6:酔っ払いと騎士
ある日の放課後。
レインは冒険者の登録をするために、ギルドへ向かっていた。
ギルドの場所は、公園にある王都案内図に書かれていたので、すぐにわかった。
王都には2本の川が流れている。
川と川の間の区画は中央区と呼ばれている。
中央区の別名は、旧市街区だ。
貴族街やお城などもこの区画にある。
そのことから、中央区は裕福な民が暮らす場所とされている。
王立学院があるのも中央区だ。
ギルドがあるのは、川を挟んだ東側。
東区と呼ばれる区画だ。
最初は川の中州に作られた王都。
だが、人口増加にともない中州だけでは土地が足りなくなった。
そこで、川の外側まで街が広げられることとなったのだ。
そのときに造られたのが東区と西区、通称、新市街区である。
レインが東区を目指して歩いていると、中央区から東区へと渡る橋の手前で喧騒が聞こえてきた。
どうやら喧嘩が起きているようだ。
橋の前に野次馬が集まり、人だかりができている。
レインは橋を渡りたかったのだが、このままでは渡れそうにない。
「すみません、通らせてください」
と声をかけ、なんとか通り抜けられないかと、人混みをかき分け前へと進んでいく。
少し進むと人混みの最前列に出た。
「お前が悪い、頭を垂れて私に謝罪しろっ!」
「ああっ!? 悪いのは貴様だろっ!?」
見ると、身なりの良い、紳士然とした壮年の男性2人が互いに怒鳴り合っていた。
口の端から少し血が出ている。
もうすでに、何度か殴り合った後なのだろう。
だが、なぜ、あんな身なりの良さそうな男たちが、喧嘩なんかしているのだろうか。
気になったレインは、隣にいた男に声をかけてみた。
背中に大荷物を背負った、優しそうな男だ。
「こんにちは」
「おや、こんにちは。その制服は王立学院の子だね? 私の名前はキャメルド。新聞記者だよ。よろしくね?」
キャメルドと名乗った男は、どうやら新聞記者だったらしい。
ということは、背中の大荷物は写真撮影用の魔術具だろう。
「ぼくはレインです。よろしくおねがいします。ところで、あの人たちは、なんでケンカをしているのですか?」
「うーん、別に、大した理由はないみたいだね。ただの酔っ払いの喧嘩だよ。見てごらん」
レインがキャメルドの指す方を見てみると、無数の酒瓶が落ちていた。
喧嘩をしている2人とも、顔が赤い。
最初は、怒りで頭に血が上っているのかと思ったが、どうやら酔っぱらっているようだ。
「ほんとうですね」
レインも酔っ払いの喧嘩で間違いないと思った。
「この橋は景色が良いから、お酒を飲みながら語らう場所として人気なんだよ。あの2人も、最初はただお酒を飲んでいただけだったんだと思うよ。けど、酔っぱらって、気が大きくなって、些細なことで言い争いになって、こんな大喧嘩になっちゃったんだろうね」
「そうなんですか」
レインには酔っぱらったことが無いので良くわからなかった。
だが、キャメルドの言葉は実感がこもっているようで、説得力があり、素直に信じられた。
「酔っ払いの喧嘩は醜いね……」
キャメルドは苦い顔でつぶやいた。
嫌な事でも思い出しているのだろうか。
レインは喧嘩をしている2人を見た。
綺麗な身なりをした紳士然とした男たちだ。
だが……。
「糞尿にも劣る豚が、調子に乗るなっ!」
「尻の穴まで矮小な愚図の分際でぬかすなっ!」
汚い言葉の応酬。
ふらふらと覚束ない足元。
地面には嘔吐の跡。
醜い。
確かに醜い。
おそらく、近づけば匂いも酷いのだろう。
そして、汚い。
身なりは綺麗にしているのに、なぜか『汚い』と感じた。
それは単に酔っぱらっていることが原因ではない。
確かに、嘔吐の跡や、酒瓶が散らかっていることも気にはなる。
だが、それが直接の原因ではない。
もっと、酔っ払いの心根に根差した何かが『汚い』と思わせる原因なのではないかと、レインは思った。
レインは、自分の姿を見下ろして考えた。
自分は『汚い』と言ってイジメられている。
学院のみんなからは、自分もああいうふうに見えているのだろうか。
それは嫌われても当然だ。
そう思った。
そして、身なりを綺麗にしただけじゃ、『汚い』の誹りは無くならないことを悟った。
とはいえ、当面の目標がお風呂であることは変わらない。
「君はあんな大人になっちゃダメだよ?」
「はい、わかりました」
レインはキャメルドの言葉に深く頷いた。
◇
互いに怒鳴り合う酔っ払いたちの声は、次第に苛烈さを増していった。
今にも殴り合いが再開されそうな雰囲気だ。
「お前の前歯を全てへし折って、二度と人前に出られないようにしてやる!」
「できるものならやってみろ、貴様の尻にその酒瓶をぶち込んで、王都中にその無様をさらしてやる!」
