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49:優先するもの

 スキル鑑定はエルトリアの宣言通り、わずかな時間で終了した。

 その結果、判明したのは以下の5つのスキルだった。


 『持久力上昇』

 『飛行速度上昇』

 『薄羽強化』

 『菌耐性上昇』

 『毒耐性上昇』


 この内、『持久力上昇』『飛行速度上昇』『薄羽強化』は、人間に効果がないらしい。


 一方、『菌耐性上昇』『毒耐性上昇』は、人間にも効果があるようだ。

 直接的に戦闘能力が上がるわけではないが、持っていれば便利だろう。

 完全に無効化できるわけではないため過信はできないが、無いよりはマシだ。


 ちなみにスキルの名称は、エルトリアが勝手に名付けたものである。



 レインたちはスキル鑑定が終わると、小物入れだけを持って、すぐに家を出た。


 レインはエルトリアを家に置いていくべきか迷った。

 だが、お姫様を1人きりで放置するわけにはいかない。

 なので一緒に部屋を出た。


 扉の鍵をかけ、階段を下りる。


 レインは1秒でも早くオーファに会って謝りたいと思った。

 別れ際のオーファの涙に震えた声を思い出すだけで、胸が痛む。

 すぐにでも仲直りしたい。

 だが、どこを探せばいいかはわからない。


 「レイ君、オーファさんの行き先に思い当たることは?」


 エルトリアの問いかけに、レインは首を横に振って答えた。

 オーファのお気に入りの店、2人でよく行く場所、女学院の友達の家、いつもの遊び場。

 普段のオーファが行きそうな場所なら、いくらでも思い付く。

 だがオーファがこういうとき、どんな場所に行くのかはわからない。

 しかし、じっと待ってなんかいられない。


 「オーファがいるかはわかりませんが、とりあえず、冒険者ギルドへ行ってみようと思います」

 「わかりました」


 レインは駆け出したい気持ちを抑え、エルトリアの手を引いて、冒険者ギルドへと向かった。



 レインはギルドに到着すると、わき目もふらずに受付へと向かった。


 「セシリアさん!」

 「レイン君、お疲れさま。そちらの子は?」

 「こちらは、第一王女のエルトリア様です」


 レインの紹介を聞いて、セシリアがわずかに驚いた顔をした。

 それと同時に、食堂の方から冒険者たちのむせたような声が聞こえてきた。

 レインが連れてきた女の子がお姫様だったことに驚いたのだ。

 冒険者たちに盗み聞きするつもりなんてなかったのだが、聞こえてしまったものは仕方がない。


 「おおお、おい、今、第一王女って聞こえなかったか!?」

 「俺の聞き間違いじゃなかったのかよ!?」

 「お、俺の髪型、無礼じゃないかな!?」


 軽く混乱する冒険者たち。


 レインは驚くのも無理はないと思いつつ、さっきから無言のままのエルトリアを見た。


 「エルトリア様?」


 レインに名前を呼ばれたエルトリアは、はっと我に返った。


 「あっ、す、すみません。あまりにお美しい方だったので、つい見惚れてしまって。はじめまして、わたくし、エルトリア・ストファ・リンセス・ヴァーニングと申します。よろしくお願いします」


