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16:やみへの一歩

 ある朝。

 朝食の席。


 オーファがレインを遊びに誘った。


 「今日はあんたも一緒に来なさいよ」


 今日は、週に一度の休日の日である。

 レインは普段、学院が休みの日でも、ギルドへ行っている。

 そこで草むしりや簡単な清掃の依頼を受けたり、冒険者に稽古をつけてもらったりしているのだ。


 レインは今日もそうしようかと思っていたのだが、せっかくオーファに誘ってもらったので、それに乗ることにした。


 「うん、さそってくれて、ありがとう」


 その後、レインは、オーファに誘ってくれた理由を尋ねてみた。

 すると、「人数調整のため」という返事が返ってきた。

 聞くところによると、今日は偶数人数で遊びたかったのだが、残念ながら奇数人数しか集まらなかったらしい。

 だから、レインを入れて偶数人数にしたい、とのことだった。

 理由はそれだけだとオーファが言ったので、他意はないのだろうとレインは思った。


 「よかったわね、レイン君。でも危ないことはしちゃダメよ? 危ないことしたら、『鎖骨つんつんの刑』よ?」


 セシリアは、レインとオーファが仲良くしていることを嬉しそうにしていた。

 ちなみにレインは、鎖骨をつんつんされるとこそばゆいから、この刑が苦手である。

 なので、危ないことをしないようにしようと思った。



 朝食後、2人で家を出て、待ち合わせの場所へと向かった。

 待ち合わせは東区の外れにある廃墟らしい。

 レインはオーファに言われ、木剣を腰からぶら下げて家を出た。


 道すがら、知り合いの冒険者に声をかけられた。


 「よう、レイン。今日はオーファちゃんとデートか? 羨ましいな、俺も可愛い幼馴染が欲しかったぜ」

 「デートじゃないですよ?」

 「はっはっは、そうかわるいわるい」

 「今から、おしごとですか?」

 「ああ、今日は他の奴らとオオカミ退治よ。それじゃ、邪魔しちゃ悪いし、俺はもう行くわ。じゃあな」


 冒険者はそう言って、ギルドの方へと去っていった。


 レインは「またねー」と手を振ってから、さっきから黙っているオーファを見た。

 少し赤い顔をしている。

 冒険者に揶揄からかわれたから、怒っているのかだろうか。

 なぜか口元がもにょもにょと動いている。


 「オーファ?」

 「い、いくわよ!」


 オーファはレインの手を掴んで、引っ張るように歩き出した。



 「オーファちゃん、レインくん、おはよー」


 待ち合わせ場所の廃墟の前には、すでにカムディア女学院の女の子たちが到着していた。

 どうやらレインたちが最後だったらしい。


 レインは、待たせてしまったことを申し訳なく思い、謝った。


 「おはよう、みんな。ごめんね、待たせちゃった?」

 「ううん、大丈夫。皆、今来たとこだよー」

 「みんなでいっしょに来たの?」

 「そうだよ? 一度、別の場所に集まってから、皆、一緒にきたの」


 レインは、あれ? なんで自分とオーファは2人で直接ここに来たんだろう? と疑問に思った。

 ちらっ、とオーファに視線をやる。

 だが、さっと視線を逸らされた。

 やっぱり、さっきのことを怒っているのだろうか? と考えて、少し不安になった。


 レインはオーファの逆鱗に触れない用に、他の女の子たちに話を振った。


 「そういえば、ぼく、今日は何をする予定なのか知らないんだけど、なにをするの?」

 「えっとね、冒険者ごっこだよ?」


 レインは、ああなるほど、だから木剣を持ってくるように言われたのか、と納得した。

 だが、『冒険者ごっこ』という遊びは初耳である。

 いったいどんな遊びなのか見当が付かない。

 木剣での殴り合いだったらどうしよう……。

 そんなことを考え、秘かに戦々恐々とした。


