25:助けるか、否か
「うわぁぁぁあっ!」
夜、レインは遠くから聞こえた男子生徒の悲鳴で目を覚ました。
レインが野宿していたのは、教員たちのテントのすぐそばである。
男子生徒たちのテントのそばだと安心して眠れないからだ。
寝ているときに変なちょっかいをかけられたくない。
目を覚ましたレインは、辺りを見渡した。
月が出ているので、真っ暗というわけではない。
月明りというのは意外と明るい。
夜中に部屋の隅で読書用の魔術灯をつけているときと、ほぼ同程度の明るさだ。
2人の教員が、照明の魔術を使い、男子生徒たちのテントの方へ駆けていくのが見えた。
おそらく、さっきの悲鳴の原因を調べに行ったのだろう。
レインは何が起きているかわからなかったが、ゴブリン襲撃の可能性を考えて、外していた装備を即座に身に着けた。
「ぎゃぁあぁああ!」
「なんか出たぁぁあぁあっ!」
「ひぃぃっ! なんだこいつはっ!」
男子生徒たちのテントの方が、次第に騒がしくなっていく。
教員たちのテントから、さらに2名の教員が男子生徒たちのテントへと向かっていった。
その直後、人が少なくなった教員たちのテントに近付いていく影が見えた。
小さな人影が複数。
最初は生徒たちかと思ったが、違う。
レインは昼間に見ていたからこそ、すぐにその正体に気が付いた。
間違いない。
あれは、ゴブリンだ。
数が多い。
テントに残っていた教員たちも、ゴブリンにテントを包囲されていることに気が付いて外に出てきた。
テントには3人が残っていたようだ。
その内の1人、小太りの男――副理事長――が騒ぎ出した。
「ひぃっ、お、おい、ワシを守れ! 命令だ、雇い主のワシに逆らうなよっ! 首ではすまんぞ、どこに行っても働き口がないようにしてやるからなっ!」
教員たちは、仕方がない、といったふうに副理事長を守るように陣形を組んだ。
近付いてきたゴブリンから仕留めてやろうと、それぞれが武器を構える。
だが、ゴブリンたちは教員たちを取り囲むだけで、一向に攻撃を仕掛けようとはしない。
教員たちが前へ踏み出すと、同じだけ後ろに下がる。
教員たちが後ろに下がると、前へと進み出る。
つかず離れず。
ゴブリンたちの目的が、教員たちの足止めであることはすぐにわかった。
そのとき、
――きゃぁぁぁぁ!
女子たちのテントの方から悲鳴が聞こえた。
1人の教員がそれに反応し、動こうとする。
だが、その教員を行かせまいと、ゴブリンたちが一斉に威嚇を始めた。
「ゴアアアアアァッ!」
「ギギイイイイィッ!」
「ゲギャアアアアッ!」
けたたましい鳴き声を上げ、石を投げ、棍棒で地面を打ち鳴らす。
それに一番驚いたのは副理事長だった。
「ひぃっ! お、おい、お前っ! 勝手に動こうとするなっ! ワシを守れと言っただろうがっ! 首にして、二度と王都で働けんようにしてやるぞっ!」
怒声を浴びせられた教員は、悔しそうに副理事長の守りへと戻った。
それを見たレインは、女子たちのテントの方へと駆けだした。
エルトリアが心配だ。
自分に何ができるかはわからない。
昼間は1匹のゴブリンを相手にするだけで精一杯だった。
無数のゴブリンたちと戦えば、あっさりと殺されてしまうかもしれない。
それでも、駆けださずにはいられなかった。
◇
テントは一列になるように並んで張られている。
教員たちがいたテントから順に巡っていけば、いずれはエルトリアがいるテントへとたどり着けるはずだ。
レインは走りながら、ゴブリンたちの作戦について考えた。
ゴブリンたちはメスを襲うと聞いている。
つまり人間のメス――女生徒――を攫うことが、この襲撃の目的だろう。
だから、おそらく、最初に男子たちのテントの方で起こった騒ぎは『陽動』だ。
教員を『分散』させることが狙いだろう。
そして、数が減った残りの教員を、複数のゴブリンで包囲して『足止め』を行う。
最後に、非力そうな女子を攫う。
陽動や分散、包囲しての足止めなどは、獣でさえも行う。
頭の良いゴブリンなら、それくらい当然のように行うだろう。
「いやぁぁぁあぁあっ!」
「やめてぇっ!」
「離してぇぇぇっ!」
レインが女子側の最初のテントへたどり着くと女子たちの悲鳴が聞こえた。
さらに近付くと、ゴブリンたちに引きずられる3人の女子が見えた。
遠くから様子を窺うレイン。
ゴブリンの数も同じく3匹のようだ。
女子たちは、手足を縛られた状態で必死に抵抗している。