 スカートをちょんと摘み、可愛らしくお辞儀をするエルトリア。


 「はい。私はセシリア・ラインリバーです。よろしくお願いします、エルトリア様」


 いつものように笑顔で自己紹介するセシリア。


 レインはその笑顔に安心感を覚え、自分の心が落ち着くのを感じた。

 呼吸を整えてから、ゆっくりと問いかけた。


 「あの、セシリアさん。オーファ来てませんか?」

 「オーファちゃん? 今日は来てないけど、どうかしたの?」

 「あの、僕がオーファを傷つけてしまって、それで――」


 ――と、レインは、『スキル共有』について触れないように注意しつつ、オーファを探している事情を簡潔に説明した。


 その話を聞いたセシリアは、当然ながらオーファのことを心配したが、今は仕事中なので受付から抜けられない。


 「わかったわ。オーファちゃんが来たら、レイン君が探していたって伝えておくわね」

 「はい、お願いします。僕は別の場所を探してみます」


 レインがそう言って受付から立ち去ろうとすると、その前に声がかけられた。


 「レイン!」


 呼ばれた方を振り返ると、ギルドの入り口にマフィオが立っていた。

 ルイズたちも一緒だ。

 どうやら依頼を終えて帰ってきたところらしい。


 「途中からだが話は聞かせてもらったぜ! 俺たちもオーファちゃん探しを手伝ってやる!」


 マフィオがそう言うと、食堂の方にいた冒険者たちも一斉に立ち上がった。

 マフィオに言われなくて手伝うつもりだったのだ。

 すでに食事も精算も済ませており、準備は万端である。


 「ありがとうございます、マフィオさん、みなさん」

 「困ったときはお互い様だぜ!」


 マフィオがそう言って、がはは、と笑うと、他の冒険者たちも次々と賛同の声を上げた。


 「ああ、マフィオの言う通りだ!」

 「たまには俺たちも良いとこ見せねーとな!」

 「人探しは得意だぜ!」


 頼りがいのある冒険者たちの言葉。


 レインが冒険者たちに感謝している横で、エルトリアがギルドの熱気に目を白黒させて驚いていたのだった。



 ギルドを出たレインたちは、手分けをしてオーファを探し始めた。

 もし見つからなくても、日が沈むころに一度、ギルドに集合することになっている。


 もしかしたら、すぐに見つかるかもしれないし、オーファが自分で戻ってくるかもしれない。

 そう考えると、あまり大事おおごとにするのは気が引けるとも思ってしまう。


 だが、家出をして、そのまま家に帰らないという話はよく聞く。

 楽観視をして、手遅れになってから慌てて探しても遅いのだ。

 一刻も早く見つけ出したい。


 レインとエルトリアは、オーファを探しながら街を歩いた。

 向かう先は中央区。


 レインはまず、エルトリアを王城に送り届けるつもりだ。

 その道程でも、オーファがいそうな場所は逐一確認していく。


 商店が立ち並ぶ通りにはいなかった。

 公園にもいない。

 女学院の友達の家を訪ねてみたが、いない。


 どこにもいない。


 やがてレインたちが中央区の近くまできたとき、偶然にもイヴセンティアと出くわした。

 珍しく騎士服に身を包んでいる。

 帯剣もしているようだ。


 「エルトリア様、ご機嫌麗しゅう存じます」

 「イヴセンティアさんも、ご機嫌麗しゅう」


 イヴセンティアはエルトリアへとうやうやしく挨拶を行った後、レインへと向き直った。


 「レイン、こんなところで奇遇だな」

 「イヴ先輩、お疲れさまです。実はオーファを探しているんですが、見ていませんか?」

 「オーファ殿? いや、私は見てないな。なにかあったのか?」

 「はい、実は――」


 ――と、レインは掻い摘んで事情を説明した。


 「そうか、なら、私も手伝おう」

 「いいんですか?」


 イヴセンティアの申し出に、レインは驚いたように問い返した。

 わざわざ騎士服を着ているということは、なにか用事があったのではないだろうか。

 それなのにオーファ探しを手伝ってもらってもいいのだろうか。


 「ああ。ボーディナ家の嫡女として、護衛もお付けになっていないエルトリア様を、そのままにするわけにもいかん。決してレインが頼りにならんわけではないが、一応な」


 要するに、エルトリアの護衛としてついてきてくれるらしい。


 レインとしても、エルトリアの護衛に関しては気になっていたので、イヴセンティアの申し出は素直に助かった。



 王城へ向かって歩きつつ、レインはイヴセンティアに、なぜ珍しく騎士服を着ているのかを尋ねた。

 するとこんな答えが返ってきた。


 「今日は使節団の獣人があちこちを見学して回っているから、騎士隊も人手不足らしくてな。いい機会だから私から申し出て、警備の手伝いに参加させてもらったんだ。流石に、一度も職務を経験しないまま部隊長に収まるのは気が引けるからな」


