32:学院の女子
レインがエルトリアにスキル鑑定をしてもらってから数日経った。
すでに王立学院は遠征訓練の事後処理を終えて、授業が再開されている。
今日は授業再開から3日目だ。
朝、教室に入ったレインへと無数の視線が集まった。
「「「……」」」
男子たちはなにも言わず、無言のままレインへの視線を切った。
エルトリアにレインへの暴言を禁止されたから、暴言は吐かない。
だが、和解する気持ちにもならない。
だからレインのことを無視することに決めたのだ。
休み時間や授業中など、レインをいないものとして扱い、一言も話しかけようとはしない。
とはいえ、レインは無視されても別になんとも思っていない。
むしろ、罵倒されたり、土下座を強要されるよりも楽だと感じている。
なので自分からはなにも言わない。
一方で、女子たちは積極的にレインへと声をかけるようになっていた。
「おはようございます、レインさん」
「おはようございます」
「レインさん、今日も良い天気ですね」
1人ずつ、わざわざレインの前までやってきて挨拶をしていく。
レインは授業が再開された初日、女子たちから次々に声をかけられることに戸惑った。
いままでは、学院でレインに挨拶をしてくれるのはエルトリアだけだったのだ。
こんなに大勢と挨拶をする日が来るなんて、思ってもみなかった。
だが、授業が再開されて3日目ともなれば、レインにも多少は余裕がでてくる。
綺麗な所作で、1人ずつ丁寧に挨拶を返していく。
ただし、その顔は無表情のままだった。
レインと女子たちは、一応、和解した。
だが、レインは自分がイジメられていたということを簡単には割り切れずにいた。
どうにも女子たちに対して友好的な感情を持つことができないのだ。
女子たちのことをを許そうと、頭では思っている。
だから、敵対的な態度をとることはない。
しかし、容易に友好的な気持ちにもなれない。
結果、どんな表情で応対すればいいのかわからず、無表情になってしまうのだ。
そうこうしていると、キュリアもレインのもとへ挨拶にやってきた。
お嬢様然とした足取りで、どことなく優雅さがある。
キュリアのにかんだような笑顔からは悪意も害意も感じない。
レインと良好な関係を築きたいという意思が伝わってくる。
「レインさん、おはようございます」
「おはようございます、キュリアさん」
レインは丁寧に礼をして挨拶を返した。
だが、やはり無表情のままだった。
キュリアたちが歩み寄ろうとしてくれているのに、自分は心を開けずにいる。
そう思うと、レインは自分の狭量さに嘆息してしまいそうになった。
「レイ君、おはようございます」
「おはようございます、エルトリア様」
レインは、エルトリアには自然な微笑みを作ることができた。
何人かの女子は、それを羨ましそうに見ていた。
そして、無視したフリをしている男子たちは、女子と仲良くするレインの様子に、心底、面白く無さそうにしていた。
◇
昼休み。
レインはいつものように校舎裏へ行こうと、足早に席を立った。
わかりやすいイジメが無くなったからといって、そう易々と教室でお弁当を食べる気にはならない。
だが、レインが教室を出ようとすると、それを呼び止める声がかかった。
「あの、レインさん。よろしければ、私たちとお昼をご一緒していただけませんか?」
レインが振り返ると、キュリアがもじもじと恥ずかしそうに申し出てきた。
キュリアの背後には他の女子たちも控えている。
どうやら、女子たちはいつも全員でそろってお昼を食べているらしい。
レインは、本音で言うと断りたかった。
1人の方が気楽だ。
もちろん、仲の良い相手なら、一緒に食べたほうが楽しいし食事も美味しくなる。
誘ってくれた相手が、オーファやエルトリア、マフィオたち冒険者なら、迷わず頷いた。
だが、別にキュリアたちとは仲が良いわけではない。
一緒に食事をしても、お互いに疲れるだけのように思えてしまう。
しかし、せっかくキュリアたちが自分と仲良くしようとしてくれているのだ。
自分からも歩み寄る努力をすることは、必要なことだろう。
レインがそんなことを考えていると、エルトリアも声をかけてきた。
