42:帰宅
レインが馬車へと戻ってくると、オーファが外に立って見張りをしていた。
イヴセンティアと御車の女性は、中にいるらしい。
「レイ、どうしたの、なにかあったの?」
「ううん、なんでもないよ、オーファ」
レインは、妖精のスイと出会ったことを言わなかった。
『スキル共有』が発動してしまったせいで、不用意に言えなくなってしまったのだ。
オーファに隠し事が増えることを心苦しく思うものの、こればっかりは仕方がない。
正直に全部言ってしまえれば自分の心は楽になるだろう。
だが、自分の罪悪感を拭うためだけに、オーファに余計なことを話すわけにはいかない。
そんなことをしてしまえば、オーファまで今の自分と同じ心労や、無用な危険にさらされる恐れがある。
「なんか顔色が悪いけど、大丈夫なの?」
「大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけだから」
レインはなんとか笑顔を取り繕ってそう答えた。
一応、嘘ではない。
今日はいろいろあって疲れた。
ちょっと眠い。
明日の朝の配達を休みにしておいてもらってよかった。
「そう、ならいいけど。あっ、そうだ、疲れてるなら、帰りはあたしがひざ枕してあげよっか?」
「ありがとうオーファ、でも大丈夫だよ」
レインはオーファの心遣いに感謝しつつ、頭を横に振った。
王都までは1時間もかからない。
いくらなんでも、それくらいの時間なら起きていられる、と思う。
だが、少しだけ喉が渇いた。
馬車に乗り込む前に喉を潤しておこう。
そう思い、水筒を取り出し、水を口に含んだ。
「イヴのパンツ、エッチだったわよね」
「ぶふっ! げほけほ、ふぅ、……急になにを言うのさ」
突然とんでもない話題を放り投げてくるオーファに、レインは、じとっとした視線を向けた。
「だ、だって……。レイも、ああいうパンツが好きなの?」
オーファは少しだけバツの悪そうな表情になったものの、この話題を打ち切るつもりはないようだ。
オーファにとってこの質問は、子供っぽいパンツを卒業するか否かを決める、重要なものなのだ。
いや、卒業することは内心ですでに決めている。
だが、レインの返答によっては、卒業後の進路が大きく変わる。
スケスケエッチな紐パンツに就職するのか。
それともオーソドックスな白パンツに入学するのか。
はたまたエレガントな高級路線パンツを開業するのか。
言わば分水嶺なのである。
そう簡単には引き下がれない。
だって、いざレインに見てもらったときに、喜んでもらえなかったら悲しいもの。
そんなふうに考えているオーファだが、レインの心境は複雑だ。
レインとしては、『スキル共有』のことを秘密にしている罪悪感がある手前、できるだけ他のことは正直に答えたい。
だが、いくらなんでも、『イヴセンティアのエッチなパンツが好きか』なんて質問に、正直に答えられるわけがない。
困ったレインは、少し考えた挙句、
「ぼ、僕はもう少し、お淑やかなものでもいいと思うけど……」
好きとも嫌いとも言わずに、とりあえず正直な感想だけを伝えた。
「そ、そうよね、あんなエッチなパンツなんてダメよね! まったくもう、イヴは変態なんだから!」
流石にそれについての感想は言えなかったので、レインは黙って馬車へと乗り込んだ。
◇
レインが馬車に乗り込むと、イヴセンティアが真っ赤な顔になっていた。
御車の女性は楽しそうに笑っている。
どうやら、外での会話が聞こえていたらしい。
「ご、ごめんなさい」
レインは反射的に謝った。
「いや、気にするな。レインはなにも悪くない。むしろ悪いのは私だ。なんなら、お仕置きしてくれてもかまわんぞ」
どこか期待したような顔のイヴセンティア。
レインは反応に困って、御車の女性に助けを求めた。
だが、
「ふふ、私はお邪魔みたいですので御車席に移っていますね。どうぞ王都までお寛ぎください」
御車の女性は、御車席へと移って行ってしまった。
なかなかにお茶目な性格をしているようだ。
そのお茶目さを、今発揮しないで欲しかった。
困ったレインはとりあえず、ヘビに毒がなかったことの報告と、その謝罪をしておくことにした。
「イヴ先輩、お婆さんに聞いたのですが、どうやらあのヘビに毒はなかったようです。治療の必要がなかったのに、先輩の肌に触れてしまい、申し訳ありませんでした」
ヘビに噛まれてからの対処は、今の自分にできる最善を尽くしたつもりだ。
だが、本来は必要なかった治療のために肌を見てしまい、あまつさえ触ってしまったのも事実である。
謝って然るべきだろう。
しかも、平民の自分が、大貴族のご令嬢の柔肌を触ってしまったのだ。
下手をすれば死罪である。
土下座した方がいいのでは?
