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52:第二章エピローグ

 獣人による『エルトリア姫襲撃事件』から数日後の昼。

 レインたちは中央区にある、小規模なパーティ会場に招かれていた。

 そこで立食パーティを催されることになったのだ。


 主賓はオーファとイヴセンティアの2人。

 冒険者たちも、獣人の脅威からエルトリアを守った功績を賞されて招待されている。


 とはいえパーティの規模は会場相応に小さく、ほとんど身内だけのパーティみたいなものだ。


 レインも、一応その場に居合わせた冒険者の一員という名目で招待されている。

 主催者から見れば、レインは助けた側ではなく、助けられた側の子供なのだ。

 そんなレインをわざわざ招待してくれたのだと思えば良心的である。


 そんなこんなでレインたちは今、パーティ会場の男性用支度室で服を着替えている最中だ。

 ほとんどの冒険者たちはまともな礼装なんて持っていない。

 なので会場にあるスーツを借りるのだ。


 レインも子供用スーツを借りた。

 レインは最初、学院の制服で参加しようと思っていた。

 だがオーファたちが、折角なのでいつもと違う服を着てみてはどうかと勧めてきた。

 特に断る理由もないので、それに従ったのである。


 「俺のこの服、ちょっと小さくねーか?」


 マフィオが貸し出し用のスーツに着替えながら、他の冒険者たちへ尋ねた。


 「いや、そんなことは、……小さいな」

 「服が小さいというより、マフィオさんの筋肉がデカいんじゃないか?」

 「ぱっつんぱっつんだな」


 冒険者たちの正直な評価に、マフィオはがっくりと項垂れた。

 そして、次にレインへと自分のスーツ姿を見せてみた。

 


 「どうだ、レイン?」

 「う、うーん」


 レインは言葉に困った。

 できればマフィオのスーツ姿を褒めたい。

 こういうときは褒めるべきだろう。

 褒めればマフィオが喜んでくれると思う。

 マフィオが喜んでくれれば、自分も嬉しい。

 だから褒めたい。

 でも褒める言葉が浮かんでこない。

 だって、こんなにもスーツがピチピチになった人なんて見たことがないのだ。

 思い付くのは、「すごい筋肉ですね!」などというスーツが関係ない褒め言葉ばかりである。

 流石にそれはない。

 というか、それは褒め言葉ではない。

 しかしそれ以外に言葉がない。

 ああ、どうすればいいんだ。


 レインがそんなふうに逡巡しゅんじゅんしていると、着替えを終えたルイズがやってきた。


 「兄さん、レインが反応に困ってるぞ。向こうに大きいのがあったから着替えてこい」

 「おお、これよりデカいのがあったのか、助かった! ちょっと着替えてくるわ!」


 マフィオはそう言って、がはは、と笑うと支度室の奥に歩いていった。


 ルイズはそれを見送ると、やれやれ、と頭を振った。

 それからレインへと視線を向け、いつものように落ち着いた口調で話を始めた。


 「レイン、その後の情報を仕入れたから教えておく。裏路地に獣人ハイゲらしき死体は残されていたが、チャイゲダとやらの死体は発見されなかったらしい。おそらくまだ生きていて、他の獣人たちに連れ帰られたのだろう」

