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90:模擬戦と報告

 陸戦艇の甲板。

 レインが妖精のスイに尋ねた。


 「スイはあんなところでなにをしていたの?」

 「向こうの村でレインを探してたの! でも、なかなか見つけられなくて困ってたの! でもでも、偶々拾った新聞でレインを見つけて、ここに来たの!」


 『向こうの村』とは、レインとスイが初めて出会った村のことだろう。

 それは見つからなくて当然だと納得するレイン。


 レインとスイの話が一段落したところで、イヴセンティアがレインに声をかけた。


 「レイン、もうすぐ夕暮れだから、私とエルトリア様は王城に戻る」

 「あ、イヴ先輩、僕とオーファも途中まで一緒に行きます。夜になる前にギルドに行って、セシリアさんに引っ越しの報告をしなくちゃいけないので」


 そう言いつつも、レインはスイたちをどうしようかと悩んだ。

 せっかく訪ねて来てくれたのに、ここに放置していくのはダメな気がする。

 でもだからといって街に妖精を連れていくのは気が引ける。

 大騒ぎになってしまいそうだ。


 悩んでいたレインだったが、


 「スイたちはここで待ってるの。もうくたくたなの」


 スイたちが自らそう言い出したので、陸戦艇に残していくことにした。

 そして、


 「「「行ってらっしゃいませ、ご主人さま」」」


 と、メイド少女たちに見送られて陸戦艇を出発した。



 東区の途中でエルトリアたちと別れ、レインとオーファはギルドに向かった。


 だがギルドの受付にセシリアの姿はなかった。

 もう帰ったのだろうか。

 そう思ったが違うらしい。

 受付の中年女性曰く、ギルドで使う事務用品の買い足しに行ったようだ。

 戻ってくるまで、まだ時間がかかるらしい。


 唐突に暇になってしまった。


 ふと、レインがオーファに言った。


 「……オーファ、僕と模擬戦をしてくれない?」

 「レイと?」

 「うん」


 緊張気味に頷くレイン。

 何度やっても、手も足も出なかったオーファとの模擬戦。

 今なら少しは食い下がれるだろうか。


 普通に考えたらスキル数56のレインが負ける道理はない。


 だがオーファが強いのは、決してスキル数に恵まれたことだけが理由ではないことを、レインは知っている。

 すべてオーファ自信の尋常ならざる努力の結果だ。

 だからスキル数で上回った程度で勝てるとは思わない。

 でも、少しでも強くなったところを、オーファに見てもらいたい。


 「面白そうね、いいわよ!」


 にやりと笑うオーファ。


 2人は早速訓練所へと移動した。

 木剣を取り、10メーチルほど離れ、構え合う。


 訓練所にはレインたちの他にナカルドたち若手冒険者がいた。


 「な、なにが始まるんだべ!?」

 「ま、まさか、レインとオーファさんの一騎打ちだべか!?」

 「無茶だべ! いくらレインでも、1秒も経たずに負けてしまうべ!」


 遠巻きに無謀なレインを心配するナカルドたち。


 オーファがルールの最終確認を始めた。


 「魔術や危ない技は無しよ?」

 「うん」

 「このハンカチを投げるから、落ちたら開始ね」

 「わかったよ」


 レインが頷くと、オーファは丸めたハンカチを放り投げた。


 丸まったハンカチが空中で広がり、ふわふわと落ちてくる。

 そしてそれが地についた瞬間、


 ――ヒュッ!


 オーファが神速の攻撃を繰り出した。

 一瞬でレインの眼前まで迫ってくる。

 はやいッ!


