76.もぐらっ娘、副会長室を作る。
夜、キングモール家の食卓。
「あいつらがあんまりにもオレをガキ扱いするからよ、いい加減うっとうしくて」
「えー、それじゃパメラさん、ついにジャス兄とヘン兄に歳のこと話しちゃったんだ? 2人ともびっくりしてたでしょ」
「ああ、すっげー顔してたな。しかも白銀級の冒険者だっていって証拠見せたら、その場で頭下げて謝ってきたぞ」
「あはは。それ私も見たかったなー」
「なら明日、あいつらにはもう一度謝ってもらうか」
パメラの話に、シホルが口元に手を当てながら楽しげに笑う。クスクスと漏れる声。そんな中よっぽどおなかが空いてたのか、リリは鶏肉のトマト煮こみをすごい勢いでガツガツとかきこんでた。
「はぐ、はぐはぐっ――!」
食欲旺盛で何より。
でも、ちょっとお行儀が悪い。あとよく噛んで食べようね。
ワイワイ、ガツガツ、ワイワイ、ガツガツ――
今夜も和やかムード。
家族団らんの時間がゆっくりと過ぎていく。
これが、愛すべき日常という現実。
「………………」
そんな世界の様子を、私は先ほどから間近で静かに見守っていた。
「ん? エミカ、お前さっきからなんでずっと黙ってんだ?」
「……」
「エミ姉、もしかして夏カゼでも引いた? お薬出そうか?」
「……」
「おかわりー!」
「……」
さすがは愛すべき妹たち。
こぞって私を心配してくれてる。
お姉ちゃんは嬉しいよ。
「しーちゃんしーちゃん! お~か~わ~り~!!」
「はいはい。今よそってくるからちょっと待ってて」
「まー、お前のことだ。どうせ拾い食いでもして腹とか壊したんだろ。無茶もほどほどにしとけ」
「……」
フッ、この複雑な心の内が、顔に出てしまっていたかな?
残念だけど、さすがにこれ以上は隠し切れないみたいだ。
食卓にようやく生まれた自分への関心が自然消滅する前に、私は神妙な面持ちで打ち明ける決心を固めた。
「みんなに報告したいことがある。実は、私――」
本日、ギルドの副会長に任命された旨を伝える。
きっと様々な反響があることだろう。
質問攻めにされることを想定し、私はみんなの言葉を待った。
「へー」
「フーン」
「はぐはぐ、はぐっ!」
あれ、何この反応?
思ってたんと違う。
「うぅ、みんながあんま驚いてくれない……」
「それはそうだろ」
「ここ数ヶ月、いろんなことがあったもんね」
「おかわりー!」
あ、言われてみればそれもそっか……。
王都に呼ばれたり、お城に泊まったり、リリが誘拐されたり、リリが失踪した王女様の子供だったり、家族が増えたり、家に地下室ができたり、美味しい野菜が食べ放題だったり、私がお店のオーナーになったり……どれも私が1日中穴掘りしてた頃を思えば、考えられない出来事ばっかだもんね。
今さら私が役職を持った程度じゃ、もう騒ぐ理由にもならないか。
「それで? お前、ギルドの副会長になってなんの仕事すんだよ?」
先ほどから興味なさげに半眼でこっちを見てたパメラが訊いてきたので、私は首を傾げながらにいった。
「さあ?」
「さあって、お前な……」
アラクネ会長の補佐的な仕事?