そのとき、女子の1人と目が合った。
キュリアという名前の女の子。
金髪の巻き毛が特徴だ。
「たすけてっ!」
キュリアはレインのいる方へ顔を向け、必死に助けを求めた。
藁にもすがる思いなのだろう。
キュリア以外は誰もレインに気が付いていないようだった。
レインは考えた。
このまま、キュリアの助けを無視し、ここをやり過ごして次のテントに向かうことも可能だ。
その方が、早くエルトリアのもとへたどり着ける。
そもそも、ゴブリン1匹に手こずっていた自分が、3匹のゴブリンを相手に何ができるというのか。
一応は、不意打ちを浴びせれば、1匹くらいは倒せるかもしれない。
だが、それで終わり。
続く二匹目、三匹目に同時に襲いかかられ、なぶり殺されるに決まっている。
昼間は、まともに斬りつけても致命傷を与えることができなかったのだ。
例え1匹ずつ戦えるのだとしても、長期戦は免れない。
レインは助けに入るべきか迷った。
はっきり言って、助ける義理はない。
今まで自分をイジメてきた相手だ。
見捨てることこそが道理である。
でも、ここで見捨ててしまうと王都にいる皆に顔向けができないと思った。
家を、食べ物を、家族を与えてくれたセシリアに。
初めて友達になってくれて、自分を守るために命がけで戦ってくれたオーファに。
戦い方や、魔術の使い方、さまざまなことを自分に教え、兄弟のように接してくれたマフィオたち冒険者に。
今ここで、この女子たちを助けないことは、皆に対する裏切りのように思った。
レインは自分を助けてくれた皆のようになりたかった。
それでこそ、『汚い』などと言われることがない自分になれる。
そう思っていた。
もちろん、そんな簡単なことではないとわかっている。
それでも、自分が尊敬する人たちのようになりたかった。
セシリア、オーファ、マフィオ、ルイズ――。
皆、憧れの存在で、あんなふうになりたいと何度も思った。
だから、
「でやあああああああッ!」
レインは気合の咆哮を上げ、突っ込んだ。
声を上げようが、上げなかろうが、どうせすぐに見つかるのだ。
ならばと、上げた咆哮は、レインの心を大いに鼓舞した。
ゴブリンが振り返る前に、一瞬で踏み込み斬撃を放つ。
――ズザンッ!
厚く硬い皮肉を裂き、骨をも断つ一閃。
レインの放った一撃は、あっさりとゴブリンの首を斬り落とした。
どさっ、と頭が地に落ち、残った身体から青い血が吹き出る。
あまりにも簡単に、一匹目を仕留めた。
これに一番驚いたのはレイン本人だった。
別にゴブリンの血に驚いたわけではない。
昼にゴブリンを斬りつけたときと、あまりに違う手ごたえに驚いたのだ。
昼は骨どころか、肉を少し斬る程度しかできなかった。
だから今回も、精々が動脈を斬るくらいになると思っていた。
それが、いざ斬りつけてみると、あまりにあっさりと首を断ち落とせた。
驚くなというのは無理な話だ。
だが、驚いたのはレインだけではない。
この場にいた全員が、驚愕し、状況を理解できていない。
ゴブリンを含めた全員が、動けず、声も出せず、固まる。
静寂。
レインがいち早く驚きから復帰した。
「しッ!」
二匹目のゴブリンへと踏み込む。
ゴブリンは反応できていない。
隙だらけだ。
一瞬で、ぞぶりと心臓を突き、殺す。
剣からは、びくびくびく、と筋肉が痙攣する不快な振動が伝わってくる。
生々しい、断命の感触。
吐き出そうになる忌避感。
だが、そんなものを気にしている場合ではない。
すぐさま剣を引き抜き、三匹目に剣を向ける。
「ギギッ!」
だが、三匹目はレインに剣を向けられた途端、掴んでいた女子を離し、即座に逃走を始めた。
レインは逃げたゴブリンの後を追わなかった。
深追いして待ち伏せに遭うのは御免だ。
レインは、殺生による嫌悪感を、無理やり飲み込み、縛られた女子を解放した。
◇
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
キュリアがレインに頭を下げ、礼を言うと、他の2人の女子も慌てて頭を下げた。
レインは困った。
女子たちを助けたは良いが、その後どうするか、考えていなかったのだ。
本音を言えば、このままここに放置していきたい。
だが、ここにいれば、さっき逃げ出したゴブリンが仲間を引き連れて戻ってくるかもしれない。
教員たちのテントの方へ自力で向かってもらうということも考えた。
しかし、現在あの場所は無数のゴブリンに包囲されている。
