33:帰り道
王立学院の授業が再開されてから数週間経った。
ある日の放課後。
レインとオーファが一緒に家路を歩いていると、レインがこんなことを言い出した。
「オーファ、悪いんだけど、先に帰っててもらえる?」
「な、なんでよっ!?」
オーファはショックを受けたように驚いた。
何年も一緒に下校してきたが、こんなことを言われたのは初めてだ。
なにか嫌われるようなことをしてしまっただろうかと考え、不安になった。
しかし、レインの答えは違った。
「知っている人を見かけたから、挨拶しておこうと思って」
オーファは自分が原因じゃないとわかり、「なんだ、そういうことね」と安心した。
だが、
「それって、……おんな?」
以前、マフィオに言われた、『レインを誰かに盗られる』という話を思い出して、再び警戒を強めた。
もし、自分の知らないレインの知り合いの女だとしたら、ちゃんと確認しておきたい。
年上か年下か、はたまた同世代か。
まあ、レインの知り合いというのが、イジメっ子ばかりの王立学院の女子ということはないだろう。
そんなこと絶対にありえない。
考えるだけ無駄だ。
そんなオーファの警戒とは裏腹に、レインが視線を向けたのは大きな荷物を背負った男だった。
「あそこにいる、おじさんだよ」
女ではないことがわかり、オーファは、ほっと胸をなで下ろした。
「そう、ならいいわ。それじゃ、あたしは先に帰るけど、あんたも早く帰って来なさいよ? 今日は2人で一緒にギルドに行って、面白そうな依頼がないか探す約束なんだからね?」
いつもは配達や草むしりの依頼ばかりを受けているレイン。
だが、せっかく『攻撃力上昇』のスキルが手に入ったのだからというオーファの勧めで、たまには違う依頼を受けてみることになった。
面白い依頼が見つかれば、一緒にその依頼を受ける約束である。
わざわざオーファが提案して誘ってくれたのだから、レインにはその約束をすっぽかす気など毛頭ない。
「うん、わかったよ」
と、素直に頷く。
オーファはそれを確認すると、大人しく先に家へと帰ることにした。
たまにはレインより早く帰って、少しお洒落をして出迎えるのも良いかもしれない。
そんなことを考えた。
これからの楽しい時間を想像して、オーファの足取りは自然と足が弾んだ。
◇
「こんにちは」
「おや、こんにちは、王立学院の生徒さんが私になにかようかな?」
レインは大きな荷物を背負った男に話しかけた。
その男の名はキャメルド。
以前に橋の上で酔っ払いが喧嘩していたとき、レインに色々と教えてくれた新聞記者の男だ。
およそ4年ぶりの再会である。
レインはそのときのことをよく覚えていたので、すぐキャメルドに気付くことができた。
だが、キャメルドはレインのことを覚えていないようだった。
一度会っただけなので、覚えてないのも当然だろう。
レインは、改めて自己紹介をした。
「僕はレイン・ラインリバーという者です。実は――」
――と、前に一度だけあったことがあることをキャメルドへ伝えた。
「ああ、思い出したよ、あの時の子か。大きくなったね、気付かなかったよ」
キャメルドにとっても橋の上の喧嘩騒ぎは、印象深い出来事だった。
なので、レインに言われてすぐに思い出した。
そして、子供の成長というのは早いものだなぁ、と感慨深く思った。
「キャメルドさんはお変わりありませんでしたか?」
「私かい? そうだね、以前よりも大きな仕事を任せてもらえるようになったかな。君はどうだい? 騎士にはなれそうかな?」
「まだ騎士になれるかはわかりません。ですが、今は自分にできることを頑張っています」
「ははは、謙虚だね、君は」
キャメルドはレインの謙遜だと思ったのだが、レイン自身は本心から騎士になるのは難しいと思っている。
もちろん、なれるならなりたい。
だが、そんなに簡単ではないことくらい、すでに知っている。
実質的スキル数が1つ――『攻撃力上昇』――だけしかない自分では、実力という意味で、騎士になることは難しい。
そんなことを考えていたレインだったが、ふと、イヴセンティアのことを思い出した。
「そういえば、学院の先輩が騎士の資格を得たらしいです」
「というと、その先輩はボーディナ家のご令嬢かな?」
キャメルドは、レインの情報だけでイヴセンティアのことだと察したらしい。
「そうです。よくご存じですね?」
「私はこれでも新聞記者だからね。王都の情報には精通しているんだよ」
「わあ、すごいですね!」
少し得意気にキャメルドが言うと、レインはそれを素直に称賛した。
「はは、ごめんごめん。ちょっと見栄を張っちゃったけど、本当は『例の事件』の取材を担当したのが私だったから、その関係で詳しかったんだよ」
