90.5:小話4-5
◆吊り橋のゴブリン
ある朝。
王都の街中で、イヴセンティアとレインが2人で会話をしていた。
イヴセンティアがレインへと言った。
「前線から報せが届いた。王国軍がクワティエロの奪還に成功したらしい。レインが伝えた情報が、奪還作戦の決め手になったようだぞ」
「少しでもお役に立てたのなら良かったです」
「少し役に立つどころではない、大手柄だ。レインも軍に所属しているか、退学にさえなっていなければ、騎士の資格を得ることができたかもしれんが……。すまん、失言だ。忘れてくれ」
「いえ、もう気にしていませんから」
「そうか? ならいいが……。もし気に障ったのなら、お仕置きしてくれてもいいんだぞ?」
ちょっと艶のある声で、流し目を送ってくるイヴセンティア。
お仕置きの話なのに、妙に色っぽい。
身体の曲線を強調するような立ち姿。
ごくり。
唾を飲み込むレイン。
ついいろいろと想像したり、思い出したりしてしまう。
「い、いえ、お仕置きは遠慮しておきます」
「むぅ、そうか……」
レインの釣れない答えに、イヴセンティアはがっくり項垂れたのだった。
◇
「私とレインが知り合った『遠征訓練』を覚えているか?」
「もちろんです、イヴ先輩」
イヴセンティアとの出逢い。
エルトリアと渡った吊り橋。
ゴブリンの襲撃。
キュリアたちとの和解。
忘れられるわけがない。
「当時のことについて、元副理事長の余罪調査で厄介なことが発覚したらしい」
「厄介なことですか?」
「ああ。あの日、私がレインの代わりに、『吊り橋を渡った先でゴブリンと遭遇したこと』を教員に報告しただろ? 私が報告した相手が、その元副理事長だったんだ。だがあの男はその報告を聞いた直後に居眠りをしていたらしい。しかもそのことを隠蔽して一切合切無かったことにしていたんだ」
「それは……」
レインは考えた。
居眠りをしてそのことを隠していたのは確かに悪いことだろう。
でもすでにゴブリンの巣は駆除されているのだ。
そんなに厄介なことだろうか。
イヴセンティアが言葉を続けた。
「今になってわかったことだが、当時のトロワ周辺の森には、ゴブリンの巣が2つもあったらしい。1つはすでに駆除された巣だ。遠征訓練の野営地の近くに作られていた巣だな。そしてもう1つが、吊り橋を渡った先の森の中にあるらしい」
レインとエルトリアが最初に遭遇したゴブリンは、そのもう1つの巣のゴブリンということだ。
言われて初めて、レインはあることに気が付いた。
すなわち、あのボロい吊り橋を大量のゴブリンが獲物(イノシシやシカ、ヒツジなど)を抱えたまま渡るなんて不可能ということだ。
あの吊り橋は当時のレインとエルトリアの2人の体重を支えるだけでも、床板が嫌な音を上げていた。
子供よりも重いシカなどを、数匹のゴブリンで担いで渡るなんて不可能だろう。
つまりゴブリンたちの巣も狩場も、吊り橋の崖を挟んで2つに分かれていたということだ。
「い、今まで誰も気が付かなかったのですか?」
「ああ。あの元副理事が情報をもみ消してくれたおかげでな。トロワの住人たちもあの近辺には近付かんらしい。ゴブリンも人間を警戒して迂闊に姿を見せようとしない。だから誰も気付きようがなかったんだ」
「それじゃあ、そのゴブリンの巣は……」
「数年間放置されたせいで、かなりの規模になっているらしい。このままではいつ人里に被害が出るかわからん」
「なるほど」