 ビクつくレインに、女の子たちは笑顔でルール説明を行った。


 「冒険者ごっこのルールはね、2人1組でペアを作ってね、あの廃墟をそれぞれ探検するの。それでね、一番面白い物を見つけた人が勝ちなの。わかった?」

 「うん、わかったよ」


 頷くレイン。

 ルールはわかった。

 だが、「ペアを作る」と聞いて、胃の辺りが痛くなるのを感じた。

 ペア作りに良い思い出が無い。


 レインは王立学院でペア作りをするとき、いつも『あまり』になっている。

 レインとペアを組むことは、クジの罰ゲーム扱いだ。

 土下座させられるようになったのも、元はペア作りが原因である。

 それを思い出すと、良い気分にはならない。


 だが、


 「わたし、レインくんとペアがいいー!」

 「あっ、ずるい、わたしもー!」

 「わたしもレインくんとがいいー!」


 予想外に、レインと組みたがる子が多かった。

 きゃっきゃっと騒ぎ、レインを取り囲む女の子たち。


 レインは、女学院ではそんなにも男の子が珍しいのだろうか、と不思議に思った。

 もしかしたら、男の子とペアを組めば、冒険者ごっこで有利になると思われているのかもしれない、とも考えた。


 レインは女の子たちに揉みくちゃにされつつ、ふと、さっきから黙っているオーファへと視線を向けてみた。

 ものすごくイライラした顔をしていた。

 絶対にさっき冒険者にからかわれたことを怒っているんだ! と思った。


 焦ったレインがなにかを言う前に、オーファが女の子たちに言った。


 「ペアはいつも通りクジで決めるわよ。いいわね、みんな?」


 その手にはいつの間にかクジが握られている。


 「わかったー」

 「いいよー」

 「わたしがんばるからね、レインくん!」


 すでに女の子たちは乗り気だ。

 クジのルールは、オーファが握ったクジを皆で一斉に引き抜いて、同じ数字を引き当てた者同士がペアになる、というものらしい。


 女の子たちが一斉にクジを掴み、引き抜く準備を始めた。

 レインも慌ててクジを掴んだ。


 「じゃあ、せーので引き抜いてね? せーの!」


 オーファの掛け声で一斉にクジを引き抜く。


 「レインくん、何番だった?」

 「ぼくは4だったよ」


 レインがそう言うと、何人かの女の子たちが、がっかり、と項垂れた。

 その横でオーファは、ぐっ、と拳を握り、「よしっ!」と小声を発していた。


 「誰がレインくんとペアになったの?」

 「わたしじゃないよ?」

 「わたしもちがーう」


 女の子たちは、誰がレインのペアだろう、とそれぞれがお互いの顔を見た。


 「あたしよ」


 オーファはました顔で、一歩踏み出た。

 手のクジには確かに『4』と書かれている。


 「仕方なくアンタのペアになってあげるわ。ありがたく思いなさいよ?」

 「うん、ありがとー。ぼく嬉しいよ。よろしくね?」


 尊大な態度のオーファだったが、レインは気にせずお礼を言った。

 この言葉は紛れもないレインの本心だ。


 今まで、レインは誰かとペアになる度に、嫌な顔をされたり、泣かれたり、罵倒されたり、と散々な目に遭ってきた。

 だから、オーファたちのように、嫌悪感を示さずに自分を受け入れてくれることが、心底、嬉しかった。


 一方のオーファは、レインに素直にお礼を言われて、思わず顔がにやけそうになってしまった。

 それが悔しくて、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。


 「も、もう! あんたも、物語の登場人物みたいに、片ひざつきながら、『お嬢様、僕とご一緒していただけませんか?』くらい言ってみなさいよね! もう!」


 そして、ぷいっ、と顔を背けてしまった。


 「ご、ごめん、オーファ」

 「あ、いや、別に怒ってるわけじゃないんだけどね」


 バツが悪そうなオーファ。

