表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/112

12:エルトリア

 王立学院。

 昼休み。


 レインは、昼休みはいつも1人で図書館にこもり、本を読みながら過ごしていた。

 昼食は配給制ではないため、弁当を持参してこなければならない。

 だから、今まで弁当を持ってきていなかったレインは、昼休みにすることがなくて、図書館に通っていたのだ。


 しかし、今日はセシリアが持たせてくれた弁当がある。

 レインは正午の鐘が鳴ると、弁当を持って、すぐに教室を出た。

 教室で弁当を食べようとすると、十中八九、クラスの連中に意地悪されると思ったからだ。


 せっかくセシリアが持たせてくれた弁当だ。

 そんなことで台無しにされたら、堪ったものではない。


 レインは、学院の校舎裏に向かった。

 普段から人が少なく、静かな場所だ。

 昼食時の今は、いつにもまして人気ひとけがない。


 レインは植木に背中を預け、腰を下ろした。

 包みから、お弁当かごを取り出し、ふたを開ける。

 美味しそうなサンドイッチだ。


 レインはもふもふとサンドイッチを食べた。

 見た目通り、かなり美味い。

 だが、残り半分くらいまで減ったとき、校舎の方から足音が聞こえてきた。


 レインは、慌てて弁当かごのふたを閉め、隠した。

 そして、緊張した面持ちで足音の方を見た。

 足音の正体は、1人の女の子だった。

 第一王女、エルトリアだ。


 レインは場所を変えようと、その場を立ち去ろうとした。


 しかし、エルトリアはレインを見つけると、小走りで駆け寄ってきた。

 そして、立ち去ろうとしていたレインを慌てて呼び止めた。


 「ま、まってください!」


 レインは呼び止められてしまったので、仕方なく立ち止まり、エルトリアへと向き直った。

 そして、片手を胸に当てて、軽く礼をした。


 「こんにちは、エルトリアさま。なにか、ごようでしょうか?」


 レインは、エルトリアへの無礼が無いように丁寧な対応を心掛けた。

 だが、エルトリアは、レインのそんないかにも他人行儀な挨拶が少し寂しかった。


 「あの、わたくし、レイ・・君にあやまりたくて」


 『レイ君』と呼ばれたレインは、今日はよく名前を間違えられるなぁ、と思った。

 そんなにもレインという名前は発音しにくいのだろうか。

 でも、そんなことより、わからないことがある。


 「あやまる?」


 はて、なにをだろう?

