57:若手冒険者
夕方。
レインはお茶会が終わってから、すぐに冒険者ギルドへと来ていた。
ちなみに革の装備は身に着けたままだ。
脱ごうとしたらキュリアたちが悲しそうな顔になったので、脱ぐに脱げなかったのである。
レインがギルドの中に入って受付に目をやると、セシリアが座っているのが見えた。
セシリアもレインに気が付いて手を振ってくれた。
いつも通りの優しい笑顔だ。
特に変わったことはなさそうに見える。
レインはセシリアに小さく手を振り返し、食堂の方へと目をやった。
いつもより冒険者の人数が少ない。
軍が獣人連合国との戦争に備えて東に集まっているせいで、各地の獣や魔物の対応のために冒険者が駆り出されているのだ。
ベテランや中堅冒険者のほとんどが各地に出ており、今、食堂にいるのは若手ばかりだ。
その若手冒険者の1人がレインに気付き、声をかけてきた。
最近になって田舎から出てきたばかりの少年だ。
「レイン、そんなとこで棒立ちして、どうしたんだべ?」
「お疲れさま、ナカルド。僕も同席させてもらっていい?」
「もちろんだべ。こっちにくるべ」
人懐っこく笑う少年、ナカルド。
年はレインと同じだ。
同じく田舎出身の少年たちが、2つの大テーブルにまとまって座っている。
人数は10人ほど。
みんな出身地は違うが仲が良い。
テーブルの上には『極上フルーツ盛り合わせ』が乗っていた。
意外と甘いものが好きなのかもしれない。
レインは空いている席に座りながら、ナカルドたちに問いかけた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんだべ?」
「セシリアさん、なにか変じゃなかった?」
朝から様子が変だったので心配だ。
朝食の席といい、弁当のことといい、絶対に普通ではない。
ギルドにいるときも、なにか変なことをしていなかっただろうか。
そんなレインの問いかけを受けたナカルドは、急にテンションを上げて捲し立てた。
「セセセ、セシリアさんだべかっ!? 今日もいつも通りお美しいべ! なあ、みんな!」
他の少年たちもナカルドの言葉に賛同する。
「だべ! 遠くから、ちらっとお顔を見るだけで、明日も頑張れる気がするべ!」
「あったら綺麗な女の人さ、王都に来るまでみたことねーべよ!」
「王都でも、オーファさん以外にはあんな綺麗な人なんて見たことねーだ!」
口々に憧れの受付嬢セシリアの美貌を褒めたたえ、受付に視線をやった。
ちなみにナカルドたちは王都に来て日が浅いので、エルトリアやイヴセンティアと会ったことがない。
レインもナカルドたちにつられて、受付の方を見た。
するとセシリアと目が合った。
にこっと笑って、また手を振ってくれた。
「「「んはー! お美しいべっ!!」」」
興奮したように叫ぶナカルドたち。
レインにも気持ちはわかる。
確かに、そう叫びたくなるくらい綺麗で可愛い。
だがそういう話ではないのだ。
「えっと、確かに僕もセシリアさんは綺麗だと思うけど、そうじゃなくて、なんというか、こう……、変なこととかしてなかった?」
「変なことって、どんなことだべか?」
首を傾げるナカルド。
だが、レインとしても説明しづらい。
「うーん、僕にもわかんないんだけど、疲れた様子だったとか、いつもと違うことをしていたとか……。なにか気付かなかった?」
「オラ、なんも気付かんかったべ。みんなはどうだべ?」
ナカルドが問いかけるが、他の少年たちにも心当たりがない。
「オラも、なんも気付かんかったべ」
「んだべ。そもそも、そんなに頻繁にセシリアさんに視線を向ける度胸はねーだ」
「んだんだ」
シャイな少年たちには、遠くからときどき、ちらっとセシリアの顔を見ることくらいしかできないらしい。
流石のレインも、聞く相手を間違えただろうかと思ってしまった。
とはいえ今は他に聞く相手などいない。
まさか直接本人に、「なにか変なことをしていませんでしたか?」と聞くわけにもいかない。
どうしようか悩みつつ、レインは気になったことを聞いてみた。
「ところで皆、綺麗な人と仲良くなりたくて王都に来たって言ってなかった?」
それなのに遠くから顔を見るだけじゃ仲良くなれないだろう。
レインにも美人と仲良くなる方法なんてわからないが、眺めるだけではダメなことくらいわかる。
そんなレインの疑問に、ナカルドは胸を張って答えた。
「んだ! だどもオラたちは現実をちゃんと理解してるべ」
「現実?」
「んだ。あったら綺麗な人と、ウンコみたいなオラたちが仲良くなれるわけねーべ」
ナカルドは自慢にならないことを自慢気に言って、ふふん、と笑った。
他の少年たちも、我が意を得たりと頷いている。
レインは思わずジトっとした目になった。
「……ここ、食事するところだよ?」
下品な言葉はよろしくない。
「レインは相変わらずお上品だべ」
あっはっは、と笑うナカルド。
「いや、上品とかそういう問題じゃなくてね? それに、そんなに卑下しなくても、みんな明るい性格で、優しくて、力も強くて、良いところが一杯あると思うよ? 笑顔だって魅力的だし、絶対に女の子にモテると思うけどな」
真面目な顔でレインが褒めると、ナカルドたちはもじもじと照れた。
田舎にいたときも、誰からもそんなふうに言ってもらえたことなどないのだ。
しかも、レインの言葉は社交辞令ではなく、本心だと伝わってくる。
「……オラ、女に生まれたら、ぜってぇレインに惚れてただよ」
しみじみとしたナカルドの言葉に、レインは困った顔になった。
他の少年たちも、ナカルドの言葉に同意する。