 在学中に少しでも経験を積んでおくつもりだと説明するイヴセンティア。

 相変わらず真面目だ。


 「僕たちについてきて良かったんですか?」


 警備の仕事の途中に、持ち場を離れてもよかったのだろうか。

 そんな心配するレインだが、イヴセンティアの答えは決まっていた。


 「構わん。何事にも優先順位はある」


 王家に仕える貴族として、なにを一番に優先するのか。


 いかにもイヴセンティアらしい答えに、レインは妙に納得してしまった。



 レインたちは少し足を速めた。

 すでに日が傾いて、空が赤く染まりかけてきている。

 日が落ちきる前にエルトリアを王城へ送り届けるべきだろう。


 「こっちが王城への近道だ」


 イヴセンティアの案内で、レインたちは古い街並みの路地を曲がった。


 狭い路地裏だ。

 高い建物に挟まれたその場所は、日の光が当たらず、じめじめと薄暗い。

 人通りもなく、不気味な雰囲気だ。


 レインたちは早く通り抜けてしまおうと、さらに足を速めた。


 だがその行く手を阻むように、1人の人影が現れた。

 不自然に大きなフードで頭を隠した人影だ。

 いかにも怪しい。


 レインは不審に思い足を止め、イヴセンティアに確認の視線を向けた。


 無言で首を振るイヴセンティア。

 危険の合図だ。


 3人は踵を返し、来た道を引き返した。

 少しだけ小走りになって、不審な人影から急いで離れる。

 今、剣を持っているのはイヴセンティアだけだ。

 不審者との小競り合いなど起こしたくない。


 しかし少し戻った先でも、別の人影が立ちふさがった。

 やはり不自然に大きなフードを被っている。


 イヴセンティアが一歩前に出て不審な人影に声をかけた。


 「そこを退いてもらえるか?」

 「それはできんな」


 そう答えながらフードを脱ぐ人影。

 現れたのはオオカミの顔。

 狼人族ろうじんぞくの男だ。


 「獣人連合国の者か、なにが目的だ?」

 「エルトリア姫を渡してもらおう」


 拒否は許さない。

 言外にそう告げる狼人族の男。

 口元から牙を見せながら、凶暴な笑みを見せている。

 自身の絶対的な優位を確信しているのだろう。


 そのとき、もう1人の人影も追いついてきた。

 その人影もすでにフードを脱ぎ、オオカミの顔を露わにしている。


 挟み撃ち。

 レインたちは緊張感を高めた。


 後から追い付いてきた獣人が、レインたちを無視して、もう1人の獣人に問いかけた。


 「おい、チャイゲダ、どれがエルトリアだ?」

 「ハイゲ、人間は髪の長いのが女だ。いい加減に覚えろ」


 レインたちを挟んで獣人同士で会話する2人。

 どうやら全獣人には人間の見分けが難しいらしい。


 「つっても、髪が長いのは2人いるだろ?」

 「ああ、確かにそうだな。背が低くて銀髪のほうがエルトリアだ。お前は荒っぽいから手を出すなよ。俺が捕獲する」

 「仕方ねぇな。だが、目撃者は殺していいはずだろ?」


 ハイゲと呼ばれた獣人は、そう言いながら、牙を剥きだして笑った。


 「いいから下がっていろ」

 「ちっ、わかったよ」


 舌打ちしながら下がるハイゲ。

 拗ねているのか、かなり後方まで下がっていった。

 その姿は暗闇に溶け、すでに見えない。


 チャイゲダと呼ばれていた獣人は、それを見届けると、レインたちに近付いてきた。


 剣を抜くイヴセンティア。


 「止まれ、エルトリア様に近付くな!」

 「ほう、俺とやる気か?」


 チャイゲダも足を止め、刀を抜いた。

 かなり大きな幅広の刀――八卦刀――だ。


 「レイン、私が奴を抑える、エルトリア様を連れて逃げろ!」

 「イヴ先輩、無茶ですよっ!」


 レインの脳裏には、グレイという名の獣人が騎士ザブードを叩き伏せている光景が思い出されていた。

