44:うらやむ
王立学院、昼休み。
授業が終わってすぐに、イヴセンティアが教室へとやってきた。
普段イヴセンティアが来るのはレインたちが弁当を食べ終わるころなのに、こんなに早くに来るなんて珍しい。
レインは不思議に思いつつも、教室の入り口で出迎えた。
「イヴ先輩、今日は早いですね?」
「ああ、今日から私もお昼に一緒させてもらおうと思ってな。……め、迷惑だったか?」
いつもの凛々しい表情を、少しだけ不安げに歪ませるイヴセンティア。
そんな表情を見せられて、「迷惑だ」なんて言えるはずがない。
それに、そもそも迷惑だなんて欠片も思っていない。
「迷惑なわけありません。イヴ先輩とお昼をご一緒できれば、僕も嬉しいです」
「そ、そうか。それならいいんだ」
そんなふうに2人で会話をしていると、クラスの男子たちがそこに集まってきた。
レインは何を言われるのだろうかと少し警戒した。
だが、男子たちはレインを無視してイヴセンティアに話しかけた。
「イヴ様、そんなヤツより俺たちと一緒に食べませんか?」
「そうですよ、そんな無能――、そいつより俺たちと食べたほうが、絶対に楽しいです」
「イヴ様、俺たちはどこかの誰かと違って、スキルだってちゃんと持っていますよ」
美しい先輩であるイヴセンティアは、男子たちの憧れの存在だ。
だからこそ男子たちは、レインがイヴセンティアとお昼を一緒するのが我慢できない。
レインへの嫉妬心と、イヴセンティアと仲良くなりたい下心を持って、クラス中の男子たちが口々に誘いの言葉をかけている。
ブラードも、しっかりとレインのスキル数を皮肉った言葉をかけていた。
ちなみにスイと『スキル共有』したことで、今のレインのスキル数は7だ。
実は数だけならブラードと並んでクラスで一番多い。
だが、今のところ役に立つスキルが『攻撃力上昇』だけなので、レインにそんな意識は無い。
男子たちの誘いを受けたイヴセンティアは、不愉快そうに形の良い眉をしかめた。
特に、レインが無能と呼ばれかけた瞬間と、スキル数が皮肉られたときの表情の変化は顕著だった。
「すまんが、気安く『イヴ』と呼ばないでくれるか? その呼び方は友人以外にされたくないんだ」
言外に、お前たちは友人じゃないから馴れ馴れしくするな、と突き放すイヴセンティア。
男子たちは、その言葉になにも言えなくなってしまい、一様に黙り込んだ。
レインも、イヴセンティアがこんなことを言うとは思っていなかったので驚いた。
いつもは自分から「イヴと呼べ」と言い出すのに、珍しい。
「あの、イヴ先輩?」
「なんだ、レイン?」
「僕もイヴセンティア様って呼んだ方がいいですか?」
「いや、レインはいつも通りに呼んでくれ。むしろ呼び捨てでもかまわんぞ」
「よ、呼び捨てはちょっと……、今まで通りイヴ先輩と呼ばせていただきます」
「そうか、残念だが仕方ないな」
肩を竦めるイヴセンティア。
そんなふうに仲良く話す2人に、男子たちはさらに嫉妬した。
自分たちは冷たくされたのに、レインだけがイヴセンティアと親しくするのが許せない。
羨ましい。
妬ましい。
こんなに綺麗な先輩を独り占めしやがって。
そう思えば思うほど、レインのことを無視していられなる。
「おい、イヴセンティア様が優しくしてくれるからって調子に乗るなよ!」
「そうだぞ! 誘っていただいても、お前から断れよ!」
「エルトリア様もイヴセンティア様も、お前なんかが気安く話をしていい相手じゃないんだぞ! 少しはわきまえたらどうなんだ! 図々しい!」
男子たちは、レインだけが女子と仲良くしていることが我慢できない。
身勝手な言い分で、口々にレインを非難していく。
そんな男子たちの言葉を聞いて機嫌を損ねたのは、レインではなく、イヴセンティアだった。
男子たちの不快な物言いに、こめかみがぴくぴく動いている。
とはいえイヴセンティアには、教室で暴れるつもりなどない。
だが、黙って聞いているのも面白くない。
どうしてやろうか。
少しだけ思案したイヴセンティアは、教室の女子たちに聞こえないくらいの小声で、レインへと話しかけた。
その声は、2人の近くにいる男子たちには、しっかりと聞こえている。
「なあ、レイン」
「なんですか?」
「昨日の夜のことを覚えているか?」
ぬるぬる治療。
「も、もちろん覚えていますけど」
男子たちは、「昨日の夜」という言葉が出た瞬間、騒めいた。
なぜ、夜にレインとイヴセンティアが一緒にいたのか。
耳年増な男子たちは2人が何をしていたのかを想像して、顔を赤らめた。
「レインが上手だったおかげで、すごく気持ちよかったぞ。その礼を言っておこうと思ってな。ありがとう、また頼む」
そう言って妖しく微笑むイヴセンティア。
その姿を見た男子たちは、自分たちの想像が間違っていなかったのだと確信した。
「イヴ先輩、教室でそのことは、その……」
