74.もぐらっ娘、新技を試す。
さっそく次の日の朝、アラクネ会長に連れていかれる形で農場の建設予定地へ向かった。
場所は街の一番北側らしく、そこそこ遠いので馬車を使うことになった。
現在、ゴトゴトのんびり移動中。
豪華な馬車で内装も凝ってるし、座席もやわらかくて非常に快適。
ちなみに今日の露店は、ロートシルト代表に商会から2~3人代役を立ててもらうようお願いしておいた。毎日買いにきてくれる常連さんのためにも、販売を中止にするわけにはいかない。
ま、昨日手伝ってくれた職員さんもいるし、最低3人もいればなんとかなるだろう。日によっては未だにソフィアも手伝いにきてくれるしね。
「到着したみたいね。降りましょう」
やがて馬車は、荒野が広がる一帯に止まった。
黒っぽい地面の真ん中に立って辺りを見渡してると、ジリジリと太陽の熱を背中に感じた。
今日はちょっと陽射しが強いね。日焼けして〝焼きモグラ〟にはなりたくないし、ぱぱっと終わらせますか。
「会長、どの辺に作ればいいですか?」
「この辺ならどこでもいいわ。大きさも昨日話したぐらいでお願い。あとの細かいことは全部モグラちゃんにお任せするわ」
「わかりましたー」
お任せされたので自由にやることにする。
作る畑は教会と同じく、囲いと屋根のついたタイプだ。
ただ、モグラ農場よりもサイズが大きいので、前回どおり一枚ずつ岩石のタイルを固定化していくのはとても骨が折れそう。
そこで昨日の夜、閃いた発想の出番だった。
モグラホールで落とし穴を作れるならば、その逆――〝地面を盛り上げる〟こともできるのでは?
ぶっつけ本番だけど、物は試し。とりあえずやってみる。
地面に爪をつけて、目の前の土が隆起するように念じる。
そして、頭の中では壁をイメージ。
「――上がれっ!」
かけ声とともに爪に力を入れて地面を圧す。
すると次の瞬間、地面の土がズズズッと盛り上がっていった。
「お、できた!」
目の前の壁がほどよい高さになったところで、そのまま横にも壁を伸ばしていく。
結果的に壁は、左右で100フィーメルほどの長さになった。それ以上は念じ続けてもピタリと伸びなくなったので、どうやら私から50フィーメルほど離れると爪の力の範囲外になるみたい。反対にいえば、私を中心に50フィーメルまでがこの技の使用圏内ってことだね。
うん、これは魔力土に続く革命的な新発見だ。
「えいっ!」
確認のため、まっすぐ綺麗に伸びた壁に向かって渾身のモグラパンチを放つ。ビクともしないので、岩石タイルで作った壁と同じくちゃんと固定化もされてるみたいだ。よかった。これなら崩壊の心配もないね。
そのあと場所を移動しつつ、最初含めて計4回同じ作業を繰り返し、100フィーメル四方の巨大な囲いを作った。
ちなみに漠然とした〝壁〟というイメージの影響もあって、高さは3フィーメル、幅は1フィーメルほどの大きさになった。
「よっと……」
地面に段差を作って囲いによじ登ると、続いて天井の作製に取りかかった。
そこでもさっきと同じ要領で、囲いの縁から壁を伸ばすイメージで挑戦。地面と平行に、上部を薄く覆うよう念じる。
――ズズ、ズズズズズズッ!
「おぉ~♪」
結果は問題なく成功。
てか、土を自在に操ってるみたいでほんとに魔術師になった気分だこれ。たぶん爪の中に取りこんだ土を地面に流しこんでるっぽいから、消費してるといえば消費してるんだろうけど、ものすごい便利。応用すれば、土の小屋どころか土のお城だって簡単に作れちゃいそうだね。
よし、とりあえず今後この技は〝モグラウォール〟と名づけることにしよう。
ズズ、ズッ……。
「あれ、急に伸びなくなった? あ、そうか距離か」
便利だけど、やっぱ有効範囲は半径50フィーメルほどらしい。
半円状に伸びた天井の上を移動しつつ、残りの天井部分を塞いでいった。
「よし、ほぼ完成!」
さらにちゃちゃっとモグラクローで数ヶ所入口を開けて、内部の天井と壁に照明を設置。
ちなみに照明器具については、今朝ロートシルト代表がそろえてくれた物を使用した。王都の地下道で使ってたやつよりも光が強く、1個で広範囲を照らせるから作業も楽ちん。
そして最後に魔力栽培用の畑を作製。農場が広いので何気にこの工程が一番手間だった。
「これで終わりっと、ほんとに完成ー!」
これだけ大規模な施設を短時間で作るとは、我ながら早業だ。自分を自分で褒めてあげたいね。
「あら、もうできたの? すごいわ、モグラちゃん」
「えへへ」
「それじゃ、あと同じのを19棟お願いね」
「え? じゅ、19棟――!?」
「そういえば昨日、畑一つ辺りの大きさは指定したけど、総面積の話はしてなかったわね。私としたことが、ついうっかり」
「……」
この大きさの農場を全部で20棟とか、マジですか? てか、ついうっかりとかいってるけど絶対わざとだよね!?
