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11:お願い

 翌朝、レインは日が昇る前に目が覚めた。

 昨日まで、日が昇る前に道の掃除をしていたので、その習慣が抜けきっていないのだ。

 だが、今日からは道の掃除をする必要がない。


 ぼんやりと時間をつぶす。

 暇だ。

 なにかしていないと落ち着かない。


 完全に朝日が昇ってしばらくたった頃、


 ――コンコン。


 と控えめに扉をノックする音が聞こえた。


 「レイン君、起きてるー? 起こしに来たから、入るわよー?」


 セシリアが、レインを起こしに来てくれたようだ。

 なぜか微妙に小声だ。


 鍵を開けようと思ったレインだったが、セシリアがその前に、自分で外から鍵を開けて入ってきた。

 どうやら、大家のセシリアは、共通鍵を持っているらしい。


 セシリアは、すでにレインが起きているのを見ると、少し残念そうに言った。


 「おはよう、レイン君。まだ眠っていたら起こしてあげようと思ったのに、残念だわ」

 「おはようございます、セシリアさん」


 セシリアは冗談っぽく笑ったが、半分は本心のようだった。

 意外とイタズラ好きなようだ。


 「朝ご飯作ったから、一緒に食べましょ?」


 セシリアはそう言ってレインの手を取った。

 逃がす気は無いようだ。


 レインは大人しくセシリアに連れられて、1階へ下りた。


 丸テーブルの上には美味しそうな朝食が並んでいた。

 だが、椅子に座ったオーファがこっちを睨んでいる。

 セシリアと手を繋いで現れたレインが気に入らないようだ。


 レインはビクつきながら「おはようございます」と挨拶をして、セシリアに勧められるままに空いている席に着いた。


 「うふふ、今日は張り切って作っちゃった」


 にこにこと楽しそうに笑うセシリア。

 並んでいる料理はどれもとても美味しそうだ。


 実は、セシリアが張り切って朝食を作ったのには理由がある。

 昨日、ギルドで美味しい物を食べさせて貰ったレインが、冒険者たちに懐いているのを見て、真似してみようと思ったのだ。

 セシリアは、自分もレインに懐かれたい! と秘かに気合を入れている。


 だがしかし、貧乏生活が染みこんでいるレインは、豪華な朝食を前に尻込みしてしまう。

 美味しそうだと思うのだが、手が出せない。


 そんなレインの内心を、セシリアは的確に見抜いた。


 「お金のことを気にしているんでしょ?」


 レインはセシリアの問いかけに、「はい」と小さく頷いた。


 「気にしなくてもいいよ。って言っても、レイン君は気になっちゃうよね?」


 また、レインは「はい」と答えて頷いた。


 それは仕方がないことだろうとセシリアは思った。

 レインは聡い子供だ。

 自分の立場や状況をいろいろと考えてしまうのだろう。

 どうしたものか。

 悩むセシリア。


 その様子を見たレインは、自分のせいで困らせてしまったのだと気付いた。

 罪悪感を覚える。


 「じゃあ、こういうのはどうかしら? お金の代わりにレイン君がなんでも私のお願いを聞いてくれるの。どうかしら?」

 「ぼく、なんでもします」


 レインはセシリアの提案に即座に乗った。

 自分にできることなら、なんでもしようと思った。


 「ほんと? じゃあ交渉成立ね」

 「はい、がんばります!」


 レインは気合十分、決意表明をした。

 握りこぶしを作り、表情にもその決意の強さが表れている。


 そんなレインを見たセシリアは、イタズラを思いついたような楽しそうな顔を浮かべた。


 「じゃあ、さっそくお願いしちゃおっかなぁ?」

 「が、がんばります!」


 レインは何をお願いされるのだろうか、と少し怯んだ。

 難しいお願いでも何とかしてやり遂げたいとは思う。

 でも、あまりに無茶なお願いだったらと思うと、少し怖い。

 けど、セシリアならあまりにも無理なお願いはしないだろうと信用している。

 だがしかし、セシリアは意外とイタズラ好きなところがあるようだった。

 変なことをお願いされたらどうしよう。

