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36:同じことをして

 夜。


 ギルドから帰ったレインとオーファは、1階で勉強をしていた。

 セシリアは遅番なので、まだ帰ってきていない。

 今は2人きりだ。


 勉強が一段落したところでオーファが唐突に問いかけた。


 「ねえ、あんたの部屋に行っていい?」

 「え? いいけど」


 レインはなんの用事だろうかと小首を傾げた。

 だが、拒否する理由もないし、するつもりもない。


 2人は1階の戸締りをしてから、2階へと上がった。

 鍵を開け、中に入り、魔力灯の明かりをつける。


 いつも通り、物が少ない部屋だ。


 「あんた、この部屋でお姫様にスキル鑑定してもらったんでしょ?」

 「うん、そうだよ」

 「なにか変なことされなかった?」


 オーファの質問を聞いて、レインはエルトリアとの触れ合いを思い出した。

 鮮明に焼き付いた肌の温もりと柔らかさの記憶。

 頬が熱くなるのを感じる。


 だが、わざわざ自分のスキル鑑定をしてくれたエルトリアの行動を、『変なこと』と表現するわけにはいかない。


 「……へ、変なことは、されなかった」


 言いよどんで顔を赤くするレインに、オーファは目を細めた。


 「ふーん。じゃあ、ちょっとあたしにやってみて」

 「なにを?」

 「あんたが、どんなふうにスキル鑑定されたのか、あたしを相手に『同じこと』をやってみて」


 『同じこと』とはつまり、レインがオーファに馬乗りになって、目いっぱい顔を近付けて、瞳の中を覗き込むということだ。


 レインはオーファにそんなことをするのは恥ずかしいと思った。

 決して嫌なわけではない。

 しかし、自分は男の子で、オーファは可愛い女の子だ。

 いくら一番の友達だからといっても、気恥ずかしさが勝る。


 「で、でも」


 と躊躇ちゅうちょするレイン。


 だが、


 「できないの?」


 オーファがそれを許さない。

 少しの間、お互いの目を見つめ合ったまま時間が過ぎる。


 引く気を見せないオーファの様子に、レインはついに観念した。


 「わかった、じゃあ、ベッドの上で仰向けに横になって」

 「……ベッドに、横になるの?」

 「う、うん」


 レインにはオーファの表情から感情を読むことができなかった。


 「わかったわ」


 オーファはそう言うと、靴を脱いでベッドに上がった。

 仰向けに寝そべり、天井を見つめる。


 「オーファ、本当にするの?」


 この期に及んで尻込みするレイン。


 「そうよ。だって、なにも変なことはされなかったんでしょ? なら、いいじゃない」

 「……うん」


 オーファは淡々としているが、別にレインに対して怒っているわけではない。

 むしろ、心配しているのだ。

 レインが、スキル鑑定を口実にしたお姫様に部屋に押し掛けられて、性的なイジメを受けたのではないか、と。


 ベッドに寝るように言われたとき、その疑惑をさらに深めた。

 もしかしたら、自分が想像した以上の凌辱を受けているのかもしれない。

 そんなの許せない。

 権力で脅されて、なにかエッチなことを強要されたのかもしれない。

 裸にされたり、身体中をやらしく撫でまわされたり、舐めまわされたりしたのかもしれない。

 逆に身体を触るように言われたり、舐めるように命令されたのかもしれない。

 そんなの絶対に許せない。


 だが何をされたのかを聞いても、レインは答えない。

 だから、自分を相手に『同じこと』をやってみろと言ったのだ。

 いざ『同じこと』を始めてしまえば、レインが適当に誤魔化せるほど器用ではないと知っている。

 そうすればレインが何をされたのかはっきりわかる。

