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23:はじめての

 吊り橋を渡り切ったレインたち。

 もう安全だ。


 レインは、先ほど採取した薬草を取り出した。

 そして、適当な岩に布を敷き、そこにエルトリアを降ろして座らせた。


 「レイ君、わたくしたち、一緒に吊り橋を渡っちゃいましたね?」


 エルトリアが、もじもじしながらレインを見上げて問いかけた。


 「わたくしのこと、好きになってくれましたか?」

 「えーと……」


 レインは返答に困った。

 異性として好きかどうかは……、不敬なので考えない。

 だが、人としてという意味なら、もちろん好きだ。

 でも、マフィオたちのように気軽に「好き」と言える相手ではない。

 女性に対して「好き」と言うだけでもはばかられるのに、相手は王女だ。

 言えるわけがない。

 そもそも、エルトリアが自分のことを異性として意識していることはありえない。

 身分が違う。

 だというのに、ここで下手に「好き」と言って、気持ち悪がられたら最悪だ。

 嫌われる。

 絶対に「好き」とは言えない。


 おそらく、エルトリアは、知的好奇心から『吊り橋の恋』の効果が真実か否かを確かめたいだけなのだろう。

 そうだとしても、不用意に答えるのは危険だ。

 嫌われたくない。


 しかし、だからと言って黙っているわけにもいかない。

 なんて答えるか悩むレイン。

 

 結局、嘘を言わない程度に誤魔化すことにした。


 「……『吊り橋の恋』の効果は、少しあったような気がしなくもなくもないです」

 「ほええ? あったような気がしなくもなくも?」


 頭を捻るエルトリア。


 レインは、あんまりこの話題を掘り下げたくないと思った。

 そのうち、何にドキドキしたかまで話す破目になりそうだ。

 それは是非とも避けたい。

 なので、この話題から離れるためにも、早くエルトリアの足の治療をすることにした。


 「エルトリア様、脱いでもえますでしょうか?」


 ブーツを履いたままだと治療ができない。

 不敬かもしれないが、脱いでもらわないと困る。

 そんなレインの台詞。


 もちろん、レインに悪気はない。

 むしろ、善意で言っている。

 だが、明らかに言葉が足りていない。


 「そ、そんな、わたくし、こんなところで。ああ、でも、レイ君が望んでくれるなら、わたくしは喜んで、脱ぎますっ! 今すぐにっ! あ、いや、でも、こんなところで脱いで、他の誰かに見られたら。わたくしの身体はレイ君だけのものなのに――」


 ――と、当然のように勘違いして暴走するエルトリア。

 妄想の速度が半端ではない。


 「エ、エルトリア様?」


 レインは、わたわたと慌てるエルトリアの様子に、


 ――まさか、頭までゴブリンにやられて!?