 あの模擬戦のとき、イヴセンティアはザブードに勝てないと言っていた。

 そのザブードが一方的に負けてしまった獣人に、勝てるわけがない。


 「すべての獣人が、あのグレイとかいう獣人ほど強いわけじゃないさ」


 人間にだって強い人間がいれば、弱い人間もいる。

 獣人であってもそれは同じ。

 理屈はわかる。

 だが、だからといって、目の前の獣人が弱い保証なんてない。

 むしろエルトリアを襲撃するために選ばれた戦士だとすれば、かなり強いはずだ。


 どうせ勝てないなら、逃げに重点を置くベきだ。

 最速で逃げるなら、イヴセンティアがエルトリアを担いで走るべきだ。

 レインは自分が囮になって、その隙にイヴセンティアに全力で逃げてもらうべきだろうと思った。


 「イヴ先輩、僕がおとりに――」


 レインが言い切る前に、エルトリアがその言葉を遮った。


 「イヴセンティアさん、今、わたくしがなにかを言っても、お二人の邪魔にしかならないとは理解しています。ですが、わたくしは、レイ君をおとりにするという作戦は容認できません」

 「もちろんです、エルトリア様。私にもそのつもりはありません」

 「それなら、なにも言うことはありません。わたくしはお2人の邪魔にならぬよう、指示に従います」


 エルトリアはレインが助かるなら、自分が獣人に拉致されても良いとすら考えている。

 その後、もしはずかしめを受けそうになったら、その前に自害するつもりだ。

 それでレインが助かるなら、迷わずそうする。

 だが、さっきの獣人たちの会話から、獣人たちがレインを殺すつもりだとわかっている。

 自身が囮になって拉致されるという作戦は意味がない。

 だからこそエルトリアは、レインとイヴセンティアが動きやすいように、大人しく指示に従っているべきだと考えた。

 それが一番レインの安全につながると結論付けたのだ。


 エルトリアが納得したのを確認したイヴセンティアは、レインへと声を向けた。


 「私がただのボーディナ家の嫡女なら、お前をおとりに、いや、お前を見捨てて、エルトリア様だけをお連れして逃げただろう」


 イヴセンティアの声は酷く自嘲気だ。

 いまだに遠征訓練のときのことを悔いているのだろうか。


 イヴせティアは剣の切っ先をチャイゲダに向けながら、言葉を続けた。


 「だが、今の私はボーディナ家の嫡女であると同時に、騎士でもある。騎士には、他国の侵略から国を守る義務がある。市民の幸福な暮らしを守る義務がある。最初に騎士の資格を得たときには、色々いろいろと思うこともあったが……。ふっ、なるほど、なかなかに便利な肩書じゃないか」


 そう言いながら、くつくつと笑うイヴセンティア。

 自らの立場や役目に縛られて生きてきた自分が、その立場を利用して、優先順位から目を逸らし、我を通そうとしている。

 そう思うと、おかしくて堪らない。


 「イヴ先輩……」


 レインの声。


 イヴセンティアは、不安気に自分の名を呼ぶレインに、いとおしさを感じた。

 だがその感情を捨て置き、2人を生かすために叫ぶ。


 「レイン、エルトリア様をお守りしろ! 待たせてしまってすまんな、獣人殿。イヴセンティア・リッター・ボーディナ、押して参るッ!」


 自ら死に行く者の悲壮さなどない。

 ただ気高く美しい。

 騎士としての姿がそこにはあった。

◆あとがき


Q:そんな危なそうな路地裏に入るなよ?

A:獣人がいないときは平和な街なのです。




(以下、ネタバレ含む




一応の注意事項ですけど、次回以降の話では人が死ぬ描写が出てきます。




(以下、さらにネタバレを含む




ヒロイン枠に入っている登場人物は死にません。

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