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20:嫡女

 トロワの街に到着した。

 既に日は昇り、小鳥がさえずっているのが聞こえる。


 レインはさっそく走竜車から降りた。

 他の生徒たちは寝ているか、乗り物酔いで動けないようだった。


 走竜車が停まっているのは街壁の外なので、周囲に人はいない。


 レインは、凝り固まった身体をほぐした後、革の装備を装着した。

 着け心地に問題はないか、少し素振りをして確認する。


 レインが剣を一振りすると、ぴっ、という鋭い風切り音が鳴る。

 木剣とは刀身の幅や厚みが違うので、風切り音にも違いが出るようだ。

 ちなみに、今のレインが木剣を振ると、きゅ、という鋭い音が鳴る。


 レインはこの1週間の間、実剣の慣熟訓練を行ってきた。

 それにより、すでに木剣との違いは気にならなくなっている。


 その後、しばらく素振りを続け、いくつかの動きを試し、装備の着け心地に問題がないことを確認すると剣を収めた。


 そこに、女子生徒用の用の走竜車から、1人の女生徒が降りてきた。

 レインの革の鎧とは違う、金属製の白い鎧を着ている。

 雰囲気から、おそらく高等部の先輩だろうと察しがついた。


 ちなみにレインたちは現在、中等部である。

 王立学院では3年毎に新しい生徒が入学し、同じく3年毎に初等部、中等部、高等部と進学していくことになる。

 レインの場合は7才で初等部に入学したので、初等部7~10才、中等部10~13才、高等部13~16才、といった具合だ。


 なんで学院の先輩がこんな所に? とレインが疑問に思っていると、その女生徒が声をかけてきた。


 「おはよう」

 「っ、おはようございます!」


 慌てて挨拶を返すレイン。


 「私は高等部のイヴセンティア・ボーディナ。今回、この遠征訓練に同行することになった。よろしく頼む」

 「僕はレイン・ラインリバーです。よろしくお願いします」


 レインは自己紹介を返しながら、イヴセンティアと名乗った女性徒を見た。

 美しく整った凛々しい表情に、艶のある黒髪、碧い瞳。

 高等部ということは、年はレインより、3つほど上だろう。


 「革の装備か……、学院ではあまり見ないが、なかなか良いものだな」


 レインは、マフィオン兄弟に貰った装備を褒められて嬉しくなった。


 「ありがとうございます、イヴセンティア先輩」

 「『イヴセンティア』は長くて呼びにくいだろ? だから、イヴでいい。友人はそう呼ぶ」

 「は、はい、イヴ先輩」


 恐る恐る『イヴ先輩』と呼ぶレイン。

 イヴセンティアは満足気だ。


 「ところで、その装備はどこで?」

 「知り合いの冒険者にもらったんです」

 「冒険者?」

 「僕が毎日行く、冒険者ギルドの人たちです」

 「毎日ギルドへ通っているのか? 君のことは、よく学院の図書室で見かけていたから、てっきり大人しい性格なのかと思っていた。だが、意外とわんぱくなのだな?」


 イヴセンティアは意外そうな顔をした後に、ふふふっ、と、おかしそうに笑った。

 口調の割に、笑い方が上品だ。


 ちなみに、レインがわんぱくかというと、別にそうでもない。

 どちらかというと、大人しいくらいだ。

 冒険者ギルドに通うようになったのは貧乏だからである。


 レインはそのことに言及されたくなくて、話題を変えることにした。


 「ところで、イヴ先輩は高等部の生徒なのに、なぜ今回、訓練に同行することになったんです?」

 「いや、それが私もわからんのだ。ちゃんと理由を聞かされていなくてな。ただ、学院の偉い人に、『なるべくエルトリア様の近くにいろ』とだけ言われている」


