60.2:小話3-1
◆あまり反省してないセシリア
セシリアはギルドの受付に座りながら、ぼんやりと考え事をしていた。
考えていることは今後のレインとの距離感について。
脳内で、『アリ』か『ナシ』かをジャッジしていく。
まず裸で抱き合うのは『ナシ』だろう。
レインと触れ合うのはとても気持ちがよかったので、本当は毎日でも抱き合いたい。
だが焦るのはよくない。
ハートのお弁当を作るのは『アリ』だろう。
あのお弁当で、レインに女がいることをアピールできる。
学院でレインに悪い虫がつくのを予防するのだ。
家での食事のとき、横に座るのも『アリ』だ。
だってその方が楽しいし食事が美味しくなる。
オーファも一緒なら、それが一番だ。
腕に抱き着くのも『アリ』だ。
もう大人なんだから、そういうふうに手を繋ぐのは自然なことだ。
だから問題はないはずだ。
レインを騙して、犯そうとするのは『ナシ』だ。
無理やりしなくても、いつかレインからしてくれる。
だってレインに『大好き』って言ってもらえたのだから、自分は待っていればいい。
お互いに大好きなのだから、キスは『アリ』だろう。
というか、『アリ』じゃないと困る。
そうじゃないと『スキル共有』できない。
けど真面目なレインは、簡単にはキスしてくれないだろう。
きっと照れているのだ。
なんて可愛らしい。
やはり、ここは自分がリードしてあげるべきだろうか。
そんな感じでセシリアの脳内ジャッジが行われていった。
だが恋愛経験が皆無のせいで、その思考は基本的に暴走気味である。
ぶっちゃけ反省の色が見られない。
そのとき訓練所の方からレインが戻ってきた。
ナカルドたち若手の冒険者も一緒だ。
少しだけ会話の内容が聞こえてくる。
「――から、僕とセシリアさんは恋人じゃないよ」
「だべ?」
恋人じゃない。
その言葉にセシリアはしょんぼりした。
そして考えた。
確かにまだ恋人ではない。
だがそれも時間の問題のはずだ。
だって大好きな男女がそうなるのは当然なのだ。
レインに悪い虫がつかないように、そのことを周知しておくべきだろう。
そう考えたセシリアはレインたちの方へと突撃した。
◇
「レインくーん!」
「あ、セシリアさんお疲れさまです」
「うん、レイン君もお疲れさま。それでね、ちょっとお話があるんだけど、いい?」
「もちろんです、なんですか?」
「あのね、この前ベッドの上で、私たちが裸で抱き合っていたときのことなんだけど――」
「わああああっ!?? セ、セシリアさん、こんな所でなにをっ!!?」
レインは吃驚仰天してセシリアを止めた。
そして一緒にいたナカルドたちに視線を向けた。
「だべええええ!? レ、レインとセシリアさんが、は、裸でっ!?」
「ぐぬあああっ!! なんて羨ましいことをしてんだべえええっ!!」
「きっと毎日そんなふしだらなことをしてるだべよおおお!!!」
ダメだ、聞かれていた。
しかも、なんだかダメな感じに誤解されている。
レインは焦った。
とにかく誤解を解かなければならない。
だが自分の口からではなにを言っても逆効果だろう。
きっと言い訳にしか聞こえない。
どうしようと困り果てたとき、どこからともなくオーファが現れた。
レインはオーファに誤解を解いてもらおうと思い、視線を向けた。
オーファと目が合った。
今日も可愛い。
オーファは頬を染め、軽く頷いた。
「う、うん、今度はあたしも脱ぐわね?」
違う、そうじゃないだ!
このままでは誤解が深まってしまう。
お願いみんな、誤解しないで!
レインは願うような気持ちで、ナカルドたちに視線を向けた。
「ぬああああ、酒池肉林だべえええ!!?」
「1人でこんな極上美人姉妹を裸にして、ぐぬううっ!!!」
「そんな天国、想像することもできねえだ! くそおおおだべえっ!!!」
ダメだ誤解が深まっている。
しかもなんだか怒っている。
困ったレインは混乱の根源であるセシリアに視線を向けた。
にこにことした優しい笑顔だ。
癒される。
「レイン君、そういえば『お口ぺろぺろの刑』がまだだったわよね? いつにする? いまから?」
ダメだ、また変なことを言い出した!
いったいどうすれば!
