19:レイン11才
ごめんなさい、予約投稿失敗してました。
レインは11才になった。
今日は休日。
今は冒険者ギルドでマフィオやルイズと昼食を食べている最中だ。
「僕、予定通り、来週は学院の『遠征訓練』で北の山に行くことになりました」
レインは成長とともに、舌足らずだった喋り方も改善され、やや間の抜けた顔つきも少しだけ凛々しい表情ができるようになってきた。
とはいえ、レインはまだ変声期を迎えていないので、その声は子供らしく少し高い。
丁寧な話し方だが、人によっては、子供が一生懸命に背伸びしているように感じるだろう。
ルイズがフォークで皿の野菜を突きながら、北の情報を思い出して、こう言った。
「北か……。最近、北の町の付近で、何度かメスのヒツジが盗まれる事件が発生したらしい」
「メスのヒツジですか?」
「そうだ。俺たちはゴブリンが犯人じゃないかと睨んでる」
ゴブリンが他の種族のメスを襲うというのは有名な話だ。
だから、メスの家畜ばかり狙われるというならゴブリンが犯人だろう。
一応、ヒツジの乳を目的にした窃盗の可能性も考えられなくはない。
だが、メスだけを盗んでも妊娠させられないので、乳は出ない。
よって、その可能性は低いだろうと、ルイズたち冒険者は考えている。
そんな話を聞いていたレインだったが、不思議そうな顔で小首を傾げた。
「なんでゴブリンはメスを襲うんでしょうね?」
「なんでって、そりゃあ……、兄さん、パス」
レインの純粋な質問に困ったルイズは、その一切合切を兄のマフィオへぶん投げた。
急に話を振られて驚くマフィオ。
「んあっ!? そうだなぁ……、レイン、俺たちを見てみろ!」
レインは言われた通り、まずマフィオを見た。
筋肉がすごく、とても強そうだ。
「よし、もういいぞ! 次にセシリアちゃんを見てみろ!」
次に、受付に座っているセシリアの方を見た。
レインが見ているのに気が付いて手を振ってくれた。
にこにこと優しい笑顔で、絵本に出てくる聖女様のようだ。
初めてレインとセシリアが出会ってから数年経ったが、セシリアはまったく年を取ったように見えない。
オーファ曰く、『すごい老化防止スキルを持っているから何十年経っても若いまま』、ということだ。
確かにすごい。
「ゴブリンが、俺たちとセシリアちゃんのどっちを好むか、見りゃわかるだろ? つまり、そういうことだ!」
どういうことか、レインにはよくわからない。
マフィオとセシリアを見比べる。
どっちを好むか……。
「確かにセシリアさんのことは好きですけど、僕、マフィオさんたちのことも好きですよ?」
レインは優しいセシリアが大好きだが、同じ理由でマフィオたちのことも大好きなだ。
流石に、セシリアに面と向かって「大好き」と言うのは憚られる。
だが、マフィオたちになら変な誤解を与える心配もないので、気兼ねなく言える。
そんなレインの純粋な言葉を受けたマフィオは、
「うぐっ、ルイズ、俺には無理だった、パス!」
ルイズに話題を投げ返した。
「兄さん、顔がニヤケてるぞ。まあいい、レイン、ヒツジの話は置いておいて、今日はお前にプレゼントを持ってきてやったぞ」
かく言うルイズも、若干、ニヤケている。
「プレゼントですか?」
「昔、俺たちが使っていた革の防具だ。子供用に仕立て直しておいた。こっちは剣だ。まあ、安物だがな。遠征訓練に装備一式がいるって聞いたから、用意しておいた。どうせ、買う金ないんだろ?」
そう言いながら、ルイズは足元に置いてあった袋をテーブルの上に置き、中から革製の装備一式を取り出した。
年季の入った革の装備。
渋みのある質感だ。
あまり装備の良し悪しがわからないレインでも、これが良い物なのだろうとわかった。
レインは基本的に貧乏だ。
毎朝、配達の依頼をこなしてはいるが、子供でもできる依頼というのは報酬が少ない。
にもかかわらず、王立学院では何かと金が必要だ。
特別授業があれば、追加で授業料を払い、身長が伸びれば、新しい制服を買わなければならない。
しかも高い。
結果的に常に金欠なのだ。
セシリアが代わりにお金を出してくれようとするのだが、レインはそれを断固として受け取らなかった。
流石に、今以上にセシリアの世話になるのが心苦しかったのだ。
今でさえ返しきれない恩があると思っている。
だから、可能な限り自分でなんとかしたい。
そんなふうに考えてしまうのだ。