「セシリアさんとオーファさんがレインと仲良いのも納得だべ」
「んだ、悔しいだども、レインなら当然のような気もするべ」
「オラなんだかレインを見てたらムラムラしてきただっ!」
少年の1人が不穏な発言をした瞬間、その場が殺気に包まれた。
「あんたたち、レイになにするつもり?」
オーファだ。
いつの間にか現れたオーファが、レインの横に立っていた。
目が据わっている。
凄まじい眼光。
ちなみに少年たちは、オーファがものすごく強いことを知っている。
そして『レイン大好き少女』であることも知っている。
さらに先ほどの「ムラムラ」発言が不味かったとも理解できている。
だから当然のように恐慌に陥った。
「ひぃぃぃっ!? オ、オラ、なんもしてねーだっ!」
「わ、悪いのは全部、こいつだべ!」
「ゆゆゆ、許してけろおおおおっ!」
あっさりと仲間に売られて、レインにムラムラしていた少年が命乞いを始めた。
あまりにも哀れである。
レインは少年たちを可哀想に思い、オーファを優しく窘めた。
「オーファ、みんな怖がってるから」
「あ、あたしなにもしてないもん。こいつらが勝手に怖がってるだけだもん」
オーファはバツが悪そうな顔で言い訳をする。
確かに物理的にはなにもしていない。
ただちょっと殺気を放って睨んだだけだ。
だがそのちょっとの殺気が問題である。
オーファの実力を知っていれば、生きた心地がしないだろう。
「オーファ」
「わ、わかったわよ」
レインに静かに名前を呼ばれて、オーファは観念した。
渋々と謝る。
「睨んで悪かったわね。……レイ、これでいい?」
「うん、ありがとう」
「でへへ」
レインが笑顔でお礼を言うと、オーファはデレデレと笑った。
とても単純である。
そんな様子にナカルドたちは、「流石はレインだべぇ」と妙に感心したのだった。
◇
レインはふとオーファに尋ねた。
「オーファ、今までどこにいたの?」
「お姉ちゃんに頼まれて、夕食の材料を買いに行ってたのよ」
今日はセシリアの仕事が夕方までで終わる。
なので3人で一緒に帰って、家で夕食を食べる予定なのだ。
その材料を買いに行っていたらしい。
レインはなるほどと納得しつつ、ナカルドたちに問いかけた。
「ところで、なんで皆は下を向いてるの?」
ナカルドたちは椅子に座り、視線をテーブルの上に固定している。
「こったら近くでオーファさんの顔見たら、今夜眠れなくなっちまうだ! さっきセシリアさんに手を振ってもらっただけでもやべぇのに、これ以上は耐えきれねーだ!」
ナカルドは「近くで」と言っているが、全然近くない。
むしろ話をするなら少し遠いくらいだ。
だが他の少年たちも口々にナカルドの意見に同意する。
「んだ! 美人は遠くから楽しむものだべ!」
「オラ、すでに心臓が飛び出そうだっ!」
「美人は声まで美しいべ! 神秘だべ!」
全員、耳まで赤い。
今のオーファの服装にはまったく肌の露出がない。
それでこの反応なのだ。
あられもない寝間着姿のオーファなんか見たら、本当に心臓が飛び出してしまいそうである。
そんな少年たちの様子を見たレインはしみじみとオーファに問いかけた。
「オーファは相変わらず人気者だね?」
「レイも鼻が高いでしょ?」
オーファはそう言いながら、レインの腕に抱き着いた。
大きな柔らかい胸に、レインの腕を包み込む。
オーファはエルトリアと張り合うようになってから、こういうスキンシップをよくするようになった。
「は、恥ずかしいよオーファ」
「これくらい、いつもやってるじゃない」
「そ、そうだけど」
照れて赤くなるレイン。
決して嫌なわけではない。
だが慣れないものは慣れないし、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
しかしレインのそんな贅沢な悩みを理解できる男など、この場にはいない。
少年たちは口々にレインを羨ましがった。
「い、いつも、あんなエッチなことをやってるだべ!?」
「ぐぬぬぅ、やっぱりなんだか悔しいべ!」
「オラもあったら綺麗な彼女が欲しいだ!」
やっぱり綺麗な女の子と仲良くしたい。
そう思いながらレインに抱き着くオーファをちらちらと見る。
大きな瞳、長い睫毛、可愛らしい唇。
現実味がないほど美しい顔。
シミ1つない白い肌。
さらさらの赤い髪。
大きな胸、くびれた腰、そこから美しい曲線を描く臀部、すらりと長い脚。
露出のない服の上からでもわかるほど、抜群のスタイルだ。
村娘たちとは大違いである。
そこらにいる王都の娘たちとも全然違う。
というか、自分たちと同じ生き物とは思えない。
「実は天使様だ」とか言われた方がしっくりくる。
それほどまでに美しい。
はふぅ、と溜息を吐く少年たち。
「……オラ、立ち上がれなくなってしまっただ」
「オ、オラも」
「オラ、やっぱり美人すぎる女の子とは、街を歩けそうにないだ」
少年たちは自身の一部が起ち上がってしまったことで、席から立ち上がれなくなってしまった。
離れた場所から、ちらちらと見ただけでこれなのだ。
身の丈というものを再認識せざるを得ない。
だが少年たちは、オーファまでとは言わずとも、せめて普通の街娘と仲良くなりたいなぁ、と思うのだった。
◆あとがき
作者が男友達に言われて困った言葉、「女だったら好きになっていた」。
(注、実際の作者はまったく女の子にモテません)
これ言われたら、なんて返すのが正解なんでしょう?
「作者もです!」って言えばいいのでしょうか。
ホモォ……┌(^o^ ┐)┐
ああ……、こうやって人は現実に絶望していくのね(・ω・`)