「心から応援してるわ」
「……」
「がんばって♥」
「……あい」
私の返事を聞いて満足気に口角を上げると、会長はいつの間にかできてた休憩スペースに戻っていった。
高そうな机と椅子に、なんか陽射しを遮るパラソルまでついてる。御者さんもいつ着替えたのか、執事さんみたいな格好になってて手にしたティーポットから紅茶を注いでた。
てか、お外でティータイムとか優雅すぎるでしょ。
どこの貴族様ですか?
「うぅ、私だって権力さえあれば……」
ショックで心が闇落ちしかけたけど、一度引き受けてしまったからにはもうやるしかなかった。
「おりゃああぁー、モグラウォール! モグラウォール! モグラウォール!」
新しい農場、全20棟。
新技のおかげで夕方前にはなんとか終わったけど、かなり時間がかかってしまった。
「はぁはぁ……お、終わったぁ~……」
まったく誰だよ、「農場を作るだけなら楽勝だ」とかいった奴!
うん、私だね。
自分で自分を殴ってやりたい気分だった。
「ご苦労様、モグラちゃん」
「いえ……」
「しかし、すごい光景ね」
真四角の巨大な土の箱が20個。縦4列×横5列で規則正しく並ぶ。空から見ればきっとそんな感じ。
だけど、それにしてもでかい。
これだけの広さがあれば、一体どれだけの小麦が生産できるんだろ。
「あの、種蒔きと収穫はほんとに手伝わないでいいんですよね? てか、手伝いませんよ……?」
「安心して、それは農家の仕事よ。さっさと生産をはじめたいから早く話を持ちかけて、それぞれの配分も決めないとね。それと生産量の目標計画だったり、ここの警備をどうするかとかも考えていかないと」
「警備って小麦泥棒対策ですか?」
「小麦も価値はあるけど、一番価値が高いのはこの農場よ。守る必要があるのはこの場所そのものでしょ」
「あ、そっか……」
モグラ農場の魔力土を抜き出して、爪の影響を受けていない普通の地面で使った場合、栽培が上手くいかないことはすでに実験でわかってる。
なので、農場を警備する必要性は低いと思ってたけど、〝農場自体に価値がある〟か……。変な輩が教会にきたら嫌だし、これからはちょっと考えを改めたほうがよいかもだった。
「会長、ここの警備をどうするか決める時、合わせて教会のほうの警備も頼むことってできますか? あ、もちろん費用は私の利益分から差し引いてもらって構わないので」
「別にいいけど、警備云々の段階にいくまでまだだいぶ時間はかかるわよ? 農家との交渉役を誰にするかとかも決まってないし」
「会長がやるんじゃないんですか?」
「私は多忙な身よ? そんな七面倒なことやるはずないじゃない」
「……」
さっきまで優雅に紅茶を飲んでた人のセリフとは思えなかった。
「んじゃ、計画の責任者というか、進行役は選定中なんですね?」
「そうだけど、何? もしかしてモグラちゃんがやってくれるの?」
「いえ、私は計算とか交渉とか苦手なんで……」
「ちぇ」
「だけど、推薦したい人なら」
「あら、誰?」
私はそこでぺティーの名前を出した。
彼女なら魔力栽培について改めて説明する必要はないし、何よりも親身になって対応してくれる人物だという確証がある。嵐の被害に遭った農家の人たちとも上手く交渉してくれるはずだった。
「とりあえず、やんわり話を持ちかけてくれれば」
「ふーん、ぺティーちゃんか」
「それと昨日まで商会に勤めてたので、住まいとか経歴は商会経由で辿ってもらえればわかると思います」
「モグラちゃん、その娘ってかわいい?」
「え? あ、はい。かわいいですよ。てか、美人ですね」
「了解っ、すぐロートシルトに話を通してみるわ!」
「よ、よろしくお願いします……」
なんか決定打に違和感があったけど、気のせいだと思うことにしよう。
ま、受けるかどうか、あとはぺティー次第だ。私の推薦で彼女の人生の選択肢が広がるなら、それに越したことはなかった。











