59:情火
「え? セシリアさんの部屋でマッサージをするんですか?」
「ええそうよ。早く行きましょう」
セシリアは当然のようにレインの手を引いて歩き出した。
レインはこのままここで『足つぼマッサージ』をするのだと思っていたので驚いた。
だが別にセシリアの部屋に行くことに不都合があるわけでもない。
むしろセシリアの望む通りにしてあげたいと思った。
だから大人しく手を引かれて歩く。
そのときお風呂から、ざあ、という水の流れる音が聞こえた。
オーファがお風呂に入っている。
そのことを意識してしまい、レインは少しだけ緊張した。
わずかにセシリアの手に力がこもる。
部屋の前でセシリアが立ち止まり、レインに先に部屋に入るように促した。
レインは望まれた通り、中へと入った。
よく整理された部屋だ。
女性らしい小物や置物がいくつかある。
レインの後に続いて、セシリアが部屋へと入った。
そして後ろ手に扉を閉める。
――ガシャ。
鍵が掛かる音。
「セシリアさん?」
なんで鍵を?
そんな疑問を問う。
セシリアは可愛らしく首を傾げた。
「ダメかしら?」
もちろんダメではない。
ただ鍵をかける必要があるのか疑問に思っただけだ。
なのでレインは首を横に振って答えた。
「いいえ」
「ふふ、良い子ね、レイン君」
嬉しそうに微笑むセシリア。
セシリアが嬉しいなら、レインも嬉しい。
「マッサージはどこで?」
昔のように、椅子に腰かけながらだろうか。
それともベッドの縁に座りながらだろうか。
セシリアの望む場所でしてあげたい。
そんなレインの問いに、セシリアは妖しく笑った。
「ふふふ、ベッドに決まっているじゃない」
「わかりました」
頷くレイン。
確かに椅子よりもベッドに座りながらの方が身体も休まるだろう。
納得だ。
「あと、これを使ってほしいの」
そう言いながらセシリアは小さな容器を取り出した。
「あれ、これって僕の粉末薬ですか?」
レイン特製の粉末薬だ。
水と混ぜるとぬるぬるになる。
最近ではモモの香りもつけてさらに改良を加えてある。
「うん、さっきこっそり2階から持ってきちゃった。勝手にごめんね?」
「いいえ、気にしないでください」
知らない人だったら嫌だが、セシリアなら問題ない。
そんなレインの答えにセシリアは笑みを深める。
「ふふ」
粉末薬を受け取ったレインは、セシリアの準備の良さに感心した。
もしかしたら、それだけ早くマッサージを受けたかったということかもしれない。
だとしたら、よっぽど疲れが溜まっているに違いない。
早く楽にしてあげないと可哀想だ。
「セシリアさん、早速、始めましょう」
「ええ、それじゃあ、すぐに脱ぐわね」
え? 脱ぐ? ああ、靴下をか。
そんなふうにレインが考えた直後、セシリアはシャツに手をかけた。
慌てて止めるレイン。
「ま、待ってください!」
「どうしたの、レイン君?」
「なんで、シャツを脱ぐんですかっ!?」
足つぼマッサージに、シャツを脱ぐ理由なんてない。
「え? だって、脱がなきゃ、シャツがぬるぬるになっちゃうし……。あっ、もしかして、シャツの上からぬるぬるにしたほうがレイン君は楽しいのかしら? もう、ダ・メ・だ・ぞ?」
セシリアはそう言いながら、くすくすと笑った。
レインはようやく、セシリアが望んでいるのが『足つぼマッサージ』ではないことに気付いた。
だが今更、「やっぱりマッサージはできません」なんて言えない。
それに、やはりセシリアの疲れを癒してあげたいという思いが強い。
だからマッサージをしてあげたい。
でもシャツを脱ぐのは不味い。
絶対にダメだ。
だがレインが何かを言う前に、セシリアが素早くシャツを脱ぎ捨てた。
慌てて顔を逸らすレイン。
セシリアは普段から、カップ付きのシャツ――睡眠時専用――を寝間着にしている。