「レイ君、ぜひ、わたくしたちとお昼をご一緒してください」
「わたくしたち」とは、キュリアを含めた女子たち全員のことである。
以前のエルトリアは、レインのことをイジメる女子たちのことを、内心で嫌っていた。
だが、女子たちがレインに謝罪をして関係が改善したことで、少し考えを改めた。
レインがいつまでもクラスで孤立しているよりも、味方になってくれる女子たちと仲良くしておいた方が良いと考えたのである。
将来的に考えても、貴族令嬢である女子たちとの繋がりは、レインにとって有益なものになるはずだ。
それに、今から仲良くしておけば、『スキル共有』のことが世に知れ渡ったとき、レインの助けになってくれるかもしれない。
そんなわけで、潜在的にレインの役に立ちそうな女子たちに対して、エルトリアは以前より友好的な感情を抱いている。
「お願いします、レイ君」
言いながら、胸の前で手を組むエルトリア。
レインは、エルトリアに誘ってもらえたおかげで、自然とそれを受ける気持ちになれた。
「はい、エルトリア様。ぜひご一緒させてください」
「ありがとうございます、レイ君。こちらへどうぞ」
エルトリアはお礼を言いながら、さり気なくレインを自分の隣へと誘った。
レインはそれに頷きつつ、一度、キュリアの方へと向き直った。
「あの、キュリアさん、お昼に誘っていただいて、ありがとうございます」
表情の変化はほとんど無かった。
だが、まったくの無表情でもなかった。
レインの顔には、わずかにだが微笑が浮かんでいた。
始めて見るレインの微笑。
キュリアたちの顔が、ぽッと一気に赤くなった。
「は、はいっ、あの、いえ、こ、こちらこそ、ありがとうございましゅっ!」
なんとか、そう返すだけが精一杯だった。
その後、教室の片側に、みんなで集まってお弁当を食べた。
たわいのない話題で盛り上がったり、笑ったり。
レインが思っていたより、クラスの女子たちと一緒にお弁当を食べても、嫌な気持ちにはならなかった。
男子たちは、女子に囲まれるレインを妬ましく思いつつ、自分の弁当をつついていた。
◇
昼休み中頃。
レインたちはお弁当を食べ終わり、雑談に興じていた。
そんなとき、教室の中に高等部の女子生徒が入ってきた
美しく整った凛々しい表情に、艶のある黒髪、碧い瞳。
その生徒はイヴセンティア・ボーディナだった。
「失礼する」
凛とした声。
男子たちの視線がイヴセンティアに集まった。
男子たちの多くは、美しい先輩であるイヴセンティアに、憧れを感じているのだ。
しかし、イヴセンティアはそんな男子たちには一瞥もくれず、女子たちが集まっている方へと向かった。
それから、エルトリアや他の女子たちへの挨拶を終えると、レインに話しかけた。
「レイン、久しぶりだな」
「イヴ先輩、お久しぶりです」
立ち上がって挨拶を返すレイン。
「いきなりで悪いが、少し時間を借りてもいいか?」
「はい、僕なら大丈夫です」
「すまんな。私は教室の前で待っているから、準備ができたら来てくれ。急がなくていいぞ」
「はい」
親し気に話すレインとイヴセンティア。
その様子に、男子たちは嫉妬した。
そして、イヴセンティアが教室から出ていくと同時に、口々に不満を漏らした。
「なんで、あいつばっかりが女子と」
「俺は挨拶すらしてもらえないのに」
「クソっ、無能の分際――、ひぃ!?」
1人の男子がレインのことを『無能』と言った瞬間、女子たちの絶対零度の視線がその男子へと刺さった。
キュリアの目には殺気すらこもっている。
他の男子たちも恐怖を感じて、なにも言うことができなくなった。
レインは男子たちに構っても良いことなんかないと経験で知っているので、最初から相手にしていなかった。
なので、男子と女子の視線の攻防には気が付いていなかった。
「みなさん、今日はお昼に誘っていただいて、ありがとうございました」
そう言いながら、ぺこりと礼をするレイン。
キュリアは殺気のこもった表情を一転させ、お嬢様然とした淑やかな表情でレインへ言葉を返した。
「こちらこそ、素敵な時間をありがとうございました。あの、レインさん、よろしければ、また明日もご一緒していただけますか?」
