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番外編:シホルクッキング ~ビーツの真っ赤なスープ~


 今夜はユイさんがお客様として家にやってきます。

 ならば、腕によりをかけたごちそうを――と思ったのですが、むしろ普段の料理をご希望とのこと。

 なんでも、ひとりで長く暮らしていると家庭の味が恋しくなるそうです。


「普段どおり、普段どおりか……うーん……」


 それはそれでなかなか献立を決めづらいところではありますが、私はさっそく買い出しに出かける支度を整えました。

 ちなみにパメラさんとリリは、今日も地下で特訓を続けていて忙しそうです。なので、あえて声はかけませんでした。


「キー」

「え? 一緒にきてくれるんですか」

「キキッ」

「ありがとうございます」


 しかしその代わり、心強い荷物係が味方になってくれました。ピンクの毛糸の帽子が可愛らしい、ミニゴブリンのモモリンさんです。

 他のミニゴブリンさんたちはエミ姉のお店や教会の畑の手伝いをしていて、夕方頃になると家に帰ってきますが、モモリンさんだけは家のことを中心にやってくれています。頭もよくて一度教えてあげたことはほぼ完璧にこなしてくれるので、私にとって本当に頼りになる存在です。


「あ、そうだ。モモリンさん、出発前にいつものやっていいですか?」

「キー」

「では、やりますね」


 私はモモリンさんに手をかざしてスキルを発動させます。モンスターの忠誠度を調べるスキルです。エミ姉からは毎日やるようにいわれています。

 最初はスクロールというものを使っていたんですが、何度か使っているうちにスクロールがなくても普通にできるようになりました。最近エミ姉のお店で働きはじめたルシエラさんがいうには、滅多に起きないことらしいです。とてもラッキーでした。


「終わりました」

「キ?」

「結果は問題なしです」

「キキー」


 忠誠度は99%でした。

 身体の異常や精神的な不安でも数値は下がっていくそうなので、健康な証拠でもあります。モモリンさんが元気で何よりです。


「では、いきましょうか」

「キキー」


 検査を終えた私たちは家を出ると、最初にエミ姉のお店に向かいました。



「あ、シホお姉ちゃん――!」



 お店に入るなりソフィアが飛びこんできました。

 サッと反射的に避けます。



 ――ズサッ~~~!



「……」

「……」

「……ううっ、ひどい! なんでよけるの!?」

「ごめん。久しぶりだったから、ちょっとびっくりして」


 ソフィアがここで働くようになってから、最近は会う機会がだいぶ減ってしまいました。教会では毎日のように抱きつかれて慣れっこでしたが、間隔が空くとどうしても照れくさいです。


「久しぶりでも、エミお姉ちゃんはしっかり抱き止めてくれたよ……?」

「エミ姉は〝来る者を拒まない〟ところがあるから」

「えー」

「それよりソフィア、今日は野菜で何かオススメはある?」

「ウチの商品は毎日どれも新鮮で、毎日どれもオススメだよ。でも、シホお姉ちゃんとエミお姉ちゃんにぴったりだから、今日は特にこれがオススメかなー」


 そういってソフィアが指差した先には山盛りの野菜が積まれていました。カブに似ていますが赤い野菜です。


「あ、ビーツね。うん、いいかも」


 せっかくのソフィアのオススメですし、久しぶりにビーツのスープを作ることに決めました。その他にもトマトや紫キャベツなど、家で切らしている野菜も買い足しておきます。


「でも、なんでビーツが私とエミ姉にぴったりなの?」

「にゃはは、2人の髪みたいに真っ赤だからー」


 なるほどです。

 だけど、人の特徴から連想するというのはどうなんでしょう。ゴツゴツした頭のお客さんがきたらジャガイモをオススメしたりしないか、ちょっと心配です。


「もう帰っちゃうの? エミお姉ちゃんもそろそろお店にくると思うけど」

「仕事の邪魔したくないし、晩ごはんの支度もあるから」

「そっかぁー」

「ソフィアもお仕事がんばってね」

「うん、がんばる!」


 そのあと店の外で待ってくれていたモモリンさんと合流して、市場で少し高めのお肉を買いました。せっかくなのでメイン食材はちょっと贅沢に。普段の料理という枠からははみ出てませんし、このぐらいは問題ないはずです。