厄介だ、とレインは思った。
◇
「ところでレイン、私の引っ越しの件なんだが」
「え!? イヴ先輩、どこかに引っ越しちゃうんですか!?」
驚くレイン。
まさか遠くに行ってしまうのだろうか。
もう会えなくなってしまうのだろうか。
そう思い、不安になる。
「ん? 陸戦艇に住むに決まっているだろ? 誰からも聞いていないのか?」
「え? 聞いてませんけど、そうなんですか?」
「ああ。エルトリア様の護衛が必要だからな。私たちが一緒に住んで、身の回りのことをいろいろとな」
「私たち?」
「近衛騎士隊のことだ。隊員が交代で住みこませてもらう。家賃もちゃんと支払う予定だが……。まあ、レインに無理を言うつもりはない。断りたいなら私からジェルハード様に上申しておくが、どうする?」
「い、いえ、大丈夫です」
「そうか。……ちなみに、私はレインと暮らせて嬉しいぞ?」
「っ///」
こそっとイヴセンティアに耳打ちをされ、レインは真っ赤になって照れたのだった。
◆スキルを使いこなす
マフィオとルイズが依頼を終えて、久々に王都に帰ってきた。
レインは2人に『スキル共有』の説明をした。
「そうか、『スキル共有』か……」
難しい顔のマフィオ。
その危険性を考えているようだ。
「今まで黙っていてすみませんでした!」
レインは謝り、深々と頭を下げた。
恩師に隠し事をしていたので、申し訳なさで一杯だ。
「がはは、気にすんな! むしろ良い判断だ! それにしても、今までよく隠し通したな! 偉いぞ、レイン!」
「ああ、兄さんの言う通りだ。隠していることで辛い思いもしただろう? よく頑張って耐えた。偉いぞ」
怒らずに褒めてくれるマフィオとルイズ。
レインは2人の優しさに心から感謝したのだった。
◇
レインがマフィオに問いかけた。
「56もスキルがあるのにオーファに勝てないんですけど、僕とオーファでは何が違うんでしょう? もちろんオーファが誰よりも努力していることは知ってますし、才能があることも理解しています。でも、それだけじゃない気がするんです」
「そうだなぁ、オーファちゃんはスキルの扱いが抜群に上手いから、そのせいだろ」
「スキルの扱い、ですか?」
「そうだ。うーん、なんて言やいいのかぁ……、ルイズ、パス」
マフィオに丸投げされ、ルイズが言葉を繋げた。
「レイン、『攻撃力上昇』のスキルは相手に対して害意がなければ発動しないだろ?」
「はい」
「実はその害意の大小で、攻撃力の上昇量も変化するんだ。害意が大きいほど、より攻撃力が上がるってわけだな。他のスキルも気の持ちようで効果の大小が変わるものが多い」
「なるほど」
「もちろん基となるスキル性能そのものも重要だが、いくらスキルの性能が高くても使いこなせなければ宝の持ち腐れだ」
「た、確かにそうかもしれません」
いくらスキル補正値が高くても、その上限を使いこなせなければ意味がない。
「他にも、『こんなに早く動けるはずがない』と思い込んでいるせいで、スキルの効果が制限されてしまう例がある」
「そ、そんなことがあるんですね」
「ああ。まあ、それでも普通は生まれてから成長していくなかで、無意識的に自分のスキルを使いこなせるようになっていくものなんだがな。レインのように、大人になってからスキルが増えるなんて前代未聞だ。すぐには使えこなせなくて当然だろう。もしかしたらそれだけじゃなくて、性格的に得意なスキル、不得意なスキルなんてのもあるかもしれんな」