 いやいや、大丈夫だ。

 どんなことでも頑張ろう。

 部屋の掃除でも、道の掃除でも、溝の掃除でも、何をお願いされても必ずやり遂げよう。


 レインは気合を入れ直して、セシリアの目を見た。


 「それじゃあお願いだけど、『お姉ちゃん』って呼んでみて?」

 「…………え?」


 レインはセシリアの『お願い』を聞いて固まった。


 「お・ね・え・ちゃん、って呼んでみて? お・ね・が・い♡」

 「うっ……。で、でも」


 セシリアはものすごく楽しそうだ。

 ちょっと甘えたような声がすごく可愛い、とレインは思った。

 お姉ちゃんと呼ぶくらい簡単だ。

 少し気恥ずかしいが、セシリアが喜んでくれるなら、それくらいなんともない。

 すぐにでも叶えて上げたい気持ちになる。


 だが、ここには、お姉ちゃんを取られて堪るものか! と警戒しているオーファがいるのだ。

 迂闊なことはできない。


 レインはちらりとオーファを見た。

 こっちをものすごい形相で睨んでいる。

 セシリアは『お願い』に夢中で、妹の現状に気付いていないようだ。

 完全に詰んだ。


 「あっ、そういえば、昨日はレイン君と手を繋いで歩いたじゃない?」

 「は、はい」


 レインは、セシリアの急な話題転換に戸惑った。

 だが、これは現状を打開する好機だと思い、話に耳を傾けた。


 「私、実は男の子と手を繋ぐの、昨日が初めてだったのよねぇ……」

 「……」


 セシリアはそう言いながら、うれいを帯びたような表情になった。

 なんだか話の雲行きが怪しい。


 「私の初めて、レイン君に奪われちゃったなぁ……」


 そう言って、チラッとレインに視線をやった。


 「うぐ」


 レインは、胸が苦しくなった。

 なぜだかわからないが、ものすごい罪悪感だ。


 「ね、ね、お願い、お姉ちゃん、って呼んで?」


 そして、再びの『お願い』。

 レインは逃げられないと悟った。


 「わ、わかりました」

 「やったぁ」


 とうとう観念したレインに、嬉しそうにはしゃぐセシリア。

 わくわくと楽しそうな表情だ。


 「お、おねえちゃん」


 レインは思い切って言い切った。

 気恥ずかしさから少し頬を染め、やや涙目で、上目遣いにセシリアを見つめて。


 「きゃー、レイン君かわいいー!」


 きゃーきゃーと黄色い声を上げて嬉しそうにするセシリア。


 レインは、セシリアが喜んでくれてよかった、と胸をなでおろした。

 だが、どうにも照れくさい。

 少し心を落ち着けようと、目を閉じて、ゆっくり深く息を吸って、吐いて、熱くなった頬を冷ます。


 そして目を開けて……、オーファと目が合った。


 ものすごい形相だ。

 そのあまりの迫力に驚いて、レインは椅子から落ちそうになった。

 なんとか椅子に座り直し、オーファに向き直る。


 オーファの視線はレインを射殺さんばかりだ。


 オーファは全身から不機嫌ですという雰囲気を醸し出し、もしゃもしゃと朝食を口に詰め込んでいる。

 それをゆっくりと咀嚼し、嚥下し、ふしゅぅぅぅ、と腹の底から息を拭き出すと、怒りの表情を霧散させて、すました顔をつくった。


 そして、ニコッと笑うとこう言った。


 「あたしのお姉ちゃん、美人でしょ?」


 オーファの問いにレインは頷いた。

 なぜ、オーファが突然にそんなことを聞いてきたかはわからない。

 だが、セシリアは間違いなく美人だ。

 それに異論はない。

 セシリアが美人でなかったら、美人なんてこの世界にはいないことになってしまうだろう。

 もしかしたら世界で一番美人かもしれない。

 そう思うくらいには美人だ。


 「あたし、昨日はお姉ちゃんとお風呂に入ったのよ。うらやましいでしょ?」


 ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべるオーファ。


 「えーと」


 レインは反応に困り、言葉を濁した。

 その問いに正直に答えるのは、子供心にはばかられるものがある。


 そのレインの反応を見たオーファは、自分の勝ちを確信した。