「はい、よろこんでご一緒させていただきます」
今日、楽しいお昼を過ごしたことで、レインはキュリアの申し出を、自然と受け入れることができたのだった。
◇
レインはイヴセンティアと一緒に、空き教室に移動した。
「すまなかったな、わざわざこんな所まで」
「いえ、気にしないでください。それでイヴ先輩、僕になにかご用でしょうか?」
レインとイヴセンティアは遠征訓練中に何度か言葉を交わした。
だが、いってしまえばそれだけの関係だ。
なんの用事があるのか、レインには皆目見当も付かなかった。
「大した用ではないのだが、一応、その後の報告をしておこうと思ってな」
「その後の報告、ですか?」
「ああ、遠征訓練後に私がどういうふうに評価されたかの報告だ」
「はあ」
レインは良くわかってないような顔をしているが、イヴセンティアは構わずに話し始めた。
「私は、今回の遠征訓練中に起きたゴブリン襲撃から、エルトリア様を守り抜いた功績を認められ、卒業前ではあるが騎士の資格を得ることができた。なので、今の私は、イヴセンティア・リッター・ボーディナだ」
『リッター』とは、ヴァーニング王国で騎士の資格を得た者に与えられる名である。
その名を、卒業前の学生が得ることはとても稀だ。
本来、騎士になるには、卒業後に何年もの下済みが必要なのだ。
王立学院生であれば、騎士専攻の成績優秀者の一部が、卒業後に騎士隊の見習いとして配属されることがある。
だが、配属されてすぐに騎士の資格を得られるわけではない。
騎士になるには実力だけではなく、経験や実績、人柄など、様々な要素が求められるのだ。
とてもではないが、卒業後1、2年でどうこうできるものではない。
そんなわけで、在学中に騎士の資格を得ることは、とても難しく稀なことなのだ。
ちなみに、騎士という役職は非常に人気がある。
騎士という肩書があるだけで、その者の人格や実力の証明になるからだ。
退役後も、騎士であったというだけで、様々な場面で一目置かれる。
貴族には兵役の義務――正確には『王国のために戦う義務』――がある。
それは嫡子であっても同じことだ。
どうせ軍部に属するなら、その間に騎士となることで、箔を付けるたがる者は多い。
だが、騎士になれるものは本当に実力がある者だけだ。
全員がなれるわけではない。
だからこそ、イヴセンティアが騎士になれたというなら、それは誇って然るべきことだ。
しかし、イヴセンティアの顔は、なぜか嬉しそうには見えなかった。
レインにはイヴセンティアの表情の理由がわからなった。
だが、騎士の資格を得ることができたことは間違いなく良いことだと思い、祝いの言葉を贈ることにした。
「イヴ先輩、おめでとうございます」
レインのその言葉に、イヴセンティアが意外そうに驚いた。
「私を怒らないのか?」
「怒る? 僕がですか?」
レインはなぜそんなことを聞かれるのかわからず、不思議そうに聞き返した。
今までの会話のどこに怒る要素があったのかわからない。
「私は、今回の遠征訓練では、レインこそが評価されるべき働きをしたと思っている。なのに、私だけが評価されて、1人だけ抜け駆けするように騎士の資格を得てしまった」
感情を押し殺したように説明するイヴセンティア。
レインはその説明を聞いて、律儀な人だなぁ、と思った。
確かに、羨ましいという気持ちは少なからずある。
だが、やはり、怒りの感情などは湧いてこない。
むしろ、過ぎた評価をしてくれているイヴセンティアに、恐縮すらした。
それにあの夜を生き残れたのは、エルトリアから『攻撃力上昇』を共有してもらったおかげだ。
だから、すごいのは自分ではない。
レインはそう思った。
しかし、イヴセンティアの考えは違った。
「レインが学院の女子たちを救い出したことは、大いに評価されるべきことだ。それに、ゴブリンを事前に発見できたことも評価できる。エルトリア様の危機に駆けつけ、命がけでお救いしたこともだ。あの訓練には貴族の者が多く参加していた。だが、レイン、お前こそが、いや、お前だけが真に王家に仕える者として相応しい働きをした」
