4:イジメ
「なんでひめさまは、おひめさまなのに、スキルが1こしか無いのー?」
レインが教室へ入ると、そんな会話が聞こえてきた。
見ると、涙目になった銀髪の女の子を、他の女の子たちが囲んでいる。
「スキルが少ないひとは無能なんだって、おとうさまが言ってたー」
「むのうってなーに?」
「ダメな人のことだって言ってたよ」
無邪気な言葉。
「ひめさまは無能なの?」
「えー、おひめさまなのにー?」
「おひめさまはダメな人なんだぁ」
あはは、と楽しそうに笑う女の子たち。
楽しそうな笑顔の女の子たち。
特に悪意があるようには見えない。
一方の「ひめさま」と呼ばれている女の子は、今にも泣きだしそうな表情だ。
レインは女の子たちの会話を聞いて、スキルを1つでも持っているなら、自分より何倍も良い、と思った。
しかし、そんなことより、気になることがある。
『ひめさま』というのは、所謂、この国の『お姫様』のことではないのだろうか。
もしそうなら、あの涙目の女の子は偉い人なんじゃないのだろうか。
周りを取り囲んでいる女の子たちは、こんな暴言を吐いて大丈夫なのだろうか。
『ひめさま』も泣きそうな顔をしているし、止めに入った方が良いのだろうか。
しかし、本当の意味で『無能』の自分が割って入ると、余計にややこしくならないだろうか。
どうしよう。
悩むレイン。
そのとき、『ひめさま』と目が合ってしまった。
うるうるとした瞳で、じぃっとこっちを見ている。
どう見ても助けを求めている。
本音を言えば、できるだけ関わりたくない。
だが、逃げられる雰囲気でもない。
仕方がない、とレインは意を決し、止めに入ることにした。
「あ、あの」
と、レインは『ひめさま』を取り囲んでいる女の子たちへと声をかけた。
女の子たちの視線が一斉にレインへと向く。
大勢の視線を受けて「うっ」と、怯んでしまう。
そして、困った。
いざ声をかけたのは良いが、何と言えばいいのかわからない。
レインはどう言うべきか必死に考えた。
じぃ、と集中する女の子たちの視線。
レインの中に、早く何か言わなくちゃ、という焦りが生まれる。
「え、えっと、1つでもスキルがあるのなら、無能なんかじゃない、……とおもいます」
それはレインが思う、純然たる事実だ。
スキル1つで無能だというなら、スキル0の自分は何なのか。
そう思ったからこその言葉だった。
だが、女の子たちはレインの言葉に目をぱちくりとさせた。
いまいち言葉の意味を理解できていないようだ。
女の子たちの微妙な反応に恥ずかしくなったレインは、言い訳のように言葉を続けた。
「ス、スキルなんかなくても、すばらしい人は、きっと、たくさんいます。だから、『ひめさま』はダメな人なんかじゃありません、……たぶん」
その言葉は、レイン自身の願望が含まれていた。
スキルなんかなくても、素晴らしい人になりたい。
それはきっと不可能では無いはずだ。
そう思ったからこその言葉だった。
だが、女の子たちは、やっぱりよくわかっていないようだった。
「そうなの?」「しらなーい」と、お互いに言葉を交わしている。
とはいえ、それにより、女の子たちの興味が『ひめさま』から離れたのは事実だ。
レインは釈然としないものを感じたが、まあいいか、とその場を離れようとした。
だが、
「あ、あの」
『ひめさま』に呼び止められた。
「ありがとうございます。わたくし、エルトリア・ストファ・リンセス・ヴァーニングです。どうぞ、エルトリアとおよびください」
エルトリアと名乗った女の子は、足首まである長い制服のスカートをちょんと摘み、可愛らしくお辞儀した。
礼儀正しい自己紹介だ。
レインは、すごい名前だなぁ、と少し失礼なことを考えた。
だがすぐに、自分もちゃんと礼儀を返さないと、と思った。
屋敷で学んだ礼儀作法を思い出し、片手を胸に当て、軽く礼をする。
「はじめまして、エルトリアさま。ぼくは、レイ――」
「おいっ!」
――ンともうします。そう続けるはずだった自己紹介は、突如かけられた声によって掻き消された。
「さすが、ほんものの無能は言うことがちがうな?」
声のした方を見ると、ブラードがいた。
周囲には同じく新入生だろう男の子たちがいる。
その男の子たちがブラードに「どういうこと?」と問いかけた。
「あいつは、1つもスキルをもってない、ほんものの無能なんだぜ!」
ブラードはレインを指さすと、馬鹿にしたような表情を浮かべてそう言った。
すると、
「えー、マジかよ」
「だせー」
「無能かよー」
何人かの男の子たちもブラードに釣られて、レインを馬鹿にした態度を取り始めた。