 気を良くして、さらに自慢を続ける。


 「お姉ちゃんはとっても美人だけど、それだけじゃないの。スタイルだって抜群なのよ? 脱いだらすごいんだから! 腰なんかキュってくびれてて、おっぱいとか、こう、ポヨヨーンって! お肌だってスベスベで! スキルだってすごいのよ! ものすごく珍しい形式の老化防止スキルを持ってるんだから! 何十年たっても若くて綺麗なままで――」


 とめどなく繰り出される、姉自慢。


 「……」


 レインは対応に困り、黙ったまま、ちらっとセシリアの方を見た。

 目が合った。

 にこにことした笑顔が素敵だ。

 聖女様のようで、オーファが言うように本当に美人だと思う。


 レインは目が合ったことに気恥ずかしくなって、少し目線を下げた。

 そして目に入る双丘。


 大きい。

 太っているわけではない。

 むしろ痩せている。

 なのに大きい。

 なるほど、ぽよよ――。


 「あっ、こいつ、お姉ちゃんのおっぱい見てるよ!」


 オーファが鬼の首でも取ったような顔で捲し立てた。


 「あうっ、ご、ごめんなさい!」


 レインは自分の過ちを素直に謝った。

 そして、恩人であるセシリアに、不埒な視線を向けてしまったことを深く悔いた。


 「謝らなくていいのよ、レイン君。オーファちゃんが変なこと言うのがイケないんだから」


 セシリアは、気にしたふうもなくレインに非はないと言ってくれる。

 レインはそれを申し訳なく思ったが、嬉しくもあった。


 だが、オーファは、セシリアがレインにばっかり優しくするように思えて、面白くない。


 「あたし変なことなんて言ってないもん! こいつがエロいからイケないんだもん! こんなヤツ、さっさと追い出した方がいいよ!」


 しかし、セシリアは取り合ってくれない。

 どころか、


 「オーファちゃん、あんまりわがままばっかり言うと、オーファちゃんにも2階で生活してもらうわよ!」


 今のオーファが一番嫌がることを的確に突いてくる。


 とはいえそれは、セシリアがオーファのことをよく見ていることの現れでもある。

 だが、それに気づかないオーファにとっては、やっぱり面白くない。


 「むうううっ!!!」


 オーファはひどく感情を持て余し、もはや声になってない唸り声を上げる。

 脚をバタつかせては、セシリアに「お行儀が悪いわよ!」と窘めたしなめられ、さらに拗ねる。


 レインは自分のせいでオーファが苦しんでいるように思えて、居たたまれなくなった。

 だから、せめて誠心誠意あやまることにした。

 だが、


 「あの、オーファさん」

 「『さん』付けしないで」


 不機嫌な感情を隠そうともしないオーファに、バッサリと切り捨てられてしまった。

 どうやら、『さん』付けが気に入らないらしい。


 「オーファ、さま?」

 「ふざけてんの?」


 それならば、と敬称を変えてみたのだが、またしてもひんしゅくを買ってしまった。

 もちろん、レインにふざけているつもりは一切ない。

 むしろ大まじめだ。


 レインは心のどこかで、自分はゴミのように捨てられた無能で、人様より劣った存在なのだと認めてしまっている。

 だから、『さま』をつけて呼ぶことは自然だと思うし、抵抗もない。

 しかし、オーファは気に入らないらしい。

 レインには、相手が嫌がることを喜んでするような趣味はない。


 「オーファ……、ちゃん?」


 少し悩んで、セシリアの真似をして『ちゃん』付けで呼んでみた。

 だが、


 「ぶっころすわよ!?」


 ガーッ、とした表情で怒るオーファに失敗を悟った。

 万策尽きた。

 今のレインの語彙力ごいりょくではこれ以上どうすればいいのかわからない。


 「レイン君、オーファちゃんのことは呼び捨てでいいのよ? 年もそんなに違わないし。ね? オーファちゃん?」


 しかし、そんなレインにセシリアが助け船を出してくれた。


 だが、その呼び方はレインにとって難度が高いことだった。

 レインには友達が1人もいないのだ。

 女の子を呼び捨てにしたことなんか一度もない。

 本当にいいのか?

