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1:スキル鑑定の日

 スキルには様々な種類が存在している。

 身体能力を上昇させるもの、老化を防ぐもの、魔術に高い適性を持つもの、病気や毒に対する抵抗力を高めるもの。

 歴史に名を遺す偉人や、国の要職に就くものなどは、おおよそが優秀なスキルを持っている。


 今年で7才になる少年、レイン・ラザフォード。

 貴族ラザフォード家の、一人息子だ。


 レインは、王立学院への入学を前にスキル鑑定を受けることになった。


 レインの父、ファズアードが、著名なスキル鑑定士を自宅に招いた。

 そのスキル鑑定士は王国でも1、2を争うほどの鑑定士である。


 鑑定は屋敷の応接室で行われた。


 まだ日中だが、カーテンを閉めた部屋は薄暗い。

 幼いレインには、そこが恐ろしい場所に感じられた。


 レインは緊張した表情で椅子に座り、正面に座っているスキル鑑定士を見た。

 年齢は60代後半くらいだろうか、顔には深いシワが何本もあり、頭髪は全て白く染まっている。


 「それでは、目を大きく開けて」

 「はい」


 レインは言われたとおりに目を大きく見開いた。


 「どれ」


 鑑定士の老人はしわがれた手をレインの顔に添えた。

 そして、指で下瞼をおさえ、その幼い瞳を覗き込む。

 黒い瞳が不安そうに揺れている。


 老人はレインのスキルを見極めるために、自分の目に魔力を集中した。

 すると、スキル鑑定の魔術が発動し、レインの瞳の奥に幾何学模様のようなもの――スキル紋――が見え始めた。


 スキル紋の平均所持数は、5つと言われている。

 少なくて3つ、多くて7つ。


 だが、


 「ふむ……」


 レインの瞳に見えるスキル紋はたった1つだけだった。


 スキル紋の数は、そのまま所持しているスキルの数と同じだ。

 つまり、レインは1つしかスキルを持っていないことになる。


 3つ持っていても『持たざる者』と揶揄やゆされる世の中だ。

 1つしか持たないならば、『無能』のそしりは免れないだろう。


 老人はレインのことを不憫に思いつつも、そのスキル紋の種類とその効果を見定めることにした。

 更に深くまで瞳の中を覗き込んでいく。

 すると、ぼんやりとしか見えていなかったスキル紋の輪郭が鮮明になり始めた。


 幾何学模様での組み合わせからなる、魔術陣のようなスキル紋の形状。

 その形状の意味を読み取れば、スキルの効果がわかる。

 それこそがスキル鑑定士の仕事だ。


 新米のスキル鑑定士であれば、スキル辞典を片手に、鑑定を行う。

 スキル紋の形状を、辞典の中身と照らし合わせて、その効果を判別するためだ。


 だが、この老人は辞典など持っていない。

 既に辞典など無くとも人間に現れるスキルの全てを把握しており、鑑定に支障はないと自負しているからだ。

 逆に、いちいち辞典で確認などしていたら、王国最高峰であるスキル鑑定士としての矜持に傷がつく。


 何十年も前からスキル鑑定に辞典など必要としていないし、これからも必要ないと確信していた。


 しかし、レインの瞳を覗き込んだ老人は困惑した。

 唯一見えているスキル紋が今まで見たこともないような構造をしているのだ。

 珍しい形状とか、そんな生易しいものじゃない。

 まるで別の何かだ。


 「どうだ? 息子のスキルについて何かわかったか?」

 「そうですなぁ……」


 ファズアードの問いに、老人はどう答えるか迷った。


 素直に「わからない」とは老人のプライドが邪魔をして言えない。

 それに、前金で高額の鑑定料を支払わせているのも不味い。

 変に貴族の機嫌を損ねて言い掛かりを付けられると、自分の輝かしい鑑定士としての経歴に傷がつく。

 それは避けたい。


 「残念ですが、御子息には何のスキル紋も無いようですな」