 イヴセンティアは困ったような顔でそう言った。

 本当に自分でも理由がわからないようだ。


 「エルトリア様の護衛が目的でしょうか?」

 「さあ、どうだろうな。護衛なら私なんかより、もっとちゃんとした、例えば王国軍の『騎士』なんかを用意しそうなものだが」


 確かに、一国の姫の護衛にただの女学生を用いるなんて不自然だ。

 レインはそう思って、納得した。

 当然、『運営理事たちが、もしものときの責任追及の予防線のためだけにイヴセンティアを用意した』、なんて発想は出てこない。


 レインはふと思い出したことをイヴセンティアに伝えた。。


 「そう言えば、このトロワの町付近で、メスのヒツジが盗まれる事件が起きているらしいですよ。知り合いの冒険者はゴブリンの可能性があるって言ってました」

 「ほー、その知り合いとやらはかなり情報通なのだな。私もボーディナ家の嫡女として、それなりに情報には通じているつもりだったが、そんな話は初めて聞いた」


 イヴセンティアは感心したように頷いた。

 ボーディナ家は王国でも有数の大貴族だ。

 情報力には、それなりに自信がある。

 だが、ゴブリンの情報は初耳だった。

 冒険者の情報力を侮っていたのかもしれない。

 そう思い、秘かに反省した。


 余談だが、王都の冒険者たちの情報力が高い理由は、『レインの稽古係り』を通じて冒険者通しの横の繋がりが広がったからだったりする。

 そんなことを知らないイヴセンティアは、感心したり反省したりしていた。


 不意にレインがこんなことを言った。


 「なんでゴブリンはメスをさらうんでしょうね?」

 「へっ!?」


 つくづく不思議だという顔のレインに、イヴセンティアはすっ頓狂な声を上げた。


 「不思議ですよね?」


 レインは、この不思議な気持ちを共有しようと問いかけた。

 イヴセンティアの顔がみるみる赤くなっていく。


 「そ、そうだな。ああ、まったくもって不思議だ! 全然、理由など全然、まったく全然分からん! 私は何も知らん! 本当だぞっ!?」

 「え? は、はい」


 真っ赤な顔で、早口に捲し立てるイヴセンティアに、レインは若干、引き気味に頷いた。

 頷かざるを得なかったともいえる。


 「あ、そうだっ、私はエルトリア様のお側におらねば! ではなっ!」


 それだけ言うと、イヴセンティアは慌てて女子生徒用の走竜車に駆け込んでいった。


 レインはイヴセンティアの慌てようを見て、遅まきながら、『なぜゴブリンがメスを欲するのか』という話題が、人を困らせてしまうことに気が付いたのだった。



 ブラードが走竜車から降りて来るなり、レインの姿を見て笑い出した。


 「あっはっは、おいゴミ、なんだよそのクソみたいな汚らしい装備は? それでも鎧なのか? 薄汚れた雑巾でもまとってきたのかと思ったぞ」


 その表情は加虐心に満ちている。


 他の男子生徒たちも、レインを見るなり次々と侮蔑の表情を浮かべ、口々に罵り始めた。


 「わざわざゴミがゴミを装備してきたのかよ」

 「これだから貧乏人は困る」

 「臭いから近寄るんじゃないぞ、クズが!」


 男子たちが身につけているのは、いかにも高価そうな金属製の鎧だ。

 装飾過多な鎧からは、虚栄心が透けて見える。

 親が見栄を張るためだけに、子供に買い与えたのだろう。


 「お前のような惨めな汚い無能を見ると、つくづく自分が有能で良かったと思うぞ。そのおかげで、こんなに立派な装備を身につけられるのだからな。見てみろ、お前の雑巾のような装備とは違う、俺のこの素晴らしい鎧を」