 とりあえず、レインは片ひざをついて、オーファに手を差し出した。


 「え、えっと、『おじょーさま、ぼくとごいっしょ――』」

 「わあああっ、本当に言わなくていいわよ!」

 「ご、ごめん」


 真っ赤になって照れるオーファと、謝るレイン。

 そんな2人の様子を羨ましそうに眺める女の子たち。


 「あの2人仲いいよねー」

 「わたしも、レインくんと仲良くしたーい」

 「オーファちゃんだけずるーい」


 『冒険者ごっこ』はこうして始まったのだった。



 レインがオーファに問いかけた。


 「どこを探検しようか?」

 「せっかくだから、皆と違う所がいいわね。ついてきなさい」


 廃墟の中へと入り、オーファの先導で薄暗い廃墟の奥へと進む。

 他の皆は、明るい部屋や、庭などを探検しているようだ。


 「かってに入っていいのかな?」

 「うーん、ずっと誰も住んでないみたいだし、いいんじゃない?」


 オーファはそう言いながら、室内を観察した。

 あちこちにある焼け焦げた跡。

 この廃墟は先日の落雷が原因で火事になったのだ。

 だが、火事になる何年も前から無人だった。

 勝手に入って『良い』か『悪い』かで言えば、間違いなく『悪い』。

 でも、別に誰にも怒られないだろうと考えている。

 面白いものを見つけても、ちゃんと後で返すし、なにかを壊したりもしない。

 だからきっと大丈夫だろうと高を括っているのだ。


 室内はガランとしている。

 すでに燃え尽きた家具などが撤去されてしまったのか。

 それとも元から何もなかったのか。


 「なにもないね?」

 「そうね」


 オーファは何も見つからないことに渋い顔をした。

 冒険者ごっこの勝敗は、どれだけ面白い物を見つけるかにかかっている。

 このままでは他の子に負けてしまう。

 せっかく今日はレインもいるというのに、それでは面白くない。


 更に少し進んだところで、地下へと降りる階段を見つけた。

 これはきっと面白い物が見つかる。

 オーファはそう思って階段へ踏み出そうとした。

 だが、


 「こ、ここを下りるの?」


 レインの怯えた声に、オーファは足を止めて振り返った。


 「あんた怖いの?」

 「うん……」


 レインは腰を引き気味に頷いた。

 階段の下は真っ暗だ。

 朝日が昇る前から活動しているレインだが、こういう雰囲気の暗さは苦手だった。

 なんというか、いかにも、な雰囲気だ。


 「大丈夫よ、あたしが守ってあげるから。あんたも知ってるでしょ? あたしは、すごいんだから」


 オーファは、ふふん、と笑い、胸を張りながらそう言った。

 本当はオーファ自信も少し怖いと思っている。

 だが、それはおくびにも出さない。

 照明魔術を使い、階段の下を照らす。


 「ほら、手を繋いであげるわ」

 「うん、ありがとー」


 レインにはオーファがとても頼もしく見えた。

 オーファから伸ばされた手を取る。

 それだけで、暗闇に踏み込む勇気が湧いてくるような気がした。


 でも、なぜだかレインには、オーファの手が震えていたような気がした。

 その震えは、手を繋いだらすぐに収まった。

 だから、気のせいだろうと思った。


 2人は手を握り合って、階段を一歩ずつ下りていく。

 足を踏み外さないように、ゆっくり、ゆっくりと下りる。

 下の方からは水の流れるような音が聞こえてきた。


 さらに降りると、真っ暗な暗闇のなかに、緑色の光が見えてきた。

 魔力灯の光だ。

 本来ならば、心強いはずの人工的な光。

 だが、魔力灯の薄暗い緑色の光は、地下の不気味さを際立たせて見えた。


 2人はさらに階段を下りる。

 階段を一番下まで降りきると、そこには水路が広がっていた。


 廃墟の階段の下は王都の下水道へと繋がっていたのだった。

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