5:どげざ
入学してから数日経った。
「それでは、2人ずつペアを作ってください」
教員がそう言った。
掃除当番を決めるらしい。
男子は男子、女子は女子と組み、次々にペアができていく。
今年の新入生は男子15人、女子15だ。
ともに奇数人数のため、1人ずつ余る。
男子は当然のようにレインが余った。
女子はクジで決めるらしい。
レインとペアになることは完全に罰ゲーム扱いだ。
お姫様であるエルトリアは女子たちに人気である。
クジの景品扱いになっていた。
レインとは扱いが真逆だ。
レインはチラッと、クジで負けた女の子の方に目を向けた。
金髪巻き毛の女の子だ。
確か、キュリアとかいう名前だった気がする。
「っひ」
キュリアはレインと目が合い、短い悲鳴を上げた。
ジワっと涙が溢れ、泣きそうな表情だ。
本気で嫌がっているのがわかる。
レインは、泣きたいのは自分の方だと思った。
でも、何も言わなかった。
ピクリとも表情を動かさず、黙って正面に向き直った。
「あー、無能がキュリアちゃん泣かせたー」
「うわー、さいてー」
「あやまれゴミやろー」
いつものように、関係ない生徒たちがはやし立ててくる。
最近はブラードが先導しなくても、みんな面白がって率先的にレインに悪口を吐く。
レインは覚えた。
目をつぶって黙っていればそのうち終わるし、涙も零れない。
無視をするのが一番楽なのだ。
しかし、この日は悪口だけでは終わらなかった。
「どげざしろよ!」
誰かがそう言った。
「そうだー、どげざしろー!」
誰かが便乗した。
「どげざっ」
「「どげざっ! どげざっ!」」
「「「どげざっ! どげざっ! どげざっ!」」」
誰もが追従した。
仕方なく、レインは無表情のまま席を立った。
そして、キュリアの近くまで行き、ひざをついて地に頭をつけた。
「どげざだけじゃなくて、ちゃんと、ことばでもあやまれよ!」
誰かが謝罪の言葉を請求してきた。
お前は関係ないだろ、とは言わなかった。
「ぼくがペアのあいてで、ごめんなさい」
大人しく謝った。
顔を上げたら、キュリアは泣き止んでいた。
土下座で満足したのだろうか。
だとしたら嫌な性格だ。
レインは、キライだと思った。
横から、ブラードが席を立って近付いてきた。
「もう1かい、どげざしろ」
レインは大人しく土下座した。
すると頭を踏まれた。
久々に涙が出そうだった。
この日から、レインはことあるごとに土下座させられるようになった。
こんな日が何日も続いた。
◇
当たり前のことだが、レインがイジメられていることを、学院側は正確に把握している。
しかし、把握したうえで放置している。
レインという無能な子供が、他の子供へのイジメの受け皿になるからだ。
特に、第一王女エルトリアの存在が大きい。
本来なら王族の入学は慶事である。
しかし、当初、運営理事たちはエルトリアの入学に対し、渋い顔をした。
エルトリアの所持スキルが1つしか無かったからだ。
所持スキルが少ない子供は、『持たざる者』や『無能』などと|揶揄(揶揄)され、大凡がイジメの対象になる。
過去にも、何度もそれが原因でイジメが起こった。
大人たちの間でさえも、スキル所持数が少ない物を嘲る風潮は根強い。
もちろん、絶対にイジメが発生するわけではない。
だが、楽観視できるわけもない。
エルトリアは第一王女という立場なので、子供たちが分別のつく年齢になればイジメられることはないだろう。
しかし、新入生たちは7才前後。
そんな子供たちに分別を期待できるはずがない。
当然、子供の親たちも「王女に無礼が無いように」と、自分たちの子供へ言い聞かせるだろう。
だが、甘やかされて育った貴族の子供たちだ、効果のほどは怪しい。
それに、悪気もなくエルトリアのスキル数に対して、辛辣な言葉を吐く可能性もある。
肝心なのはエルトリア本人が、それをどう思うかだ。
周りの子供たちにイジメているという意識がなくても、エルトリア自身がイジメられたと感じるかもしれない。
それで、王や王妃に告げ口でもされたら、面倒なことになるのは目に見えている。
学院側としては、それは絶対に避けたい事態だ。
例え依怙贔屓と取られようとも、何かしらの策を講じなければならない。
だが、具体的な解決案が出される前に入学式の日が来てしまった。
理事たちは困り果てた。
しかし、いざ学院生活が始まったら、理事たちの懸念は勝手に解決した。
レインがいたからだ。
レインというスキルを1つも持たない『無能』がいることで、エルトリアへ向かうかもしれなかったイジメが、全てレインへと向かう結果となった。
元々はレインの存在も、理事たちにとって面倒以外の何ものでもなかった。
エルトリアだけでも面倒なのに、更に無能なレインを入学させられてしまった、と理事たちはそろって頭を抱えたものだ。
