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52.3:小話2-3

◆レインとエルトリアと家庭菜園と


エルトリアがレインの家にやってきた。

お姫様がこんなに気安く街を出歩いてもいいのかと心配になるが、本人の証言では「大丈夫」らしい。


「――そんなわけで、獣人用のスキル辞典は手元に残ったまま、返却しなくてよくなりました。思わぬ行幸です」


エルトリアは軽い報告を済ませると、レインに問いかけた。


「ところで、レイ君はなにをしていたのですか?」

「鉢植えで育てている果物の花を受粉させていたんです」


セシリアの秘かな趣味は家庭菜園だ。

鉢植えでいろいろ育てている。

レインはそのお手伝いをしているのだ。


「受粉ですか?」

「そうです、この綿棒で『おしべ』から花粉を集めて、それを『めしべ』につけて受粉させているんです」

「なんだか楽しそうですね。少し見学していてもいいですか?」

「ええ、もちろんです」


レインはエルトリアが見ている横で作業を始めた。


「この花には、なにか名前を付けているのですか?」


ペットのように花に名前を付けているのか、と問うエルトリア。

当然、そんなわけない。


「え? いえ、とくに花に名前を付けたりはしていないです」

「そうですか、では、わたくしが名前をつけてもいいですか?」

「ど、どうぞ」

「ありがとうございます。それでは、この花を『エル』という名前にしましょう。さあ、レイ君もエルと呼んであげてください」

「は、はい。……エ、エル」


レインは戸惑いながらも、花の名前を呼んだ。

明らかにエルトリアの名前に似ているだけに、妙な気分になる。


一方のエルトリアは満面の笑みだ。

そしてなぜか急に高い声を出して、『花の声』を話し始めた。


「『こんにちは、わたくしの名前はエルです!』」


レインは、思いがけないエルトリアの行動に思わず笑ってしまった。

あまりの可愛らしさに和む。

そして自らもその小芝居に付き合うことにした。


「あはは、こんにちは、僕はレインです」


エルトリアは、レインが笑ってくれたことに気を良くした。

もっと楽しんでもらいたい。

そう思って小芝居を続行する。


「『さあレイ君、わたくしを受粉させてください』」

「はい、それではいきますよ」


花粉がついた綿棒をめしべに当てる。


「『ああっ、レイ君の太くてたくましい綿棒が、わたくしのめしべにっ!』」


小芝居に一層の力が入るエルトリア。

ちなみに綿棒は太くない。

なんとなく言ってみただけだ。


レインはさっきまでの和やかな空気から一転、奇妙な緊張に包まれた。


「あ、あのエルトリア様?」

「『さあレイ君、わたくしの名前を呼んでください! 呼びながら花粉をわたくしに!』」


レインには、いまさら小芝居から逃れるすべはない。


「は、はい、……エル、いくよ」


ずりゅっと綿棒を動かし、めしべに花粉を塗りたくる。


「『あぐぅ、レイ君の花粉がこんなにたくさん、す、すごいですぅっ!』」

「……」

「『も、もっと綿棒を動かしてください! もっとレイ君の花粉をわたくしのめしべに一杯くださいいい!』」


エルトリアはノリノリで花の小芝居をしている。

すごく楽しそうだ。

レインには止めることができない。


「『お願いです、わたくしをレイ君の花粉で受粉させてええええ――』」


――グシャッ!