レインは、縋る思いで、オーファに視線を向けた。
その視線を受けたオーファは、ぽっと頬を染めて頷くと、セシリアに声をかけた。
「お、お姉ちゃん、その刑、あたしがするわ! あたしがレイとぺろぺろするわ!」
「オーファちゃんはダーメ。まずは私からぺろぺろしないと意味ないの」
「そ、そんなのずるい! お姉ちゃんだけずるい!」
え、なにこれ、どういうことなの、全然わからない。
レインは誰かに説明してほしくて、ナカルドたちに視線を向けた。
「ぺぺぺ、ぺろぺろ!?? お口ぺろぺろだべか!??」
「そそそ、そったらエッチなことしたら、子供ができちまうべ!!?」
「レレレ、レインたちは子作りをするほどの仲だったべ!??」
ダ、ダメだ。
思った以上にダメだ。
というか発想がピュアすぎる。
キスしたら子供ができるって……。
なんだかもう放っておいても良い気がしてきた。
レインは天井を見上げ、明日の予定について考え始めたのだった。
◆悪い虫
ある日、セシリアが受付に座って書類仕事をしていた。
するとギルドの入り口から話し声が聞こえてきた。
「お兄様、ここがギルドですか?」
「そうです、アイシア様」
レインの声と、聞きなれない少女の声。
セシリアが入り口の方を見ると、レインが女子に囲まれているのが見えた。
王立学院の子たちだろう。
中等部くらいに見える。
可愛らしい子たちだ。
貴族令嬢という雰囲気である。
そのとき、食堂の方から頭の悪そうな声が聞こえてきた。
「だべええ!? レインがものすごく可愛い女の子たちに囲まれてるべ!?」
「ア、アイシア様って聞こえたべ! ってことは、あの可愛い子はお姫様だべ!?」
「オ、オラたち普通に座っていてもええだか!? 頭が高くねーか!??」
騒然とする若手の冒険者たち。
アイシアがその声の方を見た。
「お兄様、あちらが食堂ですか」
「そうです、行ってみますか?」
「はい、是非」
レインとアイシアたちは食堂に近付いた。
アイシアたちは物珍しそうにギルドの中を見渡している。
おそらく見学にでも来たのだろう。
レインが食堂にいたナカルドに声をかけた。
「ナカルド、お疲れさま。空いてる席を使わせてもらってもいい?」
「ももも、もちろん、ええだ!」
「ありがとう。さあ、アイシア様こちらへどうぞ」
「ありがとうございます、お兄様」
レインは空いているテーブルにアイシアたちを案内した。
レインは接待のために立っていようと思っていたが、アイシアたちにどうしてもと言われ、仕方なく自分も席に着いた。
その途端、あっという間にアイシアたちがレインに群がる。
アイシアがひざの上に跨り、カルアたちは背中や腕に抱き着いている。
その光景に、セシリアはイライラした。
レインに悪い虫がついている。
というか群がられている。
大切に育てた大事なレインに、悪い虫が大量に群がっている。
イライラしないわけがない。
そのとき、また、頭の悪そうな声が聞こえた。
「レインは小さな女の子が好みだべ? 大人しい顔してやんちゃだべ!!」
「あんなに大量の美少女を独り占め!? 羨ましいべえええっ!」
「ま、まさか、レインはあんなに可愛らしいお姫様とまで子供を作る気だべかっ!?」
セシリアは思った。
そんなわけない、と。
だってレインが『大好き』なのは、あんな小娘たちではない。
自分こそが、レインの大好きな女なのだ。
たぶん次くらいにオーファ。
それからイヴセンティアだろうか。
つまり、レインはあんな小娘ではなく、大人の女が好きなのだ。
年上のお姉さんが好きなのだ。
だからレインがアイシアと子供を作るはずがない。
セシリアがそんなふうに考えていると、アイシアの声が聞こえた。
「お兄様、わたしと子供を作ってくださるのですか?」
バキッ――。
と、セシリアのペンが折れた。
「ア、アイシア様、あまりそのようなご冗談は……」
レインは困ったように言った後、続けてナカルドたちに言葉をかけた。
「みんな、ちょっと後で話し合おうね?」
レインの声はいつもより少しだけ低い。
目が笑っていない。
「ひぃ、いつも温厚なレインが怒ってるだ!」
「失言が過ぎたべ、謝るべ!」
「ごめんだべ、レイン!」
「「「ごめんだべっ!!!」」」
セシリアは折れたペンを片付けながら思った。
ほら、レインは困った顔をしている。
思った通り、迷惑しているんだ。
あんな小娘に媚びられても、レインの心は動かないのだ。
やっぱり子作りとかそういうことは大好きな男女でしないといけない。
つまり自分とレインだ。
ふふふ。
だから早くレインを小娘たちから解放してあげないと――。
セシリアがそんなことを考えていると、ギルドの入り口からオーファが入ってきた。
手には依頼終了の証明書が持たれている。