「『例の事件』って、遠征訓練のゴブリン襲撃のことですよね?」
「そうだよ。その記事を読んでくれたのかな?」
キャメルドは、自分の書いた記事を読んでくれたのだろうか、と少し期待した。
「はい、事件のことがわかりやすく書かれていて、とてもためになりました」
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しいよ」
期待した以上のレインの反応と評価に、キャメルドはこそばゆい気持ちになった。
だが、やはり自分の書いた記事を褒められるのは嬉しかった。
「僕も一応は当事者ですが、あの記事で初めて知ったことの方が多かったくらいです」
キャメルドは、『当事者』という言葉を聞いて、ようやく、レインが遠征訓練に参加していたのだと気が付いた。
人的被害はなかったとされているが、それでも心配そうにレインへと問いかけた。
「そうか、遠征訓練には君も参加していたんだね。怪我はなかったかい?」
「はい、大丈夫でした。それより、平気なんでしょうか?」
「ん? なにがだい?」
「新聞の写真、とてもよく撮れていました。でも、その写真にラザフォード家の家紋が写り込んでいたから、ラザフォード家の人に『恥をかかされた』って意地悪されないのかなぁ、と」
レインは自身の経験から、ラザフォード家の不興を買うことの恐ろしさを知っていた。
元父親のファズアードは、レインが無能だとわかると暴力を振るい家から追い出した。
ブラードは、学院でレインがイジメられるように仕向けてきた。
そんな2人が、キャメルドに恥をかかされたと思えば、なにをしてくるかわからない。
だがキャメルドは、レインの心配を吹き飛ばすように、笑いながら答えた。
「ははは、心配してくれてありがとう。でも報道機関は、他の権力機関から独立した、独自の権力を持っているからね。大丈夫だよ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。もし、報道機関が独立した権力を持っていなかったら、権力者に脅されて捏造記事を書かされたり、癒着や賄賂が横行したり、印象操作に利用されるかもしれないからね。そうならないためにも、報道機関には独自の権力が認められているんだ。だから、私たちが貴族の不興を買ったからといって、なにか意地悪をされる心配はないんだよ」
キャメルドは言葉を続けた。
「そんなわけで、私たち新聞記者がデタラメな記事を書くことはないから、レイン君は安心して新聞を楽しんでね?」
「はい」
元から新聞の記事を疑うなんて発想を持ち合わせていなかったレインは、素直に頷いたのだった。
◇
レインはキャメルドと挨拶をして別れ、家に帰ろうとした。
すると今度はイヴセンティアと出会った。
「こんにちは、イヴ先輩」
「ああ。レインは今から帰るところか?」
「そうです。イヴ先輩は、これからどこかで用事ですか?」
「いや、用事はもう終わったところだ。騎士隊のところへ軽く挨拶に行ってきてな、今から家に帰るところだ」
少し疲れた表情でそう言うイヴセンティア。
イヴセンティアは、騎士の資格を得たことで、元から少なかった私的な時間が更に少なくなったと感じていた。
家に帰れば、ボーディナ家の嫡女としての役目に追われ。
街に出れば、新たにできた騎士としての役目に追われ。
学院にいるときですら、模範的な大貴族としての役目が求められる。
別に私的な時間を得ても、これといってやりたいことなどない。
だが、少しだけ息苦しさのようなものを感じていた。
だから、というのもおかしいが、ふと、レインが私生活でどんなことをしているのかを聞いてみたくなった。
「レインは休みの日や放課後は、なにをしているんだ?」
「僕ですか? 僕は冒険者ギルドに行ってます」
「ああ、そういえば、前もそんなことを言っていたな」
「はい、今日もこの後、冒険者ギルドに行く予定なんです」
イヴセンティアは、冒険者ギルドに少しだけ興味が湧いた。
どうせ、今日の帰宅後の予定は大して重要なものでもない。
だから――。
「私も行っていいか?」
「僕の友達も一緒ですが、それでもいいなら、ぜひご一緒ください」
「そうか、ありがとう」
レインの快い返事を聞いたイヴセンティアは、いつもの凛々しい表情を、少しだけ綻ばせた。
◆あとがき
さーて、明日のレインさんは、
『レイン、女を連れ帰る』
『オーファ、女を警戒する』
『イヴセンティア、牝豚になる(嘘です)』
の三本です。
じゃんけん、
(パー!)
うふふ
Q:キャメルドさんの権力分立の話、雑じゃない?
A:ギク、ドキ、ビクッΣ(=ω=;!?




