16:やみへの一歩
ある朝。
朝食の席。
オーファがレインを遊びに誘った。
「今日はあんたも一緒に来なさいよ」
今日は、週に一度の休日の日である。
レインは普段、学院が休みの日でも、ギルドへ行っている。
そこで草むしりや簡単な清掃の依頼を受けたり、冒険者に稽古をつけてもらったりしているのだ。
レインは今日もそうしようかと思っていたのだが、せっかくオーファに誘ってもらったので、それに乗ることにした。
「うん、さそってくれて、ありがとう」
その後、レインは、オーファに誘ってくれた理由を尋ねてみた。
すると、「人数調整のため」という返事が返ってきた。
聞くところによると、今日は偶数人数で遊びたかったのだが、残念ながら奇数人数しか集まらなかったらしい。
だから、レインを入れて偶数人数にしたい、とのことだった。
理由はそれだけだとオーファが言ったので、他意はないのだろうとレインは思った。
「よかったわね、レイン君。でも危ないことはしちゃダメよ? 危ないことしたら、『鎖骨つんつんの刑』よ?」
セシリアは、レインとオーファが仲良くしていることを嬉しそうにしていた。
ちなみにレインは、鎖骨をつんつんされるとこそばゆいから、この刑が苦手である。
なので、危ないことをしないようにしようと思った。
◇
朝食後、2人で家を出て、待ち合わせの場所へと向かった。
待ち合わせは東区の外れにある廃墟らしい。
レインはオーファに言われ、木剣を腰からぶら下げて家を出た。
道すがら、知り合いの冒険者に声をかけられた。
「よう、レイン。今日はオーファちゃんとデートか? 羨ましいな、俺も可愛い幼馴染が欲しかったぜ」
「デートじゃないですよ?」
「はっはっは、そうかわるいわるい」
「今から、おしごとですか?」
「ああ、今日は他の奴らとオオカミ退治よ。それじゃ、邪魔しちゃ悪いし、俺はもう行くわ。じゃあな」
冒険者はそう言って、ギルドの方へと去っていった。
レインは「またねー」と手を振ってから、さっきから黙っているオーファを見た。
少し赤い顔をしている。
冒険者に揶揄われたから、怒っているのかだろうか。
なぜか口元がもにょもにょと動いている。
「オーファ?」
「い、いくわよ!」
オーファはレインの手を掴んで、引っ張るように歩き出した。
◇
「オーファちゃん、レインくん、おはよー」
待ち合わせ場所の廃墟の前には、すでにカムディア女学院の女の子たちが到着していた。
どうやらレインたちが最後だったらしい。
レインは、待たせてしまったことを申し訳なく思い、謝った。
「おはよう、みんな。ごめんね、待たせちゃった?」
「ううん、大丈夫。皆、今来たとこだよー」
「みんなでいっしょに来たの?」
「そうだよ? 一度、別の場所に集まってから、皆、一緒にきたの」
レインは、あれ? なんで自分とオーファは2人で直接ここに来たんだろう? と疑問に思った。
ちらっ、とオーファに視線をやる。
だが、さっと視線を逸らされた。
やっぱり、さっきのことを怒っているのだろうか? と考えて、少し不安になった。
レインはオーファの逆鱗に触れない用に、他の女の子たちに話を振った。
「そういえば、ぼく、今日は何をする予定なのか知らないんだけど、なにをするの?」
「えっとね、冒険者ごっこだよ?」
レインは、ああなるほど、だから木剣を持ってくるように言われたのか、と納得した。
だが、『冒険者ごっこ』という遊びは初耳である。
いったいどんな遊びなのか見当が付かない。
木剣での殴り合いだったらどうしよう……。
そんなことを考え、秘かに戦々恐々とした。
ビクつくレインに、女の子たちは笑顔でルール説明を行った。
「冒険者ごっこのルールはね、2人1組でペアを作ってね、あの廃墟をそれぞれ探検するの。それでね、一番面白い物を見つけた人が勝ちなの。わかった?」
「うん、わかったよ」
頷くレイン。
ルールはわかった。
だが、「ペアを作る」と聞いて、胃の辺りが痛くなるのを感じた。
ペア作りに良い思い出が無い。
レインは王立学院でペア作りをするとき、いつも『あまり』になっている。
レインとペアを組むことは、クジの罰ゲーム扱いだ。
土下座させられるようになったのも、元はペア作りが原因である。
それを思い出すと、良い気分にはならない。
だが、
「わたし、レインくんとペアがいいー!」
「あっ、ずるい、わたしもー!」
「わたしもレインくんとがいいー!」
予想外に、レインと組みたがる子が多かった。
きゃっきゃっと騒ぎ、レインを取り囲む女の子たち。
レインは、女学院ではそんなにも男の子が珍しいのだろうか、と不思議に思った。
もしかしたら、男の子とペアを組めば、冒険者ごっこで有利になると思われているのかもしれない、とも考えた。
レインは女の子たちに揉みくちゃにされつつ、ふと、さっきから黙っているオーファへと視線を向けてみた。
ものすごくイライラした顔をしていた。
絶対にさっき冒険者にからかわれたことを怒っているんだ! と思った。
焦ったレインがなにかを言う前に、オーファが女の子たちに言った。
「ペアはいつも通りクジで決めるわよ。いいわね、みんな?」
その手にはいつの間にかクジが握られている。
「わかったー」
「いいよー」
「わたしがんばるからね、レインくん!」
すでに女の子たちは乗り気だ。
クジのルールは、オーファが握ったクジを皆で一斉に引き抜いて、同じ数字を引き当てた者同士がペアになる、というものらしい。
