31:スキル共有
エルトリアはレインの腹上に跨ったまま、スキル鑑定をしていた。
両手でレインの顔を優しくはさみ、目いっぱいまで顔を寄せる。
スキル鑑定をするエルトリアの表情は、真剣そのものだ。
そこに邪な感情はない。
じぃっとスキル紋の形状を観察し、脇に置いたスキル辞典と照らし合わせ、少しずつ解読を進める。
この図形の意味するところは?
この入り乱れた曲線の効果は?
この重なり合う紋様の影響は?
1つずつ、意味や効果、どんな影響があるかを読み解いていく。
だが、レインの瞳に見えるスキル紋の形状は殊更に複雑で、鑑定は難航を極めた。
スキル辞典に載っていないことが、あまりにも多すぎる。
わかったことがあればメモを取り、わからなくてもメモを取り、なにかに気付けばメモを取って、少しずつ確実に情報を蓄積していった。
◇
どれくらいの時間が経っただろうか。
1時間か、もしくは2時間か、それより長い時間か。
スキル鑑定を始めたのは午前だったが、すでに正午を回っている。
レインが空腹感を感じ始めたときに、エルトリアが顔を上げた。
「ふぅ、おおよその鑑定は終わりました」
「エルトリア様、お疲れ様です。本当にありがとうございます」
エルトリアは、よいしょ、とレインの腹上から降りた。
その顔には、確かな疲労の色が窺える。
だが、休むそぶりも見せずに、そのままベッドから降りて床に立った。
レインも立とうと思ったが、エルトリアがやんわりとそれを制した。
そして、鑑定結果を説明し始めた。
「レイ君のスキルの能力は、ずばり『キスをした女性とスキルを共有する』能力です。なにか呼び名が無いと不便なので、とりあえず『スキル共有』と呼びますが、よろしいでしょうか?」
「はい、それで問題ありません」
「ありがとうございます。それでは、その『スキル共有』の詳しい能力なのですが、まず――」
――と、エルトリアは、解読した『スキル共有』の能力について説明した。
一つ、【キスをすると、半強制的に『スキル共有』が発動する】
二つ、【共有するスキルを選ぶことはできず、お互いが持つスキルを全て共有する】
三つ、【どちらかが死ぬまで『スキル共有』は持続する】
四つ、【『スキル共有』自体は共有されない】
五つ、【共有したスキルは、『スキル共有』をしている相手全員に、自動的にいきわたる】
「――と、こんなところです。他にもなにかあると思うのですが、残念ながら、読み取ることは不可能でした」
申し訳なさそうに言うエルトリアだが、レインにとってはこれだけでも十分な情報だ。
エルトリアは手に持ったメモを捲りながら、さらに1つずつ、詳しい能力の説明をし始めた。
「まず、一つ目の【キスをすると、半強制的に『スキル共有』が発動する】についてです。わたくしとレイ君の唇の接触は事故だったため、お互いの意思が存在していませんでしたよね。にもかかわらず、『スキル共有』が発動しました。このことから、発動が半強制的であることは明らかです」
なるほど、と頷くレイン。
「なので、例えば、レイ君が知らない女性に、出会い頭にいきなりキスされたとしても、勝手に発動してしまうということです」
レインはエルトリアの説明を聞きつつ、再び『事故』が起こらないように気を付けようと思った。
「次に、二つ目の、【共有するスキルを選ぶことはできず、お互いが持つスキルを全て共有する】です。これは、お互いに全てのスキルを強制的に共有してしまうため、どれか1つだけを選ぶことはできないということです」
説明を続けるエルトリア。
「三つ目の、【どちらかが死ぬまで『スキル共有』は持続する】というのは、そのままの意味ですね。わたくしが死ぬまで『攻撃力上昇』のスキルはずっとレイ君のものです」
言い換えれば、エルトリアが死んでしまえば『攻撃力上昇』は失われるということだ。
レインはスキルなど惜しくはないが、エルトリアが死ぬというのは嫌だと思った。