 と、かなり失礼なことを考えていた。

 一応、それなりに本気で心配している。

 ちなみに、エルトリアの頭は無傷である。


 「――だから、今度、2人きりになったときに……。はい、なんでしょうか、レイ君?」

 「エルトリア様、足首の治療を行いますので、ブーツを脱いでもらっても?」


 レインは頭の治療は無理なので、とにかく足の治療を優先することにした。


 「え? ブーツですか? え? 治療? あっ……、ご、ごめんなさぃ、脱ぎます」


 エルトリアは自分の勘違いに気が付いて、しょんぼりしながら、ブーツを脱いだ。

 続けて長めの靴下を脱ぐと、白くて綺麗な脚があらわになった。

 それから、持っていた手拭いを水の魔術で湿らせ、脚を拭う。


 普段、肌の露出が極めて少ないエルトリアの露出。

 綺麗な脚。

 レインは妙な気分になりかけた。


 だが、エルトリアの足首がちょっと腫れているのを見て、気を引き締め直した。


 「すみません、怪我の状態をみさせていただきます」


 腫れの状態は思ったほど酷くない。

 靭帯が軽く伸び、内出血による腫れが生じているのだろう。

 だが、捻挫としては軽傷の部類だ。


 レインは、自分が捻挫したときのことを思い出しながら、そう判断した。

 そして、これくらいなら自分でも治せそうだ、と安心した。


 ちなみに、エルトリアはその間、レインの真剣な表情に見惚れていた。


 次に、レインは先ほど採取した薬草の葉を何枚か千切り、手で揉んだ。

 そこに、少量だけ魔術で作った水を加え、さらには熱を加えて揉みこんでいく。

 薬草は体内の魔力と親和性が高く、魔術水での加工が有効なのだ。

 と、ルイズに教わった。


 「痛みますが、少しだけ、我慢してくださいね?」

 「は、はい」

 「いきます」

 「んっ」


 患部へ薬草を当てると、エルトリアが少しだけ痛みの声を漏らした。


 レインは、揉み解した薬草を患部へと優しく塗りこんでいく。

 そして、同時に、その上から治療魔術をかけはじめた。

 優しく、丁寧に魔術を施していく。

 すると徐々にだが腫れが引き始めた。


 そろそろ痛みが引き始めるころだろう。

 そう判断したレインは、今度はマッサージをするように薬草を塗り込み始めた。

 治療魔術も同時にに施し続ける。


 塗り込んだ薬草がじわじわと患部に浸透し、治療魔術が内部から怪我を癒していく。

 すでにエルトリアの足の痛みは完全になくなっていた。

 腫れも完全に治っている。


 「痛みはどうですか?」

 「ぁんっ……、大丈、夫……です、あっ」


 もう痛みはない。

 むしろ、気持ちよすぎる。


 エルトリアは、レインの指先のとりこになっていた。

 やわやわと、優しく揉むような指先の動き。

 その指先からは、治療魔術のぽかぽかとした温かい魔力が流れ込んでくる。

 その魔力がまた気持ちいい。


 怪我をして、敏感になっている場所を、レインにそんなに優しく責め立てられたら、つい、声が漏れてしまう。

 太ももを擦り合わせて、潤んだ瞳で、身悶えてしまうのも仕方がない。

 もっとしてほしい。

 エルトリアはそう思った。


 だが、その姿が、レインには痛みを我慢しているようにも見えた。


 「本当ですか? 我慢していたら……、えっと、こしょこしょの刑、ですよ?」

 「ほ、ほんとう、……です、んぁっ」


 エルトリアは、レインによる『こしょこしょの刑』にとても興味があった。

 だが、今は素直に治療されることにしたのだった。



 「もう大丈夫みたいですね」

 「はい、レイ君のおかげです!」


 エルトリアに立ってもらい、足に問題がないことを確認すると、レインは胸をなで下ろした。


 「少し休憩したら野営地に戻りましょう」


 そう言いながら、エルトリアのそばに立ち、辺りを警戒する。


 レインは周囲を見渡しながら思った。

 日暮れまではもう少し時間がありそうだ。

 だが、想定よりも野営地に戻るのが遅れてしまった。

 イヴセンティアがエルトリアの心配をしているかもしれない。

 ゴブリンのことを教員たちの誰かに伝える必要もある。

 後をつけられている気配はないが、油断はできない。

 そう考えて、警戒の目を強めた。


 一方のエルトリアは周囲を警戒するレインの横顔を眺めながら、


 ――なにかお話しをしたいです!