いや、でも秘書ならもうぺティーがいるし。
んー。ダメだ、考えてもわからん……。
とりあえず明日は店をソフィアたちに任せて、朝からギルドに直行する予定。ま、いけばわかるよね。
晩ごはんのあと苗木を試しに何本か地下農場に植えて、その日は眠った。
翌朝、予定どおりギルドへ向かう。
「おはようございます、会長!」
「おはよ~、モグラちゃん」
「あの、それで今日は何をすれば?」
「んー。特に今のところは何もないわね。自由に寛いでてー」
「え? そういわれても……」
「役職ある者が毎日あくせく働く必要はないの。9割方はゴロゴロしてればいいんだから」
会長曰く、責任者は問題が発生した時にだけ動けばいいそうだ。それ以外は下に仕事を否応なく押しつけるのが仕事といえば仕事とのこと。つまり仕事をやる側じゃなくて、仕事をさせる側になれってわけらしい。
でも、会長の部下は大勢いるけど、私に部下なんていないし。
しかも現状、そもそもその押しつける仕事すらない。
「とにかく緊急時以外は何をしてても構わないから、モグラちゃんは街をぶらつくなり、温泉に入るなり好きなようにしてなさい」
「……役職手当もらっといて、そんなんでほんとにいいんですか?」
「もちろんよ。私だってそうしてるもの。あ、というか今のって私に対する遠回しな批判よね? へー、モグラちゃんもいうようになったじゃない」
「ご、誤解です――!」
慌てて否定したけど、会長、普段は散歩したり入浴したりお昼寝したり、マジで自由に過ごしてるっぽい。
そういえば番台やってた頃、勤務時間中だろうが構わず頻繁に湯船に浸かりにきてたね。家にお風呂がないんだとばかり思ってたけど。
「とりあえず掃除でもなんでもいいんで、何か手伝えることないですか? 基本なんでもやりますから」
「モグラちゃんも変な子ね。そんなに仕事がしたいなんて。まー、それなら就任初日だし、モグラちゃんには自分の部屋でも作ってもらおうかな」
「自分の部屋?」
「ええ。本当は用意してあげたかったんだけど、今この建物、空き室がないから」
つまり、私専用の〝副会長室〟を作れってことらしい。
場所は建物の裏手ならどこに建ててもいいそうだ。
「さっそく作ってきます!」
「いってらっしゃい」
会長室を出てブヨンブヨンと裏手に向かう。
どこに建てるか少し迷ったあと、温泉の番台も見える一番奥まった位置に決める。ここなら道幅も広いし、やってくるお客さんの邪魔にもならないで済みそうだった。
「――モグラウォール!」
今回はブロック状に大きく地面を隆起させたあと、そこから入口を開け、中を刳り貫いていくという方式で挑戦してみた。壁と天井を貫通してしまわないように、細心の注意を払って掘削を行う。内部の土を四角く綺麗に取り除くと、部屋として十分な空間ができた。
爪の影響下にある場所は心地よい空気が循環してて快適だけど、せっかくの野外なので一応何ヶ所か窓穴も開けておく。
あとで廃材のガラスを買って、取りこんで固定化すれば防犯もばっちり。開閉はできないけど。
「やっぱそう考えると、玄関にドアをつけられないのがなぁ……」
ん?
あ、いや待てよ。
最初にドア自体を地面に立てつけておいて、枠の周囲をぐるっと囲むように、土で固めちゃえばいけるかも?
モグラウォールで枠部分を銜えこむようにして支えれば、扉が倒れる心配はないし、蝶番で固定されてるドアも普通に開け閉めできるはずだ。
「よーし!」
思いついたからにはやるしかない。
割れたガラス(今後のために余分に買った)と玄関扉を、それぞれ廃材屋さんと大工屋さんでそろえて再び作業開始。扉の設置が期待どおりに上手くいったこともあって興に乗った。
外壁はレンガの家っぽくして遊び心を。内壁は白い岩石のタイルを張って落ち着いた感じに。執務机と椅子、服をかけるスタンドや来客用の長椅子なんかも作って機能性にもこだわってみる。
「――ふむ、まずまずかな?」
資材購入の時間も含めて、なんとかお昼前には完成。
ここに保冷器やベッドを置けば、いつでも冷たいミルクやジュースが飲めるし、いつでも横になれるね。
ま、ここに住むつもりはないから、どっちも置かないけど。
「さてと」
とりあえず副会長室はできた。
次は何をすればいいかな?
――コンコンコン。
なんて考えてると、そこで不意にノックの音が響いた。
完成して早々、お客様のご来店。いや、店じゃないか。
「はーい」
私は間延びした返事をしながら扉に駆け寄った。











