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34:髪留めと、素の自分

 オーファはいつもより少しだけお洒落をして、レインの帰りを待っていた。


 自慢の赤髪をとかしなおして。

 髪留めを可愛い花飾りがついたものに代えて。

 服もお気に入りのに着替えて。

 姿鏡の前で、くるっと回って自分の姿を確認する。


 うん、可愛い。

 思わず自画自賛してしまうオーファ。


 これなら、きっとレインも喜んでくれる。

 もしかしたら、「かわいい」とか「きれい」とか言ってくれるかもしれない。

 そんなことを考えると、顔がにやけてしまいそうになる。


 準備を終えたオーファは、そわそわしながらレインの帰りを待った。


 これからの予定を考えると、それだけで楽しくなる。

 2人っきりでギルドまで行って、面白そうな依頼がないかを探して、一緒にギルドで食事をして。

 今日はセシリアが遅番なので、家に帰ってからも、しばらくは2人っきりだ。

 なにをして過ごそう。

 たまにはレインの部屋に遊びに行くのも楽しそうだ。


 しばらくオーファが妄想にふけっていると、コンコンというノックの音がした。


 「ただいま、オーファ。遅くなっちゃってごめんね」


 扉の外から聞こえるレインの声。


 オーファは扉に駆け寄りたい衝動を抑えて、ゆっくりと歩いて出迎えに向かった。

 だって、そんなに嬉しそうに駆け寄って行ったら、レインの帰りを待ちわびていたことがバレバレになってしまってしまう。

 それは少し恥ずかしい。

 だから、余裕を見せるために、の自分を隠し、歩いて出ていくのだ。


 ガチャリと扉を開けて、ちょっと怒ってみせる。


 「遅かったじゃないの、レイ。待ってたんだからね!」


 本当は全然、怒ってなんかいない。

 だから、すぐにでも許してあげるつもりだ。

 それで、これから2人っきりの楽しいお出かけの時間。


 だが、


 「うん、ごめんねオーファ?」


 謝るレインの後ろに、女が立っていた。


 「……その女、だれ?」


 少し年上の、十代中頃の女だ。

 長い黒髪、碧い目。

 忌々いまいましいことに、顔も少し、いや、かなり整っている。


 ……そして、王立学院の制服を着ている。


 それに気が付いた瞬間、オーファの警戒心が一気に跳ね上がった。

 次の瞬間には、女の細首をへし折れるように、秘かに身体中に力をたぎらせる。

 もし、こんなところまでレインをイジメに来たのだとしたら、瞬きする間もなく息の根を止めてやるつもりだ。


 ――生き物を殺すことなど、容易い。


 レインが女の紹介をした。


 「この人は、イヴセンティア・リッター・ボーディナ先輩。遠征訓練のときに知り合ったんだけど、僕なんかとも仲良くしてくれる、優しい人だよ」


 その紹介を聞き、オーファは警戒心をわずかに引き下げた。

 どうやら、レインをイジメに来たわけではなさそうだ。

 むしろ、仲良くしてくれているらしい。

 それなら、即座に殺す必要はない。


 そう考えたオーファだったが、イヴセンティアが美しい女性であることに対して、別の警戒心を高めていた。


 「紹介に預かった、イヴセンティア・リッター・ボーディナだ。よろしく頼む」

 「私はオーファよ。よろしくね、イヴセンティアさん」


 お互いに名乗り、握手をする。

 だが、オーファの目は険しい。


 「イヴでいい、友人は皆そう呼ぶ」

 「そう、わかったわ、イヴセンティアさん」


 イヴセンティアは、頑ななオーファの態度に少しだけ鼻白んだ。

 だが、オーファという名前を聞き、その外見を見て、とある有名人のことを思い出した。

 十代前半の可愛らしい赤髪の少女。

 間違いない。


 「ところで、貴女はもしや、『狼殺しの神童』、オーファ殿か?」

 「そう呼ばれるけど、だからなに?」


 取り付く島もないオーファ。

 いかにも、面白くない、と言いたげだ。


 面白くない。


 そう、オーファは面白くなかった。

 せっかくレインと2人っきりだと思ったのに、この女はなんだ。

 レインとどういう関係だ。

 いや、先輩後輩なのはわかっている。

 だが、なぜ、よりにもよって、今、ここに来ている。

 まさか、レインを盗ろうというのか。

 考えれば考えるほど、オーファは不愉快になっていく。


 そんなオーファに、レインが焦った様子で耳打ちした。


 「オ、オーファ、そんな態度だとイヴ先輩に失礼だよっ!?」


 ぼしょぼしょと耳に当たるレインの吐息。

 顔の距離も身体の距離もとても近い。


 なぜか少しだけオーファの機嫌が回復した。


 オーファはこう考えた。

 イヴセンティアには耳打ちせずに、自分にだけ耳打ちしてきた。

 それは、自分とレインとの心の距離の近さを表しているに違いない。

 やはりレインの一番は自分なのだ。

 間違いない。


 さらにオーファの機嫌が回復した。


 ちなみに、レインは内緒話をしたつもりだったが、イヴセンティアにはしっかりと聞こえていた。


 「私のことは気にしなくていい。世に名高いオーファ殿に敬語で話されたら、その方が恐縮してしまう」

 「そういうものですか?」


 レインは不思議そうに首を傾げた。

 確かにオーファのことはすごいと思うが、大貴族のイヴセンティアがそこまで言うほどなのだろうか。


 「ああ。それに、私、個人だけの問題ではない。この国の貴族の一員として度量を示すことも、オーファ殿にこの国にいてもらうためには必要なことだ。些細なことで『この国から出ていこう』などと思われては、ヴァーニング王国にとって大きな損失になるからな」