 と思っていた。


 せっかく、普段とは違う環境で2人きりなのだ。

 もっとお話しをしなければ勿体ない。

 そう思って、なにか話題がないかを考えた。

 だが、なかなか思い付かない。

 次第に、早く何か言わなきゃ! と焦り始める。


 そして、ようやく捻り出した話題が、


 「じ、じつは、わたくし、『スキル鑑定』の訓練をしているのです!」


 だった。


 だが、言ってからすぐ後悔した。

 レインに言うべき話題ではなかった。

 だって、レインにはスキルが1つもないのだ。

 スキル鑑定の話題なんて嫌に決まっている。


 だから、今はまだ・・・・、スキル鑑定の訓練をしていることを秘密にしておく予定だった。

 なのに、焦って、つい言ってしまった。


 もっと他にも話題はあったはずだ。

 例えば、ゴブリンのこととか、薬草のこととか、治療のお礼とか。

 なのに、よりにもよって、レインが一番触れられたくないであろうスキルに関しての話題を振ってしまうなんて、最悪だ。

 無配慮にもほどがある。

 絶対に嫌われてしまった。


 このまま吊り橋の下に飛び込んでしまいたい。

 レインに嫌われたままで、生きている意味を見いだせない。

 絶望に沈むエルトリア。


 一方のレインは、スキル鑑定の練習をしていると聞いて、感心していた。


 「スキル鑑定ですか? すごいですね」


 と素直に褒める。


 『スキル鑑定』は魔術の一種だ。

 訓練法が特殊なため、習得することが難しい。


 スキル鑑定の訓練は、まず、自分の目の中にスキル鑑定の魔術陣を作ることから始まる。

 自分1人では難しいので、大抵は、すでにスキル鑑定の魔術を習得している者に魔術陣を打ち込んでもらう。

 それからは、魔術陣に魔力を流し、消えないように維持し続ける。

 朝も昼も夜も、何日間も、何週間も、何ヶ月間もずっとだ。

 地味だが、夜中に何度も起きなければならないので、かなり辛い。

 その訓練を続けることで、いずれ1つの魔術として昇華できる。


 だが、そこまでして、ようやくスキル鑑定の初歩といったところだ。

 慣れないうちは、無意識の内にスキル鑑定を発動してしまうことも多い。

 完全に使いこなすには何年もの修練が必要とされている。

 そんな高度な魔術なのだ。


 だから、レインは思った。

 自分たちの年齢で、スキル鑑定ができるなら、それはすごいことだ。

 十全とはいかなくても、少し扱えるだけでも、すごい。

 かなりの努力をしたのだろう。

 言われなくてもわかる。

 魔力強化系のスキルを持っていれば、少しは楽に習得できるのかもしれない。

 だが、エルトリアのスキルは『攻撃力上昇』だけだ。

 そう思えばこそ、関心も尊敬もした。


 しかし、エルトリアは無配慮な発言を反省していた。


 「あ、あの、ごめんなさい、レイ君」

 「エルトリア様……」


 レインは、エルトリアがなぜ謝ったのかを即座に察した。

 すなわち、自分が『無能』であることを気遣ってくれているのだ、と。


 気にかけてもらえることは嬉しい。

 だが、少し心苦しくもある。

 スキル鑑定の日に起こったことには、すでに心の整理ができているのだ。

 たしかに、スキルがなかったことは残念である。

 でも、そのお陰で、オーファやセシリア、マフィオたちと知り合えた。

 そう思えば、悪いことばかりではない。

 むしろ、人間関係は豊かになった。


 だから、レインは、そのことでエルトリアが悲痛な表情になることが心苦しかった。


 「エルトリア様、どうか、お気になさらないでください」

 「レイ君……、やさしいです」


 エルトリアは薄っすら頬を染めた。

 無神経なことを言ってしまったのに、気にするなと言ってくれる。

 なんて優しいのだろうか。

 そう思うと、レインを見つめる瞳にも、一層の力がこもる。

 無意識の内に、目の魔術陣に魔力がこもってしまうほどに……。


 そのとき、ふと、レインは、


 ――そういえば、頭は大丈夫だろうか?


 と非常に失礼なことを思い出した。

 体調を見極める必要があるだろう。

 そう思い、エルトリアの顔に視線を向けた。


 結果的に見つめ合う2人。

 目と目が合う。


 エルトリアは、さらにレインを見つめる瞳に魔力がこもった。

 当然、スキル鑑定の魔術が発動してしまう。

 そして、


 「あれ?」


 レインの瞳を見て、気が付いた。

 何か……、見える?