 少し考えた挙句、結局、老人はレインのスキル紋を無かったことにした。

 自分のプライドを守ることを優先したのだ。


 老人は自分の嘘がばれることは無いと確信している。

 普通のスキル保持者なら、スキル証明書を作るために何度かスキル鑑定をやり直すことがある。

 だが、スキルが1つもない無能なら、スキル証明書を提出する必要が無い。

 証明するスキルがないのだから当たり前だ。

 わざわざ高い鑑定料を支払って、『無能』の証明を何度も行う者などいない。

 だからこそ、老人は、自の嘘がばれる心配はないと判断したのだ。


 「そ、そんな……」


 レインの父はあまりのことに言葉を失い、力が抜けたように崩れ落ちた。


 「……」


 当事者のレインは何が起きているのかよく理解できず、黙っているしかできなかった。

 自分にスキルが無いということはわかったし、それは残念だと思う。

 しかし、父親がここまで落ち込む理由がわからなかった。


 「これが、鑑定書です。それでは、ワシはこれで……」


 老人は、白紙の鑑定書をテーブルの上に置くと、挨拶もそこそこに足早に去っていった。

 部屋にはレインとファズアードだけが残された。



 老人が出て行ってから何十分経過しただろうか。

 その間、暗い応接室に残された父と子は、会話もなく、ただ座っているだけだった。


 静かだ。


 壁掛けの時計から、コツコツと秒を刻む音だけが聞こえてくる。

 部屋は薄暗く、妙に不安が煽られる。


 レインはちらりと横に座る父親を見上げた。

 片手を顔に当てている。

 表情はわからない。

 なぜか口元がぶつぶつと動いている。


 レインは、父親の様子に不安な気持ちが強くなり、すがる様な気持ちで呼びかけた。


 「あの、おとうさま?」

 「うるさい……」


 ファズアードは、そんな息子の様子など気にも留めず、ゆらりと立ち上がると、底冷えのするような瞳でレインのことを見た。


 「え? おとう、さま?」


 困惑するレイン。


 次の瞬間、


 「うるさいっ!二度と私を父と呼ぶなっ!この無能が、恥を知れ、馬鹿がっ!」


 突如、ファズアードが激昂して手を上げた。


 バシンッ、と乾いた音が暗い部屋に響く。

 ファズアードが、レインの頬を叩いたのだ。


 「あぐぅ」


 レインは抵抗もできずに地面に転がった。

 何が起きたのか理解が追い付かない。

 口が切れ、血の味が広がる。


 「お前など、お前など私の子供ではない!あの女がっ!このっ!」

 「ぐぅっ!」


 ファズアードは、さっきまで息子だったものを蹴りつけた。

 一度ではなく、何度も、何度も。


 「ぃぐっ、や、やめ、おとうさ、うぐぅっ」

 「私をっ、父と呼ぶなと、言っただろうがっ!」


 レインには何故、さっきまで父親だった人が自分に暴力を振るうのかわからなかった。

 何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。

 どうすればこの人に怒られなかったのだろうか。

 考えてもわからなかった。

 だから、ただ謝った。


 「ごめんなさいっ!ごめんなさいっ!」


 レインは自分でも何に対して謝っているのかわからなかった。

 スキルが無かったことか。

 「おとうさま」と呼んだことか。

 口から出た血で、絨毯じゅうたんを汚してしまったことか。


 わからない。

 何度も蹴られる。


 「うぐっ、ごめんなさい、ごめんなさい」


 夕食を食べ残したことか。

 お風呂に入るのを嫌がったことか。

 勉強の時間に逃げ出したことか。


 わからない。

 わからないから、ただ身体を丸めて謝った。

 それでも蹴られる。


 「あぐっ、ご、え、んなさい、ごえんなさい……」


 口が腫れ、声が擦れても、ただ謝った。

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