と、いつの間にか横にいたオーファが花を握りつぶした。


「あ、ごめんごめん、不愉快だったから、つい」

「ひ、ひどいですぅっ!? わたくしとレイ君の共同作業の結晶があああ!」


突然の惨劇に、エルトリアは頭を抱えて嘆いたのだった。




◆オーファはあの日どこにいたのか


エルトリアはオーファに、獣人の襲撃に遭遇した日、助けに来るまでの間どこにいたのか聞いてみた。


「結局、オーファさんはどこにいたのですか?」

「えっ!? あー、それは、えっと」


オーファはあの日、レインの前から逃げ出した後、実はすぐに家に戻ってきていた。

走り去ってはみたものの、やっぱりレインとエルトリアの様子が気になったのだ。

レインとエルトリアが2階にいる間、こっそりと1階から、2人がエッチなことをしていないかどうか気配を探っていたのである。

2人がなにをしているのかまではわからなかったが、エッチなことをしている雰囲気ではなかったのでそのまま隠れていた。


その後2人がギルドへ向かったときも、離れた場所からこっそり後を着けていた。

ギルドから中央区へ向かったときも、ずっと後を着けていた。


オーファは、レインとエルトリアが自分を探しているとは思わなかったので、出ていかずに様子だけをうかがっていたのだ。


2人がイヴセンティアと合流して細い路地裏に入ったときは、そのまま着いていくと見つかりそうだったので、先回りすることにした。

だが先回りしたところに獣人たちが大勢いたので、異変に気付いた。

そして急遽、駆け付けたのである。


とはいえずっと隠れてレインの後を着けていたなんて言えるわけがない。

なのでオーファは誤魔化すことにした。


「そんなことより、レイの話をするわよ!」


ものすごく雑な誤魔化し方だ。


だが、


「賛成です!」


エルトリアはあっさりと誤魔化されたのだった。




◆マフィオの戦闘術


ギルドの訓練所。

レインがマフィオに問いかけた。


「マフィオさんとルイズさんの構えは、どこの国の剣術だったんですか?」


獣人グレイと相対したときの、マフィオン兄弟の構えを思い出しての問いかけだ。

片手で剣を構え、もう片手で魔術を操るという、独特なものだった。


「あれは俺とルイズの我流だ」

「そうだったんですか」


レインは、我流の剣術を編み出すなんて流石だなぁ、と感心した。


「だが、あれはただの剣術じゃない。剣術と格闘術と魔術を複合させた、総合戦闘術だ」

「そ、総合戦闘術!?」


レインは目を輝かせた。

聞き慣れないが、なんだか格好良い響きの言葉に興味津々だ。


そんなレインの様子を見たマフィオは思った。

レインは基礎もしっかり身に着けてきたし、ここらでさらに上を目指してみるのもいいかもしれない、と。


「おし、レインも練習してみっか?」

「いいんですか?」

「ああ。だが簡単には使えこなせねーぞ。なにせ、左右の手で同時に別の魔術を操りながら、剣術と格闘術を扱うんだ。習熟には何年もかかる」

「頑張ります!」


この日からレインの稽古に、総合戦闘術の訓練が追加された。




◆キャメルドと世間話


レインは道端でキャメルドを見かけたので、挨拶をした。


「こんにちは、キャメルドさん」

「やあ、こんにちは、レイン君。そういえば、『エルトリア姫襲撃事件』のときは大変だったみたいだね。大丈夫だったかい?」

「はい、オーファや冒険者の皆さんに助けてもらったおかげで、なんとか無事でした」

「それはなによりだね。そういえば、その事件が切っ掛けで、冒険者の人気が徐々に上がってきているみたいだよ」

「そうなんですか?」

「うん、冒険者がエルトリア姫の誘拐を阻止したことや、なにかと目立つ『神童』オーファさんが冒険者をしているってことが、人気上昇の理由みたいだね」

「やっぱり、オーファは人気者ですね」


感心するレイン。


「ははは、そうだね。今まで中央区には冒険者立ち入り禁止の店が多かったけど、少しずつそういう制限も緩和されているみたいだよ」

「それは助かります。ところで王都以外での人気はどうなんでしょうか?」

「田舎でも人気らしいよ。各農村にも何部ずつか新聞が配られるから、王都の情報もそれなりに出回っているんだ。だから王都と同じ理由で、田舎でも冒険者の人気が高まっているんだよ。もしかしたら、あと数年もすれば、農村なんかからも冒険者志望の若者が王都に集まってくるかもしれないね」