不用意に近づくのは危険だろう。
このまま連れて行くというのも、向かう先に確実にゴブリンがいるだろうと考えると、あまり良い案に思えない。
女子たちは非力だ。
一応、王立学院には剣術の授業がある。
だが、女子が習うのは作法としての剣術ばかり。
実戦は無理だ。
レインはどうするべきか困った。
だが、あまり、もたもたもしていられない。
考えたあげく、結局、本人たちに決めてもらうことにした。
「僕はこれからエルトリア様のもとへ参じます。皆さんはどうしますか?」
すごく、投げやりな問いかけだった。
レインはこの女子たち、もといクラスメイトたちに良い感情を持っていない。
自分をイジメる相手なのだから当然だ。
「あ、あの、レ、レイン、さん。私たちも一緒に……」
「わ、私たちも連れて行って、ください。レイン、さん」
「おねがいします」
頭を下げる女子たち。
レインは『さん』をつけて呼ばれることに違和感を覚えた。
今までは、『無能』や『ゴミ』と呼ばれていたのだ。
急に丁寧になられても困る。
一応、普段からクラスの女子たちは、お互いのことを『さん』をつけて呼び合っている。
そう思えば、不自然なことではない。
だが、いつも蔑称で呼ばれているレインは、やはり違和感を拭えない。
しかし、そんなこと気にしている暇は無い。
「わかりました。装備はどうしました?」
鎧は邪魔だろうが、帯剣くらいはすべきだろう。
そんなレインの問いにキュリアが答えた。
「ゴブリンたちに奪われてしまいました」
キュリアの実家は貴族としての位も高く、クラスでの発言権も強い。
おそらく、この3人の中でもリーダー的な立場にいるのだろう。
「さっきの3匹は鎧を着けていませんでしたよね。他にもここに来たんですか?」
「はい」
「何匹くらいいたか、わかりますか?」
「数が多くて正確にはわかりませんでした。おそらく30以上かと……」
「そのゴブリンたちはどこに?」
「隣のテントの方へ向かいました」
キュリアが指さしたのは、隣の女子のテントの方だった。
ゴブリンの作戦は、おそらく、最初に中央よりのテントから攻めることで、女子と大人たちを分断し、そこから順に、端へ端へと追い込むように女子たちを襲い、生け捕りにしていくつもりなのだろう。
「わかりました、では行きましょう」
「あの、レインさん、照明魔術を使わないのですか?」
「敵に見つかりやすくなるので使いません」
「そ、そうですか」
キュリアの表情は少し不安そうだ。
よくみたら、他の女子2人も怯えた表情をしている。
暗闇とゴブリンが怖いのだろう。
レインは、オーファだったらこんなとき、なんて言うだろうかと考えた。
そして、オーファの言葉をいくつも思い出した。
オオカミを前にして、オーファが言ってくれた言葉。
――大丈夫よ、あたしはすごいんだから。
――あたしが絶対に守ってあげる。
――絶対にあんたを傷つけさせないわ。
オーファは何度も守ってくれた。
その度に思った。
自分も誰かを守れる人間になりたいと。
そういう、綺麗な心を持った人間になりたい、と。
だから、レインは言った。
「大丈夫です、僕が守ります。絶対に傷つけさせたりしません」
自分にオーファと同じようにできるとは思わない。
でも、少し、その勇気を、その気高さを、分けてもらえた気がした。
レインの真剣な目を見たキュリアたちは、自分の鼓動が早くなるのを感じていた。
◆あとがき
クラスの女子たちは立派なモブヒロインです!
だって超ハーレムだもの!
そしてキュリアちゃんは、ネームド・モブヒロインです!
強そうですね!
きっと潜在能力が高いです。
そんなこんなで、オーファちゃんのマネをしてみたレイン君。
18話『赤に染まる』で赤く染まったものは、
夕日に染まった湖、
照れて染まったオーファちゃんの頬、
オオカミの血に染まったレイン君の手、
等々いろいろありますが、
レイン君の心が、赤に染まった話だったわけですね!
「オーファちゃんは大変なものを染め上げていきました、
レイン君の心です」(銭型のとっつぁん風に
Q:作者がそういうこと解説するのは野暮じゃね?
A:作者は解説したい勢ですもの(・v・
Q:ゴブリンの襲撃って、レイン君とエルトリア様がゴブリンと遭遇したことが原因なんじゃ……
A:違います
けど、その辺の話に触れるのは、レイン君が16才になって2つ3つイベントを終わらせた後になります。