 そう疑問に思ったレインは、思わず素で聞き返してしまった。

 なんの心当たりもない。


 「わたくし、入学式の日にレイ君にたすけてもらって、なのに、レイ君がヒドイことを言われていても、何もできないから――」



 エルトリアは、入学式の日にレインが助けに入ってくれたことをずっと感謝していた。

 ダメな人じゃないって言ってくれたことが本当に嬉しかったのだ。


 エルトリアはスキル鑑定の日に、スキルが1つしかないと言われて、周りの大人たちに落胆された。

 現国王である父や母、兄は優しくしてくれたし、世話係の侍女たちも優しかった。

 だが、多くの大人たちのエルトリアを見る目が変わったのは事実だ。

 もちろん、露骨に軽蔑されたり、侮蔑されたわけではない。

 しかし、憐れんだような視線や、蔑んだような視線を頻繁に感じるようになった。


 エルトリアの所持していたスキルも、まずかった。

 エルトリアのスキルは、『攻撃力上昇』だ。

 腕力が上昇するわけではない。

 その名の通り、攻撃力が上昇するのだ。


 スキル紋の内容から、『敵性対象に害意を持ち物理的な圧力を加える際、その加わる力に補正がかかる』と鑑定された。

 今一、効果が曖昧でわかりづらいが、簡単に言えば攻撃力が上がるのだ。

 他のスキルにもいえることだが、原理は一切不明である。


 エルトリアのスキルが『攻撃力上昇』だと判明したとき、大人たちは『はずれ』だと思った。

 将来、戦闘職につくような、例えば騎士の家系の子供なら、そのスキルは『あたり』だっただろう。

 だが、エルトリアは第一王女である。

 将来的に見ても、『攻撃力上昇』が役に立つような場面に遭遇するとは思えない。

 これならまだ『防御力上昇』のほうが、役に立つ場面は多いだろう。

 欲を言うなら、老化防止系のスキルなどを持っていれば、姫としては『あたり』だっただろう。


 しかし、エルトリアのスキルはまったく役に立つ予定のない『攻撃力上昇』である。

 事実上、スキル0と同義だ。

 それはスキル至上主義者に言わせれば、ただの無能、完全なダメ人間なのだ。


 そして、エルトリアの住んでいる場所が王城であったことも、不幸だった。


 王城には優秀なスキルを多く持っている者たちが多く働いている。

 そういう者たちほど、スキルの有無こそが人の優劣に繋がると思っている。

 だから、王城には、スキル至上主義者の割合が高い。


 つまり、エルトリアの周囲には、エルトリアを無能と蔑む大人たちが大勢いたのだ。


 そして、そんな大人たちの感情は、エルトリアにも正確に伝わっていた。

 少しずつ、自分でも、自分には価値がないのだと思うようになっていった。

 人と話すのが嫌いになっていった。


 エルトリアは、王立学院に入学することが憂鬱だった。

 きっと他の子供たちは優秀なスキルを沢山持っている。

 無能でダメな子供は自分だけだ。

 もしかしたら、それが理由で意地悪されるかもしれない。

 無能って言って馬鹿にされるかもしれない。

 王立学院には侍女たちは付いてきてくれないだろう。

 誰も助けてくれる人がいないのだ。

 そこはどんなに恐い所だろう。


 その予想は間違ってなかった。


 エルトリアが教室で入学式が始まるのを待っていたら、無邪気そうな女の子たちが話しかけてきた。

 自分のことを姫だと知っているようだった。

 そして、悪意のない暴言に晒された。


 無能、ダメ人間。


 そんなこと、自分でもわかっている。

 けど、他の人たちにそれを言われるのは辛い。


 王城では、嫌な視線には晒されても、はっきりと言葉で言われることはなかった。

 しかし、学院に来て、生まれて初めて歯に衣着せに物言いをされてしまった。

 悲しかった。

 恐かった。

 逃げ出したかった。

 早く帰って、ベッドにもぐりこみたかった。

 誰かに助けて欲しかった。


 そんなとき、レインと目が合った。


 目が合ったときのレインは少し困った顔をしていた。

 きっと、助けを求められても困ると思ったのだろう。

 それはそうだ。


 でも。


 それでもレインは助けてくれた。

 自分が一番言って欲しい言葉をかけてくれた。


 それが、エルトリアは堪らなく嬉しかった。


 それなのに、直後、レインがブラードたちに酷いことを言われているのを見たとき、自分はそれを止めることができなかった。


 何度も何度も酷い目に遭わされるレインを見ても、助けに入ることができなかった。

 なにかしなくちゃ。

 なんとかしなくちゃ。

 そうは思うものの、身体は動かず、言葉を出すこともできなかった。


 レインが土下座させられるのを見て、頭に血が上った。

 それなのに、なにも言えなかった。

 なにもできなかった。

 ずっと、なにもできなかった。


 スキルを1つも持っていないレインは助けてくれたのに。

 スキルを1つ持っている自分はなにもすることができない。


 そう思うと、エルトリアは自分の情けなさに泣きたくなった。


 せめてレインに一言だけでも、謝りたい。

 そして、自分がいかに感謝しているのかを伝えたい。

 自分がレインのお陰でどれほど救われたか、言葉にしたい。

 何度も、そう思った。


 だが、そのチャンスは中々訪れなかった。

 レインは、放課後はすぐに帰宅してしまうし、昼休みはすぐに図書室へ行ってしまう。

 だから、話しかけるタイミングがなかった。


 一度、こっそりと図書館に付いて行ったのだが、恐い司書さんがいて、とてもレインに話しかけられる雰囲気ではなかった。


 しかし、今日、突如としてチャンスが来訪した。

 いつも、昼休みになるとすぐに図書室へと行ってしまうレインが、今日は違う場所へと向かったのだ。

 どこへ行くのかはわからなかった。

 だが、エルトリアは、今しかない! と思った。

 クラスの女の子たちに授業までには戻ると告げ、慌てて追いかけた。