 だが、当の本人たちは自分たちの鎧を真に素晴らしいものだと思っている。

 ブラードの鎧は特注なのか、目立つところにラザフォード家の家紋が彫り込まれており、装飾の豪華さも一段と顕著だった。


 「……」


 レインは無言だった。


 レインは革の装備を貰ったとき、すでにクラスの連中に罵倒されるのを覚悟していた。

 だが、それは決してこの革の装備が悪いと思っているわけではない。

 ただ単に、どうせ何を装備してきても、自分は罵倒されると知っているだけだ。


 もし仮に、綺麗な金属の鎧を装備してきたら、「ゴミに着られる鎧が可哀想だ」とか言われていただろう。

 そもそも、もともとは木剣だけぶら下げて来るつもりだったのだ。

 それと比べれば何倍もマシである。


 しかし、罵倒されることを覚悟していたからといって、せっかくの革の装備を馬鹿にされて良い気分はしない。


 「な、なんだよ、その反抗的な目はっ!」

 「無能の分際で調子に乗るな!」

 「汚いゴミが、一歩でも近づいてみろ、容赦しないぞ!」


 レインへの罵倒は教員が集合の合図を出すまで続いた。



 「では野営地に向かうから、ペアを作れ」


 教員の指示に従い、生徒たちは男女別々にペアを作る。

 男子と女子はそれぞれ15人ずついるので、1人ずつ余る。

 男子は言うまでもなくレインが余った。

 女子はクジで負けた子がレインのペアになった。

 その子は露骨に嫌そうな顔をレインへと向ける。


 「おら、さっさっと土下座しろよ、無能!」

 「時間が勿体ないだろうが、ゴミ!」

 「早く土下座しろ、汚らしいクズめ!」


 当然のように浴びせられる罵声。

 土下座の強要。


 「……僕がペアでごめんなさい」


 レインは、いつものことだ、と特に気にせず土下座をした。

 そして、いつも通り、頭を踏まれる。

 それを見て笑う生徒たち。

 全部、いつも通りの光景だった。


 それを、イヴセンティアは唖然と見ていた。

 一人を寄ってたかって罵倒し、罵り、土下座を強要し、そればかりか頭を踏みつける。

 とてもではないが、自分と同じ誇りある王立学院生のやることとは思えない。


 さらにイヴセンティアを驚愕させたのは、その明らかなイジメ行為を教員たちが静観していたことである。

 本来であれば、子供たちの間違った行いを正し、正道へと導くのが教員の、いや、大人の役割だ。

 それが、非道で下劣なイジメを黙認している。

 そんなことあり得るのか。

 一瞬、自分が異常なのかとさえ思った。


 イヴセンティアは、レインがイジメの対象だったことにも困惑した。

 なにせ、さっき会話をしたばかりの少年なのだ。

 少し話しただけだったが、礼儀正しく、真面目な印象。

 こんな仕打ちを受ける理由がわからい。


 そう考えたところで、レインを罵る言葉の中に『無能』という言葉があったことに気付いた。

 それで、レインのスキル事情を理解した。


 イヴセンティアのいる高等部のクラスでも、少なからず、スキル数が少ない者を軽視する風潮がある。

 今、目の前で起きているイジメは、それが顕著に現れた結果なのだろう。

 理由はなんとなくわかった。

 だが、納得できるわけではない。

 特に、教員が静観していることが納得できない。


 そこで、ふと、エルトリアの様子をうかがった。

 イヴセンティアの位置からでは表情が見えない。

 しかし、手を強く握り、肩が少し震えているのがわかった。


 イヴセンティアはそれなりに情報通だ。

 すぐにエルトリアに関する『噂』を思い出した。

 曰く、スキル数が1つしかない『はずれ』の王女。


 その噂を思い出したとき、イヴセンティアは現状を正しく理解した。

 ああ、つまり、この少年は、王女へのイジメを防ぐための生贄なのだ、と。

 それと同時に、安い義憤心に駆られてレインを助けに入ることができないことも悟ってしまった。


 物事には常に優先順位が存在する。

 王家に仕えるボーディナ家の自分が、優先するべきものはなにか?

 王女のエルトリア。

 無能のレイン。

 どちらを優先するのか?

 大貴族家の嫡女として厳しい教育を施されてきたイヴセンティアには、簡単な問いだ。

 答えを導き出すのは容易い。


 だが、その『答え』のあまりの糞さに、握りしめたイヴセンティアの掌からは血が滲みだしたのだった。

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