そんなことを考えると、胸が苦しくなる。
だから、そうならないためにも、自分にできることを頑張ろうと思った。
「四つ目の、【『スキル共有』自体は共有されない】もそのままの意味です。『スキル共有』はレイ君だけのスキルです」
エルトリアはメモを捲りながら、最後に、と言葉を続けた。
「五つ目の、【共有したスキルは、『スキル共有』をしている相手全員に、自動的にいきわたる】です。これは、もし仮にレイ君が、『防御力上昇』と『瞬発力上昇』の2つスキルを持った女性とキスしたとすると、わたくしにもその2つのスキルが自動的に共有され、さらに、その女性にもわたくしの『攻撃力上昇』のスキルが共有されるということです。当然、そうなればレイ君にもすべてのスキルが共有されるので、3人全員がその3つのスキルを持つことになります」
説明を聞いたレインは、それはすごいと思い、驚いた。
もし仮に、スキルを5つ持った女性2人とキスをすれば、それだけで全員のスキル数が10も増えるのだ。
神童と名高いオーファでさえスキル数が8つであることを考えると、この能力の破格さを窺い知れる。
だが、エルトリアが深刻気な表情で言った。
「この、自動的に全員と共有するという能力が中々に厄介です」
レインは小首を傾げた。
便利な能力だと思うのだが、厄介とはどういうことだろうか。
「例えば、10人組のとっても美人な女盗賊団たちがレイ君を拉致したとします。するとその後、その女盗賊団たちは、素敵なレイ君に興奮して……、え、えっちな気持ちになります。そして、全員がレイ君に無理やりキスをしてしまいます。それはもう、熱烈に、ねっとりと……。そうすると、その10人全員に全員のスキルが共有された状態になってしまうのです」
レインは、きょとんとした顔をして話を聞いていたが、最後まで聞いて、はっとした表情になった。
エルトリアの説明が続く。
「スキルの平均所持数は5つと言われています。なので、単純計算ですが、10人全員にキスされてしまうと、全員がスキル数50以上の女盗賊団ができあがってしまうということです。もしそうなってしまえば、その女盗賊団を壊滅させることはとても難しいでしょう」
レインは自分が無能と呼ばれるような存在であったからこそ、その危険性がよくわかった。
たった1つのスキルが手に入っただけでも、ゴブリンとの戦いに大きな影響がでたのだ。
スキル数50の悪人がもたらす被害の大きさなんて、想像することすら難しい。
いざ討伐しようと思っても、それが困難なことくらいすぐにわかる。
レインが憧れる騎士たちですら、1対1で戦っては負けてしまうかもしれない。
「女盗賊団に拉致されるというのは極端な例えでしたが、悪い女性が1人の場合でも十分に危険です。レイン君が善良な女性10人とキスをした後に、悪い女性1人とキスをするだけでも、スキルを50以上も持った悪い女性が1人できあがってしまうということです。これだけでも脅威度はかなり高いです」
レインはその脅威を想像して、息を飲んだ。
「複数人の討伐困難な悪人ができてしまった時点で、王国はそれらの討伐を諦めるかもしれません。ですが、それらの悪人を放置することもできません。ですから、その場合、王国は直接レイ君の命を奪い、『スキル共有』の効果を消そうとする可能性があります」
レインは身を震わせた。
【どちらかが死ぬまで『スキル共有』は持続する】
つまり、悪人たちからスキルを消し去ろうと思うなら、レインを殺すのが一番手っ取り早いのだ。
「わたくしは、『スキル共有』をひとまず隠匿すべきだと思います。近い将来、世間に公表するとしても、今はまだその時ではありません。後ろ盾のないレイ君では、良いように利用されてしまうかもしれません。実験動物のような扱いをされてしまうかもしれません。もしかしたら、危険視されて殺されてしまうことだって考えられます。わたくしは、レイ君が殺されてしまうなんて、絶対に嫌です。もしそうなったら、わたくしも――」