レインはなんとなく、オーファは素早さ系のスキルが得意だろうなぁと思った。
「おっしゃ、レイン! 今日からはスキルを使いこなす訓練も始めんぞ!」
「はい、よろしくお願いします、マフィオさん!」
ちなみにマフィオとルイズはとても強い。
特に兄弟でタッグを組んだときの強さは尋常ではない。
今のレインでさえあっさり負けてしまうほどだ。
レインは師に恵まれたことに感謝しつつ、スキル習熟の訓練に励んだ。
◆下剋上を計る、が
夜。
レインは陸戦艇の自室で小物の整理をしていた。
荷箱の中にはぬるぬる粉末薬や、子供のころに使っていた剣が入っている。
レインは箱の中から1つの写真立てを取り出した。
写っているのは子供のころのレイン、オーファ、エルトリアの3人。
昔キャメルドに撮ってもらった写真だ。
この写真を飾ってもいいのだろうか。
オーファを受け入れるようにジェルハードに言われた。
でもそれは、エルトリアを裏切ってもいい免罪符ではない。
どうすればいいのかわからない。
レインはそっと写真立てを箱にしまった。
そしてベッドに入り、眠りについたのだった。
◇
妖精たちが甲板のお花畑で話し合っていた。
「オーファに負けっぱなしは悔しいの!」
「なんとか見返してやりたいの!」
「無理なの! 絶対に勝てないの!」
人間のオーファに負けたままでいるのは妖精のプライドが許さない。
なんとか仕返しに、デコピンの1つでもしてやりたい。
でも絶対に避けられて、反撃されてしまう。
そしたらきっとまた恐ろしい目に遭う。
レインがいない場所でそんなことになったら殺されてしまいそうな気がする。
おそろしい想像に、身を震わせる妖精たち。
そんなとき、1人の妖精が、最近やたらとスイの調子が良いことに目を付けた。
「最近のスイは、妙に調子が良さそうなの!」
そんな言葉に、皆の視線がスイへと集まる。
「なんでなの? みんなに教えるの!」
「みんなで調子が良くなれば、オーファに勝てるの!」
「オーファの下唇を引っ張ってやるの!」
なぜスイの調子がいいのか。
その答えは『スキル共有』しているからだ。
妖精と人間の身体は構造が違う。
なので『スキル共有』しても、全てのスキル効果が共有されるわけではない。
だが、まったく共有されないわけでもない。
魔力強化系スキルなどは普通に共有される。
だからスイは近頃絶好調なのだ。
ちなみにスイは、すでにレインに『スキル共有』について教えてもらっているので、キスがトリガーになっていることも知っている。
そんなわけで、
「スイが絶好調なのはレインとキスしたからなの! みんなもするの!」
みんなでレインの寝込みを襲うことになった。
◇
夜中。
ふとレインが目を覚ますと、部屋に妖精たちが沢山いた。
「全員キスし終わったの! これでオーファに勝てるの!」
「すごいの! 力が漲ってくるの!」
「魔力が溢れそうなの! なんでもできる気がするの!」
騒がしい妖精たちに、何事だろうかと首を傾げるレイン。
妖精たちもレインが目を覚ましたことに気付いた。
「レインのおかげで最強になれたの! ありがとうなの! もう一度、ちゅ」
「何度も助けてくれてありがとうなの、ちゅ」
「だ、大好きなの……、ちゅ」
何度もキスされる。
くすぐったい。
まだ少し寝ぼけているレインだったが、徐々に頭が覚めてきて、事態の深刻さ気付き始めた。
キスは不味い。
そのとき、
――ドガァン!
