75.もぐらっ娘、三つの良いニュース。
それから1週間後――
私が建てた施設は〝大モグラ農場〟と正式に命名され、本格的な小麦の生産がはじまった。
すでに計画目標も警備体制もバッチリ整ってる。
そして、そんな短期間で生産に漕ぎ着けた勝因は、計画に参加してくれたぺティーが寝る間も惜しんでがんばってくれたおかげに他ならなかった。彼女はたくさんの農家を回り、丁寧に説明を重ねた上、迅速に契約をまとめてくれた。
その手腕にはアラクネ会長もぺティーを高く評価したみたい。今後は本計画の主導役として彼女に仕事を一任するそうだ。
ただ、正確な役職は会長専属の事務係(?)の扱いになるらしいけど。
「大変そうだし、ぺティーにはお給料いっぱい払ってあげてくださいね」
「もちろんよ。私の大切なハーレムメン――じゃなかった、私の大切な秘書官ですもの。高給待遇で迎えるわ」
「……」
なんか不穏な言動があったけど、触れたくなかった。即座に気のせいだと思うことにする。
ま、とにかくこれで〝大モグラ農場〟に関しては心配なし。
私がやることといえば、畑の魔力土が目減りしてきたら継ぎ足すぐらいだね。早々なくならないと思うけど。
んで、そんな感じで小麦の大量生産が無事はじまったところで、野菜の販売についても次のステップに移った。
前々からジャスパーたちとも話し合ってたんだけど、ついに露店売りから店舗販売に切り替えることにしたのだ。日々かかる露店経費を考え、長い目で見れば利益になるという判断で私たちの意見は一致した。
立地はギルドからも近い街の中心部。
買い手が長いあいだ見つからなかった大きな2階建ての空き店舗を、ロートシルト代表のお力添えもあり〝お友達価格〟で一括購入。
建物(土地の権利10年分含む)の代金全額を受け持つことを条件に、店の所有権は私が保有することになった。
そして悩んだ末に店名を決めて、看板を発注。かわいいモグラが穴から顔を覗かせてる〝ロゴマーク〟が入ったそれを設置し、内装の変更と商品の陳列を終えれば準備は完了だった。
というわけで、さらに1週間後。
私のお店がオープン。
店名は、〝モグラ屋さん〟。
一度潰れてるからちょっと縁起は悪いけど、復活させた形だ。
今度は絶対に潰さないぞ! という私の決意の表れでもあったりする。
「――本日、新装開店です! いらっしゃいませ~~!!」
初日なので持ってけ泥棒の大大大サービス。
露店で事前に宣伝しておいた効果もあって、お客さんも殺到。
お昼過ぎには何もかも売り尽くして早々に店じまいとなった。
閉店後、店の2階でソフィアと反省会。
「うーん……」
今回は最初から商会に頼んで売り子さんを増員しておいたので、大した混乱もなく上手く処理できたけど、店のオーナーとしてはちょっと思うところもあった。
不満点はズバリ、せっかく店を持ったのに変化がないこと。
これだと、ただ売る場所を変えただけ。
なんの驚きもなかった。
「やっぱ、野菜以外の物も売らないとだね」
「それならエミお姉ちゃん、お花はどうかなぁ?」
ほうほう、花か。
女の子らしい意見が出たね。
最初はヒマワリとか、食べられる種を集めるために育ててたんだけど、ウチは女性のお客さんも多いし悪くないかもだ。
「あ、でも、教会で育ててるお花の種類じゃ少ないし、無理だよね……」
「なら、ヒマワリとかを減らして新しいのを増やしちゃいなよ。ジャスパーとヘンリーには私からいっとくからさ」
「え、いいの?」
「うん。その代わり花に関しては、チョイスも売り方も全部ソフィアに任せるからね」
綺麗な花とか、人気のある花とか、私にはあまりわからないのでここは適材適所。
「わかった! わたしがんばってたくさんお花売るね!!」
それと、ソフィアが本気でお店で働きたがってたので、その気持ちも汲めて一石二鳥だった。
念のため、勉強はいいの? とはこないだ訊いたけど、本人はここで働いたほうが社会勉強になるって考えみたい。意思も固いし、テレジア先生にも許可をもらってるそうなので、花の販売を任せるのはちょうどいい機会だった。
「あとは、前いってた焼きトウモロコシでも売ろうかな」
「エミお姉ちゃん、お店で料理するの?」
「店前でやれば客寄せになるし、なんなら試食としてお客さんに振る舞ってもいいしね」
「それなら、他のお野菜でもおいしい食べ方を紹介するのはどうかなぁ? ほら、あのブロッコリーに似てる白いやつあるよね――か、かるふらわー?」
「かにふらわーじゃなかったっけ?」
「うん。その、なんとかふらわーなんだけどね、こないだヘンリーお兄ちゃんが食べ方がいまいちわからないんですよねって、悩んでたから」
あー、なるほど。
たしかに商会にも依頼して古今東西の珍しい種を買い集めてるので、見慣れない野菜の品数も増えてしまった。ちゃんと料理のしかたがわかってたほうがお客さんも買いやすいよね。
そういうことなら実際の調理法は今度、我が家のコック長様にご意見を伺うことにしよう。
うん、ソフィアの提案のおかげでだいぶ改善点が見えてきたね。
あとは当初シホルから要望もあった〝果物〟が売れれば最高なんだけど。
教会では果汁たっぷりのスイカも育ててるけど、「あれは木に実るやつじゃないから野菜ですよ」ってヘンリーはいうし、ジャスパーは「甘いんだから果物だろ」っていうし。
結局、どっちが正しいの?