つまりシャツを脱いでしまえば、上半身は裸ということである。
見たい。
ものすごく見たい。
この極上の身体をすべて見たい。
そんな考えがレインの脳裏に浮かんだ。
だが大切な恩人に不埒な思いを抱くなんてこと、ダメに決まっている。
マッサージに託けて、あられもない姿を情欲の目で見るなんて最低だ。
そんなこと、自分で自分が許せない。
邪念を振り払うために、強く目を閉じるレイン。
そんなレインの頬を、セシリアが優しく撫でた。
「ふふ、我慢しないで、見てもいいのよ?」
「ダ、ダメです、そんなことしたら僕」
絶対に変な気持ちを抱いてしまう。
今でも一杯一杯なのだ。
これ以上は不味い。
「レイン君は、我慢強い真面目な良い子ね。えらいえらい」
セシリアの優しい声と、優しい手つきに、レインは安心感を覚えた。
強張っていた力が少しだけ抜ける。
「セシリアさん、僕、もうそんな子供じゃないですよ」
「うん、そうよね、今から一緒に大人になりましょうね?」
「……え?」
どういうことか意味が分からず固まるレイン。
そんなことをおかまいなしにセシリアが話を進めていく。
「私がレイン君を脱がせてあげるわね?」
「え、僕も脱ぐんですか!?」
驚くレイン。
だがセシリアは当然のように言う。
「だってレイン君も脱がなきゃ、服にぬるぬるがついちゃうかもしれないわよ?」
確かにその通りだ。
でもそれは本当にこのまま、ぬるぬるでマッサージをするならばの話だ。
だが、こんな目を閉じた状態でマッサージなんてできるわけがない。
申し訳ないが、一度服を着てもらおう。
そして服の上から、ぬるぬるを使わずにマッサージをしよう。
そう思ったレインが何かを言うより早く、セシリアの手がレインの服へと伸びた。
「セ、セシリアさん、待って!? ぬ、脱がさないでください!」
「ふふふ、だぁめ。お姉ちゃんの私が、ぜんぶやってあげるからね?」
あっという間に上着を剥ぎ取られる。
伊達に長年、レインとオーファの姉を務めているわけではない。
凄まじい手際だ。
「ま、待ってください、ああっ、し、下は――」
「えい、わっ、おっきい」
目を閉じたままのレインには、抗う術などなかった。
◇
気が付けば、レインは腰にタオルを巻いているだけの姿だった、
もしかしたら見られてしまったのだろうか。
もしかしなくても見られてしまったのだろう。
恥ずかしすぎる。
明日からどんな顔でセシリアと会話をすればいいのだ。
「レイン君、こっちに来て」
レインは目を閉じたまま、ベッドの上まで誘導された。
そして「目を開けて」と言われ、恐る恐る目を開けた。
目に飛び込んできたのは、タオル1枚姿のセシリア。
心臓が飛び出そうになった。
セシリアは仰向けで寝そべり、身体の上にはフェイスタオルが1枚。
大きなバスタオルではない。
小さなフェイスタオルだ。
一応ギリギリで大事なところを隠せている。
だがタオルの長さと幅が圧倒的に足りていない。
本当にギリギリだ。
少しでも動けば見えてしまいそうだ。
――ごくっ。
生唾を飲み込むレイン。
見たい。
触りたい。
今からするのはマッサージだ。
だから、触ってもいいんだ。
これはセシリアが望んだことだ。
――はぁ……はぁ……。
とレインの息遣い荒くなる。
レインはセシリアの身体に手を伸ばした。
しかし、すんでのところで思い留まる。
ダメだ。
そんなことをしちゃダメだ。
そんな卑猥な目で見ちゃダメだ。
大好きな優しいセシリアが、疲労で苦しんでいるんだ。
それを癒してあげたい。
楽にしてあげたい。
雑念は捨てろ。
変なことを考えるな。
レインは喉がからからに乾くのを感じつつ、問いかけた。
「……ぁ、セシリア、さん、どこの……、マッサージは、どこを揉めば?」
「うーん、そうねぇ、レイン君はどこを揉みたい?」
どこ?