 「そうなんですか……」


 レインはチャイゲダが生きていると聞いて、どんな感情を持てばいいのかわからなかった。

 無駄な殺生をせずに済んだことを喜ぶべきなのか。

 それとも、恐るべき敵が生き残ってしまったことに悲しむべきなのか。


 レインは複雑な表情を浮かべつつ、ルイズに問いかけた。


 「この国と獣人連合国は、この先、どうなるんでしょう?」

 「ヴァーニング王国は今回の事件を厳重に抗議するだろうな。だがそれで、なにがどう解決するわけでもない。この国と獣人連合国の関係悪化は免れないだろう」


 やはり戦争になるのだろうか。

 そう思わざるを得ないレインだった。



 会場へ入ったレインたちが雑談を楽しんでいると、ドレスに着替えたオーファがやってきた。

 付き添いのセシリアも一緒だ。


 ちなみに、セシリアはギルドの制服のままだった。

 主賓はオーファなので、自分が目立ちすぎないための配慮だろう。


 オーファはレインを見つけると、少し速足でそこへと近付いてきた。


 赤を基調としたドレスが、活発なオーファにとてもよく似合っている。

 派手な色だが露出は少なく、情熱と清楚さを併せ持ったような絶妙なデザインのドレスだ。

 いつもはツインテールにしている髪を、今日は下におろして軽く流している。

 それだけで、ぐっと大人っぽく見えて、レインは少しだけドキドキしてしまった。


 「オーファ、そのドレス、とってもよく似合ってるよ。大人っぽく見えて――」


 ――と、レインはオーファの姿を褒めた。

 マフィオのときとは違い、思ったことを口にすればそれが褒め言葉になる。


 普段のマフィオであれば褒めることには困らないのだが、やはり小さなスーツと筋肉の組み合わせは、それだけ凶悪だった。


 レインに褒められたオーファは、嬉しそうに頬を緩めた。

 だが自分の緩んだ顔を見られるのが恥ずかしくて、いつものように、ぷいっ、と顔を逸らしてしまった。


 セシリアがオーファとレインに声をかけた。


 「よかったわね、オーファちゃん。レイン君に褒めてもらえて。レイン君のスーツ姿も、とっても素敵よ」

 「ありがとうございます、セシリアさん」


 レインはお礼を言いつつ、顔を綻ばせる。

 社交辞令だろうとはわかっていても、やはりセシリアに褒められるのは嬉しい。


 オーファは顔を背けたまま、そんな2人の会話を聞いていた。


 『もっと素直にならないと他の娘に取られちまうぜ』


 こんな言葉を思い出す。


 ……。


 オーファは何かを決心したように、くるっ、とレインの方へと向き直った。

 そして、


 「レ、レイ、その、スーツ、似合ってて、か、かっこいいわよ」


 赤い顔になって、レインのことを褒めた。


 決して社交辞令ではない。

 素直な、本心からの褒め言葉。


 ちなみにレインの容姿を客観的に評価すると『並』が良い所だ。

 しかしオーファの中では、レインこそが『最上級』なのだ。

 ぶっちゃけオーファの場合、中身がレインだったら、どんな顔や容姿でも『最上級』なのである。


 そして、そんなオーファの褒め言葉に驚いたのはマフィオたち冒険者だ。


 「オ、オーファちゃんが素直にレインを褒めただとぉっ!?」


 今までマフィオたちは、オーファの煮え切らない態度をもどかしく思っていたのだ。

 レインに好意を持っているのはバレバレなんだから、もっと素直になればいいのに、と。

 それが、まさかこんなに素直になる日がくるなんて――。


 「ありがとう、オーファ」

 「う、うん」


 レインがお礼を言うと、オーファは小さく頷いた。

 もじもじと恥ずかしそうにしているが、その表情は嬉しそうに微笑んでいる。


 マフィオたちはそんなオーファの成長を喜びつつ、そっとその場を離れた。

 なんだかんだで空気が読める大人たちなのである。



 レインとオーファが照れつつもお互いを褒めていると、イヴセンティアもやってきた。


 「レイン、あと少しでパーティが始まるぞ」

 「わかりました、イヴ先輩」


 イヴセンティアは、いかにも事務的な報告をしに来ただけのように見える。

 だが実は、自分もドレス姿を褒めてもらいに来たのである。

 何度も立ち姿勢を変えてみたり、流し目を送ってみたり、胸の辺りを――露出は無いが――強調してみたりしている。


 一応、本人はさりげないつもりだ。

 だが、全然さりげなくない。


 しかし、なかなかレインが褒めてくれない。

 ついには自分から聞いてしまった。


 「こほんっ、ところで、私のドレス姿はどうだろうか?」

 「イヴ先輩のドレス姿もとても素敵です。黒いドレスが、いつも凛々しくて真面目な先輩にとてもよくお似合いです」


 よどみないレインの言葉に、イヴセンティアは頬を緩めた。


 「そうか! すまんな、褒め言葉を催促したみたいで」

 「してたじゃないの」


 喜ぶイヴセンティアに、オーファが呆れながらジトっとした視線を向けた。


 「うぐっ、だ、だが、レインが私のドレス姿を見ても、なにも感想を言ってくれないから」

 「レイは、あたしのことはすぐに褒めてくれたもん。ね? そうよね、レイ?」


 ちなみに、レインがすぐにイヴセンティアを褒めなかった理由は、マフィオのことを褒めることができなかったのに、女の子ばかりに褒め言葉を送るのはどうなのだろうか、と変に自重したからである。


