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14:稽古

 ギルドへとやって来たレインは、早速、マフィオに稽古をつけてもらうことになった。


 一緒にギルドへとやってきた聖カムディア女学院の女の子たちは、ギルドの中を見学している最中だ。

 レインは、大勢で押し掛けて迷惑じゃないかと心配になったが、特に問題ないようだった。

 セシリア曰く、今の時間帯は暇らしい。


 マフィオがレインに言った。


 「よっしゃ! それじゃあ、まずは木剣選びからだ!」

 「どんな木剣を選べばいいですか?」


 レインは立て掛けられている様々な木剣を見ながら、マフィオへと尋ねた。

 中にはレインの倍ほどもありそうな大きな木剣もある。

 とてもではないが、そんなものを持つことはできない。


 王立学院でも剣術の授業はあるのだが、学院では支給された木剣を使っているので、長さや大きさは一律で同じだ。

 だから、レインは自分で木剣を選ぶときの基準がよくわからなかった。


 「そうだな、とりあえず、肩幅に足を開いて立った状態で木剣を持ってみろ。それで地面に剣先が着かないくらいの長さが丁度良い。長すぎると剣の動きが制限されちまうからな。邪魔にならない程度の長さの剣を使うのが基本だ」


 マフィオの説明を聞き、レインはさっそく木剣を選びはじめた。


 「だが、それはあくまで基本というだけだ。将来的には色んな長さの剣や、剣以外の武器も使えるようになんねーとな。いろいろ使えれば、役立つことも多いぞ。とはいえ、まずは基本だ!」


 初心者の内から変な癖がつかないように、マフィオは基本を徹底するつもりだ。


 「いいか、学院でも言われたかもしれないが、たとえ木剣でも『刃』の部分は絶対に触るな。訓練のときに、刃に触らないように注意していたら、いざ本物の剣を持ったときにも、怪我をしなくて済む。もちろん、刀身の腹を掴むのはいい。だが、刃だけは絶対に触るな。もし、触ったらあれだ! うーん……、後でお尻ぺんぺんだ!」