 「どうかしましたか?」

 「ちょっとよく見せてください!」


 不思議そうな顔をするレインの顔を両手でつかまえ、ぐっと顔を寄せるエルトリア。


 見える。

 確かに見える。

 無いはずのレインの瞳の中にスキル紋が見える。


 何のスキル紋かはわからない。

 まだ勉強中のエルトリアには、スキル辞典が無いとスキルの判別ができない。


 だが、ある。

 複雑な構造のスキル紋が1つ。

 確かにある。


 「エ、エルトリア様、近いです……」


 お互いの息がかかるほどの至近距離。

 レインは気恥ずかしさに耐えかねて、そう呟いた。


 「へ? ひゃあ、ごごご、ごめんなさい!」


 エルトリアは、自分のしていることに気付き、慌てて飛び退いた。

 そして、早く言い訳しなければと思った。

 だって、いつも男性を相手に、こんなに顔を寄せ合うようなふしだらなことをしているのではないかとレインに勘違いされたら、崖から飛び降りるしかない。


 「わ、わたくしは、スキル鑑定の訓練をするときは、いつもお城の侍女に相手をしてもらうか、鏡を使って練習しています! だから、レイ君以外の男性には、こんなに近付いたりなんかしません! 本当です! もちろん、わたくしの肌は誰にも触れさせたことがありません! お父様やお兄様にさえも、触れてさせていませんし、肌を見せたこともありません! レイ君以外はありえません! 本当です、本当なんですっ!!」


 もちろん、これは本当の事だ。

 エルトリアの身の回りの世話は、侍女の仕事。

 男が近付くことはない。

 男に近付くこともない。

 そんな主張だ。


 一方のレインは、状況を飲み込めてなかった。


 「エ、エルトリア様……?」


 突然、取り乱したエルトリアに、少し引き気味である。

 その上、


 ――エルトリア様、やはりゴブリンに頭を……。


 と失礼極まりないことを考えていた。

 だが、続くエルトリアの言葉で、そんな思考が止まった


 「レイ君の瞳にスキル紋が見えたから、つい」


 スキル紋が見えた?

 自分の瞳に?


 それはつまり、なにかのスキルがあるということだ。

 スキル鑑定を受けた日以降、無能と蔑まれてきた自分に、だ。


 「スキル紋が、見えた? 僕に、です、か?」


 レインの言葉は震えていた。


 ずっと諦めていたのだ。

 『無能』だけは何をどう頑張っても治せない、と。

 だから、自分を誤魔化していた。

 無能じゃなくてもダメな人間じゃないと証明するんだ、と。


 でも、心のどこかでは気付いていた。

 自分はオーファのようになれない。

 オーファがオオカミから守ってくれたみたいに、誰かを守るために戦うなんて無理だ。

 無能の自分には不可能。

 そんな力はない。

 そんな諦めに近い感情も湧き始めていた。


 さっきだって自分が無能だったせいで、エルトリアに気を使わせて、悲痛な顔をさせてしまった。

 同じようなことは今までにも何度もあった。

 その度に、何度も何度も、自分が無能であることを呪った。

 人に迷惑をかけるたびに、数えきれないほど、無能の自分が嫌いになった。


 でも、諦めるしかないと思っていた。


 なのに、自分にもスキル紋が見える。

 そう言われてレインの心は乱れた。

 冷静でいられるわけがない。


 がしっとエルトリアの両腕を掴み、詰め寄る。


 「ぼ、僕にスキル紋があるんですかっ!?」

 「は、はい、わたくしには何のスキルかわかりませんが、確かにスキル紋が見えました」


 こくこくと頷くエルトリア。

 レインが迫ってきてくれたことが嬉しくて、少し頬が赤い。


 レインはエルトリアの言葉をゆっくりと咀嚼そしゃくし、そして飲み込んだ。


 自分にはスキルがある。

 どんなスキルかはわからない。

 でも、確かにある。


 レインの心は身体の奥底から湧き上がってくる喜びに、打ち震えた。


 「あ、ありがとう、ございます、エルトリア様」


 レインは、なんとかそれだけを口から絞り出すのが一杯だった。

 はしゃぎ回りたい気持ちを必死に抑えて、冷静さを保とうと心がける。


 本当に自分にスキルがあるのか。

 まだ、信じられない気持ちもある。

 期待し過ぎたら、後が辛いかもしれない。


 だが、喜ぶなと言うのは無理な話だ。

 もう、スキル紋が見えると聞いてしまったのだ。

 どうしても期待してしまう。


 レインは高まった気持ちを懸命になだめ、とにかく、王都に帰ったらスキル鑑定を受けてみようと思った。


 だが、スキル鑑定も安くはない。

 基本的にいつも金欠のレインには、鑑定費をすぐに捻出することはできない。

 どうしようか、と考えた。


 そこに手を差し伸べたのはエルトリアだった。


 「あの、レイ君。もしよかったらですが、王都に帰ったら、わたくしにレイ君のスキル鑑定をさせていただけませんか? まだ、辞典を見ながらじゃないとできませんし、技術も拙いですが」