 当然のように言うイヴセンティア。


 レインは改めてオーファのことを見直した。


 「オーファって、やっぱりすごいんだね?」

 「ふふん、その通りよ? あんたも鼻が高いでしょ?」

 「うん、オーファは僕の自慢の友達だよ」

 「でへへ。ま、まあ、あたしもレイのことは、じ、自慢の友達って、言えないこともないわよ」


 オーファの顔は、デレデレと、残念なくらい緩み切っていた。

 かなり機嫌が回復している。

 すでにイヴセンティアに対する警戒心は、かなり弱まっているようだ。


 イヴセンティアは2人のやり取りを見て、少し驚いていた。

 デレデレとしたオーファの様子にも驚きだが、一番驚いたのはレインの口調や表情だ。

 レインは普段、丁寧な口調や態度を崩さない。

 およそ子供らしくないともいえる。

 だが、オーファと話しているときは、年相応の子供らしさが見える。


 イヴセンティアはその理由を考えた。

 しばし思考を巡らせ、やがて1つの答えに行き着いた。


 「2人は恋仲なのか?」


 恋人同士だから、こんなに仲良くじゃれ合っているのだろう。

 それなら、デレデレしたオーファの表情や、レインの態度にも納得がいく。


 そう思ったのだが――。


 「べ、べつに、あたしとレイは恋人どうしってわけじゃないわよ! でも、レイがどうしてもって言うなら、あたしは、べつに結こ――」

 「イヴ先輩、僕とオーファは友達ですよ」


 恋人ではなく友達。


 イヴセンティアは友達というだけで、こんなにも気の置けない関係が築けるものなのかわからなかった。

 そして、自分にもレインのように、『の自分』を晒せる相手がいただろうかと考えた。

 学院の友人、家族、屋敷の使用人。

 親しい女友達はいる。

 だが、『素の自分』を晒せる相手など、1人も思い当たらなかった。


 そもそも、『素の自分』とはなんだ。

 そんなものが自分にもあるのだろうか。

 それさえもわからない。


 わからないが、近頃は個人の感情を抑圧してばかりで、心が疲れているのも確か。

 だから、レインのように、『素の自分』をさらけ出せる相手がいることを、少し羨ましいと思った。


 そんなことを考えたせいか、イヴセンティアは自然とこんなことを口走っていた。


 「2人とも、良ければ私とも友達になってくれないか?」


 簡単にレインとオーファのような関係になれるとは思っていない。

 でも、少しでもそれに近い関係になれればいいな、と思った。


 「僕で良ければ、よろこんで」

 「あんたにはレイがお世話になってるらしいし、仕方がないわね」


 嬉しそうに承諾するレインと、渋々といった様子のオーファ。

 そんな2人の友人を持てたことを、イヴセンティアは嬉しく思った。


 「ありがとう、よろしくな、2人とも」

 「ええ、よろしくお願いします」

 「よろしくね、イヴ」


 オーファが『イヴ』と呼んでくれたことで、イヴセンティアとレインは笑顔になったのだった。



 「それじゃあギルドに行くわよ」

 「うん」

 「ああ。冒険者ギルドにいくのは初めてだから、楽しみだ」


 家を出た3人は、早速、ギルドへと向かった。