イヴセンティアは捲し立てるように、レインの功績を並べた。
「にも関わらず、騎士の資格を得たのは私だけだ。だから――」
「イヴ先輩。僕は先輩が抜け駆けをしただなんて思っていません。それに、先輩の判断や行動こそが、王家に仕える者として相応しかったと思います」
レインはイヴセンティアの言葉を遮るように、自分の思っていることを告げた。
だが、イヴセンティアはレインのその言葉を聞いても、自分だけが騎士の資格を得たことを納得できなかった。
いや、むしろ聞いたからこそ、納得できない思いが強まった。
「ああ、そうかもしれない。でも、だからこそ、私はお前に謝らなくてはならない。私はあの遠征訓練の日、常に、王家に仕えるボーディナ家の嫡女として行動するよう心がけていた。そのために何度もお前を見捨てた。クラスの連中に酷い目にあわされているときも。ゴブリンの包囲の中に囮として残ってくれたときも。さらには、帰りのペア決めのとき、お前の土下座を見るのが嫌で、私は偵察の手伝いを申し出て、その場から逃げ出していた。ボーディナ家の嫡女が聞いて呆れる。だというのに、私だけが騎士として認められてしまった」
レインは、ようやく、イヴセンティアが本当は何に慚愧の念を抱いているのかを理解した。
そして、本当に律儀な人だなぁ、とある意味で感心して、ある意味で呆れた。
自分なんかに、そんなにも気を遣う必要はないのに、と。
イヴセンティアの遠征訓練でやったことは、すべて正しい判断と行動だ。
やはり、謝られる必要はないし、怒りを感じることはない。
レインから見たイヴセンティアは、大貴族の嫡女として生まれ、その役目に縛られ、自分を律して生きているように見えた。
だというのに、個人の感情や正義感を捨てきれてないようにも見える。
誰かを助けたいと思っても、誰かに親切にしたいと思っても、それが自分の家にとって不利益になることなら、するわけにはいかない。
それはとても辛く、苦しいことだろう。
なのに、また新しく、騎士としての役目まで増えてしまった。
レインは、イヴセンティアが強すぎる責任感や義務感で押しつぶされてしまわないか、少しだけ心配になった。
義務を捨てろ。
責任を捨てろ。
そんなことは気軽に言えない。
だから、せめてイヴセンティアの行いが、正しい行いだったのだと伝えたいと思った。
「イヴ先輩、僕は先輩の判断はすべて正しかったと思います。そして、その正しい判断をすることができた先輩のことを尊敬します。もし僕が先輩の立場だったとしたら、自分の責任を全うすることはできなかったでしょう。目先のことに囚われて、なにか大きな失敗をしていたかもしれません」
レインは言葉を続けた。
「エルトリア様が今もご無事でいられるのは、先輩が判断を誤らなかったからこそです。それは間違いなく先輩の功績です。だから、僕は先輩に抜け駆けされたなんて思いません。先輩こそが騎士の資格を得るに相応しい能力を持っていると思っています。ですから、ご自分の功績に、ご自身が得た評価に、もっと自信を持ってください、イヴセンティア・リッター・ボーディナ先輩」
真剣な目でイヴセンティアを見つめながら、レインは言葉を紡いだ。
その言葉を聞いたイヴセンティアは、いつもの凛々しい表情を、危うく崩してしまいそうになった。
なぜか顔が熱い。
自分でも、自分の感情が理解しきれない。
「……イ、イヴでいいって、いっただろ」
そんなふうに、小声で苦情を言うのが精いっぱいだ。
「はい、イヴ先輩」
レインも、なんだか少しだけ照れくさい気分だった。
◇
「すまん、謝りたかったのに、逆に気を遣わせてしまったようだ」
そう言って謝るイヴセンティアは、少し苦笑しているものの、いつもの凛々しい表情だった。
「いえ、僕は思ったままのことを言っただけですので」
「そ、そうか」
「はい」
「よかったら、また私の話し相手になってくれないか?」
「はい、僕で良ければよろこんで」
この日から、レインとイヴセンティアは、2人でよく会話を楽しむようになった。
◆あとがき
(以下、ネタバレ含む
作者は!
レイン君に!
イヴ先輩のお尻を!
バチンバチンと叩かせたいッ!!!