ブラードが望んだ通りの展開だ。
ブラードは、学院でもレインを貶めたいのだ。
しかし、
「おれはスキル、5つももってるぜ」
「おれも5つ」
「おれなんか6つだ」
「「「すげー!」」」
他の男の子たちが次々に自分のスキル自慢を始めてしまった。
レインに大した興味を示さず、自分たちのスキルのことを自慢し合っている。
そのことにブラードはイラついた表情を浮かべ、テメーらのスキルなんてどうでもいいんだよ、と内心で毒づいた。
「いいかみんな、よく聞けよ! こいつは無能だから親に捨てられて、ゴミ捨て場にすんでるんだぜっ!!」
ブロードはさっきよりも荒げた声で教室中の注目を集め、レインを指さしながら、その存在がいかにみすぼらしいかを語って聞かせた。
「げぇ、ゴミ捨て場にすんでんのかよ」
「うわ、きたねー」
「くさそー」
効果はてき面だった。
レインを見る目が、汚いものを見る目に変わった。
次々に『きたない』『くさい』『無能』といった言葉が投げかけられる。
これにはレインも慌てた。
学院に来たのは、友達を作りたいからだ。
こんな悪口を言われ続けて、友達なんかできるはずがない。
「ぼくがすんでるのは、そうじようぐ入れだよ!」
レインはすぐに言い返した。
レインが住んでいるのは『掃除用具入れ』であって『ゴミ捨て場』ではない。
確かにその通りなのだが、はっきり言ってそういう問題ではない。
ブラードたちの中では、どちらも不潔な場所なのだ。
そんな言葉で悪口が止まるわけがなかった。
「おなじだろーが!」
「おなじじゃないよ!」
レインは懸命に否定するが効果がない。
「いいや、おんなじだね、このゴミ!」
ついにはゴミ呼ばわり。
流石に頭にきたレインは、いい加減にしてほしくて、ブラードに詰め寄ろうとした。
「ぼくは、ゴミじゃないよ!」
「近づくんじゃねーよっ! 無能がうつるだろうが! おとうさまに捨てられた、くさくてきたない無能なゴミめ!」
だが、近づくことも出来ず、言い返せば言い返すほど酷い言葉を返され、それが周囲に広がっていく。
「無能ってうつるの!?」
「えぇ、さいあくじゃん、無能」
「こっちくんなよ、ゴミやろー!」
教室にいた男の子たち全員が、レインを汚物だと判断するのに時間はかからなかった。
レインは次々投げつけられる暴言の嵐に、思わず後ずさった。
それを見たブラードは満足げに笑い、次に、女の子たちが集まっている方へと声をかけた。
「こいつはゴミ捨て場に住んでいて家に入れてもらえないから、風呂にも入ってないんだぜ! きたなくて、くさい、無能なゴミやろうだ!」
ブラードの、どうだあいつは最低の存在だろう、という言葉。
そして、その言葉は女の子たちにも正確に伝わった。
「えー、おふろに入ってないのー」
「やだー」
「きたなーい」
女の子たちも、すぐにレインを汚い物だと認識するようになった
「か、からだは、まいにち、きれいにしてるよ」
レインはそれでも頑張って言い返そうとした。
ここで言い負けたら、自分は汚い人間だと思われてしまう。
そんなのは嫌だ。
「風呂に入ってないのに、きれいになるわけないだろ、うそ言うなよ、ゴミ!」
だが、どんな言葉を返しても、ことごとくブロードが潰しにかかってくる。
「たしかにお風呂には入ってないけど、毎日、ぞうきんで、からだをふいてるんだ」
「ぞうきんなんかできれいになるかよ」
レインの反論に、ブロードは嘲りを含んだ表情で返す。
2人の言い争いを聞いていた子供たちは、ブロードの言っていることが本当のことなのだと信じた。
教室全体がレインの敵になるのに時間はかからなかった。
エルトリアは何度かレインを庇おうとした。
だが、結局、なにも言うことができなかった
そして、レインがクラスの最底辺へと押し込められていく光景を、黙って見ているしかできなかった。
その手は強く握りしめられ、悔しさで肩が震えていた。
◇
大勢が決し、教室が静かになり始めたころ、扉が開いて中年の男が入ってきた。
新入生を入学式の会場へ案内するためにやってきた誘導係りの男だ。
「入学式がはじまるから講堂へ移動しますよ、……なにかあったのですか?」
誘導係りの男は、教室の状態を見て小首を傾げた。
一人の男の子を、全員で取り囲んで遠巻きに見ている。
しかも、取り囲んでいる子供たちの眼は、侮蔑や嘲笑といった負の感情に彩られている。
どう考えても面倒ごとの気配しかしない。
男はなにも見なかったことにして、さっさと全員を講堂へと誘導することにしたのだった。




