41:未知との遭遇
3人は無事に森を抜けた。
向かう先は、村の外れに停車してあるボーディナ家の馬車。
当初は、まずお婆さんに依頼達成の報告に向かう予定だった。
だが、負傷したイヴセンティアに休んでいてもらうために、先に馬車へと向かうことにしたのだ。
イヴセンティア本人は、「もう大丈夫だ」と言い張っている。
しかし、ヘビに噛まれたことを思うと、無理はして欲しくない。
確かにイヴセンティアの顔色は良いいし、身体にも不調は見受けられない。
だが、素人の診察でしかないため、過信はできない。
無理をして悪化してしまえば、後悔してもしきれない。
そんなわけで、お婆さんへの報告には、後からレイン1人だけで行くことになった。
オーファが「あたしも一緒に行く」と申し出たが、レインの説得で、イヴセンティアのもとに付いていてもらうことになった。
3人で農道を歩いているとき、ふと、オーファがレインへと問いかけた。
「ねえ、レイ?」
「どうしたの?」
「お願いがあるんだけど」
「僕、オーファの頼みなら、なんだってするよ」
レインは大恩あるセシリアやオーファのお願いを断る気はない。
もちろんそれには、自分にできる範囲で、という但し書きが付く。
流石に、「1人で魔物を狩って来い」と言われても不可能だ。
だが、2人がそんな無茶なお願いをしないことくらいわかったいる。
だからこそ、2人のお願いならなんだってやろうと思えるのだ。
そんなレインの言葉に、オーファは嬉しそうに頬を緩めた。
うきうきと、それでいてもじもじとお願いをし始める。
「あ、あのね、帰ってから、あんたが嫌じゃなかったらでいいんだけどね。あたしにもね、さっきのやつ、やって?」
「え? さっきのやつって、まさか……」
レインにはオーファがなにを望んでいるのか、すぐに予想が付いた。
わずかに顔が引きつる。
話を聞いていたイヴセンティアが、ピクっと反応した。
なにか言いたげな表情だったが、結局、黙っていることにしたらしい。
「あたしにも、イヴにやってたぬるぬるしたやつ、やって?」
期待した表情のオーファ。
レインは困った。
確かに不可能ではないし、無茶なお願いでもない。
だが、オーファをぬるぬるにして、触って揉みしだくなんてできない。
治療であるならまだしも、ただの興味本位でやっていいことではない。
だって、それはセシリアが言うところの『清く正しい友達付き合い』に反することだ。
先日、怒られたばかりである。
セシリアの言いつけに背くのは、悪いことだ。
手を繋ぐくらいなら良いだろうが、ぬるぬるにして撫でまわすのは良くない。
だからそのお願いは、自分にできる範囲のことではない。
確かに治療中のイヴセンティアは、気持ちよさそうな表情に見えなくもなかった。
オーファがぬるぬるに興味を持って、試してみたいと思う気持ちもわかる。
しかし、あれはあくまで治療行為なのだ。
興味本位でしてはいけない。
ここは自分がしっかりしないといけないだろう。
普段から無理強いしてこないオーファなので、ちゃんと言えばわかってくれるだろう。
だが、先日の夜のように、たまに暴走気味になることがある。
なので、油断はできない。
レインはそう思いつつ、ぬるぬるできないことをオーファに伝えた。
「――というわけだから、オーファをぬるぬるにはできないんだ」
「そっか……、そうよね。無理言ってごめんね?」
オーファがあっさりと引き下がってくれたので、レインは安心した。
それと同時に罪悪感も湧いた。
「ううん、僕の方こそごめん。なんでもするって言ったのに」
「あんたは悪くないんだから、謝らなくていいわよ」
「うん、ありがとうオーファ」
そんなことを話している内に、3人は馬車へと到着した。
レインは御車の女性に、イヴセンティアがヘビに噛まれたことを告げた。
すると、御車の女性がイヴセンティアの診療を行ってくれることになった。
聞くところによると、解毒魔術を一通り修めているらしい。
流石はボーディナ家の使用人だ。
診療の間は、オーファが馬車の外で見張りをしてくれることになった。
なのでレインは安心してその場を離れることができた。
◇
お婆さんの家へ向かうレイン。
この農村はかなり広い。
人口の少ない村だが、家々の距離が遠く離れている。
夜の村は静かで、まったく人気が無かった。
すでにほとんどの農家は就寝しているようだ。
だが、お婆さんの家はまだ明かりがついていた。
どうやら、レインたちが戻ってくるのを待っていてくれたらしい。
そのことに感謝しながら、レインは報告を行った。
「――というわけで、ハチの巣は無事に駆除できました」
「んばぁ、まごっさぁご苦労だばぁ、お疲れじゃばったのぉ」
レインが要点をまとめて簡潔に報告すると、お婆さんは労いの言葉をかけてくれた。
「あと、一応の報告なのですが、森で大きなヘビを何匹も見かけました」
「だばぁ、ここんらのヘビばぁ、まぁこデっけぇだども、毒ば持っでねっがら、もぉす噛まれちもぉても平気だば」
お婆さん曰く、ヘビは大きいが無毒らしい。
レインはそのことを聞いて、安心した。