 それで、少し強引にでも『同じこと』をさせようとしているのだ。


 普段ならば、オーファはレインが嫌がることを無理にやらせたりはしない。

 でも、今だけは別だ。

 これはレインを守るために必要なことだ。


 オーファはこう考えた。

 もし予想した通り、『同じこと』が性的なイジメだったら、今から自分はレインに性的にイジメられてしまうのだろう。

 普通に考えたら、それは嫌なことのはずだ。

 イジメられるのだから当然だ。

 でも、レインが相手ならいい。

 それがレインを守ることに繋がるなら喜んで受けよう。

 もし他の男が相手ならさっさと殺して別の方法を考えるが、レインならいい。

 むしろレインだからいい。

 レインにしてほしい。

 レイン以外は殺す。

 生き物を殺すなんて容易い。


 今まではレインがイジメに耐えていたから自分も我慢してきた。

 だが流石に、レインが性的なイジメを受けることまでは我慢できそうにない。


 『同じこと』をした結果、レインが凌辱されたことが証明されれば、クソ共を1匹残らず皆殺しにしてやる。

 その後はレインとセシリアを連れて、他の国へ逃げればいい。

 レインを苦しめる国にいる必要などない。

 だって、自分がレインのことをずっと、ずぅっと守ってあげるのだから。


 「レイ、まだなの?」


 焦れたように言うオーファ。


 急かされたレインは、ようやく覚悟を決めてベッドへと上がった。

 ぎぃ、と軋んだ音が鳴る。

 その音が、否が応にも緊張感を高めてくる。


 「それじゃあ……、いくよ」


 レインはそう言いながら、オーファの腹の上辺りに跨った。


 そしておもむろにオーファに覆い被さる。


 さらにオーファの顔に自分の顔を近付け――。


 「レ、レイ!?」


 オーファは、レインの行動に驚き戸惑って、さっきまでの殺気立った思考が全て吹き飛んだ。

 レインにいろいろとされることを考えてはいたが、実際にレインが迫ってきて頭の中が真っ白になった。

 バクバクと心拍数が加速する。

 レインの顔がみるみる近付いて来る。


 あ、キス――。


 そう思ったオーファは、ぎゅっと目を閉じてそのときを待った。

 わずかに唇をつきだし、息をめる。


 唇が触れ合うのを待つ。

 待望の接触を待つ。

 至高の瞬間を待つ。


 ……。


 ま、まだか?

 なかなかキスしてくれない。

 そろそろ息が苦しい。

 どこからかコンコンという幻聴が聞こえたような気がする。


 そんなふうにテンパっているオーファに、レインは囁くように優しく呼びかけた。


 「オーファ」

 「ななな、なによ?」

 「目を開けて」


 目を閉じていたら、スキル鑑定の真似事ができない。

 だが、オーファの瞳は固く閉じられ、なかなか開いてくれそうにない。


 レインは少しだけ顔を離して、オーファを見下ろした。

 オーファも恥ずかしいのか、普段は白いすべすべの頬が赤く染まっている。

 柔らかそうな薄い唇は、なぜか、ちょんとつきだされている。

 よほど緊張しているのだろう。


 ふと、レインは考えた。


 ――オーファとキスをすれば、オーファのスキルが手に入る?


 大貴族であるイヴセンティアでさえ一目置き、世間からは『神童』と称されるオーファ。

 そのスキルが手に入る?

 ここで少し唇を触れ合わせるだけで?

 オーファのスキルが8つ、すべて――。


 そのとき、少しだけオーファの目が開いた、

 いつもは強気な瞳が不安げに揺れている。


 レインは、はっ、と我に返り、己の考えを恥じた。

 自分は一番大切な友達に対して、なんという下劣なことを考えてしまったのか。

 ただ、スキルを得るためだけに、その唇を奪う?

