71.もぐらっ娘、反省会。
教会でトウモロコシをたらふくごちそうになったあと、ぺティーが荷馬車を返しにいくというので私もそれに同行した。
ちょうど今日の反省会もしたかったところだしね。
出発して早々、まずは今日のお礼を忘れずに述べる。
「ぺティーがいてくれて助かったよ。ほんとありがとう」
「いえ、感謝されるようなことは何も」
「いやいやいやいや! もし私だけだったら絶対暴動になってたって、あれは!」
「あはは……。たしかに、予想以上のお客さんでしたもんね」
私が売り子としてダメダメだったってのもあるけど、激安でお客さんが殺到したのが根本の問題だ。明日も同じ事態に陥らないよう、対策を打たなければだった。
「やっぱ今より価格は上げないとダメかな?」
「はい。さらにその上で計算し易いよう、価格を調整するのが一番だと思います」
「調整?」
「たとえば1個40マネンと設定するよりも1個50マネンとしたほうが、合計額は切りのいい数字になりますよね。もっといえば、90の品であれば100に値上げするといった感じです」
「……なるほど。それだと計算も楽だし、お釣りを渡す時間も省けそうだね」
「それとジャガイモやタマネギ、ニンジンのような価格帯が近い品は組み合わせ自由にして、個数と価格を定めた上でセット販売にするのも一つの方法だと思います。〝どれでも10個で500マネン〟といった具合に」
「おー、セット販売! さすが商会の人だね、参考になるよ!」
「いえいえ、私が助言できるようなことは所詮この程度ですんで……」
「てか、今さらだけどさ、馬車の手配から売り子の手伝いまでしてもらっちゃってほんとよかったの?」
「気になさらないでください」
「でも、私につきっ切りで大丈夫? 他の商人さんとの仕事もあるでしょ?」
「い、いえ……その、私のお客様は今、エミカさんだけなので……」
「私だけ?」
言い難そうに詰まりながら返事をするぺティーにさらなる疑問が湧いたけど、それ以上はなんとなく雰囲気的に踏みこめなかった。
妙に暗い顔してるけど、なんかあったのかな?
ちょっと気になった。
「馬車を返してきますね」
「あ、うん……!」
モヤモヤを抱えたところで荷馬車屋に到着したので、私は先に御者台を降りてぺティーが戻ってくるのを待った。
「エミカさん、帰りにもう一度市場に寄っていきませんか」
「別にいいけど、なんか買い食いでもするの? 私はこれ以上食べたら夜ごはんが食べられなくなりそうだからやめとくけど」
「焼きトウモロコシほとんど1人で食べてましたもんね、エミカさん……。あ、いえ、そうではなく、一つ懸念があったので今からその確認に向かおうと思いまして」
「懸念?」
「はい」
ぺティーの言葉の真意は、市場に到着してすぐにわかった。
「――も、もしかしてあの野菜! あっ、あっちにも……!?」
「向こうの奥の店もそうですね。あの露天商さん、たしか最初にケース単位で買っていった人です……」
夕闇に染まりはじめた市場では、モグラ農場で採れたと思しき大量の野菜があっちこっちで売られてた。
しかも、どれも高額で。
こ、これは――!?