どうやらイヴセンティアに施した治療は、必要なかったらしい。
とはいえ、それは結果論だ。
毒の有無がわからなかった以上、あれ以外の選択肢がレインにはなかった。
しかし、不必要に乙女の柔肌に触れてしまったことも事実。
なのでレインは後でイヴセンティアに謝っておこうと思った。
レインが一通りの報告を終えると、お婆さんは依頼終了の証明書を取り出した。
これをギルドに提出すると、報酬がもらえるらしい。
「ありがとうございます」
「礼さ言うだば、こっづの方だべ、んがががっ!」
その後、レインはお婆さんと挨拶をして別れた。
◇
お婆さんの家から馬車へと向かう道すがら、レインは変なものを見た。
スイカほどの大きさがある光球だ。
それが、村の中をふわふわと漂っている。
レインは、光虫の一種だろうかと考えた。
だが、少なくとも、あの大きさでホタルということはないだろう。
それに、ホタルよりも強い光を放っている。
きっと違うなにかだ。
もしかしたら生物ではないかもしれない。
例えば大気中の魔力が集まって起きた発光現象とか。
レインが不思議な光球を観察していると、突如、光球の動きが変わった。
さっきまで、ふらふらと飛び回っていたのに、急にピタッと動きを止めたのだ。
どうしたんだろうか、とレインが首を傾げた、次の瞬間。
「なのおおおおおおおッ!!!」
その光球が奇声を上げながら、レイン目がけて、もの凄い速さで突っ込んできた。
「うわぁっ!?」
レインは予想外の光球の行動に、驚愕の声を上げた。
急に自分を目がけて突進してくるとは予想だにしていなかった。
それになにより、光球が奇声を発していることに驚いた。
光球が叫ぶなんて完全に予想の斜め上である。
レインはあまりの事態に冷静さを欠き、回避行動に移るのが遅れてしまった。
光の球はもう眼前だ。
――ぶつかる!
咄嗟に目を瞑るレイン。
だが、いつまで経っても衝撃は訪れない。
レインが恐る恐る目を開けると、光球が顔の前にふよふよと浮いていた。
どうやらぶつかる前に止まってくれたくれたらしい。
ゆっくりと光球の発光が弱まっていく。
そのことで、レインはその光球の正体を確認することができた。
およそ30センチルほどしかないが、人間の女の子と同じような容姿をしている。
可愛らしい顔に、金の髪、白いワンピース姿。
背中からは透き通った羽が生え、それを羽ばたかせて空を飛んでいる。
間違いない。
「よ、妖精っ!?」
「こんなに魂が輝いている人間は初めて見たの!」
妖精がレインを見て、なにやら嬉しそうに騒いでいる。
だがレインはそれどころではない。
妖精なんて、生まれて初めて見た。
妖精の存在は、絵本やおとぎ話などで出てくるため、広く知られている。
だが、滅多に人前に姿を現さないことでも有名だ。
一生に一度も見ることができないことが普通なのである。
それほどまでに珍しい妖精が、なぜこんなところに。
本物の妖精だろうか。
それとも別の生命体だろうか。
興味津々、レインは尋ねた。
「き、君は妖精なの?」
「そうなの! スイは妖精なの!」
小さな胸を張って、誇らしげな妖精スイ。
「そ、そうなんだ。僕、妖精って初めて見たよ。スイというのは君の名前?」
「なの! スイはスイなの! 君の名前も教えて欲しいの!」
「僕はレイン・ラインリバーだよ。よろしくね、スイ」
「よろしくなの、レイン!」
小さな手を差し出してくるスイ。
レインも指を差し出して、小さな握手をした。
レインは、妖精と普通に意思の疎通ができていることに少し安心した。
「スイはこの村に住んでいるの?」
こんなにも王都に近い農村に妖精が住んでいるのだとしたら驚きだ。
もしかしたら自分が知らないだけで、実は世界中の農村にはスイのような妖精が住んでいるのだろうか。
だとしたらこの村にも、スイ以外の妖精がいるのかもしれない。
そう考えたレインだったが、スイの答えは違った。
「ここにはたまたま立ち寄っただけなの! 普段は人に見つからないように姿を隠してるの! そうして旅をしながらレインを探していたの!」
「え、僕を?」
なぜ自分なんかを探していたのだろうか。
さっきまでお互いの名前も知らなかったというのに。
「そうなの! スイは200年以上も、世界中を探し回ったけど、レインみたいな魂の輝きは初めてなの!」
「え、200年っ!? 実はスイって、僕よりものすごく年上?」
驚くレイン。
妖精の生態はほとんどわかっていない。
もしかしたら、みんな長生きなのだろうか。
妖精といえば、伝説に聞くエルフ族も妖精種だとされている。
そのエルフ族も不老の種族だと考えられているし、妖精が不老でも不思議ではない。
レインが妖精の寿命について考えていると、スイが元気よく答えた。
「わかんないの!」
「そ、そっか」
レインは妖精の寿命について考えることをやめた。
考えてわかることじゃないし、わかってどうなることでもない。
「レインほどの魂の輝きならみんなも喜ぶの! これでやっと里に帰れるの! レインのおかげなの! ありがとうなの! お礼にスイの初めてのキスをあげちゃうの!」
「ま、まって――」
――キスはまずい!
