81.もぐらっ娘、スクロール量産化計画。
「この青い輝きは……」
縦・横・高さがそれぞれ1フィーメル。
モグラリリースで出せる最大量のブロックに触れると、ルシエラは首を傾げながらにいった。
「ここまで巨大な魔石の塊は見たことがない。エミカ、どこでこれを?」
「どこでって、普通にダンジョンで掘ったよ?」
「普通の定義に隔たりを感じる。理解不能」
「そういわれても、事実だもん」
「質問を変える。どのような方法でこれを入手したか教えてほしい」
「んとね、こうガッと! 爪で吸いこむ感じで取ったんだけど、伝わるかな?」
「その爪に秘密があると解釈。検分を希望する」
「検分って……いや、別にいいけどさ、さっきの質問の答えは……?」
「失礼。私が保有するこの魔力石は、そもそも魔石の代替品として人工的に作られた物。よって、魔力源として魔石が使用できない理由は皆無」
「おぉー! んじゃ、この魔石があればスクロールもいっぱい作れるわけだね!」
「肯定。この塊があれば相当数のスクロールが作製可能」
たしかブロックはこれを含めて3つ以上あったはず。魔力量として申し分なさそうだ。
よし。
あとはルシエラの承諾を得れれば。
「……ところでさ、ルシエラはどのくらいこの街に滞在する予定なの?」
「ここが〝安住の地〟であれば、永住も」
ふむふむ。なるほど、安心して住める場所ならずっといてもいいってわけか。
ま、滞在するにしても移動するにしても、どっちにしたって先立つ物が必要だし、ルシエラに取っても悪い話じゃないよね。
「ねえ、実は私さ、お店を持ってるんだけど――」
転写術で作製したアイテムをモグラ屋さんで販売したい旨を伝えると、ルシエラは即答でオッケーの返事をくれた。
「了承」
「……え、ほんといいの? 別に今すぐ決めなくても返事は待つよ?」
「魔力源を用意してもらえるなら、私はスキルを使うだけで利益を得られる。非常に効率的でありがたい話」
というわけでスムーズに、モグラ屋さんに新たな商品を置くことが決まった。
「でも、当面はスクロールだけを売ろうと思う。最終的には保冷器とか乾燥器みたいなアイテムも商品として並べたいけど、生産するにしても作り方がわからないからね」
「同意。継続使用する道具に関しては設計理念の確立を要する」
「んでさ、協力者についてなんだけど――」
価格設定、利益の配分、売り場の確保など。現段階で考えなきゃいけないことはいっぱいあるけど、まずはスクロールに転写する魔術とスキルをどう調達するかが何よりの優先課題。
ただ、すでに有効な打開策を私は思いついてた。
なんたって、ここは冒険者ギルド。
その手の人材には困らない。
「掲示板に依頼を出して協力者を募ろうと思う」
「異論なし」
「その場合さ、報酬ってどのぐらいが適切?」
「ケースバイケース。それぞれに応じたスクロールの個数と販売価格をもとに逆算するのが望ましい」
「なるほど。んじゃ、報酬額は〝応相談〟にしとこう。で、次に問題になるのがスクロールの価格か。ルシエラ、大体でいいんだけど相場ってわかる?」
「魔術都市での価格でよいのなら」
代表的な魔術スクロールと技能スクロールの値段を口頭で教えてもらったけど、やっぱ基本は作製にかかる魔力コストで決まるらしい。
一番安い物でも8000マネン前後、一番高い精霊召喚術なんかはその50倍を超えちゃうとのこと。てか、そこまでいくともう美術品の領域だね。
「売れ筋は、治癒魔術に状態回復魔術。それと威力の高い広範囲の攻撃魔術。スキルだと隠密に鍵開けとかトラップ解除か……。白魔術師に黒魔術師、あと盗賊職は絶対に確保したいね」
利益の配分については、魔力源と協力者を用意する私が6割、スクロールを作製するルシエラが4割ということでサクッと決定。本格的に販売がはじまったら正式に契約書を結ぶ運びとなった。
それと専門的な知識もあるので、ルシエラにはモグラ屋さんの店員になった上、直接販売にもかかわってくれないかとお願いしといた。
「こちらの条件を呑んでくれるなら」
「条件? ああ、私の配分なら赤字にならない範囲なら別にいくらでもいいよ」
「否。先ほどもいったが、その爪の検分を希望。定期的に調査したい」
「……えっと、調査って何するの?」
「主に視診と触診。それと魔力による反応診断」
はは、なんだ。
血採ったり解剖するとかいわれたら断ったけど、そのぐらいならね。
