39:ハチの巣駆除
夜の森の中。
レインたちはハチの巣の近くまできていた。
昼間とは違い、羽音による威嚇の音は聞こえてこない。
ハチたちが眠っているのかまでは判別できないが、活発に活動していないのは確かだ。
ハチたちに気取られないように、慎重にハチの巣駆除の準備を始める。
レインは腰の小物入れから、粉末状の殺虫薬を取り出した。
この殺虫薬をハチの巣に目がけて散布して、ハチたちを一網打尽にする作戦だ。
この殺虫薬は、植物由来の麻痺毒から作られたものだ。
虫を麻痺させて動けなくする効果がある。
ただ、身体が動かなくなるだけではない。
心臓――のような器官――も麻痺して動かなくなるので、時間とともに死に至る。
強力で危険な毒に思えるが、空気に触れると急激に劣化する性質がある。
そのため、環境破壊の心配や、村への影響はない。
もし人間が食べてしまっても、消化できる毒なので問題は無い。
とはいえ、大量に吸い込むのはあまりよろしくないだろう。
「レイ、自分で吸い込まないように気を付けてね?」
「うん、大丈夫だよ」
殺虫薬を散布する練習は、小麦粉を使って何度かしてきた。
失敗はしない。
レインは手に魔力を集中して魔術陣を展開すると、風の魔術を発生させた。
殺虫薬が舞い散らないように、そよ風程度の微弱な風だ。
その風に殺虫薬を乗せ、ハチの巣へ向かって飛ばす。
そよそよと舞う殺虫薬は、すぐにハチの巣全体を覆い包んだ。
すると、ぶぶぶ、と羽音が鳴りだした。
ハチたちが異変に気が付き始めたのだ。
何匹ものハチが巣の周囲をうろうろと飛び回り始める。
3人は、少し離れて様子を窺った。
少し見ていると、ハチに毒が回ったのか1匹、また1匹と地面に落ち始めた。
地面に落ちてからも、すぐには死なないようだ。
必死に羽をバタつかせてもがいている。
だが、確実に毒は効いているようで、何匹かのハチはすでに動いていない。
すべてのハチが落ちて動かなくなるまでは、時間の問題だろう。
数匹ほどレインたちの方へ飛んできたが、オーファが難なく斬り落とした。
このままなら、問題なくハチの巣を駆除できそうだ。
そう思って油断したとき、
「ぐっ!?」
イヴセンティアが苦悶の声を上げた。
レインは驚いてイヴセンティアの方を振り返った。
ハチに刺されてしまったのだろうか。
だが、近付いて来るハチはオーファが全て斬り落としている。
だから、ハチが原因ではない。
なら原因はなんだ。
「イヴ先輩!?」
「だ、大丈夫だ。このッ!」
――グシュ!
イヴセンティアが自身の太ももの辺りでなにかを握りつぶし、そのまま潰したものを持ち上げた。
それは大きなヘビだった。
ぎょっと驚くレイン。
イヴセンティアが忌々し気に、そのヘビを近くの木の幹へと投げつけた。
――ベシャッ!
と、ヘビの身体が弾け、ただの肉片へと変る。
凄まじい力だ。
だが、そんなことに驚いている場合ではない。
「先輩、噛まれたんですかっ!?」
「あ、ああ」
「どこですか?」
「太ももを」
ヘビの種類には詳しくないが、今のが毒ヘビだったら厄介だ。
「あたし、解毒の魔術はまだ使えないわよ」
「私もだ」
当然だが、レインにも使えない。
しかし、傷口をそのままにするわけにもいかない。
「オーファ、警戒を!」
「まかせて」
「イヴ先輩、少し失礼します」
オーファに周囲の警戒を任せて、レインはイヴセンティアに近付いた。
噛まれた内ももに手を添え、手に魔力を流し、魔術を発動する。
「つ、冷たい」
と驚くイヴセンティア。
「傷口を冷やして、毒の回りを抑えます。我慢してください!」
患部を魔術で冷やし、血の巡りを鈍らせる。
毒が血流に乗って広範囲に広がってしまうのを防ぐための、簡単な応急処置だ。
「レイ、ヘビが集まってきてるわ!」
レインは、オーファの言葉で息を飲んだ。
周囲に目をやる。
だが、暗くてよく見えない。
ぶぶぶ、というハチが地面に落ちてもがく音ばかりが聞こえる。
不快感を煽る羽音。
不安が増す。
「オーファ、ハチはまだ飛んでる?」
「全部落ちたわ」
「なら、照明をつけよう」
「そうね」
レインとオーファは互いに周囲を照らす照明魔術を使った。
夜の森が明るく照らし出される。
「っ!?」
辺りは無数のヘビに囲まれていた。
全長2、3メーチルの大きなヘビだ。
――なぜこんなにも多くのヘビが?