そのレインの言葉が発せられる前に、スイの小さな唇が、レインの唇とわずかに触れ合った。
――ちゅ。
直後、身体が熱を持ち、レインの身体から光が発せられた
『スキル共有』が発動してしまったのだ。
「すごいの! レインは魂だけじゃなくて、体まで光っているの!」
そう言いながら、楽しそうに笑っているスイ。
対するレインは、不味いことになってしまった、と苦い表情を浮かべていた。
以前、エルトリアから、不用意に『スキル共有』することの危険性について教えてもらったばかりなのだ。
そして、『スキル共有』を隠しておくという約束までした。
にもかかわらず、こんなところで『スキル共有』を発動させてしまった。
レインは、エルトリアに合わせる顔がない、と頭を抱えたくなった。
あんなにも自分を心配してくれたエルトリアに対して、申し訳が立たない。
しかし、今は悩んでいる場合ではない。
スイにも『スキル共有』の危険性を教えておかないと危険だ。
「スイ、実は、今の光は――」
「それじゃあ、スイはもう行くの!」
唐突にスイが手を振って、別れを切り出してきた。
「え、ちょっとスイっ!?」
「ばいばいなの!」
「ま、待って!」
ピュゥゥゥゥゥ――。
と、スイはレインが止める間もなく、あっという間に飛び去ってしまった。
凄まじい速さで暗闇の中に消えていき、今からではどうあっても追いつけない。
レインは手をのばしたまま、呆然と立ち尽くしていた。
そして、やがて我に返ると、再び頭を抱えたくなったのだった。
◆あとがき
Q:スキル共有は『極々まれ』のハズでは?
A:そのとおりじゃ(・ω・´)
じゃがの、スキル共有したときの擬音は『ちゅ』の2文字だけじゃ。
エルトリア様のときと合わせても、たったの4文字。
対して今までの文書総量は20万文字。
つまり、20万分の4文字しかないわけじゃよ。
確立にして、たったの0.002%じゃ。
な、極々まれじゃろ(・ω・´)←ただの屁理屈
(以下、ネタバレ含む
Q:妖精とスキル共有して、レイン君は強くなったの?
A:なってません。
妖精と人間では身体の構造が違うので、妖精の身体能力強化系スキルはレイン君に効果がありません。
Q:妖精は次にいつ頃出てくるの?
A:ハーレムを作れる環境が整ったくらいです。
ハーレムとは、1人の男性が複数の女性を囲っている(性的な意味を含めて)状態を指す言葉だと思っています。
ところがどっこいしょ。
レイン君は現状、セシリアさんに囲われている状態です。
この状態ではいつまで経ってもハーレムなんて出来ません。
なので将来的に、レイン君が女性を囲える環境が必要になってきます。
環境が整った後、次に必要になるのがその環境を維持する能力です。
この話は超ハーレム予定なので、必然的に囲う女性の人数が多くなります。
食費がすごいことになりそうです。
なので、それを解消するために、ある程度の食料自給能力などが求められわけです。
ところがどっこいしょ。
レイン君には内政能力は皆無です。
スキル共有がチートスキルなので、潜在的に俺ツエーできる能力はありますが、内政はできません。
そんなこんなで、妖精さんにはその辺のなんやかんやをザックリ解決する、便利屋さん的な能力を期待しているのです(・ω・´)←途中で説明が面倒になってきて、いきなり結論だけ書くやつ




