2:捨てられたレイン
スキル鑑定の日から数日たった。
レインは自室に軟禁状態だ。
食事は固いパンが1つだけ。
父親だった人の顔は、あれ以来見ていない。
顔や身体の傷は、優しい使用人が治療魔術で癒してくれた。
その使用人は翌日には屋敷からいなくなっていた。
解雇されたようだ。
レインに優しくしてくれる人は1人もいなくなった。
「はぁ……」
レインはベッドに腰かけ、窓から外を眺めていた。
薄暗い空模様、今にも雨が降り出しそうな嫌な天気だ。
次に、外の道へと視線をやった。
屋敷があるのは、王都の貴族街だ。
道には立派な馬車が走っている。
「あれは……」
下校中の王立学院の学生が見えた。
予定ならレインも王立学院へ通うはずだった。
それが楽しみだった。
別に、学院で教わる学術や剣術、魔術に特別な興味があるわけではない。
レインは友達がほしかった。
学院に通えば、友達ができると思っていた。
しかし、それももう叶わないのだろう。
そう思うと悲しくなった。
窓の外を眺めていると、馬車が入ってくるのが見えた。
レインの部屋からでは誰が乗っていたかまでは見えなかった。
だが、しばらくしたらドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。
ここ数日、使用人が減りつづけ、屋敷は静かになる一方だった。
なので、こんなに騒がしい雰囲気は久しぶりだ。
レインが何事だろうかと思っていると、突然、部屋の扉が開いた。
入ってきたのは1人の少年だった。
レインと同い年くらいの少年で、にやにやと嫌な表情を浮かべている。
「よお、おまえ無能なんだって?」
馬鹿にしたような少年の口調。
レインはムッとした。
だが、無能なのは事実なので何も言い返せなかった。
レインは少年の問いかけには答えず、逆に質問を返した。
「きみは、だれ?」
「おれか? おれはブラード。今日からこの家の子供だ」
「え?」
レインには意味がわからなかった。
この家の子供は自分だ。
ここはラザフォード家で自分はレイン・ラザフォードだ。
だから、この家の子供は自分のはずだ。
そう思った。
「ぼくがこの家の子供だよ?」
「はあ? おまえはもう捨てられたんだろ?」
レインはブラードの言葉に戸惑った。
捨てられた?
そうなんだろうか。
よくわからない。
「このへやはおれが使うから、おまえはでてけよ、無能」
「こ、ここは、ぼくのへやだよ」
「今日からおれのへやだ」
レインは更に混乱した。
物心ついた頃から、この部屋は自分の部屋だった。
それがなんでこの少年の部屋になるのだろうか。
自分が無能だからだろうか。
レインは、誰かに助けてほしいと思った。
この、よくわからない状況を説明してほしい、解決してほしい。
心底、そう思った。
「何を騒いでいる」
父親だった男、ファズアードが部屋に入ってきた。
すると、ブラードがファズアードの袖を引きつつ、レインを指さしながら言った。
「ファズアードおとうさま、この無能をさっさとおい出してください」
レインは自分が「おとうさま」と呼べなくなった人を、ブラードが「おとうさま」と呼ぶことに悲しくなった。
自分を見るファズアードの表情が、ゴミでも見るような表情だったことも悲しかった。
そして、この人は自分を助けてくれないのだと悟った。
「そうだな、おいそこの無能、この部屋は私の息子のブラードに使わせる。お前は出ていけ」
「……はい」
有無を言わせぬファズアードの口調に、レインは頷くしかなかった。
レインの顔は、すでに全てを諦めたような表情だった。
「お前には外の物置を使わせてやる、私の慈悲に感謝しろ」
「ものおき……」
庭の端にある物置小屋だろうか、と考えた。
「どうした、礼の1つも言えんのか」
ぎろり、と睨むようなファズアードの視線。
「ひっ、あ、ありがとうございます」
レインは、慌てて礼を述べ、頭を下げた。
「ふん。おい、この無能を連れていけ」
ファズアードは心底見下したように鼻を鳴らし、部屋の外に控えている使用人へ声をかけた。
「はい、ご当主様」
使用人服に身を包んだ中年の男が部屋へと入ってきた。
そして、乱暴にレインの腕を掴んだ。
「いたいっ」
「いいから来なさい」
男はレインを引きずり、部屋の外へと連れ出そうとする。
その様子を、ファズアードは興味なさげに、ブラードは心底愉快そうに見ていた。
「ああそうだ、1つ言い忘れていた」
ファズアードが思い出したように言った。
「お前は二度と『ラザフォード』と名乗るな。無能などこの家には必要ない」
レインはもう返事をすることもできず、ただ乱暴に引きずられるだけだった。
◇
レインは屋敷の外まで引きずり出された。
そして、そのまま庭を通り過ぎ、門の外の道へと出された。
そのことにレインは驚いた。
ついさっき「外の物置をつかわせてやる」と言われたばかりだ。
門の外まで引っ張り出されるとは思ってもみなかった。
庭の物置小屋ではないのだろうか。
「ほら、今日からここがお前の家だ」
連れて来られたのは、道の端に作られた掃除用具入れだった。
その掃除用具入れは、子供1人がぎりぎり横になれる程度の広さの小さなものだ。
壁には穴が開き、扉は風でガタガタと揺れている。
端的に言ってボロい。
とても人が住むような所には思えない。
今にも降り出しそうな陰鬱な空模様なのだが、雨漏りしないだろうか。
「これが鍵だ、無くすなよ」
使用人の男は錆びだらけの鍵を差し出してきた。
「毎朝、日が昇る前に屋敷の前の道を綺麗にするのがお前の仕事だ。わかったな」
それだけ言うと、使用人の男は返事も聞かずに屋敷へと戻っていった。
レインは受け取った鍵を、鍵穴へと挿しこんだ。
錆び付いた鍵は中々回らず、そうこうしている間に、とうとう雨が降り出した。
ようやく鍵を開け、小屋の中に入るころにはすっかり濡れてしまっていた。
小屋の中に散乱していた掃除用具を脇へ退け、横になって、冷えた身体を温めるように身体を丸める。
ボロい小屋だが、幸いなことに雨漏りは無かった。
だがしかし、レインの頬を伝う水滴が止まることはなかった。