だが、今回は、ルイズたちが用意してくれた装備を有難く受け取ることにした。
中古であるということと、すでに仕立て直し済みということが、その理由だ。
返す方が申し訳ない。
「ありがとうございます。実は装備を揃えられないから、訓練着のまま、木剣をぶら下げて遠征訓練に参加するつもりだったんです。すごく助かります!」
「そんなことだろうと思ったぜ。せっかくだから着けてみろ、細かい調整をしてやる」
「はい、ありがとうございます、ルイズさん」
レインは嬉しそうに頷いて、早速、革の胸当てを手に取った。
だが、これどうやって着けるんだろう? と四苦八苦。
マフィオがそんな様子を眺めながら、尋ねた。
「ほんで、遠征訓練の予定はどうなってんだ?」
「えーと、明日の未明に王都の北門から走竜車に乗って、北の町を目指します。そこから、徒歩で野営地へと向かい、そこで一晩だけ野営して帰ってきます。うんん? これは、……ルイズさん」
「貸してみろ」
レインは自分で装備を身につけるのを諦め、ルイズに着けてもらうことにした。
手際よくレインの身体に装備を装着していくルイズ。
「ほーん。王立学院の生徒っていやぁ、貴族のお坊ちゃんとかだろ? 護衛とかも同伴すんのか?」
「護衛は無いらしいですよ」
遠征訓練が行われる山地は、魔物などが出没したことも少なく、遠征訓練で今までに問題が起きたことはない。
だから護衛は必要ないのだろう、とレインは思っている。
ちなみに、王立学院が遠征訓練に護衛を雇わない理由は、他にも諸説ある。
例えば、『学院が護衛依頼費をケチっているから』、『訓練に緊張感を出すため』などだ。
真相は不明である。
余談だが、運営理事たちは、今年は第一王女がいるので形だけでも護衛を出すべきかを検討した。
しかし、
『第一王子が在学中のときに行われた遠征訓練では護衛を付けなかったのに、第一王女のときだけ護衛を付けると余計な角が立つかもしれない』
という、理由で却下された。
一応、代案として、高等部の女学生が1人、訓練に同行することになった。
事実上のエルトリアの護衛であり、なにか問題が起こった際に「護衛はつけた」と言い訳するための布石である。
閑話休題。
「よし、できた。似合ってるぞ、レイン」
「ありがとうございます」
バシっと肩を叩いて褒めてくれるルイズに、レインは照れた笑みを浮かべた。
装備を身に纏うと、一人前になったような、強くなったような気分になる。
「レイン、似合ってんぞ! んで、話を戻すが。護衛がつかねーなら、さっき言ってたゴブリンに襲われる可能性もある。用心しとけよ?」
「わかりました」
マフィオの言葉に素直に頷くレイン。
「レインも頑張ってるし、実力もかなり付いてきた。だが、ゴブリンを相手に1対1で戦うには、まだちょっと厳しいかもしれん。それに、やつ等は頭が良い。組織だった行動が得意だ。数匹に囲まれそうなら、迷わず逃げろよ」
「はい」
マフィオはレインが順調に強くなっていると思っている。
剣はそれなりに扱えるようになってきた。
だが、やはりスキルが1つも無いことが気にかかる。
身体強化系のスキルが無いせいで、レインの実力は子供の域をでない。
一応、ゴブリン相手にまったく歯が立たないとは思わない。
しかし、余裕を持って勝つこともできないだろう。
無駄に危険を冒すべきではない。
せめて戦闘系スキルが1つでもあれば話は別なのだが……。
そう考えたところで、マフィオはその考えを打ち切った。
不毛だ。
「レイン、剣を抜いてみろ」
「はい」
マフィオの言葉に、レインは鞘に入った剣を引き抜いた。
子供が持つのに丁度いい長さの直剣だ。
ずしりとした重さを感じる。
木剣の倍以上の重さだ。
だが、鋭い刃の実剣に気後れすることはなかった。
すでに刃物の使い方や、心構えを、何度も教えてもらっているおかげだろう。
「素振りに使ってる木剣とは重心が違うから、違和感があんだろ? 今日から素振りはその剣でやって、遠征訓練までに慣れておけ。その剣で素振りをするときはギルドの訓練所でな。街中で、特に人がいるところでは剣を抜くなよ?」
「わかりました!」
レインは元気よく返事をして頷いた。
◇
「あんた何着けてんの?」
レインとマフィオたちが話しているところに、オーファがやってきて開口一番、そう尋ねた。
オーファは下水道の冒険以降、訓練量を増やし、さらにその実力を高めていた。
さっきまで訓練所で女冒険者に稽古をつけてもらっていたのだ。
