89:妖精
陸戦艇の外の野原。
「一緒に住む」と言い出したオーファに、レインは慌てて問いかけた。
「ちょっと待ってオーファ! 本気なの!?」
「もちろんよ? だって一緒に住んでないと、いざってときに守ってあげられないじゃない。さ、早く引っ越しましょう」
「え!? まさか今から引っ越すつもりなの!?」
手を引いて歩き出そうとするオーファに驚くレイン。
「そうよ? 善は急げっていうでしょ?」
「急ぎ過ぎでしょ!? ちゃんとセシリアさんに報告してからじゃないと」
散々お世話になったのに、何も言わずに出ていくなんて薄情すぎる。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。お姉ちゃんにはあたしがちゃんと報告しといてあげるわ。引っ越しが終わってからね」
「事後報告なんてダメだよ!?」
「でも先にお姉ちゃんに言ったら、『出ていくなんてダメ』って言われるわよ?」
「うっ。た、確かに」
そうかも、と思うレイン。
昨日からのセシリアの様子を思えば、さもありなん。
だからこそ自立を決意したのだ。
だがしかし――。
と、レインが反対意見に考えを巡らせる間もなく、オーファが言った。
「そこのメイドたち。あんたたちがレイに一緒に住んでって言い出したんだから、引っ越しを手伝いなさい!」
「「「は、はい、『神童』オーファ様!」」」
返事をして、わたわたと動き出すメイド少女たち。
陸戦艇の戸締りに向かったり、手荷物を確認したり、慌てて外出の準備をしている。
だがメイド少女たちは、まだまだ駆け出しメイド。
全員がメイド歴1日の新人だ。
なにかと無駄が多い。
あっちにうろうろ、こっちにうろうろ。
なかなか準備が終わらない。
見かねたオーファがイヴセンティアに言った。
「イヴ、指示してあげて」
「仕方がないな……。よし、聞け! 今から引っ越しが終了するまでの間、メイド隊は私の指揮下に入れ! まず、戸締りはしなくていい、お前とお前は留守番だ。客が来ても出なくていいから気楽にやれ。残りは整列して私に続け。手荷物は邪魔になるだけだ、留守番役に預けておけ。駆け足!」
「「「はい、イヴセンティア様」」」
返事をしたメイド少女たちが迅速にイヴセンティアの前に整列する。
基本能力は高いので、することがはっきり決まっていれば動きは速い。
その様子に満足気に頷くオーファ。
「うんうん、さすがイヴね。それじゃあエルは――」
「わたくしもお手伝いします」
手を上げて申し出るエルトリア。
留守番なんて面白くない。
だが、
「できるの?」
とオーファに聞き返されて、「うっ」と言葉に詰まる。
確かに引っ越しの手伝い、どころか、力仕事なんてしたことがない。
でも『スキル共有』しているのだから、やってできないことはないだろう。
「できます!」
「うん、じゃあよろしくね! さあレイ、行きましょ」
にこっと笑うオーファ。
完全に引っ越しのお膳立てが済んでしまった。
今更レインには、「やっぱり引っ越さない!」なんて言い出せなかった。
◇
そんなこんなで突発的に行われた引っ越し作業だったが、なんとか夕方前には終了した。
スキル数55のメイド少女たちにかかれば、荷物の輸送などあっという間だ。
留守番役を交代しつつ、わずか2往復ですべて運び終えた。
荷物の輸送よりも、どちらかというとオーファの荷造りに時間がかかった。
エルトリアが荷造りを手伝っていたのだが、残念ながらあまり役に立っていなかったようだ。
次に時間がかかったのは、レインの部屋をどこにするかという話し合いだ。
陸戦艇はかなり大きく、部屋の数も部屋の種類も豊富にある。
1人部屋の一等船室から、2~3人部屋の二等、三等船室。
食堂のような大部屋から、雑多な小部屋まで様々だ。
レインの意見は、「僕は小部屋でいいよ」だった。
だがオーファやメイド少女たち、エルトリアが一番立派な部屋を推した。
所謂、大隊の司令官が使うような個室だ。
レインとしてはあまり立派な部屋では恐縮してしまう。
だが結局、推しに負けてしまったのだった。
フネアたちメイド少女は、「私たちはメイドなので」と三等船室を使っている。
オーファは、「あたしもレイと同じ部屋に住む!」と主張した。
だがエルトリアが、「そんな羨ましいことはさせません!」とそれを阻んだ。