 しばらく3人で話をしていると、そこにエルトリアもやってきた。

 白いドレスがよく似合っている。


 「レイ君、わたくしもお話ししたいです!」

 「ピッピは引っ込んでなさいよ」

 「エルトリアです! エ・ル・ト・リ・ア!」

 「はいはい、トリア、トリア」

 「そんな略され方は初めてですっ!?」


 早速とばかりに言い争いを始めるオーファとエルトリア。


 レインもイヴセンティアもセシリアも、それを止めようとしない。

 2人の言い合いには、ここ数日の間に慣れてしまったのだ。

 いつものことだと思って静観している。

 諦めているともいえる。


 「トリア様とりあさまって言うと、まるで鳥頭とりあたまみたいに聞こえるわね?」

 「そう思うなら、トリアと呼ばないでください!」

 「わかったわ、トリピッピ」


 そう言いながら、にこっ、と笑うオーファ。


 「ぷふっ」

 「イヴセンティアさん、笑いましたねっ!?」


 エルトリアに視線を向けられ、さっと顔を逸らすイヴセンティア。

 だが、明らかに肩が揺れている。


 オーファとエルトリアの争いはイヴセンティアを巻き込みつつ、さらに激しさを増していった。


 一方、セシリアとレインはというと、


 「あ、レイン君、あの料理とっても美味しそうよ」

 「本当ですねセシリアさん」


 のんびりと、テーブルに並べられていく料理を眺めていたのだった。



 パーティは主催である高年男性の挨拶から始まった。

 尊大な態度で、今回のパーティが催された経緯や感謝の言葉を語っている。

 でっぷりと太ったお腹に、ブタのように醜い顔、無駄に白い肌。

 陰では白オークなどと言われている男だ。


 この男の話が終わるまで、食事に手を出すことはできない。

 オーファは料理をお預けにされて、少しだけ苛立った声を出した。


 「まだ食べちゃいけないの? そもそも誰なのよ、あれ」

 「あれはプリミスト卿。我がボーディナ家と並ぶ大貴族家の1つ、プリミスト家の現当主だ」


 イヴセンティアがオーファのぼやきに律儀に答えたが、オーファは興味なさげに料理を眺めるだけだった。


 数分後。

 プリミストが挨拶の終わりに、乾杯の音頭を取った。


 「乾杯!」

 「「「っ!? 乾杯!」」」


 ほとんど話を聞いていなかった冒険者たちも、慌てて乾杯を行った。

 事前に渡されていた、なにやら高そうな酒をかかげる。

 レインたちはジュースを渡されていたので、それをかかげた。


 それからは自由に料理を取って食べたり、冒険者たちと雑談をしたりして楽しんだ。

 知り合いばかりの小さなパーティなので、気楽なものだ。


 レインが食事をしていると、プリミストが近付いてくるのが見えた。

 慌てて手に持っていた取り皿をテーブルの上に置き、姿勢を正す。


 そんなレインに、イヴセンティアがそっと近付いて耳打ちをした。


 「レイン、プリミスト卿は女よりも男が好きだといううわさだ。気を付けろ」


 その言葉に反応したのは、レインのすぐ横にいたオーファとエルトリアだった。

 慌てて手に持った取り皿を置き、警戒した顔つきになる。


 だが当のレインは言葉の意味を正しく理解しておらず、のん気な顔をしている。


 「僕もマフィオさんたちのことが好きですけど?」

 「いや、そういう好きじゃなくてな」


 もっと俗な意味の好きだ。

 とは言えず、言葉に詰まるイヴセンティア。


 そんなことをしている内に、プリミストが目前までやってきた。

 姫であるエルトリアにすら目もくれず、レインの前に立つ。

 そして、じろじろとレインのことを観察しながら問いかけた。


 「君がレイン君かね?」

 「はい。レイン・ラインリバーです。よろしくお願いします」


 いつものように礼儀正しい挨拶を行うレイン。


 「うむ、ワシはプリミスト家の当主、パピルメ・プリモ・プリミストだ」


 随分と可愛らしい名前に内心で驚いたレインだったが、それを表情に出すことはない。