「お姉ちゃーん、依頼終わったー。お金ちょーだい」
「オーファちゃん、そんなことより、あっち」
オーファがセシリアの指す方を見た。
視線の先にはレインと戯れる女の子たち。
イラッとするオーファ。
無言で頷き合う2人。
その後、ラインリバー姉妹による、レイン奪還作戦が決行されたのだった。
◇
アイシアたちの前に立ちふさがる美人姉妹。
勝敗は瞬く間に決した。
主にオーファが頑張った。
「ふん、妹トリアだか、妹ピッピだか知らないけど、エルの妹の割には大したことないわね!」
ふふん、と笑うオーファにレインが詰め寄った。
「オ、オーファ、アイシア様になんてことするのっ!?」
「ちょっと瞼を引っ張っただけじゃない」
「アイシア様からすごい声が出てたでしょ!? 謝ってっ!!」
「や、やだもん!」
ちょっとムキになるオーファ。
そんなところも可愛い。
レインは思わず許してしまいそうになった。
自分では無理だと思ったレインは、セシリアに託すことにした。
「セシリアさんからも注意してあげてください」
「オーファちゃん、ダメでしょ?」
「ああっ、お姉ちゃんが裏切ったっ!?」
「だってオーファちゃんがあそこまでするとは思わなかったんだもの」
「妹ピッピがちょっと変な顔になるように、瞼を引っ張っただけだもん!」
珍しく聞き分けが悪いオーファに、レインは困った。
どうしようかと思っていると、そこにアイシアが声をかけてきた。
「い、いいのです、お兄様。わたしが未熟だっただけのこと」
アイシアは、今まで自分の姉こそが、レインに一番相応しい女性なのだと思っていた。
だから自分は待っていれば、自然とレインが『お兄様』になってくれると考えていた。
だがそうではないことを思い知った。
まさか自分の姉に匹敵する美女がこんな所にいるなんて予想外だった。
なんやかんやと考えた結果、アイシアはもっと自分も女の武器を磨かなければと結論付けた。
そして近衛隊――イヴセンティア不在――に連れられて帰っていったのだった。
◇
静かになったギルドの中。
オーファがレインに声をかけた。
「レイ、お姉ちゃんのことを『お姉ちゃん』って呼ぶようにしたら?」
自分と結婚するなら将来はそうなるだろう。
そういう意味だ。
そんなオーファの言葉に、いち早く反応したのはセシリアだ。
「ダメよ、レイン君。私のことを『お姉ちゃん』と呼ぶのは、そういう『遊び』のときだけにしましょうね?」
セシリアは優しくレインに言い聞かせた。
すると周囲にいたナカルドたちが騒めいた。
「セ、セシリアさんのことを『お姉ちゃん』って呼ぶ『遊び』ってなんだべっ!?」
「絶対に、いかがわしい、エッチな『遊び』だべえええっ!!!」
「おのれええええ、そんな楽しそうな『遊び』を1人で独占するなんてずるいべえええ!!!」
ギルドは今日も騒がしい。
◆エルトリアの胸の大きさ
エルトリアの胸は大きくない。
だが別に小さいわけでもない。
バランスがよく、ものすごくスタイルが良い。
オーファの胸は大きい。
もちろん、バランスもよい。
完璧だ。
今はレインとオーファ、エルトリアの3人で会話を楽しんでいる最中だ。
唐突にオーファがレインに問いかけた。
「レイは大きなおっぱいが好きだもんね?」
「き、急になんてことを聞くのさ!?」
「だって、昔からいっつもお姉ちゃんのおっぱいを見てるじゃない」
「い、いつもは見てないよ……」
「レイは大きなおっぱいが好きだもんね?」
「……(恥ずかしくなって無言で顔をそらすレイン)」
オーファは照れるレインをデレデレと見つめてから、エルトリアに話しかけた。
「あれ? あれれー? エルは小さなおっぱいを隠してどうしたの?(ぷーくすくす)」
「ち、小さくありませんっ! 丁度良い大きさですっ!」
「そうよねー、丁度良いわよねー(にやにや)」
「こ、これだけあれば、いろいろできるはずですっ! だから十分なのですっ!」
「そうよねー、十分よねー。まあ、あたしのおっぱいは大きいから、あんたよりいろいろできるけどね!(どやぁ!)」
「むううううっ!!」
ほっぺを膨らませて拗ねるエルトリア。
そのほっぺをオーファが指で押し、ぷふゅ、と空気が漏れる。
もう怒りましたぁっ! と騒ぎ出すエルトリア。
それを軽々といなすオーファ。
騒がしい。
レインはそんな様子を眺めながら、『大きな胸でできるいろいろなこと』っていったいなんなんだー! と、1人で悶々としていたのだった。
◆あとがき
ナカルド君たちがいるだけでコメディー色が強くなって、作者は楽しいです←
次回も『小話』のつもりで書いていたんですけど、
2000文字くらいを予定していた小話の1つが1万文字を超えてしまったので、
次回はその話しだけを『中話』として投稿しようと思います。