だが、こと此処に至り、理事たちは、レインがこの上なく便利な『弾除け』だと気付いた。
親に捨てられたレインには、怒鳴り込んでくる面倒な保護者がいない。
どんなに理不尽な扱いでも文句を言ってくることが無い。
もし死んでしまっても、なんの問題もない。
理事たちにとってこれほど都合がいい存在は他にない。
ただ教室にいるだけで、子供たちの共通の敵としてイジメの対象になってくれるのだ。
唯一気になることは、スキル無しの無能者である孤児を卒業させてしまえば、学院の品位に関わるということだ。
卒業生の名は、記録として残る。
栄光ある王立学院にそんな汚点を残すわけにはいかない。
だが、それは簡単に解決できる問題だ。
卒業直前にレインを適当な理由で退学にでもしてしまえばいいのだ。
理事たちはそのように考え、実際にそうするつもりだった。
そんなわけで、レインへのイジメはほぼ学院公認のような扱いになっている。
◇
レインへの悪口は、子供たちの語彙が少ないせいか、『無能』『汚い』『臭い』『ゴミ』といった、同じようなないようのものばかりだった。
だが、単純な悪口とはいえ、言われる本人であるレインには堪ったものではない。
あまりにも同じ悪口ばかり言われつづけたせいで、本当に自分は臭く汚いゴミなのではないかと思ってしまうほどだ。
レインは、なんとか悪口を言われないようにしようと、一応の努力をしている。
例えば、『汚い』や『臭い』といった悪口を言われないように、出来るだけ身綺麗にするように心がけるようになった。
可能ならば、お風呂に入って、石鹸とお湯で身体を洗いたい。
公衆浴場へ行けばそれができるのだが、悲しいことにお金がない。
他にも、『無能』でもダメな人間ではないと証明するために、学院の授業に必死になって取り組んでいる。
王立学院では修業内容が、学術や剣術、魔術など、多岐に渡る。
そのため、初等部といえども、つまずく生徒は意外と多い。
しかし、レインは、教員から『優秀』という評価をもらえるくらいには努力していた。
その甲斐あってか、実は、各科目の指導担当の教員たちからのレインの受けは、意外と良い。
指導教員たちは、運営理事たちによってレインへのイジメを止めないように厳命されている。
それを歯がゆく思っているものの、基本的には優秀な教員たちだ。
王立学院の指導教員には、実際に現場で活躍した経験がある優秀な人員が揃えられている。
教員たちは現場での経験で、スキルが合っても無くても、使える奴は使えるし、使えない奴は使えないと知っている。
そして、レインは使える奴だった。
何よりもやる気があることが高評価である。
やる気がない奴は、何をやらせてもダメだ。
やる気だけあれば良いわけではないが、レインは相応の努力をしていた。
そして、ちゃんと結果が付いてきていた。
あくまでスキルを持たない者の枠組みでだが、実技や小テストなどでは常に上位に位置している。
とはいえ、スキルを持つ者との差は歴然だ。
そのため、総合的な成績は平均より高い程度である。
身体強化系のスキルを持つ者には運動系の科目で絶対に敵わないし、魔力強化系のスキルを持つ者には魔術の科目で絶対に敵わない。
それでも、全員が身体強化系、魔力強化系のスキルを持っているわけではない。
持っていないものどうしで比較するならば、レインは優秀だ。
だが、それを面白く思わない者もいる。
ブラードだ。
「おいゴミやろう、あまりちょうしにのるなよ。どうせお前なんか冒険者ていどにしかなれない無能なんだ」
魔術の時間の終わりにブラードが突っかかってきた。
唐突な罵倒。
レインは意味をよく理解できなかった。
無視しようかと思ったとき、ブラードの取り巻きの1人が、ブラードに問いかけた。
「ブラード、ぼーけんしゃってなんだよ?」
それはレインも思ったことだ。
「冒険者は、しゃかい、ふてきごうなクズの集まりだ。おとうさまがそう言っていた」
「へえー」
取り巻きが感心したように声を上げる。
ブラードはそれに気を良くしたのか、ぺらぺらと冒険者について語り始めた。
既にブラードの関心はレインから外れ、仲間たちに自らの知識をひけらかすことに傾いている。
ブラード曰く、冒険者は下賤な職業だ。
定職に就かず、多くの者は住所不定で、大半が魔物の死体を使った汚い装備を身にまとった、野蛮人の集団。
とてもではないが普通ではない。
まさに社会不適合者の集団で、『無能』にはピッタリの職業だ。
そんな話に、取り巻きたちは納得した。
レインはブラードたちの会話を聞き、思った。
もし、自分も冒険者になったらお金を稼げるかもしれない。
そしたら、公衆浴場へ行って、身体を洗える。
そうすれば『汚い』って言われなくなる。
イジメられなくなる。
レインは冒険者に強い興味を持った。