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10:オーファ

 レインたちが帰ってくると、家の前に1人の女の子が立っていた。

 年は、レインと同じくらい。

 もしかしたら、少しだけ上かもしれない。

 赤い髪を、ツインテールにしている。


 「お姉ちゃん遅いよー。あたしお腹すいたー」


 その女の子はセシリアが帰ってきたことに気付くと駆け寄ってきた。


 「ごめんねー、オーファちゃん」

 「早く夜ご飯に――、っ!?」


 オーファと呼ばれた女の子は、近くまで来てようやくレインに気付いた。

 辺りが真っ暗だった上に、レインの背が低くいせいで発見が遅れたのだ。


 オーファは、びくっ、と驚いた後に、レインのことを睨みつけた。

 そして、レインとセシリアの顔を交互に見た後、2人が手を繋いでいるのに気付き、不機嫌そうな顔でレインを指しながらセシリアに問うた。


 「その子だーれ?」

 「この子はレイン君。今日から2階の空き部屋に住んでくれるから、仲良くするのよ?」


 セシリアはにこにことレインの紹介をした。


 オーファはレインが「2階に住む」と聞いてあからさまに顔をしかめた。


 「あの、レインです。よろしくおねがいします」


 レインはセシリアの手を離すと、ペコリと頭を下げて自己紹介した。

 当然、オーファが、自分のことを警戒していると気付いている。

 だから、なるべく害意が無いことが伝わるように、丁寧に挨拶した。

 だが、


 「レイン君、違うでしょ?」


 セシリアが人差し指を立てながら、お姉さん然とした雰囲気でレインに言った。


 レインは、はて、何が違うのだろうか、と考えた。

 まずは、こんばんは、と挨拶するべきだっただろうか?

 もっと深く腰を折るべきだっかのかな?

 まさか、土下座をしろということはないだろう。

 セシリアはそんな酷いことを言わない。


 レインはしばし黙考し、セシリアの言いたいことに気付いた。


 「レイン・ラインリバーです。よろしくおねがいします」


 レインはもう一度、ペコリと頭を下げて自己紹介をした。

 今度は、セシリアに付けてもらった『名字』も一緒に名乗った。

 頭を上げて、ちらりとセシリアを見ると、満足気な表情だった。


 次にオーファを見た。

 不機嫌さが増していた。

 なぜだ?