 レインは、マフィオにお尻を叩かれたら、死ぬんじゃないかと思った。

 死ななくても、お尻が大変なことになるのは明らかだ。

 だから、絶対に『刃』を触らないようにしようと心に誓った。


 「俺が今から教えるのはフェムタイ共和国式の剣術だ。学院では騎士剣術を習ってるんだろうが、同じことをやってもつまんねーからな!」


 そう言って、がはは、と笑うマフィオ。


 マフィオは、スキル0のレインが身体強化系スキルなどの恩恵に預かれないことを知っている。

 だから、そんなレインに適した剣術は何かと考え、この剣術を教えることにした。


 フェムタイ共和国に暮らしているのは、もともと全て農耕民族だ。

 お世辞にも恵まれた体格をしているとはいえない。

 そんな民族でも戦えるようにと編み出されたのがフェムタイ共和国式の剣術だ。

 非力なレインにピッタリである。

 その剣術を収めた者は、俗にサムライなどとも呼ばれているが、それは余談だ。


 とはいえ、フェムタイ式の刀剣は貴重なため手に入らない。

 なので、マフィオが教えるのは、あくまでフェムタイ共和国式ふう・・の剣術である。


 レインは教えてもらえるなら何でも嬉しいので、マフィオの提案に異を唱えるつもりはない。


 「まずは俺の真似をして構えてみろ! こうだ!」

 「はい!」


 木剣の柄を両手で持ち、正眼の構えを取るマフィオ。

 それを真似て、レインも木剣を正眼に構える。


 両手で剣を構える剣術は、実はそれなりに珍しい。

 多くの剣術は、片手で剣を使う。

 だが、子供で非力なレインには、両手で剣を構えるくらいが丁度良い。

 片手で剣を扱うのは、まだまだ無理がある。


 「剣の握りは柔らかくな? 強く握りすぎると剣速が鈍るし、間合いも狭くなる。それに剣に身体を持っていかれやすくなるから、防御面でも不利だ」

 「はい!」

 「強く握るのは敵を斬る瞬間だけでいい。だが、力を抜きすぎていると簡単に剣が弾き飛ばされてしまうからな、気を付けろ」

 「は、はい!」


 柔らかく握れ、だが力は抜きすぎるな。

 そんなマフィオの教えに、レインはまだ理解が追い付いていなかった。

 でも、言われたとおりに頑張ろうと気合を入れた。


 「よし、次は自主鍛錬の基本、素振りだ。強くなりたいなら素振りは毎日欠かさず行え! とりあえず、俺の真似をして振ってみろ! こうだ! ふんっ! ふんっ!」

 「わかりました! えいっ! えいっ!」


 マフィオはレインの素振りを見て、気になる点を修正していく。


 「剣が3度ほど右に傾いてるな! ちょっと直すぞ……、よし、これでいい! 慣れるまではちょっと窮屈に感じるかもしれないが、慣れろ! 刃がちゃんと立ってないと斬れるもんも斬れねーし、武器もすぐに悪くなっちまう! もう一度、振ってみろ! ……よし、いいぞ! 構えたとき、剣先は相手の喉元あたりに向けろ、隙を見せたら一気に突き殺せ! 剣を振るときは腕の力だけで振ろうとするな、もっと手首を使え! よし、そうだ! だが、剣を振ることばかりに意識を集中し過ぎるな! 素振りのときでも、もっと脚の動きに気を配れ! 重要なのは、腕の動きよりも脚さばきだ! 脚を動かせ、間合いを測れ、敵が一足一剣の間合いに入ったら、躊躇するな! 斬り殺せ!」


 ぐわーっ、と興が乗ってきたマフィオ。

 なんだかとても楽しそうだ。

 レインはその気迫に負けないように必死に木剣を振った。


 だが、


 「ぜぇ……はぁ……」


 数分で体力が底をついてしまった。


 「よし、ちょっと休憩すんぞ。ほら、水だ」


 マフィオは、レインを休ませながら、口頭での講義に切り替えた。


 「自分の体力の限界を知ることは必要なことだ。いざってとき体力切れで動けなかったら話にならないからな。自分の身体のことを知るのは意外と大事なことだ。体力以外にも、どの筋肉がどういうふうに動くかっていうことも知っておいた方がいい。例えば……」


 そう言いながらマフィオは、レインの下あごに軽く自分の人差し指を添えた。

 本当に、軽く触れているだけだ。

 まったく力は入っていない。


 「この状態で、頭を動かさずに口が開けるか? 無理だろう?」


 レインは口を開けようとしたが、無理だった。

 力強く抑えられているわけではないのに、まったく口が開かない。


 「これは顎の筋肉が『噛む』ことに特化しているからだ。閉じる力は強いが、開く力は驚くほど弱い。同じことは腕や脚の筋肉にもいえる。得意な動き、苦手な動きを把握することで――」