 そんなこと許されることではない。

 低俗で下劣、醜く汚い考え。

 人様のスキルを浅ましく妬む行為。

 まさに、心が汚い無能にぴったりの発想。


 レインの心がすっと冷えた。

 学院でのイジメは大分と改善された。

 だというのに、自分の心はオーファのように綺麗ではない。

 そう思うと、少し悲しくなった。


 「し、しないの?」


 震えた声でオーファが問いかけてくる。

 だがレインにはなにも答えられなかった。

 無言で見つめ合う2人。


 そのとき、


 ――ガチャ。


 扉が開く音が聞こえた。


 扉を開けたのはセシリアだった。


 「もう、2人ともいるのなら返事してよ。下に誰もいないし、ノックしても返事が無いから心配、し……、て」


 と、セシリアがベッドの上で睦み合うようなレインとオーファを見て固まった。

 レインとオーファも、いきなり現れたセシリアに驚いて固まった。


 ちなみにだが、別にセシリアはノックもせずに乗り込んできたわけではない。

 一応、部屋の外から何度か呼びかけたりノックしたりしていた。

 だが、夜中なので大きな音を出すことができず、かなり控えめな音だった。

 さらに、レインとオーファもお互いのことに意識を集中しすぎていて、室外の音にまったく気を向けていなかった。

 それらのことが重なって、2人はセシリアが部屋に入ってくるまで気が付かなかったのだ。


 「な、ななな、なにしてるの2人ともっ!? こ、こんなっ、こんなこと! 男の子と女の子が、こんな時間に、いえ、時間なんか関係なくて! 男の子と女の子は、みだりに触れ合ったりしちゃダメって、いつもいつも――」


 ――と、それからはセシリアのお説教の時間だった。



 ベッドに2人を座らせて、気安く男女が触れ合ってはならないという、至って常識的なお説教をするセシリア。


 「――だからね、私も、2人の仲が良いのはとってもいいことだと思うわ。でもね、2人ともまだ子供・・・・なんだから、ああいうことをするのは、やっぱりまだ早いと思うの」