 よけいに不機嫌にしないか?

 考えると不安になる。

 だが、セシリアの言うことなら信じてみようと思った。


 「オ、オーファ?」

 「……なによ?」


 オーファは不承不承、返事をしてくれた。

 流石、セシリアだ。

 レインはそう思いつつ、小さく頭を下げた。


 「あの、ごめんね?」


 簡単な謝罪の言葉。


 オーファは、返答にきゅうした。

 素直に謝られたら何も言えない。


 むにゃむにゃと口を動かしては、何かを言いかけて、止める。

 レインがもっと小憎たらしい態度を取ってくれたら、自分ももっと意地悪なことを言ってやるのに! と理不尽な怒りが湧く。

 自分の気持ちが整理できずに、いきどおる。


 どうすれば良いかわからなくなったオーファは、むぐぐぐっ、と怒りを飲み込むと、


 「ふんだ」


 ぷいっ、と顔を背けてしまった。


 そんなオーファの態度に、レインはまた怒らせてしまったかとオロオロし、セシリアはジャムを塗ったパンを美味しそうに食べていた。


 レインのラインリバー家、初めての食事は終始そんな感じだった。



 「はい、レイン君の分のお弁当。ちゃんと食べてね? 残してきたら、ほっぺぷにぷにの刑よ?」


 セシリアは、そう言いながら小さな包みのお弁当を差し出してきた。


 「ありがとうございます」


 レインはお弁当を受け取り、お礼を言った。

 それは、お弁当を用意してくれたことへの感謝であり、それと同時に、自分がお弁当に遠慮しなくていいように気を使ってくれる、セシリアの言い回しに対しての感謝でもあった。


 「はい、こっちはオーファちゃんの分」

 「お姉ちゃん、ありがとー!」


 お礼を言いながら受け取ったオーファ。

 すでに制服に着替えている。

 聖カムディア女学院の制服らしい。


 セシリアの説明では、聖カムディア女学院は、中央区にある学院の1つであり、生徒だけではなく、教職員に至るまですべて女性だけの私立学院のようだ。


 「いってらっしゃい、2人とも」

 「いってきます、セシリアさん」

 「いってきまーす、お姉ちゃん」


 セシリアに見送られ家を出る2人。


 「レイ・・、中央区までの近道を教えてあげるから、ついてきなさい」


 オーファはそう言いながら、中央区の方へ向かって歩き始めた。


 『レイ』と呼ばれたレインは、一瞬、「ん?」と首を傾げた。

 だが、修正はしなかった。

 そんなことより、重要なことがある。

 オーファが中央区まで一緒に行ってくれると言っているのだ。


 一緒に登校。

 なんだか友達みたいだ。

 そう思うと嬉しくなった。


 「うん、ありがとうオーファさ――、オーファ」


 レインはオーファの横に並びお礼を言った。

 途中、「オーファさん」と言いかけたところで睨まれて、慌てて言い直したが。


 オーファは、別に自分の呼称にそこまで拘りがあるわけではない。

 ただ、最初はちょっとレインを困らせてやろうと思っただけだった。

 実際、女学院の友達は、オーファのことを『オーファちゃん』と呼ぶ。

 だが、なんとなくだが、今更レインに敬称を付けられるのは嫌だなぁ、と思った。

 深い意味はない。


 「ふんだ」


 オーファは、ぷいっ、っと顔を背けた。

◆あとがき


続きは明日、投降します。

なんとか連続投降できるようにがんばります。


あと、作者は心臓がプレパラートなので、

感想欄は封印してます。

ごめんなさい。

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