 先頭を歩くのはオーファだ。

 他の2人はそのすぐ後を付いて歩いた。


 最初、オーファはレインと2人っきりじゃないことを残念に思った。

 だが、レインの学院生活の助けになりそうなイヴセンティアを無下にはできない。

 イジメっ子ばかりの王立学院の中で、レインと仲良くしてくれる人は貴重だ。

 自分の嫉妬でレインから遠ざけるわけにはいかない。

 すべてレインのため。

 そう思えば、ちゃんと割り切ることができた。


 そんなことを考えていたオーファだったが、1つ気になることを思い出した。


 「ところで、レイのスキルを見つけたのって結局誰なの? イヴ?」


 オーファには、レインと仲が良い王立学院の生徒に、イヴセンティア以外の心当たりがなかった。

 だが、


 「私にスキル鑑定なんてできんぞ?」


 違うらしい。

 他に誰かいるのだろうか。

 その疑問にレインが答えた。


 「僕のスキルを見つけてくれたのはエルトリア様だよ?」

 「エルトリアって、お姫様?」

 「そうだよ」

 「へえ……」


 オーファは、エルトリアの名前を聞いて、すぐにこの国の第一王女のことへと思い至った。

 とても可愛らしいお姫様だといううわさを、女学院でもよく聞く。

 新聞に写真が載っているのを見たことがあるが、確かに可愛いと思った記憶がある。


 オーファがレインに尋ねた。


 「……ところで、スキル鑑定をやり直してもらうって話はどうなったの? もうやってもらったの?」

 「うん、前に家の2階でやってもらったよ」

 「あの部屋で……」

 「どうしたの?」

 「ううん、なんでもないわ」


 後ろを歩くレインからは、オーファの表情が見えなかった。


 しばらく無言で歩く3人。


 レインの目の前で、オーファのツインテールが揺れている。

 今日の髪留めは可愛い花飾りがついているようだ。

 赤い髪色にも似合っていて元気なオーファにはピッタリだと、レインは思った。


 「オーファ、その髪飾り、とってもよく似合ってるよ」

 「…………でへへ」


 レインからはオーファの表情が見えなかった。

 でも、なんとなく喜んでくれているような気がした。


 そんな2人のやりとりを、イヴセンティアが羨望の目で見ていた。

◆あとがき


突然ですけど、

ランチェスターの第一法則ってありますよね。


(軍の戦闘力)=(武器の性能)×(兵の数)


みたいなやつです。


所謂、『武器性能が同じ場合、兵数が多い方が強い!』ってやつですね。

(面倒なので前提条件の説明は省きます)


この小説の世界には魔術やスキルがあるので、

上記の式に、さらに「魔力量」や「魔術練度」、「戦闘スキル性能」、「スキル数」などを加算、もしくは乗算する必要があります。


そうなってくると、『武器性能が同じ場合、兵数が多い方が強い!』とはいえなくなります。


そんなこんなで、スキル数8のオーファちゃんは王国にとって貴重な人材なのです(・ω・´)←途中で説明を諦めて、いきなり結論にいっちゃうやつ

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