 そもそも、実は、エルトリアがスキル鑑定の訓練を始めたのはレインのためだった。

 なぜ、無能だと思われているレインのためなのか。

 それは、何年も前に『スキル鑑定の結果は、必ずしも正しくはない』と聞いたからだ。


 もしかしたら、レインのスキル鑑定の結果は間違っているかもしれない。

 その可能性に期待して、秘かにスキル鑑定の勉強を始めたのだ。


 もちろん、間違っている可能性は限りなく低い。

 レインに伝えれば、ぬか喜びに終わらせるだけの可能性が高い。


 だから、秘かにスキル鑑定の技術を磨いて、レインに気付かれないように、こっそりとスキル鑑定をしてみる予定だった。

 それが無駄に終わったとしても、自分が苦労しただけで済む。

 レインを傷つける心配はない。

 そう思っていたのだ。


 だというのに、さっきは、話題探しに焦った挙句、思わずスキル鑑定のことを口走ってしまった。

 あまりにも迂闊。

 本当に崖の下に飛び降りてしまいたかった。

 でも、だからこそ、レインのスキル鑑定は自分が最後まできっちり行いたい。

 エルトリアはそう思った。


 そしてそれは、レインにとって渡りに船である。


 「いいのですか?」

 「もちろんです、レイ君!」

 「有難うございます、ぜひ、よろしくお願いします」


 レインは深々と頭を下げてお礼を言った、

 スキル鑑定をしてくれること。

 自分のスキルを発見してくれたこと。

 感謝してもしきれない。

 だから、精一杯、誠意を示そうと頭を下げた。


 そんなレインに慌てるエルトリア。


 「あ、頭をあげてください、レイ君! わたくしが好きでやらせていただくことです。むしろわたくしにこそ、お礼を言わせてください!」


 ただ、レインに喜んでもらえればそれでいい。

 それだけで嬉しい。

 こんなにも頭を下げられてしまっては心苦しい。


 「わたくしは、これまで何度もレイ君に助けていただきました。さっき、ゴブリンに襲われたときもそうです。レイ君はわたくしを守るために戦ってくれました、歩けない私を背負ってくれました、傷を癒してくれました」

 「それは、当然のことをしたまでです」


 エルトリアの言葉に頭を上げたレインは、そう言って恐縮した。


「それでも、わたくしは感謝しています。レイ君には返しきれないほどの恩があります。ですから、今からその『お礼』を受けてはもらえませんか?」

 「で、ですが」

 「お願いします、レイ君。今からする、わたくしの『お礼』を受け取ってください」

 「……わかりました。謹んで賜わります」


 レインは、そこまで言われてしまって『お礼』を受け取らないのは、その方が失礼だと思った。

 だから、エルトリアの『お礼』を受けることにした。


 「ありがとうございます、それでは、少し横を向いていただけますか?」

 「え? は、はい」


 レインは横を向けと言われて困惑した。

 なぜ、横を向く必要があるのだろうか?

 わからなかったが、とりあえず横を向いた。

 逆らう理由はない。


 「い、いきます!」


 そう言うと、エルトリアは目を閉じて、そっとレインの頬へと自分の唇を寄せた。

 だが、


 「え?」


 とレインが、エルトリアの行動に驚いて、そちらの方へと顔を向けてしまった。


 ――ちゅ。


 柔らかい感触が唇に伝わる。

 その瞬間、身体が熱を持ち、一瞬、わずかな光が発せられた。


 エルトリアは唇に伝わる感触に驚いて、ぱちり、と目を開いた。

 そして、レインの唇にキスをしてしまったことに気が付いた。


 ぽっ、と頬が染まる。

 だが、次の瞬間にはあわあわと慌て始めた。


 「あ、ああ、わたくし、なんということを! レイ君、ごめんなさい。わたくし、こんな方法でレイ君の唇を奪うつもりなんてなかったのです、本当です! ただ、ほっぺにキスを、それくらいならレイ君に迷惑はかからないと思って、だから、こんな、ああ、ごめんなさい!」