なんだかんだとありつつ、結局オーファは一等船室の1つに荷物を運びこんでいた。
今は部屋の掃除をしているようだ。
ちなみに陸戦艇の個室は、一番立派な部屋じゃなくてもそれなりに広い。
陸戦艇は戦時中、前線基地の代わりとして使用されるのが常だ。
前線での陸戦艇は兵士たちの宿舎の代わりに使われる。
宿舎に求められるのは、大事な兵士たちのストレスや疲れを癒す能力だ。
そんなわけで陸戦艇は快適性を重視して作られているのだ。
三等船室でさえも、そこそこ広い。
豪華客船もかくやという住み心地の良さである。
そんな住み良い陸戦艇だが、気になることもある。
軍に納品前だったということもあり、物が何も設置されていないのだ。
広くて部屋が沢山あるのに、人も物もなくてガランとしている。
だだっ広い甲板にも、マスト以外はなにもない。
そのマストでさえも、メインマスト1本なので、あってないようなものだ。
甲板のスペースを広く取るための設計らしい。
だがそのせいで殺風景に思える。
エルトリアの兄ディザベルドが乗船していた陸戦艇は、甲板にテントや飛竜舎が設営されていた。
それに比べると少し寂しい。
レインはしみじみとした気持ちで、甲板から外の景色を眺めた。
陸戦艇の甲板の高さは3、4階建ての建物と同じくらいある。
とても眺めがいい。
壮観だ。
王都の東は大規模な農地が広がっている。
平らな地形で、地平線まで見渡せる。
「ん?」
レインが地平線の先に無数の光るものが飛んでいるのを見つけた。
数が多い。
20くらい飛んでいるだろうか。
なんだろう?
と首を傾げるレイン。
ホタル?
いやいやそんな馬鹿な。
まだ夕方前だ。
ホタルが飛ぶような時間じゃない。
それに、あんな遠くのホタルが見えるわけがない。
ではいったいなんだろうか。
不思議に思いながらレインが見ていると、その光の集団がもうスピードで接近してきた。
しかも、
「「「なのおおおおおおおおおおっ!」」」
と奇声を上げている。
「うわああああっ!?」
驚愕の声を上げて、驚くレイン。
光の球の集団はもう目前まで迫っている。
このままではぶつかってしまう。
だが、いつの間にか横に立っていたオーファが、急接近してくる光の球の1つを、
――バシッ!
っと箒で叩き落した。
「なにこれ? 五月蝿かったから叩き落しちゃった。虫? 害虫? いっぱい飛んでるわね。えい! えい!」
光の球を次々と叩き落していくオーファ。
害虫駆除に容赦などないようだ。
よくよく耳を澄ませると、光の球が何か喋っている。
「人間のくせに生意気なの! ぶへぇ!?」
「妖精に勝てると――、べふぅ!?」
「こうなったら必殺――、ぐはぁ!?」
光の球も反撃を試みているようだ。
だがオーファの前では無力、無意味。
「引っ越し早々羽虫が湧くなんてツイてないわね。しかもなんか喋ってるし。まあいいわ。待っててねレイ、すぐに皆殺しにして、レイの新しい家を守ってあげるからね」
オーファの視線に鋭さが増す。
光の球は恐慌に陥った。
「きゃーなの! ぐべぇ!?」
「お、おそろしいの! ぶえっ!?」
「た、たすけ――、へぐぅ!?」
甲板に叩き落された光の球をよく見ると、光を失って小さな人の形になっている。
よく考えなくても、あれは妖精だ。
でもそんなこと、オーファには関係ない。
「この羽虫、人みたいな形ね。げっ、まだ生きてるわ。しぶといわね、ゴキブリみたい。増殖したら厄介だから、今のうちにしっかり息の根を止めないと」
そんなことを言いつつ、箒を捨て、ぬらりと剣を抜く。
「ひっ、も、もうおしまいなの……」
「あ、悪魔なの……」
「ま、まだ、死にたくないの……」
絶望する妖精。
すでに全ての妖精が甲板に叩き落されている。
後はオーファに止めを刺されるのを待つばかり。
全員が涙目で震え、身を縮ませている。
そのときレインがようやく我に返った。
見ている場合ではない。
「待ってオーファ! この子たちは妖精だよ!」
「妖精? ふーん、よくわからないけど、すぐに殺すから後で教えてね? それじゃあ、まず1匹目を」
「ダメだってば!」
慌ててオーファを羽交い絞めにする。
そこにエルトリアもやって来た。
レインとオーファが楽しそうにじゃれ合っている。
羨ましい!