 そして、少し探し回ったが、校舎裏でようやくレインを見つけることができた。


 エルトリアは、つたないことばで、自分の想いを懸命に伝えた。

 まずは感謝の気持ちを。

 自分がレインの言葉でどれだけ助かったか。

 いかに嬉しかったか。


 次に懺悔した。

 レインのことを助けられない自分の不甲斐なさを。



 レインはエルトリアの言葉を黙って聞いていた。

 つっかえつっかえ、たどたどしい話し方だったが、言いたいことはわかった。

 簡単に言うと、イジメを見て見ぬふりしかできないことへの謝罪だ。


 だが、レインは見て見ぬふりしかできないことを、仕方のないことだと思った。

 だから、謝られると逆に恐縮してしまう。

 むしろ、悪いのは、イジメられるような『無能』で『汚い』自分のせいなのではないかとも思った。


 レインは考えた。

 そもそも、『助ける』と言っても、いったい何ができるというのだろうか、と。

 普通に考えて、できることなんてないだろう。

 それよりも、無理に助けに入ろうとして、エルトリアにイジメが波及したら、その方が心苦しい。


 だから、レインはそのことを伝えることにした。


 「エルトリアさま、あやまる必要なんてありません。わるいのは、ぼくです」


 レインは自分の考えていることを、頭の中で整理しながらゆっくり話し始めた。

 上手く言葉にするのは難しい。


 「ぼくは、クラスのみんなに、きたないって言われて――」

 「レイ君は、きたなくなんかありません!」


 レインは、少し食い気味に否定の言葉を被せてきたエルトリアに面食らった。

 だが、はっきりと「汚くない」と言ってもらえて、嬉しくも感じた。

 そして、そう言ってくれる優しいエルトリアがイジメに巻き込まれることは、やはり避けたいと思った。


 一方、エルトリアは、2人のときなら「汚くない」と言えるのに、肝心なときに肝心なことを言えない自分に、また少し落ち込んでいた。


 レインは、言葉を変えて、ゆっくりと言った。


 「ぼくは、クラスのみんなに、悪口を言われています。でも、ちゃんとどりょくして、悪いところを直して、いつか悪口を言われないようになってみせます。いつか、きっと、無能でもダメな人間なんかじゃないと、証明して見せます。騎士様のようなりっぱな大人になってみせます。だから、エルトリアさまはなんの心配もしないでください」


 レインは言い終わると、片手を胸に当て、軽く礼をした。

 この言葉は、レインがエルトリアをイジメに巻き込まないための方便である。


 『僕は自分でなんとかできるから、助けようとしなくていいです』


 要約すると、そういう意味だ。


 だが、方便であると同時に、それはレインの本心でもあった。

 昨日見た騎士様のようになりたい。

 それが幼いレインの描いた将来への夢であり希望なのだ。


 エルトリアは、レインの言葉を聞いて心が震えるのを感じた。

 この男の子は、自分と同じ子供なのに、なんて高潔で立派なのだろうか。

 自分はすぐに誰かに助けを求めてしまうというのに、レインは自身の努力で解決しようとしている。

 そのことが小さなエルトリアの心に深い感銘を与えた。


 エルトリアは、レインの『手出し無用』という言葉の意味を、なんとなくだが理解していた。

 そして、レインが望んでいるなら自分は静観に徹するべきなのだろう、と思った。

 もし、それを無視して望まぬ手出しをするのなら、それはただの自己満足、我がままでしかない。

 そう思った。


 だが、エルトリアは、それが本当に正しいのかわからなかった。

 イジメは悪いことだ。

 止められるなら止めるべきだろう。

 でも、レインの邪魔をするようなことは本意ではない。

 だがしかし、それはイジメを止めることができない自分への、ただの免罪符ではないのか。


 ふと、エルトリアは、自分はレインが与えてくれた免罪符に甘えようとしているだけなのではないか、と思い至ってしまった。


 でも、それでも、やはり、エルトリアは、自分はイジメを止めることは出来ないのだろうと思った。

 無能は。

 本物の無能とは、ダメな人間とは、自分のことなのだろうと思った。

 せっかく、ダメな人じゃないって言ってくれたのに、そう思うと悲しくなった。


 だから、エルトリアは自分も頑張ろうと思った。

 将来、大人になったときレインに笑われないように、立派なお姫様になれるように努力しよう。

 そう強く決心した。


 だから、それができたら、そのときは、


 「しょうらい、わたくしの騎士に、なってくれますか?」


 レインに傍にいて欲しい。

 エルトリアは心からそう思った。


 「よろこんで拝命いたします、エルトリアさま」


 レインは、すっとそんな言葉が出た。

 それは、いつも読んでいた、騎士の絵本を思い出しながら出た台詞だった。

 絵本の騎士を真似して、片ひざをつき、頭を下げる。


 エルトリアはそんなレインに見惚れていた。



 「あ、あの、レイ君、わたくし、お弁当をもってきたのですが、ごいっしょにどうですか?」


 そう言いながら、エルトリアは持っていた包みを差し出した。


 「お気づかい、ありがとうございます。でも、ぼくも、今日はお弁当をもってきていますので」

 「でしたら、一緒に食べましょう!」


 その後、2人一緒にお弁当を食べ、2人別々に教室へと戻った。

 2人で一緒に戻らなかった理由は、レインが自分と一緒だとエルトリアまで意地悪されるかもしれないと思ったからだ。


 この日から、レインはときどきエルトリアと一緒に昼食を食べることになった。

◆あとがき


予定では、


レイン君7才:今ここ

レイン君11才

レイン君16才


と進行していきます。


レイン君が16才になるまでは、

ハーレム要素とかは薄いと思います。


サクサク進行できたらいいな(希望

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