レインは思わず、セシリアの胸を見た。
小さなタオルからこぼれ出そうな、大きな胸。
思い出すのは腕に抱き着かれたときの感触。
張りがあるのに柔らかい、不思議なほど気持ちが良い感触。
手のひらで味わいたい。
そんなことを考えたとき、レインはセシリアに、じぃっと見られていることに気付いた。
慌てて胸から視線を逸らし、謝る。
「ご、ごめんなさい!」
「ふふ、レイン君はなにも悪いことをしてないんだから、謝らなくていいのよ?」
「で、でも……」
悪いに決まっている。
不埒なことを考えて、セシリアの身体を見てしまった。
セシリアは優しいから怒ってないが、やはりそれはダメなことだ。
そんな罪悪感を覚えるレインに、セシリアが優しく注文を出す。
「じゃあ、レイン君の好きなところを重点的に、触って、揉んでもらおうかしら?」
「……あ、でも、それは」
さっき見ていた場所。
変なことを考えちゃ、ダメだ。
「ね? お・ね・が・い♡」
「おね、が、い……?」
お願い。
セシリアのお願い。
レインはセシリアの『お願い』を断ったことがない。
セシリアのお願いは聞かなきゃダメだ。
だって子供の頃に約束したのだ。
食費や家賃の代わりに、なんでもお願いを聞く、と。
今更、今までの食費や家賃を現金で払うなんて無理だ。
だからセシリアのお願いを聞かなきゃダメだ。
だから触ってもいいんだ。
だから見てもいいんだ。
だから揉んでもいいんだ。
違う。
揉んでもいいんじゃない。
揉まなきゃダメなんだ。
これは義務だ。
この極上の身体を隅々まで触って、思いっきりぬるぬるにして――。
「うふふっ、ねえ、レイン君のここは、どうして、こんなことになってるの?」
「……? …………っぁ!? ご、ごめんなさいっ!」
慌てるレイン。
耳の先まで真っ赤だ。
セシリアは、ちょっと失言だったかなと反省した。
だが、自分の身体にレインが反応していると思ったら、嬉しさのあまり言わずにはいられなかった。
自分の身体にレインが喜んでいる。
オーファの身体ではない。
やはりレインは自分を求めている。
そう思うと嬉しくてたまらない。
だからつい言葉に出してしまったのだ。
反省である。
レインの気が変わる前に、慰めてあげないと。
「ううん、レイン君は悪くないのよ」
「でも、僕、大好きなセシリアさんに、こ、こんな」
レインは気が動転して、思わず本音を出してしまった。
普段は女性に対して気軽に「好き」という言葉を使ったりしない。
思っていても言ったりはしない。
だが事此処に及んで、ついその言葉をこぼしてしまった。
セシリアの心と身体が熱くなる。
「レイン君……」
セシリアは自分がリードしてあげなきゃと意気込んだ。
とはいえセシリアにも経験はない。
だから必死に『本』の内容を思い出す。
まずはレインに触ってもらう。
次にキス。
そして、最後に結ばれる。
わずか3工程。
簡単だ。
まずはマッサージを口実に服を脱ぎ、触ってもらう。
もう少しで達成できる。
だが早くも次の工程に移りたくなってきた。
まだ触ってもらってないが、もう我慢できない。
キスをしてみたくて堪らない。
そんなセシリアの考えなど、レインには知る由もない。
まだ動転して、反省している。
「セシリアさん、ごめんなさい」
「ううん、いいのよ。でも、なにもお咎めなしじゃ、レイン君の気が済まないのよね?」
レインは咎めてもらえる方が気が楽になると思った。
だから、
「はい」
と頷き、夏虫が如く無謀に、セシリアの情火へと飛び込んでいく。
セシリアの妖しい笑みが一層深まった。
「うん、それじゃあ、悪い子のレイン君には『お口ぺろぺろの刑』ね」
セシリアは自身の唇を、小さな舌でペロリと舐めた。
◆あとがき
セシリアさんが物凄く輝いてます!
ちなみにですけど、今回の話でレイン君が言っている「大好き」は、家族としての「大好き」です。