「めっちゃ〝転売〟されちょる!!」
「ご、ごめんなさい、エミカさん……。こうなるだろうとは予測してたのですが、言い出せなくて……」
「ぺティー! これって犯罪じゃないの!?」
「いえ、基本的にルール違反というわけではないので……」
ぺティーの話では、市場を取り仕切ってる商会も転売をしてる商人に注意できないという。
「〝安く買って高く売る〟か……」
単純なことすぎてまったく想定してなかった。
これが商売の世界。
そうか、こういうことも起こり得るんだね。
「こうなったらこっちも、もっと値を釣り上げるしか……」
「それも方法の一つですね。だけど、より有効な対策として、しばらくは販売個数に上限をつけるべきだと思います。〝お1人様何個まで〟っといった感じで」
「おー、なるほど!」
まとまった数が入らなければ転売する側も利益が少なくなるし、売れなかった時のリスクも大きくなるね。うん、かなり効果的な方法だ。
買ってほしいのは主に一般家庭の層だし、とりあえず品数で20程度を上限として考えればいいかな? そんで、もしレストランの料理人さんとかが大量に買いつけにきたときは、それはそれでケースバイケース対応していこう。今日転売してた露天商の顔はあらかた覚えたしね(静かなる怒り)。
「今日は最後までほんとに色々ありがと! すごい勉強になったよ、明日もよろしくね!」
「はい、エミカさん。また明日ここで――」
ぺティーと商会の前で別れたあと教会に戻った私は、さらなる転売対策として生産量を前倒しで増やしていく方向でみんなと話し合った。
「しかし、転売か。商魂たくましい奴らだな、露天商ってのは……」
「まー、彼らから見たら、僕たちの脇が甘いだけなんでしょうけどね」
「それよりみんな、増産する方向でほんと大丈夫? もう1個モグラ農場作っちゃうよ」
「ああ、問題ねーよ」
「ですね。ぺティーさんが色々と便利な農機具を揃えてくれましたし」
「え、ぺティーが?」
「あ? あれって、お前の指示じゃなかったのかよ」
初耳だ。どうやら私の知らぬ間にぺティーが気を利かしてくれたみたい。そのおかげで効率が上がり、作業量的にもまだまだ余裕が出てきそうとのことだった。
もしかしたら転売の件でこうなることを見越して、ぺティーは先手を打っていてくれたのかも。
だとしたら今回の件、彼女に担当してもらってほんとよかった。こっちのことを思ってここまで親身になってくれる商会の人なんて、なかなかいないんじゃないかな。
「んじゃ、農場を増やすのは決定ね。それ以外でみんな何か提案とかある?」
「今日1日の経費と利益を見て思ったんですけど、荷馬車は借りるよりも所有したほうが将来的には安く済むのではないかと。幸い、馬の餌にも困らないですし」
「俺とヘンリーなら御者もできるからな。なんなら収穫から運送まで、こっちに一任してくれて構わないぜ」
「おっけー、荷馬車の購入ね。明日ぺティーにも相談して意見を聞いてみるよ」
もし荷馬車を教会に置くなら、馬小屋とかも必要になってくる。
よし、それもモグラの爪で作ってしまおう。
「みんな、とにかく今日はおつかれ! 明日もがんばろー!!」
「「「おー!!」」」
――翌日。
ぺティーとソフィアと一緒に2日目の販売をなんとか乗り切ったあと、私は教会に戻ってきて〝第3モグラ農場〟と〝ちっちゃな牧場つきの馬小屋〟の作成に取りかかった。
途中、「教会の周りにこんなボコボコ建てていいのかな……?」と、今さらながら不安になったので先生にお伺いを立ててみたけど、「土地だけは余ってるから平気よ」とのこと。
気兼ねなく、ぱぱっと作らせてもらった。
3日目以降からは各自、作業効率のアップをより徹底して意識。それぞれの役割が確立されていく中、次第にトラブルやミスもどんどん減っていった。
毎日流れるように作物を生産し、格安で販売していく。
やがて2週間も経てば、新しい商売は完全に軌道に乗った。
「モグラ農場の野菜だよー!」
「今日も新鮮で安くて美味しいよー!」
「さぁ、買った買ったぁ――!!」
順風満帆。
進む先に一点の曇りなし。
なのでぺティーからその意外な事実を打ち明けられた時、私の思考は一瞬止まってしまった。
「今日も完売で大儲け! がっはっは!!」
「あの、エミカさん……前々からお伝えしようとは思ってたんですが」
「ん、どうしたの? 急に改まっちゃって」
「その、突然ですいません。私、明日で商会を〝退職〟するんです」
「……」
――え?