と、扉を蹴破る音が鳴った。
オーファだ。
「羽虫ども、覚悟はできてるんでしょうね?」
殺るき満々だ。
「ま、待って、オーファ! 殺さないであげて!」
「安心して。レイのペットを殺したりはしないわ。ただちょっと、躾けをね」
殺す気はないようだが殺気がすごい。
本当に躾けだけなのだろうかと心配になる。
だが、そんな殺気を受けても妖精たちは余裕の表情だ。
「下剋上なの!」
「もうオーファには負けないの!」
「レインはもらったの――、げふっ!?」
一瞬で1匹の妖精が吹き飛んだ。
神速で放たれたオーファの上段蹴りが決まったのだ。
「あたしのレイを、なんだって?」
ぎろっと視線を向けられ、びくっと震える妖精たち。
「ま、負けるはずないの! ぐふぅ!?」
「レインとキスして最強の妖精になったの! がはっ!?」
「最強の必殺技を喰ら――、ぷげぇ!?」
次々に叩き落されていく妖精たち。
「や、やっぱりオーファに勝つなんて無――、ぶへっ!?」
「ひいい!? や、やめ――、べはっ!?」
「こ、降参するの! だから――、ぺげっ!?」
ベチッベチッ! と床や壁に叩きつけられ、あっという間に妖精たちは全滅した。
弱い。
というかオーファが強い。
「お、おそろしいの……」
「このままじゃオーファに絶滅させられるの」
「助けてなの、レイン」
這う這うの体でレインにすがりつく妖精たち。
すでに心が折れている。
「オーファ、そろそろ許してあげて?」
「レイがそう言うなら仕方ないわね。あんたたち、レイにお礼を言いなさいよ?」
じろりとオーファに視線を向けられ、妖精たちは震えあがった。
そしてもう2度と下剋上を企てたりしないと心に誓った。
妖精たちはレインに、口々にお礼を言った。
「レイン、ありがとうなの!」
「命の恩人なの!」
「だ、大好き……、なの!」
その後、妖精たちはレインの特性ぬるぬる粉末薬で全身をぬるぬるにされながら、優しくも激しく、刺激的に治療を施されたのだった。
◇
翌日。
エルトリアによるスキル鑑定が行われた。
結果、新たに96ものスキルが増えていることが判明した。
レインのスキル数は、計152だ。
ついに3桁の大台に乗ってしまった。
レイン本人でさえ、思わず苦笑してしまう数だ。
とはいえ派手なのは数字だけで、実質的にはそれほどでもない。
というのも、妖精のスキルの多くが人間には効果がないからだ。
今回のスキル共有で得た、戦闘に役立ちそうなスキルは以下の3つだけ。
『魔力量強化』
『回復力強化』
『自己再生力強化』
『回復力強化』と『自己再生力強化』は、怪我をしたときのことを考えると、とても助かる。
「エルトリア様、よく150もスキルがあるのに正確に鑑定ができますね?」
「はい、わたくし頑張りましたから! 今の10倍、いえ、100倍に増えても余裕です!」
胸を張るエルトリア。
レインは、すごいなぁとのん気に感心したのだった。
◆あとがき
どうでもいい裏設定をだらだらと書くだけのアレ(軍事編
1章22話『吊り橋』でちょっとだけ触れたんですけど、王国などではスキルと人間の心理の関係性についてそれなりに研究されています。
『精神論でガンバレ!』だと、軍の能力が安定しないので、綿密な作戦を立てることもできません。
なので王国としてはスキルの内容を正確な数値にして把握したいわけです。
いかにも近代的な組織運営ですね。
そんなわけでスキル補正値や倍率などのいかにもゲームみたいな単語が出てくるわけです。
突然ゲームみたいな話になって違和感を持った人も多いんじゃないかと思いますけど、補正値や倍率なんてゲーム以外でもポコポコ使われてますよね(視力とレンズの関係とか)。
だからそこまで変でもない……、はず!←
ところで、割と近代的な王国軍に、自立可動人形みたいなファンタジー兵器は存在しないのかって話なんですけど。
残念ながらゴーレムは存在しません。
これは聖カムディア教が一神教であることに関係がある話で、いわゆるAI心理学に近いものがあると思います。
例えば、多神教で、万物に魂が宿ると考える日本人にとって、ロボットは友達です(ドラ○もんなど)。
逆に一神教で、生物は唯一心が創るものと考える人々にとっては、人工知能を積んだロボットは神への冒涜で、人々に対して反乱を起こすものです(ターミネ○ターなど)。
(他にも攻殻○動隊とマトリッ○スの比較あたりがわかりやすいんじゃないかなぁと思います)
もちろん例外も沢山ありますし、この考えが必ずしも正しいわけではありませんが、似たような心理が働いた結果、王国民はゴーレムの開発研究に忌避感を持っているので、その辺の産業は盛んではないのです。
スキルの数値化などを計り、合理的に組織を運営したいという思いと、こういう古臭いしがらみが、現代的になりきれない近代組織の矛盾を(以下略←




