52.7:小話2-4
◆イヴセンティアの卒業
レイン13才のある日。
イヴセンティアが学院を卒業した。
「イヴ先輩、ご卒業おめでとございます」
「ああ、ありがとう、レイン」
「これからは寂しくなってしまいますね」
レインは自分と仲良くしてくれる先輩の卒業に、しみじみとそう思った。
親しい人と会う機会が少なくなるのは、寂しい。
「そのことなんだがな。実は私が部隊長を務める新設部隊は、姫様の護衛が主任務らしい。だから、これからもレインと会う機会は多いはずだ」
姫様とは、エルトリアとアイシアのことだ。
イヴセンティアの部隊は姫付きの近衛騎士という扱いになる。
この抜擢は、イヴセンティアがすでに何度かエルトリアの危機を救っていることを評価された結果だ。
また獣人連合国との関係悪化を受けての、襲撃、誘拐対策でもある。
「姫様たちの通学や街歩きにも私たちが同行するから。レインとも毎日、会えるだろう」
「嬉しいです、イヴ先輩」
そう言って笑顔になるレイン。
レインの喜ぶ様子に、イヴセンティアも胸が温かくなる。
自分をここまで慕ってくれる後輩の、ああ、なんと愛おしいことか。
そう思うと、ちょっと欲を出してしまう。
「た、たまには仕事の後に逢いに行ってもいいか?」
「もちろんですよ。いつでも来てください」
「ほ、本当だな? 言質は取ったぞ?」
「ええ、イヴ先輩なら、いつでも歓迎です」
「そう言ってもらえると嬉しい。……ところで、オーファ殿は何時くらいに眠るのだろうか?」
「え? さあ、ちょっとわからないですけど。聞いておきましょうか?」
「いや、聞かなくていい。むしろ聞かないでくれ」
「はあ、わかりました」
と、言いつつ、あまりよくわかっていないレイン。
だが、イヴセンティアが聞くなと言うのなら、それに逆らうつもりはないのだった。
◆レイン15才
じわじわ高まる獣人連合国との戦争の機運。
そんな中、レインは15才になった。
ヴァーニング王国では大人と認められる年齢だ。
1人の冒険者が手招きして、レインをギルドの隅に呼び寄せた。
そして、小さな包みを取り出しこう言った。
「レイン、大人の仲間入りを果たしたお前に、俺たちからの贈り物だ」
「ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」
「いや、今はダメだ。1人のときにこっそりと見るんだ。絶対に1人で見るんだぞ。いいな? セシリアちゃんやオーファちゃんには、決して見つからないようにな?」
「え? は、はあ、わかりました」
レインは良くわからなかったが、とりあえず頷いた。
そして、夜、家に帰り、1人になってから小包の中身を取り出してみた。
『お姉さんと僕~淫欲の夜~』
そんなタイトルの本だった。
フェムタイ小説だ。
端的に言って、エロ本である。
レインは予想外の代物に、目が点になった。
そして、「絶対に1人で見ろ」と言われた理由を理解した。
そのとき、
――コンコン。
ノックの音。
「レイ、入っていい?」
オーファだ。
「ちょっと待って、オーファっ!」
レインは慌ててベッド上に本を置き、シーツをかけて隠した。
それから扉を開き、オーファを招く。
「ごめんね、レイ。こんな時間に」
「ううん、気にしないで」
そんな会話を交わしつつ、オーファはいつものように、自然な流れでベッドの上に腰かけようとする。
だが今、ベッドに近付かれるのは非常に不味い。
レインはオーファの肩をガシっと掴んで、動きを止めた。
驚くオーファ。
「レ、レイ?」
積極的に見えなくもないレインの行動。
オーファは頬を染め、瞳を閉じた。
所謂、キス待ちの姿勢である。
しかし、残念ながらレインはそれどころではない。
「オ、オーファ、ちょっと散歩でもどうかな?」
オーファを部屋から連れ出さないと不味いのだ。
そもそも本を隠す場所が致命的に悪かった。
ベッドに腰かけられたら、確実に見つかってしまう。
とはいえ親友を部屋から追い出そうとすることに、微妙に胸が痛む。
一方でオーファは、月下のデートに胸をときめかせていた。
「行く! 行くわ!」
早速とばかりにレインの腕を引き、外へと向かった。
レインはなんとか窮地を脱し、胸をなで下ろした。
その後、レインはオーファと歩いている最中も、あの本を今後どうするかで頭を悩ませたのだった。
◆神童とアパライ
ある日、オーファがレインに問いかけた。
「あたし、もう大人だと思うんだけど、いつまで『神童』って呼ばれるのかしら?」
「『神童』って呼ばれるのが嫌なの?」
「嫌じゃないけど、『神童』って普通は子供のことを指す言葉でしょ? あたし、もう大人だもん。レイもそう思うでしょ?」
そう聞かれて、レインは改めてオーファの姿を見た。