地方都市にもギルドはあるが、どうせ地元を出るなら王都まで来る者が多いだろう。

そんなキャメルドの予想だ。


レインはそんな話を聞いて、数年後のギルドは今よりも賑やかになりそうだなぁ、と思った。




◆ぶふふと笑うプリミスト卿


パピルメ・プリモ・プリミスト。

ヴァーニング王国の突然変異とか、オークに托卵されたとか、ブタ獣人とか、散々な言われ方をしている男だ。

通称、『白オーク』。

1人身で家族はいない。


そんなプリミストは、時々、レインのもとを訪れるようになっていた。


「んぶふふ、おはようレイン君」

「あ、おはようございます、プリミスト卿」


プリミストは自分を気持ち悪がらないレインのことを、とても気に入っていた。

つい用事もないのに会いに来てしまう。

無邪気なレインが可愛くて仕方がない。


最初は、自宅に連れ込み、美味しいものを食べさせて、その笑顔を見てやろうというよこしまな気持ちを持っていた。

だが何度もレインと話している内に、そんな感情は消えてなくなっていた。

もはや完全に、おじいちゃんと孫の気分である。

無性にお小遣いをあげたくなってしまう。

だが理由もなくレインが現金を受け取ることはない。


仕方がないのでアメを差し出すプリミスト。

そこに邪念はない。


「ぶふふ、レイン君、アメちゃんをあげよう」

「わあ、いつもありがとうございます、プリミスト卿」


朗らかに笑い合う2人。


プリミストは自分にもこんな感情があったのかと不思議な気分になった。

それは悪い気分ではなかった。


だが今更になって、自分に家族がいないことを寂しく思ってしまった。


そしてプリミストはなんとなく、慈善活動でもしてみようかなぁ、という気持ちになったのだった。




◆アイシアの怪しげな活動


アイシアは、初等部の女の子たちにレインの素晴らしさを説いていた。


「――というわけで、レイお兄様は見事に獣人の脅威から、エルお姉様をお救いくださったのです」

「お兄さまかっこいーです!」

「その通りです、お兄様は格好よくて素敵なのです! あなたたちも、将来、お兄様のご寵愛を賜わりたいのなら、今の内から美しさを磨くために――」


――と、アイシアが、なにやら不穏な方向に話を向け始めた。


余談だが。

オーファやエルトリアの場合は、それぞれレインを『守りたい』『幸せにしたい』という想いが根底にある。

その想いの上に、異性として『好き』という感情が乗り合わさっている。

だからこそ、あの2人の心情はややこしい。


一方のアイシアは、そんなややこしい心情などしていない。

ただ単純に、女の子として、レインの男の子を求めている。

性欲で見ているともいえる。

人間をただの生物として考え、2人の関係をただのオスとメスと考えるなら、余計な感情が無い分、ある意味では一番純粋である。

閑話休題。


初等部の女の子たちの多くはアイシアよりさらに幼い。

いまいち言葉の意味がわかっていない。


「ごちょうあいってなんですか?」

「可愛がっていただくことです。お兄様に可愛がっていただきたいでしょう?」

「はい!」

「なら、お兄様に気に入っていただけるように――」


――と、アイシアの怪しげな説法は続く。




◆ごっこ遊び


ある日。

レインはカムディア女学院の女子たちと遊んでいた。

オーファとイヴセンティアも一緒だ。


レインがカムディア女学院の女子に問いかけた。


「今日はなにをして遊ぶの?」

「えっとねー、『お姫様と騎士と誘拐犯ごっこ』だよ」


どうやら、『エルトリア姫襲撃事件』に影響されているらしい。


「僕が誘拐犯の役かな?」

「ううん、レインくんはお姫様の役だよ?」

「えっ!? 僕がお姫様なの!?」

「うん、そうだよ。それで、オーファちゃんとイヴちゃんが誘拐犯で、私たちが騎士ね」


