王立学院から入学式の受付の手伝いをお願いされているんだけど、行ってもらえるかしら?」
特に断る理由もない。
セシリアは引き受けることにした。
入学式当日。
黒髪黒目の大人しそうな子が、1人きりでやってきた。
「あ、あの、おはようございます」
◇
「セシリアさん」
呼ばれて、セシリアは目を覚ました。
「ご、ごめんなさいシスター・グリア! あのカエルはセピアちゃんがっ!」
盛大に寝ぼけている。
「え、カエル!?」
という、驚いた声が聞こえた。
「ほえ?」
セシリアが声の方を見ると、レインがいた。
今年で16才になった男の子だ。
礼儀正しくて、優しくて、真面目で、とっても努力家。
『スキル共有』という希有なスキルを持っている。
だから、キスさえすれば、ずっと一緒にいることができる。
そんな男の子だ。
そこにオーファもやってきた。
「お姉ちゃん、早く行こうよ、あたしお腹空いたー」
しびれを切らせたようなオーファに、レインが問いかける。
「オーファ、もうどのお店に行くか決めたの?」
「もちろん! 今日はザーサイ尽くしよ!」
セシリアはオーファとレインの会話を聞いている内に、目が覚めてきた。
今日は3人で外食をする約束だった。
こんなところでお昼寝をしている場合ではない。
3人で一緒にお出かけ。
一緒なのは今日だけじゃない。
明日も明後日も、その先も。
これからずっと、ずぅっと3人で一緒だ。
セシリアはそのことが嬉しくて、子供のころのように笑ったのだった。
◆あとがき
Q:で、セシリアさんは何才なの?
A:ふひゅぅぅ♪~(´ε`;)