とりあえずこんだけ野菜を売ってる店のオーナーとしては、はっきり果物と呼べる品物もそろえたいところだよ。今日なんか何気ない一言だったけど、お客さんに「こんな大きい青果店なのにリンゴがないわ」とかいわれて、ちょっと普通に歯がゆかったし。
「うぅ……リンゴ、オレンジ、ブドウ、ピーチ、チェリー……」
でも、それはモグラ屋さんが開店して3日後のことだった。
焦がれるあまり果物の種類をブツブツ呟いてると、またアラクネ会長から呼び出しを食らった。
「今日は良いニュースが三つもあるわよ」
私が会長室に馳せ参じるや否やそういうと、会長はいつもの感じで目だけが笑ってない笑顔をこちらに向けた。
「まずはこれね。その紙の一番下にあるのがモグラちゃんの取り分よ。サインしてくれればあなたの口座に振りこまれるから、間違いがないかよく確認して」
「え? なんですか、この金額は……?」
一つ目のニュースは、〝大モグラ農場〟の初回分の収益についてだった。利益表の一番下の欄には、すさまじい数のゼロが並んでる。
てか、小麦の生産がはじまってまだ10日ぐらいしか経ってないのに。
これなら私の借金もあっという間に返済できてしまいそうだ。
「あら、少なくて不満? 取り分65%前後で交渉しましょうって話を、モグラちゃんが〝農家の人に悪いから半分でいいです〟っていったんじゃない。今さら変えられないわよ?」
「いやいやいやいや、多くて驚いてるんですよ!」
しかも真に恐ろしきは、これから(ほぼ)何もせずとも定期的にこの金額が支払われ続けるという点だ。
なんか嬉しいとか、そんな次元を超えてるよ。
一周回って、ちょっと引くレベル。
うわー。
「あんまり嬉しくなさそうね」
「今は使い道も思いつかないですし……。あ、でも、これで借金を返すのが早まったのはすごい嬉しいかも」
「モグラちゃん、別にいいのよ。ゆっくり返済してくれれば(ニッコリ)」
「……」
「それじゃ、続いてのニュースはこれね。私とロートシルトからモグラちゃんにプレゼントよ。喜んでもらえるといいのだけど」
「え? こ、これって、もしかして……!?」
執務机の下でゴソゴソとやって会長が取り出したものは、小さな鉢植えに入った若木だった。
「果物の苗木よ。何が実るかは植えてからのお楽しみ。たくさん入手できたから品種別に外の荷車に積んでおいたわ。あとでこれと一緒に持っていっちゃって」
「か、会長……ありがとうございます! このご恩は一生忘れません!!」
わー、これはほんとに心の底から嬉しい!
今まで誤解してたけど、会長っていい人だったんだね。おかげ様でこれでお店に果物が並べられるよ。あ、でもその前に、何が育つかウチの地下農場で実験してからがいいかな? 家でいつでも果物が採れたら便利だもんね。よし、とにかく帰ったらすぐに作業に取りかかろう!
「まさか二つ目でこんなに喜んでくれるとは思わなかったわ。これなら三つ目は、もっともっと喜んでくれそうね」
「え、果物以上に嬉しいこと……!?」
マジですか?
ヤバい、わくわくしてきた。
「と、その前に、これにもサインしてくれる?」
期待に私の目が輝く中、会長はまた用紙を取り出していった。
「さっき一緒に出すつもりだったんだけど、うっかりしてたわ」
「あー、はいはい! お安いご用です!」
きっとこれも小麦の収益に関する書類かなんかだろう。
躊躇わず、ささっと署名した。
「ありがとう」
「いえいえ。あの、それで会長、三つ目の良いニュースというのは?」
「あー、そうね。まだ話の途中だったわね。では、ゴホン――発表します」
「ごくり……」
まったく、会長ももったいつけるね。
だけど焦らされた分だけ、私の中で期待は膨らんでた。
さて、次は一体どんなプレゼントを――!?
「モグラちゃん、おめでとう」
直後、会長は三つ目のニュースを口にした。
「あなたをギルドの〝副会長〟に任命するわ――」
※現在のエミカの肩書き(?)です。
・冒険者:木級
・称号:黒覇者(★★)
・モグラの湯の番台娘
・天使に祝福されし者
・王女リリの後見人
・モグラ農場経営者
・モグラ屋さんオーナー
・小麦王
・冒険者ギルド副会長











