70.もぐらっ娘、商売繁盛と焼きトウモロコシ。
大量の野菜を積んだ荷馬車をガラガラと走らせ、いよいよ市場に到着した。
日も昇って気持ちいいぐらい天気も快晴。これなら客足も十分に期待できそうだった。
「売り場はここになります」
「おー、ド真ん中!」
ぺティーは市場中央の一番いい場所を確保してくれてた。ここなら目立つし、お客さんもいっぱいきてくれそう。マジでぐっじょぶだ。
「では、さっそく商品を並べていきましょうか」
馬車から荷物を運び入れて、野菜を種類ごとに露店のケースに詰めていく。それにしても今さらだけどすごい量だ。案の定、大きな売り場なのに一部しか陳列できなかった。
「売り切れたらすぐに補充してかないとだね」
「わたし補充係やるー」
次に価格を書いた立て札を並べて、お金を入れる鍵付きの木箱を用意すれば準備は完了だった。ちなみに両方とも昨日パメラにお願いして作ってもらった物だ。「貸しだかんなー」といわれたので、今度肩揉みでもしてあげようと思う。
「エミお姉ちゃん、お客さんこないね」
「まだ朝早いからね」
周りを見渡すもまだお客さんの姿はなく、同業の露店商たちが黙々と開店の準備を進めてるだけだった。
「ちょっと早く準備しすぎたかな?」
「あの、エミカさん」
「ん、何?」
「……最終確認なのですが、価格は本当にこれでよろしいですか? 我々がもし販売するならば、物によっては5倍の値段をつけますが……」
「あー、いいのいいの。初日だし大サービスだよ。それにみんなに美味しい野菜食べてほしいし」
「そ、そうですか……」
「にゃはは、やっぱエミお姉ちゃんは優しいねー!」
「えー、そんなことないよぉ~」
「女神様みたーい!」
「え~、えへへっ! そうかなぁ~」
「……」
煽てられて照れる私を見て、ぺティーはなぜだか妙に不安そうな顔をしてた。
なんだろ? さすがに女神様はないだろって思われちゃったかな? だとしたらショックだ、ぐすん……。
「――モグラ農場で採れた新鮮な野菜だよー!!」
ぺティーが不安げにしてた真の理由がわかったのは、朝7時も過ぎてお客さんがぽつぽつとくるようになってからだった。
「寄ってらっしゃい見てらっしゃい、安いよ安いよ~!」
「まぁ、本当に安いわね!」
「しかもどれも立派だな! 嬢ちゃん、この編み籠いっぱいにジャガイモとニンジンを頼む!」
「私にも売ってちょうだい!」
「まいどー!」
「普通のタマネギとそっちの紫のタマネギも買うわ」
「待てよ、俺が先だ!」
「ま、まいどー!」
「なんだよこの値段、信じられねーな!」
「どこ産なんだ?」
「さっきモグラ農場とかいってたぞ」
「モグラ農場? 聞いたことねーな……」
「嬢ちゃん、このキャベツ1ケース丸ごと売ってくれ!」
「ま、まいど……!?」
ワイワイ、ガヤガヤ――
気づけば、人だかり。
大盛況。
お客さんが殺到してる。
うひゃ~、ヤバい!
嬉しいけど、会計がぜんぜん追いつかない!
「えっと、ジャガイモが13個でトマトが7個、トウモロコシが5本だから……」
「おい、早くしてくれよ!」
「カボチャはもう売り切れなの?」
「あ、補充するんで少々お待ちくださーい!」
「こちら全部で2480マネンになります。2500マネンお預かりいたします」
ぺティーが計算早くてサクサクさばいてくれてるけど、私とソフィアは押し寄せてくるお客さんにもうたじたじだった。
「あわわ! まずい、これ3人じゃ無理だ!!」
「どうしよー!?」
「2人とも落ち着いてください……」
結局、ぺティーの助言で誰かが教会まで走って援軍を呼んでくることになった。
「わたし、かけっこには自信ある! いってくるね!!」
任命されたソフィアが猛ダッシュしてくれたおかげで、間もなくテレジア先生と教会の女の子たちが助っ人にきてくれた。なんとか溜まってたお客さんもさばけて一段落。
ただ、それでもお客さんは途切れることなくやってきて、ジャスパーたちが運んできてくれた追加分も含めてお昼頃には完売となってしまった。
「本日は終了でーす!」
「どうもありがとうございましたー!!」
背後を見れば空の木箱でいっぱいだ。
あんなにあったのに、こんな短時間で売れちゃうもんなんだね。やっぱ安すぎたかな……?