とても可愛い。
そして育つところは大きく育っている。
ウェストはキュッとくびれて細いのに、胸のあたりは、ぽよんと大きい。
大人である。
「う、うん、そうだね」
恥ずかしくなって目をそらすレイン。
そこにエルトリアが銀の髪をなびかせて駆け寄ってきた。
「レイくーん!」
「こんにちは、エルトリア様」
「レイ君、わたくし、スキル鑑定士の資格試験に合格しました」
騎士と同じく、在学中に鑑定士の資格を得ることはとても難しい。
エルトリアが小さなころから努力してきたからこその結果である。
最近のエルトリアは、スキル鑑定の魔術と他の魔術を併用した、遠距離鑑定までできるようになっている。
「すごいですね、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。わたくしは今日から、エルトリア・アパライ・ストファ・リンセス・ヴァーニングです」
胸を張るエルトリアに、オーファが問いかける。
「相変わらず長い名前ね、なにが変わったのよ?」
「名前に、『アパライ』が増えました!」
ヴァーニング王国では特定の国家資格を持つものに役職名が与えられる。
騎士なら『リッター』、鑑定士なら『アパライ』だ。
なるほど、と頷くオーファ。
「つまり、アパトリアになったわけね?」
「なってません! エルトリアのままです! エ・ル・ト・リ・ア・のっ!」
「アパピッピは相変わらず細かいことでうるさいわねぇ」
「アパピッピじゃありません! エルピッピです! ……。エルピッピでもありませんっ!」
「なにピッピでもいいじゃない?」
「よくないですっ! そもそもアパピッピって、エルトリアの原型が残ってないじゃないですか!? それに言いにくいでしょう、アパピッピ! 語感が悪いので止めてください!」
「ご、語感の問題なのね」
と微妙に呆れるオーファだった。
◆セシリアって何才なの?
ある日。
レイン、エルトリア、イヴセンティアの3人で会話を楽しんでいた。
すると突然、イヴセンティアがこんなことを言い始めた。
「セシリア殿って、ずっと見た目が変わらないよな?」
「オーファの話だと、すごい老化防止のスキルを持っているらしいですよ」
「ほう、私もそれなりの老化防止スキルを持っているが、セシリア殿のスキルは私のよりさらにすごそうだな」
同じ名称のスキルは数あれど、効果の大小は様々だ。
「イヴ先輩も老化防止スキルを持っていたんですね?」
「ああ、少なくともあと十数年は、おおよそ今の若さのままだ。すごいだろ」
と胸を張るイヴセンティア。
レインは素直に褒める。
「すごいですね」
「むふん。けど、セシリア殿はいったい何才なんだろうか?」
「僕も知らないですけど、オーファの年齢から考えたら、たぶん26、7くらいじゃないですか?」
妹のオーファが15、6くらいだから、姉のセシリアはそれくらいだろうという予想だ。
だが、そんなレインの言葉に、エルトリアが疑問を問いかけた。
「ちょっと待ってください。あの2人は本当の姉妹なのですか? あまり似てないように思うのですが」
本当は『義理の姉妹』ではないのか、という質問。
固まるレイン。
「え…………、だって、名字も同じですし、一緒に住んでますし、本当の姉妹だと思いますけど」
「レイ君も同じ名字で、一緒に住んでますよね?」
「た、確かにそうですけど……、オーファは昔からずっと、セシリアさんのことを『お姉ちゃん』って呼んでますし……」
だからこそ、レインは2人を姉妹だと思ったのだ。
「呼んでるだけかもしれませんよ? もしかしたら、レイ君もセシリアさんに『お姉ちゃん』って呼ぶように言われたことがあるのでは?」
「……あります」
初めてのラインリバー家での朝食の席。
『お姉ちゃん』と呼ぶように『お願い』された。
「ふむ、ここまで聞いた限りでは、オーファ殿とセシリア殿に血縁がなくても不思議ではないな」
「でもあの2人は、血の繋がりなんかなくても、本物の姉妹ですよ」
むしろ仲の良さは本物の姉妹以上だ。
本人たちも、きっと本物の姉妹だと思っているはず。
そんなレインの言葉に、イヴセンティアも同意する。
「私もそう思う。あの2人は間違いなく姉妹だ。だがそうなると、やはりセシリア殿の年齢が気にな――」
「イヴちゃん、私の年齢がなぁに?」
ゆらっとイヴセンティアの背後から現れたセシリア。
目が笑っていない。
怒っている。
「ひぃっ!?」
と、飛び退くイヴセンティア。
「もう! そんなに驚かなくてもいいじゃない! 失礼しちゃうわ! それに女の子の年齢を詮索しようとするなんて――」
セシリアのお説教が始まってしまった。
レインはセシリアに年齢の話は禁句なのだと思い知ったのだった。