 「くっ!」


 間一髪、それを避けるレイン。

 なんとか1秒で負けるという無様は晒さずに済んだ。


 「へえ、やるわね」


 楽しそうに笑うオーファ。

 攻撃を避けられても余裕の表情だ。


 レインも負けじと剣撃を繰り出す。

 複数のスキル効果が乗った鋭い剣閃だ。


 だが、軽くオーファに受け流される。


 『攻撃力上昇』の発動条件は、『害意を持って攻撃する』だ。

 その他の攻撃力上昇系のスキルにも、それぞれ発動条件がある。

 レインにはオーファに対する害意も敵意もない。

 だから攻撃力上昇系のスキルは、この模擬戦では無意味だ。

 今重要なのは素早さと剣の技術。


 レインは持てる全力を持って連撃を放った。

 獣人たちをも斬り裂いた、高速の剣技。


 しかし、そのすべてをオーファに受け流される。

 完全に見切られている。


 オーファは剣の技術も基礎身体能力も、相当に高い。


 子供のころからスキルで上昇した身体能力を活かし、密度の濃い訓練をしてきたからだ。

 その訓練密度はレインの比ではない。

 例えばレインが素振りを100回行う間に、オーファはその数倍の素振りを行える。

 レインが素振りの後で少し休憩していても、オーファは休まずに訓練し続けている。

 仮にたった1時間の訓練だったとしても、レインとオーファではかなりの差が出る。

 それを約10年も続けてきたのだ。

 オーファが弱いわけがない。


 さらにオーファは生まれ持った才能だって並外れている。

 例えばレインが数ヵ月かけて習得した技も、オーファは見るだけで使えるようになっている。

 レインが習得中の技も、オーファはいつの間にか使えるようになっている。

 レインには使えない技も、オーファなら楽勝だ。


 最強の人間の一角。

 その評価は伊達ではない。

 突然スキル数が増えただけのレインとは、戦闘力の桁が違う。


 レインが素早く連撃を繰り出しても、オーファは易々をとそれを防ぎきる。


 だが、周りから見ているだけのナカルドたちには、レインが善戦しているように見えた。


 「レインとオーファさんがすごいことになってるべ!?」

 「まるで踊ってるみてーだ!」

 「は、速すぎて、剣の動きを目で追いきれねーだ!」


 ナカルドたちは週に何度もレインと一緒に訓練をする。

 時々だが模擬戦もする。

 だからレインの実力はよく知っている。


 基本に忠実で、どっしりと安定感のある構え。

 次々と繰り出される多彩な剣技。

 巧みな足さばき。


 どれを取っても一流。

 弱いと思ったことなど一度もない。

 むしろ自分たちと同年代とは思えないほどの強さだとさえ思っている。


 そしてそれが弛まぬ努力の結果だと知っている。

 だから秘かにレインに尊敬の念を抱いている。


 だがナカルドたちは、オーファが別格だということも知っている。

 自分たちとは比較にならないほどの実力者だと知っている。

 レインでさえも太刀打ちできないと知っている。


 だからこそ、目の前の光景が信じられない。


 「オ、オラ、夢でも見てるだか!?」

 「レインがオーファさんの速さに喰らいついてるだ!」

 「とんでもねえ速さだべ!」



 「でやあッ!」


 素早く踏み込み、次々に剣撃を繰り出すレイン。

 だがオーファの速度には届かない。

 軽々と防がれる。


 オーファはレインと打ち合うのがとても楽しい。

 こんなの初めてだ。


 「いいわよレイ! もっときて!」


 自分からは積極的に攻めずに、受けに徹する。

 模擬戦というよりは、乱取り稽古のようになってきた。


 オーファは5年前の時点で、すでに獣人チャイゲダと正面から斬り結べるほどの実力があった。

 しかも大きさが合っていない不慣れな八卦刀を使って、だ。