快く条件を呑んで私たちの取引は成立した。
「んじゃ、さっそく依頼を出してくるねー」
紙に募集要項を書きこんだあと、ルシエラに留守番を任せてギルドの掲示板に向かう。
「んと、この辺でいいかな?」
「お、姫さんじゃねーか」
目立つ場所に貼り出してると、背後から複数の人物に声をかけられた。
「エミカちゃん、やっほ~!」
「お嬢ちゃん、久し振りじゃのぉ」
ガスケさんに、ホワンホワンさんに、ブライドンさん。
振り返ると、春先の地質調査に参加した3人のメンバーがいた。
初代モグラ屋さんでお客さんを紹介してくれたガスケさんはいわずもがな。残りの2人も会えばよくよく言葉を交わす関係で、彼らは私の数少ない同業者仲間だった。
「これはこれは皆さん、おそろいで。これから稼ぎに?」
「ああ、ちょっと依頼内容で面白そうなのがあってな。ただ単独じゃ厳しそうなんで3人で挑戦しようかと話してたとこだ。お、そうだ。なんなら姫さんも一緒にくるか?」
「ちょっ、ガスケさん、ダメだよぉ! もしエミカちゃん誘ったのがバレたら~!」
「あ”っ!? わ、悪ぃ、姫さん! やっぱ今のなしで頼む!」
「はえ……?」
なんだろ、すごい慌てようだ。
あ、もしかして、これがユイのいってた圧力ってやつかな? なるほど、みんなほんとに会長が恐いんだね。
「と、ところで姫さんよ、その依頼書は……? おっ、〝魔術とスキルに自信のある方募集! あなたの自慢の技を役立ててみませんか? 応募者はギルドの裏手、副会長室まで。報酬は応相談――〟あ? なんだよこれ……?」
「今度スクロールをお店で販売するから、その協力者を募集しようと思って」
「ほう、スクロールとはこれまた珍しいのぉ」
「エミカちゃんのお店って、八百屋さんじゃなかったんだぁ~?」
ふと、そこで思い出す。
そういえば、ホワンホワンさんは白魔術師で、ブライドンさんは黒魔術師だ。どちらも上級冒険者で、それぞれ回復魔術と火の魔術のエキスパート。これはスカウトしないとだね。
「皆さん、今ちょっと時間もらえます? 絶対に損はさせませんので!」
3人にお願いすると、二つ返事で引き受けてくれた。さっそく副会長室に移動し、それぞれから使用可能な魔術とスキルを聞き出したあと、スクロールの作製に入った。
「エミカ、このままでは魔石が大きすぎる。砕く許可をもらいたい」
「あー、それならちょっと待ってて」
魔石ブロックを一度爪に戻し、こぶし大のサイズに変えて再度リリース。そのままポコポコと10個ほど床の上に置く。
「このぐらいの大きさでいい?」
「……」
「どうしたの?」
「驚愕している。そんなこともできるとは想定外。切実に検分希望」
「はいはい、あとでね」
せっかくみんなにきてもらったわけだし、今は目の前の仕事が優先だ。
最初はホワンホワンさんの治癒魔術、続いて毒・麻痺・化石などの状態異常を治す魔術。そして、ブライドンさんの炎の魔術を威力別に3段階。
ルシエラが転写術を駆使して、淡々と作業を進めていく。
結果、合計40本ほどのスクロールが完成。
作製が終わったあとで販売価格の1割ほどを報酬額として提示すると、2人は快く承諾してくれた。
「なあ、俺は?」
「あなたの主な技能は、剣術<Lv.4>・二刀流<Lv.3>・反撃<Lv.2>・受け流し<Lv.2>・危険察知<Lv.1>・自然治癒<Lv.1>等。どれも魔術印化が不可。あるいはスクロール化に向かないものばかり。正直、使えない」
「……」
なんかガスケさんが泣きそうな顔でこっちを見てきたけど、私はすぐに視線を逸らした。
いや、こうなることは半分予想してたんだけどね。
すまぬ、ガスケさん……。
「手持ちの羊皮紙がなくなった。補充を希望」
「おっけー。んじゃ、もろもろ必要な物を買いにいこう」
ガスケさんたちが帰ったあと、私たちは買い出しに出かけた。
まずはスクロールの作製に必要な用紙や紐やインクなどを購入。ルシエラの宿も決まってなかったので扉やマットレスも買って、副会長室の隣にもう1つ寝泊りできる小屋をぱぱっと作った。
「圧倒的感謝」
「さっき酒場とモグラの湯にも話はつけておいたから、しばらくは無料で自由に使えるよ」
「至極幸福。礼はいずれ」
「お礼はスクロール作りで返してくれれば十分かな」
「了解した。ベストを尽くす」
そんな感じでスクロールの量産化がはじまった。