 私は家に戻ると、すぐに料理に取りかかりました。


「キー」

「え? 手伝ってくれるんですか」

「キキッ」

「ありがとうございます」


 モモリンさんに野菜を切ってもらっているあいだ、私はお肉を煮ることにします。

 まずは一口大にカットして塩で下味を。続いて加圧式術釜(オートクレーブ)の中に水とワインを注ぎ、香草と切ったお肉を投入していきます。あとは蓋を閉め、火力を弱めに調整しつつ15ミニットほど放置。

 これでひとまずお肉はオッケーです。


 今度はモモリンさんが綺麗に切ってくれた野菜を大きな鍋で炒めていきます。

 バターに刻んだニンニク。香りが出たらビーツとタマネギを投入します。薄っすら透きとおってきたら、湯剥きしたトマトとニンジンを加えて混ぜましょう。


「キー!」

「時間ですね」


 砂時計を見ていたモモリンさんが15ミニット経過したことを教えてくれました。

 加圧式術釜(オートクレーブ)の機能を止めて蓋を開けます。お肉がちゃんとやわらかくなっているか、いざ木の串で確認。ちょっと押しただけでスッと中まで入っていきました。これなら噛まなくても食べられそうです。


 お肉の茹で汁からアクとふやけた香草を取り出したあと、野菜を炒めた大きな鍋のほうにお肉ごと加えて一緒にします。さらに紫キャベツとジャガイモ、乾燥させたゲッケイジュの葉も入れてしばらくコトコト煮こんでいきましょう。

 ジャガイモに火がとおったら、最後に塩とコショウで味つけ。お好みの塩加減になったら完成です。


「……キキィ~」

「少し味見してみますか?」

「キ、キキッー!」


 モモリンさんが食べたそうにしてたので、晩ごはん前ですが小さめのお皿によそってあげました。

 鮮やかな紅色の海が器の上で映えます。


「はい、どうぞ」

「キキッ~!」


 スプーンで真っ赤なスープをすくって一口。すぐにモモリンさんの顔がほころびます。


「酸味があるからさっぱりしてて食べやすいと思います」

「キキッー」

「でも、このスープはこれで完成じゃないんですよ」

「キキ?」

「最後にトッピングするものがあるんです」


 モモリンさんに説明しつつ、保冷器の中から容器を取り出すと、私はその白い塊をスプーンで丸くすくって真ん中に添えます。

 真っ赤なスープと白いクリーム。

 見た目にも美しい一皿の完成でした。


「サワークリームですよ」


 仕上げにこっそり刻んでおいたハーブ類も上からパラパラと散らします。


「さあ、お試しあれ」

「キキッ~!」


 今度は、サワークリームを赤いスープの中に溶かしながら一口。モモリンさんは慎重に味わうように含むと、次の瞬間ものすごい勢いでガツガツと食べはじめます。そして、あっという間にお皿は綺麗になってしまいました。


「キキッ! キキッ、キッーー!!」


 何をいっているかはわかりませんが、美味しかったということだけはものすごく伝わってきます。

 スープの酸味とクリームの酸味が合わさって、まったく別の料理になっていることにも驚いたことでしょう。この味の相乗効果はまるで魔法です。というか、モモリンさんが食べているところを見ていたら私もおなかが減ってきました。


「気に入ってもらえてよかったです」

「キキッー!」

「でも、おかわりは夜まで待ってくださいね」

「キ、キィ……」


 ビーツのスープにはライ麦のパンがよく合います。今のうち切りわけておきましょう。さらに生サラダなども用意して、シンプルですが今夜のメニューは完成しました。

 あとはみんなが帰ってくるのと、ユイさんがやってくるのを待つばかりです。


「早く晩ごはんの時間にならないかなぁ」

「キー」


 私は居間のテーブルでモモリンさんと一緒に頬杖をつきながら、穏やかな時間が過ぎていくのを待ちます。

 振り子時計の針の音色が、チクタクチクタク。

 また今日も平和な1日になることは間違いなさそうです。






 ちょうど三十万字ほどに達したんで【のんびり編】はこれにて終了。

 次話からは【ローディス編】がはじまります。


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