お互い、もう我慢の限界だとばかりに一歩踏み出した。
だが、そのとき、野次馬の一部から歓声が聞こえてきた。
何事だろうか、とキャメルドが歓声の上がった方に視線をやった。
「お、騎士様が来たみたいだ。この騒ぎもこれで収まるね」
レインが、キャメルドの視線を追うと、鎧の男が人混みをかき分けて近づいてくるのが見えた。
騎士だ。
レインは屋敷にいたころ、騎士が活躍する絵本が大好きだった。
勇敢に戦い、悪を打ち倒す騎士の絵本だ。
その絵本の騎士の台詞を覚えてしまうくらい何度も読んだ。
レインは瞳を輝かせて、颯爽と現れた騎士を見た。
純白の鎧に身を包んだ、王国の守護者たる騎士だ。
人混みをかき分けて歩く姿にも、どこか気品が感じられる。
「こんにちは、陸戦騎士隊所属のザブード・リッター・サウスレイクです。お話を伺ってもよろしいですか?」
酔っ払いに近付いた騎士は丁寧な口調で話しかけた。
だが、酔っ払い2人には取り付く島もない。
「なんだお前はっ!」
「関係ない奴は引っ込んでいろっ!」
乱暴な言葉を騎士へと投げる。
文句があるならかかってこい、とでも言いたげな雰囲気。
どう見ても騎士に喧嘩を売っているようにしか見えない。
「いろいろと言いたいこともあると思いますが、ここでは往来の邪魔になってしまいます。申し訳ありませんが、一緒に来ていただけませんか?」
しかし、騎士はあくまで言葉による説得を試みるようだ。
丁寧な言葉で酔っ払い2人の説得を試みている。
「うるさいっ!」
「邪魔をするなっ!」
だが、酔っ払い2人は、あろうことか騎士に殴りかかった。
素面なら、騎士に殴りかかるなんてことは絶対にしなかっただろう。
しかし、2人は完全に酒に飲まれ、冷静な判断ができなくなっている。
キャメルドは、その酔っ払いたちの動きを見て、ほお、と少しだけ感心したような声を上げた。
そして、続けてこんなことを言った。
「2人とも何か身体能力を強化するスキルを持っているようだね」
レインはその言葉に、改めて2人の動き目で追った。
俊敏な動きだ。
さっきまでフラフラしていた酔っ払いとは思えない。
あの動きはスキルの効果なのだろうか。
鋭い拳打が騎士へ向かって撃ち込まれていく。
「おっと」
だが、騎士は流麗な動きで、軽々と男2人の攻撃を躱していく。
拳を避け、腕を払い、足をかける。
その動きは、淀みが無く美しい。
「うっ」
「ぐぇ」
そして、あっという間に、ケガもさせずに2人を取り押さえてしまった。
剣も抜かずにその場を収めた騎士の手腕に、野次馬たちは歓声をあげる。
レインも騎士の動きに見惚れていた。
◇
場が収まって、しばらくすると警備隊が駆けつけてきた。
そして、そのまますぐに酔っ払いをどこかに引きずって行ってしまった。
騎士の男も、野次馬に一礼すると警備隊の後を追っていった。
「流石、騎士様だ。あっという間だったね」
キャメルドは感心したように声を上げた。
「うん、すごかった!」
レインはさっきの騎士の立ち回りを思い出して、興奮するようにそう言った。
最初から最後まで、余裕のある、とても綺麗な動きだった。
動きだけではなく、態度も『綺麗』だと思った。
それは、身なりだけ綺麗な『汚い』酔っ払い2人とは真逆に思えた。
そして、自分もああいうふうになれたらイジメられないのだろうか、と考えた。
「君も騎士になるのかい?」
キャメルドはなんとなく、そう尋ねた。
「ぼくにも、なれますか?」
レインにはわからなかった。
皆から『汚い』『無能』などと言われている自分が、さっきの騎士様のようになれるのだろうか。
そんなふうに考えてしまう。
「王立学院の生徒なら、頑張れば騎士になれると思うよ」
騎士になる方法はいくつかあるが、一番確実なのは、王立学院などを優秀な成績で卒業することだ。
「ぼく、がんばります!」
さっきの酔っ払いの醜いありさまと、騎士の美しい所作。
それを見たレインは、『汚い』とか『綺麗』というものが、ただ単純に身体の汚れの有無だけで判断されるものではないと気付いた。
だからこそ、さっきの騎士のようになりたいと強く思った。
「ははは、その意気だよ。さて、私も頑張らないとね」
キャメルドは、鼻息荒く気合を入れるレインの様子に、微笑ましいものを見るような表情を浮かべ、自分が子供だった頃のことを思い出していた。
そして、自分も、いつか一面を飾る記事を書かせてもらえるように頑張ろうと思った。
◆あとがき
※注:このお話は、レイン君が騎士を目指して頑張る話ではありません。
……。
という予防線を、あとがきで張っていくスタイル。
今回の話で重要なのは、
王都の地理と、
新聞があるくらい近代的だということです。
レイン君のややこしい心情は、どうでもいいです。←