レインのその謎は、すぐに判明した。
ヘビたちが地面に落ちたハチへと群がって、それらを食べている。
ヘビは熱と振動を感じる能力が高い。
ハチが地面でもがく振動を感じて集まってきたのだろう。
その証拠に、必死に羽を動かしてもがくハチは次々に食べられている。
だが、落ちて動かなくなったハチは見向きもされていない。
イヴセンティアが噛まれてしまったのは、おそらく、ヘビたちが振動に釣られて集まった先で遭遇した、熱を持ったもの――血管が集まった内もも――に反射的に噛みついた結果だろう。
つまりただの不運な事故だ。
ヘビの狙いはレインたちではない。
とはいえ、こんな場所でうかうかもしていられない。
「オーファ、引き上げよう!」
「ええ。でも、その前に、あれだけ落としてくるわ!」
言うや否や、オーファは瞬く間に森を駆け、ハチの巣の手前で空中に飛び上がった。
近くの木を蹴り、三角跳びの要領でさらに高度を稼ぐ。
そのままハチの巣に飛び掛かり、枝ごと斬り落とした。
落ちた巣がそのまま粉々に砕け散る。
危なげなく軽やかに着地したオーファは、即座にレインたちのもとへと駆け戻った。
その間にも、数匹のヘビを屠っている。
「仕方がないから、イヴはあたしが担ぐわね」
「うん、任せたよオーファ」
「すまない、迷惑をかける」
3人はハチへと群がるヘビの隙間を縫うように、その場から撤退した。
◇
森の中で、少し開けた場所に出た。
周囲に木々が生えていない、空き地のような場所だ。
枝葉に月明りが遮られていないため、そこそこ明るい。
見通しも良く、ヘビなどの不意打ちは受けずに済みそうだ。
「オーファ、ひとまずここでイヴ先輩の傷の手当てをしよう」
「わかったわ」
レインが大き目の布を敷き、オーファがそこにイヴセンティアを降ろした。
「オーファ、また周囲の警戒をお願いできる?」
「まかせて」
警戒といっても、近くのヘビはさっきの場所に集まっているので、襲われる心配はないだろう。
「イヴ先輩、噛まれたところは大丈夫そうですか?」
「どうだろう……、正直、よくわからん」
ヘビに噛まれるなど初めての経験だ。
どんな症状だと大丈夫で、どんな症状だと大丈夫じゃないのか判断できない。
今は、毒の巡りを抑えるために患部を冷やしている。
その冷たさで感覚が麻痺し、余計に傷の具合の判断が難しい。
質問しているレインにも、見ているだけではイヴセンティアの症状がわからない。
もしかしたら、なにもしなくても平気かもしれない。
だが、楽観視をするべきではない。
なにもせずに毒が回り、傷が悪化することは避けるべきだ。
「イヴ先輩、手当てをさせてもらいますが、いいですか?」
「ああ。足を引っ張てすまんが、よろしく頼む」
申し訳なさそうに頭を下げるイヴセンティア。
戦闘ではオーファ、お婆さんとの交渉ではレインが活躍していた。
なのに自分はなにもできず、ヘビ如きに負傷させられた。
そのことを恥じているのだ。
対するレインも、なぜか申し訳なさそうな顔をしていた。
その顔は、自分の不甲斐なさを責めているようにも見える。
そして、悔し気にこんなことを言った。
「先輩、僕の実力では衣服の上から治療することができません」
「うん?」
小首を傾げるイヴセンティア。
いまいち、話が見えていない。
そんなイヴセンティアに、レインは単刀直入に要求を告げた。
「だから、脱いでいただけますか?」
今度こそ言葉の意味を理解したイヴセンティアは、みるみる真っ赤なった。
「へっ!? ぬ、脱ぐのか!? い、いや、だが、私は、ふくらはぎすら異性に見せたことがないのだ。レインが私の身体に興味を持ってくれるのは嬉しいが、そう簡単に脱ぐわけには――」
――と、わたわた慌てるイヴセンティア。
レインは、なにやらおかしな誤解を受けていることが少し気になった。
だが、そんなことに構っている暇はない。
ことは一秒を争うのだ。
治療は早いほど良い。
「イヴ先輩、脱いでください!」
珍しく、強い口調で言うレイン。
まっすぐに目を見ながらの言葉。。
だが、否定を許さないその言葉は、一種の命令のようでもあった。
その命令を受けたイヴセンティアは、なぜか少し嬉しそうな顔になった。
そして、大人しく従った。
「わ、わかった、他ならぬレインの頼みだ。仕方がないな。ぬ、脱ごう」
ガチャガチャと金属製のブーツを脱ぐイヴセンティア。
レインは、イヴセンティアが腰のベルトに手をかけたところで視線を外した。
少しだけ、この美しい先輩が脱ぐところをもっと見ていたいと思ってしまった。
だが、その邪念はなんとか振り払った。
治療するためだと言って脱いでもらったのに、そんな目で見るなんて失礼にもほどがある。
そう自分に言い聞かせ、変な気持ちにならないように必死に視線を逸らし続ける。
だが逸らした視線の先で、オーファと目が合った。
「あ、あたしも脱ぐ?」
「え? いや、オーファは脱ぐ必要、ない、かな?」
「そう」
なぜかオーファは残念そうだった。
◆あとがき
今日は夕方にもう1話投稿予定です。
当然ですが、次話はレイン君がイヴ先輩の生足を触る展開になります。
必然的にちょっとエッチな内容になります。
『あらすじ』や『あとがき』でいろいろ書いてますし、今更そんな事故は起こらないと思いますが、エッチな表現が苦手な人はご注意ください。
(とはいっても、太ももに触れる程度ですので、あくまでノクターン未満です)
そんなこんなで、次回予告。
さーて、夕方のレインさんは、
『レイン、治療する』
『オーファ、問いかける』
『イヴセンティア、牝豚になる』
の三本です。
じゃんけん、
(グー!)
うふふ
Q:落ちたハチに爬虫類が群がってくることなんてあるの?
A:ありました。
実際に作者が経験しました。
昔、家の近くに蜂溜まり(巣を失ったハチが一塊になってるやつ)ができてたんですよ。
ほっとくと危ない場所にできていたので、それを殺虫剤でプシュっと退治したんです。
ボトボト落ちるハチ。
地面でもがき苦しみます。
すると近くの石垣の隙間から、ワサワサワサっと大量の爬虫類が出てきたわけです。
作者は、ほげげぇっと驚きました。
そんな感じです(`・ω・´)
(以下ネタバレ
Q:このヘビに毒はあるの?
A:ないです。
実は大きいだけで無毒です。
アオダイショウみたいなものです。