 プリミスト家が大貴族であることは知っていたので、無礼が無いように気を付けながら謝意を示す。


 「プリミスト卿、本日はこのような素敵なパーティにお招きいただき、ありがとうございます」

 「んぶふふ、いやいや、姫様を守った小さな勇者君を招待するのは当然のことだよ。気に入ったのなら、今度はワシの家で開くパーティにも招待しよう」


 機嫌よく笑いながらレインを自宅へ誘うプリミスト。


 プリミストは自分が気に入った男を、度々、家へと連れ込んでいる。

 そこで数々の美味い料理を食べさせて喜ばせているのだ。


 プリミストは、美味い料理を食べた人々の笑顔を見ることが大好きな変態なのだ。

 これまでに何度も、家に招待した人々を笑顔にしている。


 そんな変態が、レインのことをとても気に入ってしまった。

 肉々しい手を差し出し、口元の笑みを深める。

 軽く舌なめずりをして、ぶひぶひと鼻息が荒い。


 そこに、オーファが割って入る。


 「あんた、あたしのレイになにするつもりよ」

 「おっと、『神童』殿を怒らせてしまったようだな、こわいこわい。仕方がない、ワシはこれで失礼するとしよう。んぶふふふ、それでは楽しんでいってくれたまえ、レイン君」


 プリミストは意外なほどあっさりと引き下がった。

 レインという少年を見出せただけで、すでに満足しているのだ。

 わざわざパーティを催した甲斐があったと笑みを深める。

 オーファの態度にも気分を害した様子を見せず、のっしのっしと歩いて行った。

 一応、去り際に、エルトリアに会釈をしていた。


 レインは、とエルトリアへと視線を向けた。

 プリミストのぞんざいな扱いに気を悪くしていないだろうかと心配になったのだ。


 だがエルトリアは、なぜレインが自分のことを見つめてくれるのかわからず、小首を傾げた。

 そしていくつか理由を考え、きっとレインが気にしていることはこれだろうと、思い付いたことを言ってみた。


 「わたくしはレイ君が将来どんな姿になっても大歓迎ですよ!」


 エルトリアはこう考えたのだ。

 きっとレインは、プリミストの姿を見たことで、自分もあんな姿になってしまわないかと不安に感じてしまったのだろう。

 でも大丈夫、中身さえレインであれば、外見がどうなろうとまったく問題ない。

 どんな姿でも必ず幸せにしてみせる。


 そんなエルトリアの言葉だったが、残念ながらレインにはその真意が伝わっていない。


 「え? はあ、ありがとうございます?」


 頭に疑問符を浮かべつつ、返事を返す。


 ちなみに、レイン以外にはエルトリアの言葉の意味がわかっていた。


 「あたしも、レイが太ってハゲて脂ぎって背が縮んでも――」


 ――とエルトリアに張り合うオーファ。

 さらに、


 「むっ、私も」


 と、なぜかイヴセンティアもそれに加わった。


 セシリアも、レインが健康ならどう成長しても良いと思っている。

 だがプリミストのような体形で、健康ということはないだろう。

 だから釘を刺しておくことにした。


 「レイン君、あんまり夜更かししたり、脂っこいものばかり食べちゃダメよ?」

 「わかりました、セシリアさん」

 「うん、いいこいいこ」


 素直に頷くレインを、セシリアは優しく撫でたのだった。


 セシリアが体調管理をしている限り、レインの体型が極端に変化することはないだろう。



 パーティは日が暮れる前に終わった。

 レインたちは、すでにスーツから普段着に着替えている。


 「美味かったけど、あんま食った気がしねーな」

 「確かにな。俺たちにはあんな上品な食事なんかもったいねーよ」

 「ギルドで二次会にすっか!」


 そんなわけで二次会が開かれることになった。

 みんなでギルドに向かって街を歩く。

 当然、レインやオーファも一緒だ。

 だが、なぜかエルトリアやイヴセンティアまで一緒にいた。


 「なんで、あんたたちまでいんのよ?」

 「わたくし、もっとレイ君と一緒にいたいです!」