 ――と、マフィオは意外と博学で、その講義はレインのためになるものばかりだった。

 休憩が終わってからは、再び素振りの練習だった。



 「ほんじゃ、今日はこのくらいにするか! 俺は風呂に入ってくるからな! その後は飯だ! 他の奴らももうすぐ来るだろうからな! 今日は宴会だ!」


 マフィオはそう言うと、がはは、と笑って、訓練所の脇にある簡易風呂に向かっていった。


 レインが一息ついて、周りを見ると、女学院の女の子たちが女冒険者たちに遊んでもらっているようだった。

 きゃあきゃあと賑やかな雰囲気で楽しそうだ。

 そこからオーファが抜け出して、レインの方へと歩いてきた。

 どうやら、レインの特訓が終わるのを待っていたようだ。


 「あんた、あたしと戦ってみない?」

 「え? ぼくはいいけど、オーファは剣がつかえるの?」

 「女学院にも剣の授業くらいあるわよ? 武術は乙女のたしなみよ!」


 そう言って木剣を構えたオーファ。

 確かにその構えは様になっていて、レインなんかよりよっぽど強そうだ。


 余談だが、聖カムディア女学院で剣の授業があるのは、聖カムディア教の神殿騎士を輩出するためである。

 決して、剣術をたしなんで乙女の魅力を磨くためではない。

 閑話休題。


 レインは、オーファの構えを見て、自分も慌てて剣を構えた。


 「それじゃあ、いくわよ!」


 その掛け声が放たれた途端、オーファの姿がぶれた。


 「え?」


 と驚くレイン。

 次の瞬間には、


 「あたしの勝ちね!」


 レインの首に、オーファの木剣が突きつけられていた。

 レインには、まったく反応することができなかった。


 「ふふん、あたし、瞬発力上昇のスキルも持ってるのよ!」


 そう言って笑うオーファ。

 その顔は、どうだ、まいったか! と言わんばかりの自慢気な表情だ。

 自分の力をレインに見せつけて、満足しているようにも見える。


 「どうする? もう1回やる?」


 されには挑発的な仕草で、再戦の誘い。


 レインはそれに乗った。

 そして、オーファと戦った。

 何度も何度も戦った。

 だが、一度も勝つことができなかった。

 どころか、一度も、木剣を打ち合わせることすらできなかった。

 始まったと思ったら、喉元に木剣を突き付けられるか、足をかけられて転ばされる。


 「はぁはぁ……」


 レインの疲労は、まともに戦えてすらいないのに、すでに疲労が限界だ。


 レインは、まだ無駄な動きが多く、体力も少ない。

 だから、少しの時間で息が上がってしまうのだ。


 一方のオーファは息さえ切らさずに余裕の表情だ。


 レインは自分がスキル所有者に勝てないと、ちゃんとわかっているつもりだった。

 だが、まさかここまでの差があるとは思っていなかった。

 そして、ある意味で納得した。

 これは『無能』と蔑まれても仕方がない、と。


 「あんた弱いわね? そんなんで冒険者なんてやってたら、すぐに死んじゃうんじゃないの? 大丈夫なの?」


 オーファはやや呆れたような、心配したような、そんな、なんとも言えない微妙な表情だ。

 冒険者と言えば魔物と戦う職業という認識が一般的だ。

 オーファもそうだと思っている。

 魔物には人間より強い種類が沢山いる。

 一応、まだ子供のレインが魔物と戦うような依頼を受けることはないだろう。

 けど、いずれは受けることになるはずだ。

 それなのに、こんなに弱かったらすぐに死んでしまうだろうと思った。

 こんな調子で騎士になれるのだろうか、と心配にもなった。

 だから聞いた。


 「ところで、あんた、スキルは何を持ってんのよ?」


 オーファから見たレインの戦いは、ちゃんと自分のスキルを活かしているようには見えなかった。


 例えば、オーファと同じような素早さが上がるスキルなら、その速度を活かして、速攻で攻める。

 持久力が上がるようなスキルなら、相手が疲労で動けなくなるまで守りに徹して、ひたすら粘る。

 防御力が上がるスキルなら、相手の攻撃をわざと受けてから、相手の意表を突くこともできる。


 だが、オーファには、レインが自分のスキルを活かせてないと思った。

 だから、レインのスキルを聞けば何かアドバイスできるかもしれないと考えた。

 そうすれば、もっと強くなれる。

 死なずに済むし、騎士になれる可能性だって上がる。

 そんなふうに考えていた。


 だが、 返って来たのは予想外の言葉だった。


 「ぼく、スキルは……、なにも、ない」


 言いながら、俯くレイン。


 「えっ!? 1こも!?」


 オーファは思わず聞き返してしまった。

 そして、あんぐりと口を開けたまま固まっている。


 「……うん」


 レインは頷きつつも、顔を蒼くして震えている。

 怯えたような表情。