「うん? 照れているのか?」
顔を赤くするレインを、イヴセンティアが揶揄う。
仲良くというより、イチャイチャしている2人。
男子たちの嫉妬心は最高潮に達していた。
無能のくせに、こんなに美人な先輩を相手に1人だけ美味しい思いをしやがって。
自分たちは、まだ女子の手すら握ったこともないのに。
悔しい。
そうは思っても、なにも言うことができない。
直接イヴセンティアに声をかけることもできない。
できるのは、せいぜいレインを睨む程度だ。
そんな男子たちを一瞥したイヴセンティアは、すっきりと胸の空く思いだった。
それから照れるレインの腕を引き、女子たちの昼食の輪に加わったのだった。
◇
放課後。
「レインさん、途中までご一緒させてください」
教室から出ようとしていたレインに、キュリアから声がかかった。
帰りのお誘いだ。
見ると、他の女子たちも一緒のようだ。
だがエルトリアは馬車での送迎があるからか、一緒ではなかった。
とても残念そうな顔をしている。
というか涙目になっている。
「レイ君、今度はわたくしとも一緒に帰ってくださいね」
そう言い残して、馬車の停留場へと去っていった。
「キュリアさん、帰りは聖カムディア女学院に通っている僕の友達も一緒ですが、それでもよろしいですか?」
友達とは、もちろんオーファのことだ。
もし、「ダメだ」と言われたら、オーファと一緒に帰るつもりだ。
女子たちの機嫌を損ねたら、またイジメられるかもしれない。
それでもレインにとっては、クラスの女子たちよりオーファの方が大事なのである。
だが、続くキュリアの言葉で、そんなレインの心配は杞憂に終わった。
「もちろん、お友達もご一緒でかまいません。よろしくお願いします」
オーファが一緒でもいいなら、レインにとって誘いを断る理由もない。
なので、レインはキュリアたちと一緒に帰ることにしたのだった。
◇
学院を出たところで、いつものようにオーファが待っていてくれた。
他のカムディア女学院の女の子たちが一緒かどうかは、日によって違う。
今日はオーファ1人だけのようだ。
オーファがレインに問いかけた。
「レイ、そいつら、…………なに?」
声は静かだが、隠し切れない怒りが表情に現れている。
鋭い眼光でキュリアたちを睨みつけ、レインの返答如何によってはそのまま飛び掛かってしまいそうな迫力がある。
帯剣はしていないが、オーファなら脚技だけで十分に人を殺せる。
「え、えと、こちらはクラスメイトの――」
――と、レインは慎重にキュリアたちのことを紹介した。
オーファが怒っている理由はわからないが、下手なことを言うと不味いことくらいわかる。
「ふーん」
レインの説明に、興味なさげな声を出すオーファ。
その間も、ずっとキュリアたちを睨んだままだ。
死の圧力を孕んだ視線。
殺人的な眼光。
そんな視線を受けたキュリアたちは、恐怖で身動きできなくなっていた。
ここにいるのは全員、温室育ちの貴族令嬢である。
こんな剥き出しの殺気をあてられたことなんて、初めての経験だ。
ゴブリンに襲われた経験はあるが、そんなものとは比べるまでもない。
キュリアたちは、ゴブリン100匹に囲まれるよりも、この殺気だった赤髪の少女1人の方が怖いと本気で考えていた。
そして、その考えは間違いではない。
ゴブリン100匹に囲まれても逃げ切ることはできるが、オーファに狙われたら逃げ切ることはできない。
青くなって震えるキュリアたちを可哀想に思いつつ、レインはオーファのことも紹介した。
「こっちは友達のオーファです」
その紹介を聞いたキュリアたちは、この赤髪の少女こそが、かの有名な『狼殺しの神童』オーファなのだと確信した。
そして、その神童オーファがここまで怒っている理由にも、すぐに察しがついた。
すなわち、自分たちがレインをイジメていたことを知っているのだ、と。
キュリアたちは、自分がオーファにとって憎むべき敵なのだということを理解した。
レインに謝ったことで、罪は許されたのだと思っていた。
だが、そんなことはなかった。
許されるはずがなかった。
自分を憎んでいるのは、きっとオーファだけではないだろう。
レインと親しい人は、全員、自分を殺したいほど憎んでいるはずだ。
レインの味方にとって、自分は敵。
その事実が、心にズシリとのしかかる。
キュリアたちは、レインのために怒れるオーファの立場を羨ましく思った。
怒りを向けられる愚かな自分の立場を惨めに思った。
この立場は一生そのままなのだろうか。
だとしたら、もういっそこの場で殺されてしまいたい。
そんなことを思った。
だが、オーファにはこの場で殺戮劇を繰り広げる気はなかった。
「……レイ、帰るわよ」
女子たちから視線をきって、レインへと声をかける。
先ほどよりも殺気は幾分か抑えられている。
「う、うん」
レインはオーファに促されるまま歩き出そうとした。