決定事項であるかのように配役を割り振っていく。

だがそこに、イヴセンティアが異議を申し立てた。


「レインがお姫様なのは理解できるが、私が騎士じゃないのはおかしくないか?」

「イヴちゃんはわざわざ騎士の役をやらなくても、いつも騎士をやってるでしょ? いつもと違うことをするから『ごっこ遊び』は面白いの!」

「な、なるほど、そういうものか」


イヴセンティアはよくわかっていなかったが、とりあえず納得した。


そのとき、オーファがレインを抱きかかえるように動き出した。


「それじゃあ、レイはあたしが誘拐していくわね」

「ああっ、オーファちゃんがレインくんを独占してる!? ずるい!」

「ふふん、悔しかったら取り返してみなさい」

「ぐぬぬ! みんなレインくんを取り返すよ!」


「「「うん!」」」


わぁー、とオーファに群がり、きゃー、と蹴散らされる女子たち。

余裕をもって、やんわりと地面に転ばされている。

あっという間の出来事だ。

弱い。

というより、オーファが強すぎる。

ちなみに、レインはされるがままだ。


イヴセンティアは、ちょっと面白そう、と思って自分も混ざりにいった。


「おい騎士ども、早くレイン姫を取り返さないと、私たちが姫を慰み者にしてしまうぞ?」


そう言いながら、オーファとは反対の方向からレインの身体を抱きかかえる。

完全に犯人になりきった台詞。

高い演技力。

初めての『ごっこ遊び』とは思えない順応っぷりだ。

変なところで無駄に優秀である。


そんな悪役感たっぷりのイヴセンティアに、女子たちは慌てた。


「こ、このままじゃレイン姫の身体が蹂躙されちゃう!」

「そんなのずるいよ! 助けなきゃ!」

「待ってて、レイン姫!」


必死にレインを取り返そうと試みる。

だがオーファとイヴセンティアに勝てるはずもない。

結果的に、あっさりと騎士隊は敗北したのだった。



帰り際。

イヴセンティアは『ごっこ遊び』が意外と面白かったので、またやりたいと思った。

カムディア女学院の女子に、そっと耳打ち、こっそりと注文を出しておく。


「今度は、私がレインにお仕置きされるような『ごっこ遊び』を頼む」

「え、どんなのだろう。『ご主人様とメイドごっこ』とかかな?」

「それだ、それがいい、それにしよう。ぬるぬるでお仕置きされる感じにしよう」

「えっと、面白そうだけど、そういうエッチなのは、オーファちゃんがいるときは、ちょっと……」


やんわり断られ、イヴセンティアはしょんぼり落ち込んだのだった。

◆あとがき


騎士ザブードさんの話を書く余裕がなかったですorz

とりあえず、ザブードさんは元気に職務へと復帰していますとだけ。




Q:プリミスト卿の『美味しいものを食べさせて人々を笑顔にしたい』って、変態なの?

A:変態です。


変態の定義の1つに『普通とは大きく違うこと』というのがあります(作者の辞書にはそう書いてありました)。


この小説を読んでくれている人の中にも、人に美味しいものを食べさせてその笑顔を見ることが好きな人なんていないと思います。

普通は、自分自身が美味しいものを食べたり、エッチな画像を見たりする方が好きなはずです。


つまりプリミスト卿の趣味は普通ではないのです。

普通じゃない趣味を持っているので、プリミスト卿は変態です。


でも、『人に美味しいものを食べさせてその笑顔を見ることが好き』ということは悪いことではありません。

なのでこの小説内では、『変態=悪』という図式は成り立ちません。


(別の辞書で見たら、『変態とは悪趣味を持っている人のこと』と書いてありましたが、その辺はフレキシブルに考えてもらいたいなぁと思います)

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