「レイ君、わたくしにも!」
と言いながら、パタパタと駆け寄る。
途中、
「ぐべぇ!?」
「ぐふっ!?」
「ぐげっ!?」
テンポよく妖精を踏みつぶしていく。
そして何匹か踏んでから、「ほえ? わたくし、なにか踏みました?」と足下の感触がおかしなことに気付いた。
それから足下を見て、
「ほええっ!? わたくしなにか踏みましたっ!!」
と驚愕の声を上げたのだった。
◇
ボロボロの妖精たち。
総勢20匹。
大きさは30センチルほど。
全員が人間でいえば13、4才くらいの女の子。
可愛らしい顔に金の髪、お揃いの白いワンピース。
背中からは透き通った羽。
オーファには叩き落され。
さらに妖精を踏んで驚いたエルトリアには風の魔術で吹き飛ばされ。
すでに1匹残らず虫の息。
無残だ。
「みんな、すぐに治してあげるからね」
言うや否や、レインは治療魔術を使い始めた。
1匹の妖精を手に取り、小さな身体に大量の魔力を流し込む。
「あひいぃいぃぃいなの!? な、なの? な、こ、こんな、なのおおお!?」
ビクンビクンと反応する妖精。
治療魔術が効いているようだ。
「ごめんね、苦しかもしれないけど、我慢してね」
レインは心を鬼にして治療に当たる。
魔力を流し込みつつ、小さな身体を優しく揉みしだく。
スキル能力を活かした、超人的治療技術だ。
指先をヴヴヴヴヴッと細かく激しく微振動させ、妖精の魔術路を刺激する。
なるべく効果が高くなるように、特に妖精の反応が大きな場所を執拗に入念に重点的に攻めたてる。
「あぐうなのおおおおっ!? も、もう、やめ、あひいいいいいっ!?」
「我慢して!」
レインの治療に妥協はない。
これも元気になってもらうためだ。
例え妖精が苦しんでも、もがいても、情け容赦なく刺激を与える。
数分後。
「んぎぃもぢぃぃいいいいのおおおおおおっ! んほおおなのおお!」
「もう少しで終わるからね、頑張って!」
「んあああああなんかでちゃうのおおおお――」
さらに約一時間後。
無事すべての妖精を治療し終えた。
息を荒げる妖精たち。
「あへぇ、あへぇ、なのぉ……」
「はうぅ、こ、こんなの、はじめて、なのぉ……」
「も、もっと、もっとほしいのぉ……」
みんな赤い顔でぐったりしている。
それだけ難しい治療だったのだ。
だが無事に完治させることができた。
これで一安心だ。
「レイ、あたしにもやって?」
「オーファは怪我してないでしょ?」
「わ、わたくしにも!」
「エルトリア様も健康です」
「レイン、私はお尻をヘビに噛まれたような気がするぞ」
「気のせいです、イヴ先輩。というか、いたんですね?」
イヴセンティアに、「いつの間に甲板に来たんですか?」と問いかけるレイン。
「ついさっきな。下で掃除をしていたら楽しそうな声が聞こえたから、見に来たんだ。で、この小さいのは?」
1匹の妖精をつまんで持ち上げるイヴセンティア。
つままれた妖精がバタバタと暴れる。
だがイヴセンティアの手からは逃げられない。
「なのおおおお!? レイン、助けてなの!」
レインに手を伸ばす妖精。
はて、なぜ自分の名前を知っているのだろうか。
首を傾げるレイン。
そしてふと、子供のころに出会った妖精のことを思い出した。
「あれ? もしかして、スイ?」
自分と知り合いの妖精なんて、スイ以外に心当たりがない。
みんな同じような見た目だから気付かなかった。
でも、きっとそうだ。
はたしてその予想は正解だった。
「そうなの! スイはスイなの!」
「そうだったんだ。ごめんね、今まで気付かなかった」
「謝らなくていいの! 助けてなの!」
「うん。離してあげてください、イヴ先輩」
「ああ」と頷くと、イヴセンティアはあっさりスイを解放した。
自由になったスイが、感涙にむせび泣きながらレインに飛びつく。
「なのおおおお! ありがとうなの、レイン! レインはスイたちの命の恩人なの!」
こうして、レインは妖精スイとの再会を果たしたのだった。
◆あとがき
ちょっと駆け足気味に進行中。
なぜかというと、作者がとんでもないことに気付いてしまったからです。
以前あとがきに書いたのですが、作者が住んでいる所にはネット環境がありません。
なので毎朝出先でPCを借りて投稿してます。
が、年末年始はそこでPCを借りられないのです。
(作者は先日、ようやくそのことに気付きました)
今、作者が住んでいる所は、地域そのものがド田舎なんですよね。
複数のご近所さんが薪でお風呂をわかしていたりするくらい田舎です。
お店のラインアップも、鍛冶屋、呉服屋、茶屋と江戸時代みたいな世界観です。
当然ネットカフェなんかもありません。
そんなこんなで中途半端なところで4章を中断して年を跨ぐのは嫌なので、ちょっと強引に押し込んでいきます。