「エミカさん、今日の売り上げをまとめてしまいましょう」
開いた鍵付きの木箱から溢れるほどお金が山になってた。途中から野菜を入れてきた箱なんかにも突っこんでたんで、露店の至るところに小額のマネン紙幣が散乱してた。
いかんいかん、大切なお金お金っと……。
「よし、これで全部だね」
売り上げを集めて銀行に預けたあと、私たちは荷馬車で教会に戻った。
モグラ農場の脇では一足早く帰ってたソフィアや先生たちが大きな鍋でトウモロコシを茹でてた。
「うわー、美味しそう!」
「2人の分もあるから食べていきなさい」
「やったー!」
「い、いいんですか……?」
せっかくなのでご馳走になっていく。
フーフーしながら鮮やかな黄色の粒にガブッとかじりつくと、じゅわっと甘い汁が溢れ出した。
「ん~、うまーーい!」
ものすごくジューシー。
そして、トウモロコシとは思えない果物みたいな甘味。
すぐに1本ガリガリとリスみたいに平らげてしまった。朝からほとんど何も食べてないってのもあるけど、やっぱ普通の野菜じゃないね、こりゃ。
「やっぱり市場で出回ってる品とは別物ですね」
「だよねー!」
ほんと魔力栽培様様だ。
てか、そのままでも美味しいけど、シホルにお願いしてポタージュにしてもらうのもいいかも。
絶対美味しいはずだし、今度作ってもらおうっと。
「ヘンリー、そっち持ってくれ!」
「わかりました」
「もぐもぐ、もぐ……んっ?」
ちょうど2本目を食べ終わったところで、教会の表側からジャスパーとヘンリーが網の乗った台を運んできた。
そのまま鍋の隣に設置すると、台に炎岩を敷き詰めて着火。続いて網の上に生のトウモロコシを並べていく。
「――はっ!」
ま、まさか、あいつら……!?
私と目が合うとジャスパーが不敵に笑った。
「フフ、なんだよエミカ?」
「ジャスパー! そ、それはもしや!?」
「ああ、〝焼きトウモロコシ〟にしようと思ってな」
「や、やっぱり……!!」
「しかもただの焼きトウモロコシじゃありませんよ、エミカ。以前、僕が市場で手に入れた〝秘伝の調味料〟を使いますからねぇ……」
ヘンリーはそういうと、黒茶色の液体が入った瓶を取り出した。どうやらそれが秘伝の調味料とやらみたいだ。そのまま丁寧に刷毛を使い、網の上のトウモロコシにたっぷりと塗っていく。
――ジッ、ジュジュ~!
黒茶の調味料が炎岩で熱せられると、たちまち辺りには香ばしい匂いが漂った。
「うっ、なんだ!? こ、この食欲を増幅させる香りは!?」
「東の国々では〝ショーユ〟と呼ばれてるポピュラーな調味料らしいですが、詳しい製造方法は不明です。魚や野菜を煮る時にこれを使っても美味しいですよ」
「ごくりっ……」
「へへ、なんだよエミカ。ものほしそうな顔しやがって。まー、そんなに食いたいならお前にもわけてやらんでもないぞ?」
「ほんとぉ!?」
「ああ。ただし……『偉大なるジャスパー様どうかこの惨めな子羊にお恵みください!』と懇願しやがれ!!」
「イダイナルジャスパーサマドウカコノミジメナコヒツジにオメグミクダサイ――いただきます!」
「あ、ちょお前ずるっ!?」
言い終わらないうちに網から焼きトウモロコシを強奪。一口食べてしまえばこっちのものなので、熱いのを我慢してそのままかぶりつく。
すぐにショーユの香ばしさとしょっぱさが、焼いてさらに甘味の増したトウモロコシと一緒になって口いっぱいに広がった。
「甘くて、しょっぱくて、うまいっ! 露店で出したら絶対売れるよこれ!!」
「くっ、こいつ俺たちが食う前に先に食いやがって……!」
「ジャスパーが意地悪するからですよ……」
「ねえ、ぺティー! 明日この焼きトウモロコシも売っていいかな?」
「うーん、そうですね。契約上は別に問題はありませんが、ただ露店のスペースにも限界はあるので……」
「あー、そっか。焼く台も持ってかないとだもんね」
こういう時、露店じゃなく自分のお店があればもっと自由に商売ができそうだ。
「その辺も考えてかないとだね……っと隙あり!」
「あ、てめぇ、また勝手に!?」
今後を思いつつ、私は2本目の焼きトウモロコシの強奪に成功した。