だが、
「ま、まってください」
女子たちの誰かが、それを引き留めた。
再びオーファの怒気が増す。
「あんた、あたしたちの邪魔すんの?」
静かな問いかけ。
だが、凄まじい殺気を全身から滾らせている。
その殺気に当てられた女子の数名が短い悲鳴を上げた。
「ひっ」
そして、思わずレインにしがみついた。
抱き着いたともいえる。
その瞬間、オーファがわずかに腰を落とし、攻撃の姿勢をとった。
「死になさ――」
「待ってオーファっ!」
オーファが必殺の一撃を繰り出す直前、レインが制止の声をかけた。
踏み込みかけていたオーファの足が止まる。
「レイ、心配しなくても大丈夫よ。だって、あたしはすごいんだから。クズ共の処分に10秒もかからないわ。レイのことは、あたしがずぅっと守ってあげるからね?」
レインに向けられたオーファの顔からは、殺気は感じられなかった。
だが、なにを考えているのかもわからなかった。
クズ共というのは王立学院の女子たちのことだろう。
確かにオーファなら10秒もかけずにどうにかできそうだ。
だが、そんなことをさせるわけにはいかない。
「オーファ、ちょっとだけ待ってて」
「……わかったわ」
渋々と頷くオーファ。
レインはそれを確認すると、女子たちへ声をかけた。
「みなさん、ごめんなさい。僕はオーファと2人で帰ります」
そう言いながら自分にしがみ付く女子を、そっと引きはがす。
その女子は、「ぁ……」と悲し気な声を上げていた。
「今日は、誘っていただけて嬉しかったです」
レインそうは言って少しだけ微笑んだ。
ただの社交辞令、愛想笑い。
だが、女子たちには、それだけで十分だった。
こんなときなのに、それだけの言葉で心が満たされた。
オーファが、その様子をじぃと見ていた。
「あの、レインさん……、また明日」
キュリアたちの別れの挨拶。
レインはそれに簡単に応えると、オーファの手を引いて足早にその場を離れた。
◇
「オーファ、ごめんね?」
レインはオーファになんの断りもなくキュリアたちを連れてきたことを謝った。
「ううん、レイは何も悪くないわ。……学院の女子と仲直りしたの?」
申し訳なさそうに問い返すオーファ。
レインとキュリアたちの別れ際のやり取りを見てそう思った。
あのやり取りからは、悪感情など見て取れなかった。
「うん、エルトリア様が取り成してくださったおかげで、仲直りできたよ」
「そう、よかったわね。…………邪魔しちゃって、ごめん」
オーファは頭を下げて謝った。
せっかくレインへのイジメがなくなって、クラスの女子たちと仲良く下校しようとしていたのに、それを邪魔してしまった。
そう考えたら、あまりの罪悪感で泣きそうになった。
さっきオーファは、レインが王立学院の女子たちに囲まれているのを見た瞬間、またイジメられているのだと勘違いしてしまったのだ。
それで思わず殺気立ってしまった。
だが、イジメはすでになくなっていた。
『エルトリア様が取り成してくださったおかげ』
この言葉がオーファの中で反響する。
それはつまり、エルトリアがレインをイジメから守ってくれたということだ。
自分じゃなくて、エルトリアがレインを守っている。
そう考えた瞬間、オーファの心がざわついた。
レインが傷つかないのなら自分は嬉しいはずなのに。
レインが守られているなら自分は満足なはずなのに。
なのに、レインを守ったのが自分じゃない。
そう思うとオーファは悔しかった。
「ううん、邪魔なんかじゃないよ。僕にはオーファのほうが大切だから」
元々なにかあればオーファを優先しようと決めていた。
それに一番大切な友達を、邪魔だと思ったことなんて一度もない。
そんなレインの言葉。
オーファにとってなによりも嬉しい言葉。
「レイ……」
オーファは、レインとどこか遠くへ行って、2人だけで暮らしたいと思った。
でも、それはできない。
レインがイジメから解放され、今の生活に満足しているのなら、その生活をも守らねばならない。
すべて守ってみせる。
オーファはそう心に誓った。
レインを守るのは自分なのだ。
◆あとがき
積極的にイヴ先輩との仲を見せびらかしていくスタイル。
レイン君には女の子を侍らせて見せびらかす趣味はないんですけど、作者はそういうの好きです。
`・ω・)`・ω・)さいてー、この作者さいてー!
うるへーッ、レイン君がいい子だからいいのッヽ(`Д´)ノ←開き直りつつの逆ぎれ
Q:レイン君が女性の脚に触るシーンが多いけど、脚フェチ?
A:どちらかというとレイン君はおっぱいが好きです。
だいたいセシリアさんのせいです。
ちなみに作者は女性の鎖骨(特に肩側の端っこあたり)が好きです。
あと薄っすらとした腹斜筋も好きです。
次回、小話になります。
小話は今まで夕方に投稿してたんですけど、次回は明日の朝投稿予定です。