 「ラインリバー? なんで、あたしと同じ名字なのよ! あんたお姉ちゃんのなんなのよ!?」


 がるるっ、と唸るオーファ。

 レインは番犬のようだと思った。


 セシリアのことをお姉ちゃんと呼んでいるから、この女の子はセシリアの妹なのだろう。

 ということは、オーファ・ラインリバーという名前に違いない。


 レインが自分と同じ名字なのが、気に入らないようだ。


 レインは困った。

 なぜ同じ名字なのかと問われても、自分で考えたわけではないから、わからない。

 それに、セシリアの何なのかと問われても、自分でも何なのかわからない。

 『客』なんて上等な物ではないだろう。

 出会ったばかりだし、『友達』でもないだろう。


 悩むレインに代わって、セシリアがオーファをたしなめた。


 「こら、レイン君が自己紹介してくれたんだから、オーファちゃんもしなくちゃダメでしょう?」


 レインが礼儀正しく自己紹介してくれているのに、自分の妹がちゃんと自己紹介できないのはよろしくない。

 姉として、しっかり教育せねば。


 だが、オーファはレインを警戒しており、聞く耳を持とうとしない。


 「あたしのお姉ちゃん取らないでよね!」


 オーファはセシリアの腰を掴み、レインから引き離しながらそう言った。

 こんな、いきなり出てきたボケっとした顔の男の子なんかに、大好きなお姉ちゃんを取られて堪るものか。

 更なる警戒心を持って、レインを睨みつける。


 「もう、オーファちゃん! いい加減にしないと、お姉ちゃん怒るわよ?」


 セシリアはちゃんと自己紹介しないオーファに、ぷんぷんと怒った顔を作る。

 ただ、可愛い妹だし、自分に懐いているからこその態度だと思うと、強く言いづらい。

 怒ったぞぉ! という声と顔を作ってはいるものの、いかんせん迫力不足だ。

 本当に怒ったときのセシリアを知っているオーファには通用しない。


 どころか、オーファは、大好きなお姉ちゃんが自分の味方じゃなくて、レインの味方をすることが面白くない。

 ギロッと睨むと、レインは後ずさった。

 男の子なのに情けない。

 なんで、こんな冴えないダメそうなヤツなんかを。

 私だけのお姉ちゃんなのに。


 面白くない。

 面白くない。

 面白くない。


 「ふーんだ」


 オーファは、ぷいっ、と顔を背け、家の中へと走っていってしまった。


 「まったくもう。ごめんね、レイン君。今から夕食にするけど、一緒に食べていくでしょ?」


 セシリアは困り顔でそう言った後、作り置きだけどね、と付け足した。


 「あの、ぼく、ギルドでたくさん食べさせてもらったから、おなかいっぱいです」


 レインは申し訳なさそうにそう言って、夕食の誘いを断った。

 お腹が一杯なのは嘘ではない、嘘ではないがそれが全ての理由ではなかった。


 レインは、少しオーファに遠慮したのだ。

 家族に捨てられたレインだからこそ、今、オーファが感じているであろう不安を察することができた。

 だから、姉妹水入らずの時間を邪魔せずに、自分は1人で先に寝ようと思ったのだ。


 だが、


 「本当に? 我慢してない? 嘘ついてたら、こちょこちょの刑よ?」


 セシリアはレインが遠慮していることあっさりと見抜いた。


 セシリアも、オーファの不安がわからないでもない。

 しかし、妹の我がままより、レインの健康の方が大切だ。


 心を鬼にして、指をわきわきと動かし、こちょこちょの刑の執行準備を開始する。


 「う、うそじゃないです!」


 レインは、にじり寄るセシリアを見て、慌てて首を振った。

 そして、内心で言いわけした。

 本当のことを全部言っていないだけで、嘘は言ってない、と。


 「うーん。そう、わかったわ。それじゃあ、今からベッドの用意をしてあげるから、今日はゆっくり休んでね?」


 セシリアは、確かにギルドで沢山食べさせて貰っていたな、と思い出して、仕方なく引き下がった。

 そして、レインを連れ、2階の階段を上った。

 鍵を開け中に入ると、レインを迎え入れる。


 「おかえりなさい、レイン君」


 レインは初めて入る家なのに「おかえり」と言って迎え入れられたことに、不思議な気持ちになった。


 「た、ただいまかえりました」


 そして、照れながらそれに応え、ようやく、自分は掃除用具入れから引っ越してきたのだと実感できた。



 セシリアは、ベッドへとシーツを張り、あっという間に寝具を整えてくれた。

 そして、レインにお風呂やトイレなどの使い方を説明し、2階の鍵を渡した。

 錆の無いきれいな鍵だ。


 「お姉ちゃん、おそいよー!」


 オーファが2階へと上がって中に入ってきた。

 もー、と言いながら、むくれている。

 どうやら、セシリアがなかなか来てくれないから、業を煮やして迎えに来たようだ。


 怒ってはいるが、セシリアが自分を置いて2階に上がってしまったから、不安になったのだろう。

 小さな手でセシリアの服を、ぎゅー、と握り締めている。


 「ごめんごめん、それじゃあレイン君、おやすみなさいね」


 セシリアはオーファに可哀想なことをしたかな、と反省し、その頭を軽く撫でた。

 オーファはそれに気持ちよさそうに目を細める。

 そして、レインを一瞥し、べー、と舌を出してから、セシリアを引っ張って下へと降りていった。


 レインは扉から出ていくセシリアたちに、「おやすみなさい」と告げた。

 それから、せっかくなのでお風呂に入ってみることにした。

 王都は水が豊富なので、基本的に水は無料だ。

 そして、お湯を沸かすのは、魔術道具さえあれば簡単にできる。

 つまり、レインはお金のことを気にせずに、お風呂に入ることができるようになったのだ。



 しばし、入浴。



 久々のお風呂は気持ちが良かった。

 置かれていた石鹸は、果物のようないい香りがした。


 レインは、ここ最近の目標であった『お風呂に入る』ことができて、少しの達成感のようなものを覚えた。

 しかし、お風呂に入っただけでは『汚い』の蔑称を挽回できないことには、すでに気が付いている。

 昼間、身なりだけは綺麗な『汚い』酔っ払いの紳士を見たからだ。


 とはいえ、少しずつでもイジメられる原因を改善していけば、いつかイジメられることはなくなるだろうと思った。


 それから、学院の訓練着へと着替えてベッドに潜り込んだ。


 何週間ぶりのベッドだろうか。

 ふかふかと柔らかいベッド、シーツの良い香り、ほどよい満腹感。

 すぐに眠くなってきた。


 うとうとしていると、下からものすごい笑い声が聞こえてきた。

 どうやら、オーファがこちょこちょの刑の餌食になったようだ。


 レインはその笑い声を聞きながら眠りについた。

◆あとがき


ネタバレ:オーファちゃんは可愛い

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