 「私はエルトリア様の護衛を務めさせていただかねばならんからな。致し方なし、だ」


 イヴセンティアは息の抜き方や、融通の効かせ方が上手くなってきている。

 本意ではないと言いたげだが、その表情は楽しげだ。


 「お姫様がふらふら出歩いててもいいの?」

 「いいのです!」


 オーファの問いかけに、自信満々に胸を張るエルトリア。


 「イヴ、本当なの?」

 「あまりよくない」


 あっさり暴露するイヴセンティア。


 「まさかの裏切りですっ!?」


 びっくりです! と言わんばかりの表情で驚くエルトリア。

 その後も、女子3人でわぁわぁと言い合っていた。


 そんな様子を、セシリアは微笑まし気に眺め、こんな日がずっと続くといいなぁ、と思った。

 しかし、きっと皆いつかは変わってしまうのだろう。

 それは仕方のないことだ。


 レインも大人になったら、今の部屋を出ていってしまうのだろうか。

 変わっていってしまうのだろうか。

 そう思うと、少し寂しくなった。


 「レイン君、久しぶりに一緒に手を繋いで帰りましょうか?」

 「え、でも」

 「ね? お願い」


 伝家の宝刀、セシリアの『お願い』。

 レインがセシリアのお願いを断ったことは、今までに一度もない。

 それに、そんなちょっと寂しそうな声と顔でお願いされたら、断れるわけがない。


 「わ、わかりました」

 「やったぁ、ありがと、レイン君」


 レインが手を差し出すと、セシリアは嬉しそうにその手を握った。

 2人で手を繋ぐと、温かくて、心が安らぐ。

 温かい夕日、涼しい風、ほんわかとした優しい時間だ。


 そんな長年連れ添った夫婦のような和んだ雰囲気の2人に、オーファたちが気付いた。


 「ああっ、お姉ちゃんが抜け駆けしてるっ!?」

 「ええっ、ずるいですぅっ!?」


 驚愕の声を出すオーファとエルトリア。


 すると突如、セシリアが悪ノリを始めた。


 「ふっふっふ、レイン君は私のものよ? 奪い取れるかしら?」


 絵本に出てくる悪役のような笑い声を上げ、レインのことを引き寄せる。

 セシリアは意外とこういう悪ノリやイタズラが好きだ。

 ノリノリで演技をしている。


 ……ノリノリの割には、微妙に台詞が棒読みで演技が下手だが。

 それでも、とても楽しそうだ。


 ちなみに、こうなったときのレインは基本的にされるがままである。


 当然、オーファはレインをとられて面白くない。


 「ぐににに! イヴ、お姉ちゃんからレイをとりかえすわよ!」

 「わかった! セシリア殿、失礼」


 イヴセンティアが素早い動きで、すすっとセシリアの背後へと回り込んだ。


 「へ!? な、なに? イヴちゃん?」


 驚くセシリアの耳に、イヴセンティアが口を近付けた。


 「セシリア殿、イタズラにはお仕置きだ」


 耳元で囁き、


 ふぅぅぅぅ――。


 と、優しく息を吹きかける。


 「ひゃあ」


 まさかの『お耳ふぅふぅの刑』に驚いたセシリア。

 慌てて耳を手で押さえて、うずくまった。


 「今よ、エル!」

 「わかっております!」


 オーファとエルトリアがその隙を突いて、レインの腕に抱き着いた。

 そしてそのまま、レインをセシリアから引き離す。


 お互いにレインの一番であることを譲るつもりはないが、協力するべきときは協力するのだ。

 両腕で、しっかりとレインの腕を抱きしめ、発展途上の胸にうずめる。


 「ふ、2人とも、ちょっと待って――」


 レインは、両腕が女の子の温もりと柔らかさに包まれたことに慌てた。

 このままでは男の子の部分が元気いっぱいになってしまう。

 こんな往来の真ん中でそれは不味い。

 ここにはマフィオたち冒険者だっているのだ。

 そんな恥を晒すわけにはいかない。


 なんとか気にしないようにしようと、目を閉じて、精神を集中しようとする。

 でも、そうしたことで、余計に腕の感覚が鋭敏になってしまった。


 ふにゅん――。


 柔らかい。

 ま、不味い!