 たいそう取り乱している。


 エルトリアは自分の唇なんかより、レインの唇にこそ価値があると思っているのだ。


 おそらくレインは初めてのキスだっただろう。

 それを無断で奪ってしまった。

 自分も初めてだったが、そんなことは関係ない。


 もちろんいずれはレインとキスしたいという願望もあった。

 だが、こんな『お礼』と称して、レインの気持ちを無視して無理やり奪おうだなんて考えていなかった。


 ただ、姫である自分が頬にキスをすれば、自然な形で『お礼』の意を示せると思ったのだ。

 絵本などで見たことがある、『お姫さま』による『お礼のキス』だ。

 そこに、まったくの下心がなかったとは言わない。

 しかし、レインの幸福を祈る自分が、レインの意思を確認せずに唇を奪うなんてありえない。

 許されない。


 「エ、エルトリア様、頭をお上げください!」

 「ですが、わたくし!」


 土下座しそうな勢いで頭を下げようとするエルトリア。

 それを必死でなだめるレイン。


 レインは、なぜエルトリアが自分に対して謝るのかよくわからなかった。

 どう考えても悪いのは自分だろうと思うのだ。


 横を向けと言われていたのに、エルトリアの方へと向き直ってしまったのは自分の責任だ。

 それにより、王女様の唇を奪ってしまった。

 下手をすれば、いや、下手をしなくても死罪になりそうな案件だ。

 自分こそが土下座をして謝るべきだと思う。

 だが、エルトリアが先に謝りだしてしまったせいで、自分が謝るタイミングを失ってしまった。


 普段は意味のないときに土下座をさせられるのに、肝心なときに土下座できない。

 皮肉なものである。


 「エルトリア様、今のは僕が動いてしまったからいけなかったのです」

 「いいえ、わたくしが急に迫ったのが悪いのです! レイ君が驚いてこちらを向き直ってしまうのも当然です!」


 レインは、なんとかして自分が悪いということをエルトリアに伝えたい。

 だが、エルトリアは頑として自分の罪を譲らない。


 「あ、あれは事故。そう、あれは事故だったんです、エルトリア様。だから、エルトリア様は悪くありません!」

 「じ、事故……ですか?」


 レインは、エルトリアが事故という言葉に反応したことに活路を見出した。


 「そうです事故です!」

 「そ、そうでしょうか?」

 「そうです、事故だったんです。ですから、エルトリア様だけの責任ではありません」

 「……わかりました、レイ君」


 レインの必死の説得で、エルトリアはようやく頭を上げた。


 だが、『事故だった』という言葉に納得したわけではない。

 レインの困った様子に気が付いたのだ。

 これ以上、迷惑はかけられない。

 そう思って、大人しく引き下がった。


 それから、エルトリアは、やはりレインは優しい、と思った。

 だって、さっきのキスは、どう考えても自分が変な下心を持ってレインのほっぺにキスしようとしたのが悪いのだ。

 それなのに、それを事故だったと言ってくれる。

 なんて優しいのだろう。

 胸が熱くなって、うっとりとレインの瞳を見つめる。

 黒くて綺麗な瞳だ。


 ドキドキして、また無意識の内にスキル鑑定が発動してしまった。

 スキル紋が見える。


 ……見えるのだが、何かおかしい。

 さっきと何かが違う。


 よく見ると、数が増えている気がする。


 「あれ? んんん? ちょっとよく見せてください!」


 エルトリアはぐいっとレインへ近づいて、その瞳を覗き込んだ。


 「エ、エルトリア様、近い、近いですってば!」

 「…………間違いないです、スキル紋が増えていますっ!」


 エルトリアの驚愕の声が響いた。

◆あとがき

(ネタバレ含みます




そんなわけで、エルトリア様とチューして『スキル共有』が発動しました!


レイン君のスキルは、異性とチューするとことで、

お互いのスキルを共有するスキルです!


レイン君が『老化防止』スキルを持った女性とキスすると、

エルトリア様にも『老化防止』が共有されます。


やったぞ、エルトリア様がずっと若いままだ!

なんてすごいスキルなんだ!

よーし、このまま美少女たちとチュッチュペロペロして超ハーレムだ!


残念ッ!!!


作者が意地悪だから、

スキル共有は極々まれにしかさせてもらえないのだ!

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