――死にます。
そう言ったエルトリアの表情からは、なにも読み取れなかった。
レインは自分のスキルが怖くなった。
エルトリアの言うことがもっともだと思ったからだ。
将来的な危険因子を早い段階で処分しておく、なるほど間違いなく合理的だ。
なら、自分は死ぬべきなのだろうか。
だが自分が死んだらエルトリアも死ぬという。
そんなのダメだ。
自分だけならまだしも――。
そこまで考えたレインは、エルトリアが『死なない理由』を与えてくれているのだと悟った。
「ですから、わたくしは、レイ君が大人になって、周りに介入されないくらいの基盤ができあがるまでは、『スキル共有』については隠しておいて欲しいのです。ダメでしょうか?」
エルトリアは、さも自身のわがままであるかのように言う。
レインに、「ダメだ」なんて言えるはずがない。
「……わかりました。僕は、『スキル共有』について、誰にも言いません」
レインは、自分の喉がひどく乾いているのを感じた。
◇
「レイ君、ごめんなさい。せっかくレイ君にすごいスキルがあるとわかったのに、わたくしのわがままのせいで、それを隠すことになってしまって」
心底、申し訳なさそうに謝るエルトリア。
しょんぼりとして、元気がない。
だが、レインには別に『スキル共有』に対しての執着心はない。
元から無かったと思えば済む話だ。
それに、『攻撃力上昇』があることを考えれば、元よりも遥かに良い状況なのは確かだ。
だから――。
「謝らないでください、エルトリア様。僕は自分がスキル無しの無能だと思って育ったのです。ですから、エルトリア様に賜わった『攻撃力上昇』のスキルがあるだけでも望外の幸せです」
「幸せ」、その言葉を聞いたエルトリアが、ぴくり、と反応した。
レインの言葉が続く。
「僕は、エルトリア様からこのスキルを賜わることができたおかげで、ゴブリンたちの襲撃を乗り切ることができました。多くのクラスメイトを助けることができました。このスキルが無ければ、僕があの夜を生き残ることはできなかったと思います。そして、生き残れたからこそ、クラスの女の子たちとも和解することができました」
それに、と言葉を続けるレイン。
「知り合いの冒険者たちも、僕に『攻撃力上昇』のスキルがあることを、とても喜んでくれました。僕はみんなが喜んでくれたことが本当に嬉しかったのです。その嬉しさは、すべてエルトリア様がいたからこその感情です。僕はエルトリア様のおかげで、今、とても幸せなのです。だから、どうか謝らないでください」
そう言ってレインに微笑みかけられたエルトリアは、すっかり元気になった。
そして、
「はい、レイ君! わたくし、もっとレイ君に幸せになっていただけるように、頑張りますね!」
そう言いながら、花が咲いたように微笑んだ。
◇
その後、レインは再びエルトリアを学院へと送り届けた。
どうやら、王城からの迎えが、学院へ来る予定になっているらしい。
「今度は、わたくしのお家にも遊びに来てくださいね?」
別れ際にそんなことを言われたレインは返答に困った。
エルトリアが言う『お家』というのは、王城のことだろう。
そんな所に、平民の子供がそう易々と遊びには行けるわけがない。
困ったレインは、曖昧に笑って誤魔化したのだった。
◆あとがき
な、なんて恐ろしい能力なんだ(((;゜Д゜)))
これは、スキル共有が極々まれになるのも仕方がない( ̄ω ̄;
ちなみに、しれっと『キスをした女性とスキルを共有する』と説明してますが、
本編中のどこにも、なぜ女性なのかという説明がありません。
最初は書いていたのですが、あまりにも長くなったので省略しちゃいました(・ω<)てへ
とりあえず、エルトリア様が頑張って解読した結果、女性にしか効果がないとわかったという感じです。
今日は夕方にもう1話、小話を投稿予定です。