 元気になってしまうっ!


 そんなふうにレインが焦っていると、セシリアから助けが入った。


 「あっ、こらぁ、2人とも女の子なんだから、男の子とそんなに引っ付いちゃダメでしょ?」

 「で、でも、お姉ちゃんが」

 「でもじゃありません! 仲良しなのは良いことだけど、そういうのは子供には早いって、前にも言ったでしょ?」

 「うう、ごめんなさいお姉ちゃん」


 オーファとしては、大好きなセシリアに怒られると逆らえない。

 仕方がないので、大人しくレインの腕を離した。


 「エルトリア様もお姫様なんですから、もっとつつしみをもってください!」

 「ご、ごめんなさい」


 エルトリアもセシリアにはなんとなく逆らえない。

 やはり仕方がないので、大人しくレインの腕を離した。


 レインは、元気になってしまう前に開放してもらえたことに、胸をなで下ろした。


 だが、今度はなぜかイヴセンティアがレインの手を掴んだ。


 「よし、行くか、レイン」

 「え? は、はい、イヴ先輩」


 レインはなぜ自分とイヴセンティアが手を繋ぐのかわからず、軽く混乱した。

 だが、とりあえず自分からも手を握り返した。


 すると、さらにもう片方の手を、セシリアに掴まれた。


 「行くわよ、レイン君」

 「え? セシリアさん?」


 混乱を深めるレインを余所に、セシリアは楽しげだ。

 新しいイタズラを思い付いたような顔をしている。

 イヴセンティアも似たような表情だ。


 「セシリア殿、走れるか?」

 「まかせて、私、こう見えても結構走るのが得意なのよ」

 「それでは」

 「ええ」


 お互いに頷きあうイヴセンティアとセシリア。

 そして次の瞬間にはレインの腕を引いて、ダッと走り出した。

 他の冒険者たちを追い抜きながら、ギルドに向かって全速力だ。


 「ああ、待ってよお姉ちゃん!」

 「謀反むほんですぅっ!?」


 慌てて追いかけるオーファとエルトリア。

 だが、エルトリアの足はあまり早くない。


 「仕方がないわね、ほら」

 「あ、ありがとうございます」


 オーファがエルトリアを抱きかかえて走りだした。

 次々に歩いている冒険者たちを追い抜いていく。


 先頭を歩いているのはマフィオだ。


 「セシリアちゃんたち、急に走り出してどうしたんだ、って、うをぃっ、今度はなんだぁっ!? オ、オーファちゃんか、ビビったぜ!」


 猛スピードで走り抜けていくオーファに、驚いて飛び退くマフィオ。


 そこにルイズが声をかけてきた。


 「兄さん、たまには俺たちも全力ってやつを見せてやるか?」

 「そりゃなかなか面白れーな! それじゃあ」

 「ああ」


 そう言って頷き合ったマフィオとルイズも走り出した。

 それにつられるように、


 「俺たちも行くか!」

 「おうよ!」

 「負けねーぞ!」


 他の冒険者たちも一斉に走り出した。


 ただの遊びで仲間たちと街中を駆けまわるなんて、子供のころに戻ったみたいだ。

 冒険者たちは、夕日に照らされた街を走りながら、皆、楽しそうに笑った。


 レインたちは、ギルドへ着いてからも笑顔で騒ぎ合い。

 今日という日を、目いっぱい楽しんだのだった。

◆あとがき


夕日の中を走る。

青春です。


そんなわけで、ここで2章は終了です。


明日と明後日は小話を1話ずつ投稿して、3日後から3章を投稿していこうと思います。




Q:エルトリア様ってこんなキャラだっけ?

A:エルトリア様には今まで対等に言い合える友人がいなかったので、はっちゃけた言動は少なかったですが、『』はこんな感じです。

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