 レインとオーファもそのお説教は至極当然のことだと思うので、素直に謝罪する。


 「ごめんなさい、お姉ちゃん」

 「ごめんなさい、セシリアさん」


 セシリアは謝る2人を見ながら、2人がなぜあんなことをしていたのか考えた。

 あのときの光景は、レインがオーファを押し倒してキスしようとしているように見えた。

 だが、レインがオーファに無理やりあんなことをしたとは思っていない。

 そんなことをする子じゃないと、しっかりと理解している。

 それに、オーファを無理やり押し倒すなんて、実力的に不可能だということも理解している。

 だから、お互い合意の上で仲良くしていたと考えるのが普通だろう。

 しかし、いくら合意の上でも2人はまだ子供。

 早く見積もっても、あと5年は早い。


 「お姉ちゃん、あたしがレイに無理を言ってやらせたの。だから全部あたしが悪いの」


 レインを庇うオーファ。


 セシリアは、オーファの言葉が真実なのだろうと思った。

 だが、オーファがレインの嫌がることを理由もなく強要するなんて思えない。

 なにか理由があるはずだ。

 その理由が気にはなる。

 でも、例え子供だとしても『男女の仲』のことだし、2人が言わないのなら無理に聞かない方が良いのかも、と思ってしまう。


 自身に性的な経験のないセシリアは、肝心なところで弱気だ。


 「セシリアさん、オーファは悪くありません、僕が悪いんです」

 「ううん、お姉ちゃん、あたしが悪いの。レイはなにも悪くないわ」


 セシリアはお互いを庇い合って、しっかりと反省している様子の2人に、そろそろ許してあげてもいいような気がしてきた。

 だが、今日だけはそうも言ってはいられない。

 なにか間違いが起こってからでは遅いのだ。


 「とにかく2人とも、大人になるまでは、あんなことしちゃダメよ?」


 その後も、しばらくの間、セシリアによる『清く正しい友達付き合い』についてのお説教が続いたのだった。



 2人へのお説教を終えたセシリアは、先に1階へと降りていった。

 なにか軽い夜食を作ってくれるらしい。


 普段は美容や健康を気にして、夜食が振る舞われることは少ない。

 だが、たまにこうして皆で夜食を食べる日がある。

 夜食の日は、特別なことをしている気がする、という理由でレインとオーファが喜ぶ。


 夜食を食べてみんなで笑えば、明日まで変な空気が残ることはないだろう。

 そう考えて、セシリアは夜食を出すことにしたのだ。


 レインも、セシリアの後に続いて1階に下りようとした。

 だが、オーファがそれを呼び止めた。


 「ねえ、レイ」

 「どうしたの、オーファ?」


 足を止め振り返るレイン。


 「お姫様とは、……したの?」

 「なにを?」


 小首を傾げるレインに、オーファはそっと近付いて、耳打ちをした。


 「キス」


 その言葉を聞いたレインは、遠征訓令のときにエルトリアとしてしまったキスのことを思い出した。

 だが、そのことは気軽に言って良いことではない。

 第一王女であるエルトリアの外聞に関わる。

 正直に言うわけにはいかない。


 「し、してないよっ!」


 いかにも焦ったような口調で否定するレイン。


 オーファは、嘘が下手だなぁ、と思って、少しだけ笑ってしまった。

 そして、お姫様とキスをしたらしいことに、レインが不快な思いをした様子がなくて安心した。

 別に性的なイジメというわけではなさそうだ。

 男の子だったら、可愛いお姫様とキスできたら嬉しいのかもしれない。

 レインが嬉しかったのなら、別に、いい。


 そんなふうに考え、レインの嘘に納得しておくことにした。


 「そうなんだ」

 「う、うん」


 レインが嬉しかったのなら、いい。

 だが、だからこそか、オーファの胸はナイフで刺されたように痛んだ。

 自分とだってまだなのに。

 そう思うと嫉妬心が沸々とわき上がってくる。

 セシリアにお説教をされたばかりなのに、同じことをしてほしくて堪らない。


 「ねえレイ、あたしとも、……ううん、なんでもない、ごめん」


 自分の欲望だけで、レインが望まないことを強要するなんて駄目だ。

 レインは優しいからお願いすれば断らないかもしれない。

 でも、そんなの駄目だ。

 無理強いなんて言語道断。


 オーファは、にこっと笑顔を作り、レインの手を引いた。


 「さ、下に行ってお姉ちゃんが作ってくれたお夜食を食べましょ」

 「うん、今日はなにかな?」

 「うーん、この前は果物が乗ったヨーグルトだったから、今日は――」


 ――と話しながら、2人は1階に下りた。


 その後は、3人で一緒に夜食を食べた。

 話も弾み、楽しい時間だった。


 余談だが、食事中に不意打ちで、セシリアによる『お耳ふぅふぅの刑』が執行され、レインとオーファは大いにむせたのだった。

◆あとがき


はい、そんなこんなで、オーファちゃんの思考はソフトに病んでます。


オーファちゃんはレイン君を守りたいと思っています。


で、重要なポイントなのですが、

普通、「守りたい」という感情は、相手のことを大好きになってから発生しますよね。


『大好きな男の子。だから守りたい』


こんな感じです。


つまり、「大好きな男の子」という基盤があって、その上に「守りたい」という感情が乗っかってくるのです。


ところがどっこいしょ。

オーファちゃんは7才くらいのころに、その「守りたい」という感情が発生しました。

7才のころには、まだ男女の意識が芽生えきっていません。

大好きという感情も育ちきっていません。


なので、オーファちゃんの「守りたい」という感情は、レイン君が「男の子」だということにあまり関係がないわけです。


それから数年間かけて、その「守りたい」という感情の上に乗っかるように、あるいは混ざり合うようにして、「男の子として大好き」という感情が育っていきました。


それでオーファちゃんはこんなちょっと歪な思考をしているのです。

エルトリア様も似た感じです。


普通は、

『大好きな男の子が他の女とキス? 悔しい、嫉妬した! ぶん殴る!』

でいいんです。


でも、オーファちゃんはそうなりません。

普通じゃありません。


つまり、ソフトにヤンデレてるんです。

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