女の子たちが一斉にクジを掴み、引き抜く準備を始めた。
レインも慌ててクジを掴んだ。
「じゃあ、せーので引き抜いてね? せーの!」
オーファの掛け声で一斉にクジを引き抜く。
「レインくん、何番だった?」
「ぼくは4だったよ」
レインがそう言うと、何人かの女の子たちが、がっかり、と項垂れた。
その横でオーファは、ぐっ、と拳を握り、「よしっ!」と小声を発していた。
「誰がレインくんとペアになったの?」
「わたしじゃないよ?」
「わたしもちがーう」
女の子たちは、誰がレインのペアだろう、とそれぞれがお互いの顔を見た。
「あたしよ」
オーファは澄ました顔で、一歩踏み出た。
手のクジには確かに『4』と書かれている。
「仕方なくアンタのペアになってあげるわ。ありがたく思いなさいよ?」
「うん、ありがとー。ぼく嬉しいよ。よろしくね?」
尊大な態度のオーファだったが、レインは気にせずお礼を言った。
この言葉は紛れもないレインの本心だ。
今まで、レインは誰かとペアになる度に、嫌な顔をされたり、泣かれたり、罵倒されたり、と散々な目に遭ってきた。
だから、オーファたちのように、嫌悪感を示さずに自分を受け入れてくれることが、心底、嬉しかった。
一方のオーファは、レインに素直にお礼を言われて、思わず顔がにやけそうになってしまった。
それが悔しくて、ついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「も、もう! あんたも、物語の登場人物みたいに、片ひざつきながら、『お嬢様、僕とご一緒していただけませんか?』くらい言ってみなさいよね! もう!」
そして、ぷいっ、と顔を背けてしまった。
「ご、ごめん、オーファ」
「あ、いや、別に怒ってるわけじゃないんだけどね」
バツが悪そうなオーファ。
とりあえず、レインは片ひざをついて、オーファに手を差し出した。
「え、えっと、『おじょーさま、ぼくとごいっしょ――』」
「わあああっ、本当に言わなくていいわよ!」
「ご、ごめん」
真っ赤になって照れるオーファと、謝るレイン。
そんな2人の様子を羨ましそうに眺める女の子たち。
「あの2人仲いいよねー」
「わたしも、レインくんと仲良くしたーい」
「オーファちゃんだけずるーい」
『冒険者ごっこ』はこうして始まったのだった。
◇
レインがオーファに問いかけた。
「どこを探検しようか?」
「せっかくだから、皆と違う所がいいわね。ついてきなさい」
廃墟の中へと入り、オーファの先導で薄暗い廃墟の奥へと進む。
他の皆は、明るい部屋や、庭などを探検しているようだ。
「かってに入っていいのかな?」
「うーん、ずっと誰も住んでないみたいだし、いいんじゃない?」
オーファはそう言いながら、室内を観察した。
あちこちにある焼け焦げた跡。
この廃墟は先日の落雷が原因で火事になったのだ。
だが、火事になる何年も前から無人だった。
勝手に入って『良い』か『悪い』かで言えば、間違いなく『悪い』。
でも、別に誰にも怒られないだろうと考えている。
面白いものを見つけても、ちゃんと後で返すし、なにかを壊したりもしない。
だからきっと大丈夫だろうと高を括っているのだ。
室内はガランとしている。
すでに燃え尽きた家具などが撤去されてしまったのか。
それとも元から何もなかったのか。
「なにもないね?」
「そうね」
オーファは何も見つからないことに渋い顔をした。
冒険者ごっこの勝敗は、どれだけ面白い物を見つけるかにかかっている。
このままでは他の子に負けてしまう。
せっかく今日はレインもいるというのに、それでは面白くない。
更に少し進んだところで、地下へと降りる階段を見つけた。
これはきっと面白い物が見つかる。
オーファはそう思って階段へ踏み出そうとした。
だが、
「こ、ここを下りるの?」
レインの怯えた声に、オーファは足を止めて振り返った。
「あんた怖いの?」
「うん……」
レインは腰を引き気味に頷いた。
階段の下は真っ暗だ。
朝日が昇る前から活動しているレインだが、こういう雰囲気の暗さは苦手だった。
なんというか、いかにも、な雰囲気だ。
「大丈夫よ、あたしが守ってあげるから。あんたも知ってるでしょ? あたしは、すごいんだから」
オーファは、ふふん、と笑い、胸を張りながらそう言った。
本当はオーファ自信も少し怖いと思っている。
だが、それはおくびにも出さない。
照明魔術を使い、階段の下を照らす。
「ほら、手を繋いであげるわ」
「うん、ありがとー」
レインにはオーファがとても頼もしく見えた。
オーファから伸ばされた手を取る。
それだけで、暗闇に踏み込む勇気が湧いてくるような気がした。
でも、なぜだかレインには、オーファの手が震えていたような気がした。
その震えは、手を繋いだらすぐに収まった。
だから、気のせいだろうと思った。
2人は手を握り合って、階段を一歩ずつ下りていく。
足を踏み外さないように、ゆっくり、ゆっくりと下りる。
下の方からは水の流れるような音が聞こえてきた。
さらに降りると、真っ暗な暗闇のなかに、緑色の光が見えてきた。
魔力灯の光だ。
本来ならば、心強いはずの人工的な光。
だが、魔力灯の薄暗い緑色の光は、地下の不気味さを際立たせて見えた。
2人はさらに階段を下りる。
階段を一番下まで降りきると、そこには水路が広がっていた。
廃墟の階段の下は王都の下水道へと繋がっていたのだった。