 オーファはそれで、なんとなく察した。

 なぜレインが1人で暮らし始めたのか。

 なぜレインがイジメられていたのか。

 なぜレインが冒険者ギルドに来ているのか。


 「そっか……、たいへんね?」


 オーファはそれ以上の言葉が出なかった。

 なんて言えばいいのかわからなかった。


 対するレインはそんなオーファの反応が意外だった。

 もっと、馬鹿にされたり、けなされたりすると思った。

 そんなことをオーファに言えば、「見損なうな」と怒るかもしれない。

 だが、レインは真実、そう思っていた。

 だからこそ、スキルがないことを告げるとき、血の気が引くような恐怖心に見舞われてしまったのだ。


 しかし、オーファの反応はあっさりとしたものだった。

 それが、レインには意外だったし、嬉しくもあった。


 そして、レインはオーファの問いについて考えた。

 自分は『たいへん』な思いをしているのだろうか、と。

 だが、少しだけ考えて、自分は恵まれている方だと思った。

 確かに、嫌なことはたくさんある。

 しかし、学院に通うことができて、セシリアに住むところと食事を与えてもらい、マフィオに稽古をつけてもらえる。

 これだけの幸運を傍受ぼうじゅしておいて、自分は不幸だ、と悲観する気にはなれなかった。


 「ぼくは、たいへんじゃないよ」


 辛いことはある。

 だが、幸せなこともある。

 だから、自分はそんなに『たいへん』じゃない。

 これがレインの本心だった。


 オーファはレインの言葉に感心した。

 そして、この男の子は少しボケっとした顔をしているが、見た目よりずっと強いのだと思った。

 心が強いのだと思った。


 そして、オーファはレインに酷い態度を取ってしまったことに罪悪感を抱き始めていた。

 スキルがなくて、イジメられて、帰る家がなくて、お金もない。

 そんな、自分だったら泣き叫んでしまいそうな状況だったレインに、つまらない嫉妬心で辛く当たってしまった。

 それは、どれほど酷いことだろうか。


 もし、自分が大好きなお姉ちゃんから引き離されて、女学院の友達からも意地悪されて、行くところがなくなって。

 そんな状況でようやくたどり着いた場所で、自分がレインにしたような、あんな酷い態度を取られたら?

 きっと我慢できない。

 耐えられない。

 怒るに違いない。

 泣いてしまうかもしれない。


 なのに、レインは怒るのではなく、泣くでもなかった。

 それどころか、朝食の席では「ごめんね」と謝ってきた。

 あのときどんな気持ちだったのだろうか、想像もできない。


 オーファは、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、レインに優しくしてやっても良いかなぁ、と思った。


 「オーファはすごいね?」

 「なにがよ?」


 自分はすごくなんかない。

 確かに、さっきまでは自分でも、自分をすごいと思っていた。

 8つもスキルを持っていて、女学院では『神童』などと呼ばれている。


 だけど、それはスキルが多いだけだ。

 レインみたいに、強い心は持ってない。

 自分はスキルが無いと何もできない。

 それなのに、何がすごいというのか。


 「オーファは、やさしいし、たくさん友だちがいるし、イジワルな男の子たちが相手でも、ひるまずに立ち向かえるし、剣をつかうのだってとっても上手だし、すごいところばっかりだよ。もちろんスキルもすごいけど、他にも良いところがいっぱいで、やっぱり、すごいよ」


 オーファはレインに褒められたことが、なぜだか無性に照れくさかった。

 油断すると顔がニヤケてしまいそうになってしまう。

 そんな顔を見られるのは恥ずかしいと思った。


 だから、


 「ま、ままま、まあね! で、でも、私もすごいけど、お姉ちゃんはもっとすごいのよ? この間なんか家の前にいた大きなカエルを素手で――」


 ――と、大好きなセシリアの自慢をして誤魔化した。


 その顔は、少し赤かった。

◆あとがき


強い、オーファちゃん強い!

そしてレイン君は弱い!


今回の話で重要なのは、『レイン君のお仕置きカテゴリに【お尻ぺんぺん】がついかされたこと』です。

回収できるのはずっと先ですが……。


ちなみに、マフィオさんが言っている、

「剣が3度ほど右に傾いている」というのは、

作者が居合道の師匠に言われたのと、同じ言葉です。


よく見ただけで角度とかわかりますよね。

達人はみんな変態ですね。

作者も立派な変態になりたいです。




◆以下、ネタバレ


オーファちゃんはツンデレっぽい感じですが、

最終的には、


デレデレデレデレヤンデレ!


くらいになると思います。

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