「ルイズさんたちに貰ったんだ、どうかな?」
そう尋ねるレイン。
「ま、まあ、良いんじゃないの?」
オーファは興味なさげに答えて、ぷいっ、と顔を背けた。
だが、チラチラと横目で、レインの革装備姿を観察している。
「オーファちゃん、もっと素直にならないと他の娘に取られちまうぜ?」
呆れたように言うマフィオ。
「あ、あああ、あたしは別にレイのことなんて!」
オーファは焦ったように否定した。
だが、少し不安になった。
レインを誰かに盗られることを想像してしまったのだ。
しかし、すぐにそれは杞憂だろうとも思った。
だって、レインと一番仲が良い女の子は自分なのだ。
セシリアはレインのことを子供だと思っているから問題ない。
聖カムディア女学院の女子たちはレインを好いているようだが、まあ問題ないだろう。
王立学院の女子なんて、レインをイジメているクズ共だから問題外だ。
ほら、やっぱり大丈夫だ。
そう思って安心した。
だが、
「兄さんは一言もレインのことだとは言ってなかったが?」
続くルイズの言葉に声を失ってしまった。
この兄弟、鬼畜である。
一方のレインは、幸か不幸か、会話の内容をあまり理解できていなかった。
なので、素直にお礼を言う。
「オーファ、褒めてくれてありがとう」
「へっ!? あ、あの、その」
すっ頓狂な声を出し、狼狽えるオーファ。
もっと素直な言葉で褒め直した方が良いのか悩む。
だが、結局、
「な、なんでもないわよ!」
ぷいっ、と顔を背けてしまう。
その顔は、照れくさいやら恥ずかしいやらで、真っ赤だ。
マフィオン兄弟がその様子を見て、だめだこりゃ、と思ってしまったのも仕方ないことだろう。
「レイン、セシリアちゃんにも見せてこいよ!」
「うん」
マフィオの言葉にレインは頷き、受付へ向かった。
自分の晴れ姿――と呼べるかは微妙だが――をセシリアに見てもらうことに異論などない。
「わあ、レイン君、とっても似合ってるわよ。一段と格好よく見えるわ」
セシリアは、にこにこと楽しそうな笑顔でレインの革装備姿を褒めた。
レインはそれが社交辞令であっても嬉しいと思った。
「ありがとうございます、セシリアさん」
お礼を言い、顔が綻ぶ。
マフィオン兄弟はその様子を見て、あれだよあれ、と言いたげな表情でオーファを見た。
「ぐぬぬぬぬっ!」
オーファは、セシリアに褒められたレインが嬉しそうにしているのを見て、なんだかとても面白くない気分になった。
割って入って邪魔したいという衝動に駆られる。
そして早速とばかりに、レインの腕を掴んで受付から引きはがしにかかった。
「ちょっとレイ、あたしが一緒にお昼ご飯食べてあげるから、早くこっちに来なさいよ!」
「わ、ま、待ってオーファ、後ろ向きに引っ張らないで」
「いいから来るの!」
「もう、オーファちゃんってば、レイン君が困ってるでしょ?」
わあわあと言い合う3人の様子に、マフィオン兄弟は、やれやれ、と顔を見合わせて苦笑するのだった。
◇
『遠征訓練』の当日、未明。
「それじゃあレイン君、気を付けて行ってきてね?」
「あたしがいないからって泣くんじゃないわよ?」
レインは、セシリアとオーファに見送られて家を出た。
寝坊助のオーファがわざわざ見送りのために起きてくれたことには驚きだ。
憎まれ口を叩いているが、その顔はいかにも心配気だ。
オーファはレインが王立学院でイジメられていることを知っている。
だから、泊りがけで遠征訓練なんかに出かけたら、レインが一日中ずっと酷い目に遭うのではないか、と心配なのだ。
レインは2人に見送りに出てきてくれたことにお礼を言い、危ないことはしないと約束して出発した。
レインが北門に行くと、そこにはすでに3台の走竜車が停まっていた。
男子生徒用、女子生徒用、教員用の3台だ。
走竜車とは、その名の通り走竜が客車を引く輸送車のことだ。
走竜はウマを凌駕する速さと力、持久力を持った四足歩行の竜だ。
力が強いため、大きな客車に、一度に何人もの人を乗せて走ることができる。
飼育費がそれなりにかかるものの、移動時間を大幅に短縮できるため重宝されている。
レインは、教員に自分の到着を告げると、男子生徒用の客車へと乗り込んだ。
それから到着までは、仮眠を取って過ごした。
◆あとがき
オーファ「王立学院の女子なんて、レイをイジメるクズ共ばっかりだから問題外よ!」
エルトリア「うふふ」