 今の実力は当時を遥かに凌ぐ。


 対するレインは、今でどうにかやっとチャイゲダと互角に斬り結べる程度の実力だ。

 一応、攻撃力の高さと豊富な魔力量で強引に押し勝てたが、まともに戦えば危なかっただろう。


 レインとオーファ。

 2人の実力差は歴然。


 ちなみにオーファは剣術以外にも優れている。

 足技なども得意だ。

 というか足癖が悪い。

 なんでも蹴る。


 今も、落ちていたハンカチを蹴り上げたところだ。


 死角から突如、レインの眼前に迫るハンカチ。


 「わ!?」


 と驚くレイン。

 とっさに木剣でそれを払いのける。

 体勢が崩れた。


 そこをオーファが、


 「えい」


 と足払い。


 バランスを崩したレインが前のめりに倒れる。

 目の前にはオーファ。


 ぎゅ。


 と、思わず抱き着くようにしがみついてしまった。


 柔らかくていい匂い。

 だが、そんなことを考えている場合ではない。


 「ご、ごめん、オーファ」


 慌てて離れ、謝るレイン。

 オーファはなぜか上機嫌だ。


 「ううん、いいのよ。さ、つづけましょう!」

 「う、うん」


 再び木剣を合わせる2人。

 再び足払いをするオーファ。

 再び前のめりに倒れるレイン。


 ぎゅ。


 「ご、ごめん、オーファ」

 「ううん、いいのよ! もっときて!」


 こんなことを数度繰り返した。


 「模擬戦の途中でいちゃついてるべ!?」

 「ハイレベル過ぎて理解が追いつかないだ!?」

 「よくわからないだべが、オーファさんと抱き合えるなんて羨ましいべ!!」


 ナカルドたちは終始、驚きっぱなしだった。



 模擬戦終了後。

 レインとオーファは食堂へと移動した。


 オーファはとても満足気な表情だ。


 「楽しかった、明日もやりましょうね?」

 「う、うん、次はもっと頑張るよ」


 2人でそんな会話をしていると、セシリアがギルドに駆け込んできた。

 随分と慌てているようだ。

 なにか事件だろうか。

 レインの緊張感が高まる。


 セシリアが受付の中年女性に駆け寄り、言った。


 「か、買い出しの途中で家に寄ったら、家からレイン君とオーファちゃんがいなくなっちゃって、それで――」

 「ふふふ、セシリアちゃんは心配性ね。大丈夫よ、レインくんたちならそこにいるわ」


 笑いながら食堂に視線を向ける中年女性。


 セシリアもその視線を追い、レインと目が合った。

 そして、うるっと瞳を潤ませ、


 「レインくうううううううううんっ!」


 と駆け寄った。


 「セシリアさん、ごめんなさい」


 罪悪感が湧き、すぐに謝るレイン。

 家に誰もいなくて、さぞ驚いたことだろう。

 昨晩セシリアは、寂しさのあまり「苦しいよー」と苦しんでいた。

 自分とオーファが家を出ていくことであの苦しさが再発しないか心配だ。

 ギルドで毎日会えるとはいえ、今更ながら不安になる。


 なるべくセシリアを傷付けないように、穏便に引っ越しのことを伝えたい。

 どうやって話を切り出すか考えるレイン。

 だが、


 「お姉ちゃん、あたしとレイは引っ越したからね」


 オーファがいきなりぶっちゃけた。

 家の合鍵をセシリアに返しつつ、陸戦艇に住むことなどを手短に説明していく。


 セシリアは最初、なにを言われているのか理解できなかった。

 ゆっくりとオーファの言葉の意味を考える。

 そして、もう3人で暮らせないのだと理解した瞬間、動転したようにレインにすがりついた。


 「な、なんで!? わ、私がレイン君を束縛しようとしたから? だからレイン君は私のことを嫌いになっちゃったの? それとも昨日の夜、裸で抱き着いたから? 朝にエッチなことをしたから? ううううぅ、ごめんなさい、レイン君、お願いだから嫌いにならないで」