そんな考えがレインの脳裏を過ぎった。
でも、そんなことをしても、イヴセンティアが喜ぶとは思えない。
そう思って、やめておいた。
「謝らなくていい。毒はなかったかもしれないが、噛まれた傷口の治療をしてもらったのは事実だ。とても助かった、また頼む」
イヴセンティアの懐の広い寛大な言葉に、レインは即座に「はい」と頷いた。
その後、オーファが車内に乗り込んできて、馬車が走りだした。
◇
馬車の中。
なぜか3人で横並びになって座っていた。
奥からイヴセンティア、レイン、オーファの順だ。
向かい側の席には誰も座っていない。
座席は広いから、3人で並んで座っても余裕がある。
……はずなのだが、なぜかレインの両脇には空間的な余裕がまったくなかった。
オーファとイヴセンティアが、ぴったりと身を寄せているのだ。
もちろん、レインが狭苦しさを感じないように気遣ってくれている。
適度な密着感だ。
「せまいわね」
「うむ、そうだな」
伝わってくる温もりと、鼻腔をくすぐる女の子の匂いに、レインは変な気持ちになりかけた。
窓の外に視線をやって気を紛らわそうにも、外は真っ暗でなにも見えない。
車内は魔力灯で明るいのだが、田舎道に外灯など立っていない。
気を紛らわすことができず、レインの意識は両脇に座る女の子2人に集中してしまう。
2人と密着していることは決して嫌ではない。
むしろ、ちょっと嬉しい。
だが、だからこそ辛い。
大切な友達2人に不埒な思いを抱くわけにはいかない。
目を閉じて、瞑想する。
すると、だんだん眠くなってくる。
まだ子供のレインは、性欲より睡眠欲の方が強い。
うつらうつらと船を漕ぐ。
「レイン、眠いなら私のひざを使うか?」
「レイにはあたしがひざ枕をしてあげるから、イヴは向こうの席にいきなさいよ」
「オ、オーファ殿、それはひどくないか?」
「だってイヴはエッチなパンツでレイを誘惑する変態だから」
「うぐっ」
薄れゆく意識の中で、そんな会話が聞こえた。
◇
馬車は王都に帰り着いた。
もう真夜中といって差し支えない時間帯だ。
日付が変わるまで、あと1時間といったところだろうか。
普段ならレインはもう眠っている時間だ。
だが、馬車で少しだけ眠ったので、目は冴えていた。
なので、今日の内に依頼達成の報告をギルドにすることになった。
馬車でギルドの近くまで送ってもらい、3人で中に入った。
ギルドの受付には中年の女性が座っていた。
すでにセシリアは帰宅しているらしい。
「これが、依頼人から預かった証明書です」
「はい、お疲れさま。いま報酬を用意するから、少し待ってね」
数分後、受け取った報酬は1万8千マナ。
レインたちはその報酬を3等分して分けた。
だが、イヴセンティアは自分の取り分を受け取らず、レインへと渡した。
「治療費だ。薬も使わせてしまったしな。私が気にしなくても良いように、受け取ってくれると助かる」
自分のために受け取ってくれと言うイヴセンティア。
レインは断るに断れず、大人しく受け取った。
そしたら、
「あたしのもあげる!」
なぜかオーファまで自分の取り分を渡そうとしてきた。
レインは慌ててそれを止めた。
報酬を独り占めなんて、心苦しいにもほどがある。
むしろイヴセンティアから受け取った分を、オーファと等分してもいいくらいだと思った。
しかし流石に、イヴセンティア本人の前でそれはできなかった。
ギルドの外に出る3人。
「イヴ先輩、おやすみなさい」
「ああ、今日はいい経験ができた。また学院でな」
「気を付けて帰りなさいよ」
「うむ、レインとオーファ殿も気を付けてな」
それだけ告げると、イヴセンティアは馬車の方へと歩き出そうとした。
艶のある黒髪が風になびく。
今日は珍しく髪を後ろで縛って、ポニーテールにしている。
髪留めには、小さな白い花飾り。
「イヴ先輩」
「なんだ、レイン?」
「その髪留め、とっても似合ってますよ」
「そ、そうか。ありがとう」
なんとか平静を保ったイヴセンティアだったが、その頬はほのかに赤く染まっていた。
レインとオーファは、馬車に乗って去っていくイヴセンティアを見送り、帰路についた。
帰宅すると、セシリアが2人を出迎えてくれた。
「おかえりなさい2人とも」
いつものように優しい笑顔。
「ただいまー、お姉ちゃん」
「ただいま帰りました、セシリアさん」
時間はすでに日を跨いでいた。
でも、今日は少しだけ夜更かしをした。
セシリアの入れてくれたホットミルクを飲みながら、依頼で起きたことの話などをして楽しんだ。
途中、オーファがエッチなパンツの話を始めそうになって、レインが必死になってそれを止めた。
翌朝。
この日の配達は事前に休むことを伝えていたレインだったが、いつもの習慣で早く目が覚めてしまった。
なので結局、この日もギルドに赴き、配達の依頼をこなしたのだった。
◆あとがき
美少女の生脚をぬるぬるに撫でまわして、そのお礼にお金までもらうレイン君。
しゅ、しゅごい(^q^;
これが主人公補正というやつです(`・ω・´)
突然ですけど、『ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック』ってありますよね。
『最初に大きな要求を出して、それが断られてから本命の要求を出す』っていうやつです。
所謂、『返報性の原理』という心理を利用した交渉技法で、詐欺などでもよく使われる技法です。
要求を出された側は、一つ目の要求を断った罪悪感から、二つ目の要求を呑んでしまうという感じのアレですね(どれだ
で、レイン君は今回の話で、
『スキル共有を隠しているから、他のことは言わなきゃ』と勝手に思い込んでいます。
これにも返報性の心理が働いています。
オーファちゃんは何もしていないのに、セルフで詐欺に引っかかりにいってるわけです。
これからもレイン君は、女の子に勝手にホイホイ騙されに行くことがあると思います。
ですが、それで不幸になることはありませんのでご安心ください。
これも主人公補正というやつです(`・ω・´)