 涙目。

 というか、すでに泣いているセシリア。


 レインの良心がゴリゴリと刺激される。

 こんなセシリアを見るのは辛い。

 このままでは『苦しいよー病』が再発してしまうかもしれない。


 「セシリアさん、僕がセシリアさんのことを嫌いになることなんてありませんよ」

 「ほ、ほんと、レイン君?」

 「当り前です、僕がセシリアさんを嫌うなんて、なにがあっても絶対にありえません」

 「う、嬉しい……。でも、じゃあ、なんで出ていくの?」

 「それは」


 とレインが言いかけたのを遮って、オーファが言った。


 「お姉ちゃん、レイはね、あたしのことが大好きなの」


 ふぁっ!? と驚くレイン。

 突然本心を言い当てられて、ボっと赤くなる。

 反論の言葉が見つからない。


 だが代わりにセシリアが反論した。

 心なしかムッとした表情だ。


 「違うわ、オーファちゃん。レイン君は私のことが大好きなのよ?」

 「確かにレイはお姉ちゃんのことが大好きよ。でも、あたしのことも大好きなの。あたしの身体も大好きなの。レイはあたしの身体を触――」

 「ちょぉっと待ってオーファ! なにを言うのさ!!?」


 流石に羞恥の限界だとばかりにレインが止めに入った。


 「朝の『お漏らし金髪ドレス』が言ってたじゃない?」

 「言ってたけど、信じないでよ!?」

 「ふふ、恥ずかしがらなくてもいいのよ、レイ。あたしはわかってるわ!」

 「絶対わかってないよ!?」


 レインとオーファが言い合っていると、セシリアがふらふらとした足取りで言った。


 「レイン君、私は? 私の身体も好きでしょ? 私の身体も好きよね? ね? ……、も、もしかして、嫌い……、なの?」


 レインは思った。

 さっき「嫌うなんて絶対にありえない」と言ったばかりで、「嫌い」なんて言えるわけがない。

 そもそも嫌いなわけがない。


 『好き』

 『嫌い』


 どちらかで言えば『好き』だ。

 でも、育ててくれた恩人に対して、「あなたの身体が大好きです!」なんて言えない。

 そんなの完全に変態だ。

 正直に「触りたいです」なんて言えるわけがない。

 そんなの完璧にド変態だ。

 絶対に嫌われてしまう。

 セシリアに嫌われたくない。

 困った。

 だが、


 「安心してお姉ちゃん。レイはお姉ちゃんの身体も大好きよ!」


 全部オーファがぶっちゃけた。


 「ちょ、オーファ!?」

 「ほ、ほんと、オーファちゃん?」


 2人でオーファに詰め寄る。


 「もちろんよ、だって昔からレイはお姉ちゃんのおっぱいをチラチラ見てたもの」

 「そ、そっかぁ、よかったぁ」


 ほっと胸をなで下ろすセシリア。


 ぽよよーん。


 大きい。

 ついレインの視線が吸い寄せられる。


 それをじぃっと見つめるラインリバー姉妹。


 「ね、お姉ちゃん?」

 「ほんとね、オーファちゃん」

 「あ、ご、ごめんなさい、セシリアさん」


 レインは慌てて謝った。

 その顔は恥ずかしいやら情けないやらで真っ赤だ。


 「ううん、いいのよレイン君。レイン君だけは特別に好きなだけ見てもいいのよ? レイン君にだけ特別に見せてあげる。レイン君だけは特別に触ってもいいのよ?」

 「と、特別に?」

 「そう、特別に」


 ごくり。


 生唾を飲み込むレイン。

 今日はいろいろあって疲れている。

 ぼぅっとセシリアの魅力に吸い込まれそうになってしまう。

 そうしたいと思ってしまう。


 だがそのとき、オーファに腕を引かれた。


 「お姉ちゃん、もうすぐ夜だし、あたしたちはそろそろ行くわ。お仕事頑張ってね?」

 「うん、わかったわ、オーファちゃん」


 にこにこ笑顔のセシリア。


 いつの間にか機嫌が良くなっている。

 『苦しいよー病』の心配はなさそうだとレインは安心した。


 ぐいぐいオーファに腕を引かれる。


 「さ、行くわよレイ」

 「で、でもまだ」


 引っ越しの説明がほとんど終わっていない。

 このまま帰るのはいかがなものだろうか。


 躊躇ちゅうちょするレインに、オーファがこそっと耳打つ。


 「いいから、今のうちに行くわよ」


 セシリアが引っ越しのことを忘れている内に逃げるつもりだ。


 陸戦艇での2人暮らし――メイドは眼中にない――は、レインとの仲を深めるチャンス。

 少しの間だけでも、強敵セシリアを遠ざけておきたい。


 セシリアはオーファにとって、絶対強者だ。


 なにせ子供のころからレインへの実質的な『守護』と『幸福』を与えてきたのはセシリアなのだ。

 女性としての魅力も抜群。

 そんなセシリアに本気でレインに迫られたら太刀打ちできない、と、オーファは思っている。

 事実レインの部屋には、セシリアへの想いに溢れたエロ本があった。

 このままでは負けてしまう。


 だからオーファは、ほんのちょっとの間だけ、セシリアと離れて暮らしたいのだ。


 「オーファ、セシリアさんにちゃんと説明しないと――」

 「いいから行くのっ。……。それじゃーね、お姉ちゃん!」

 「うん、オーファちゃんもレイン君も気を付けて帰るのよ?」

 「はぁーい」


 とオーファはレインを引っ張って、陸戦艇への帰路についた。


 結局セシリアは帰宅するまで、レインたちが引っ越したことを忘れていたのだった。

◆あとがき


王城でなんやかんやあった結果、おかしな方向へ思考が暴走気味のオーファちゃん。

そしてあっさり話をそらされ、引っ越しの話題を忘れてしまうセシリアさん、チョロイ。




そんなこんなで、次回から小話連打で話を進めます

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