69.もぐらっ娘、いざ市場へ。
翌朝、教会のモグラ農場を訪れると、野菜は問題なく育ってた。
見渡すかぎりの大豊作。さっそくジャスパーとヘンリーを中心に、教会の子供たち総出の収穫がはじまる。
作業は午前中には終わる見こみで、仕事の量としてはまだまだ余裕があるみたいだった。
「んじゃ、もうちょい農場を大きくしても大丈夫だね」
「ああ。みんなすげーやる気出してるし、あと一つ二つ農場が増えてもいけるぜ」
やっぱ話半分で種蒔きしてた子が多かったみたい。だけど今朝のモグラ農場の光景を見て、一気にテンションが上がったそうだ。
ま、種蒔いて1日でこれだもんね。
私も昨日地下農場で収穫してる時が一番楽しかったし。
しばしみんなの収穫作業を見守りながら野菜の保管棚をぱぱっと作ったあと、私は商会に向かった。
モグラモドキブーツで飛び跳ねるように駆けて街の中心部に移動する。
朝はより混み合うようで昨日よりも人が多かったけど、なぜかまたぺティーの窓口だけ人が並んでなかったので待ち時間なしだった。ラッキーだね。
「――エミカさん! お、おはようございます!」
「おはよー。えっと、色々と目処がついたから話を進めたいんだけど? あ、それとね、人手も借りたからその辺りの契約も取り持ってほしいんだ。お願いできるかな?」
「はい。でしたら契約書はこちらで作らせていただきます。条件等の交渉もご希望とあれば立ち会いますので」
「助かるよ。あと収穫量なんだけどさ、昨日いってた3倍以上になりそうなんだよね」
「えっ、3倍!?」
「ダメ?」
「……い、いえ、ダメということはありません。ただ、エミカさんのことを信用してないわけじゃないんですが、その……実際に畑を見せてもらうことは可能でしょうか?」
「別にいいよ。あ、ならついでだし、教会との契約も済ませちゃおう」
というわけでぺティーを連れて教会に戻った。
「お、ちょうど収穫が終わったみたいだね」
「あわ、あわわ……!」
モグラ農場で収穫された野菜の山を見ると、ぺティーは声を震わせて驚いてた。
「さらに今日中に小麦用の畑も作る予定だよ」
「わ、わかりました……。では、まずは小麦用と野菜用にそれぞれ別途に契約を結びましょう」
先に小麦の取引価格を決めることになった。
相場とかはよくわからないので、先生や教会の子供たちにも同席してもらう。
ぺティーに提示してもらった金額を見ても私にはさっぱりだったけど、ヘンリーがいうには例年よりも相当高い価格らしかった。
「なら、それでー」
ぺティーを信じて了承する。人を疑うのはよくないもんね。うん、けっして値上げ交渉が面倒だったわけじゃないよ。
そのあとで、利益の配分を定めた契約書を作成した。
最初は私と教会で半分半分にしようと提案したけど、先生から食料がもらえるだけで十分なのにそんなにはもらえないと強く反対されてしまった。
なので交渉の末、私の取り分が7で教会の取り分が3になった。
「3割でももらいすぎよ……」
「まーまー先生、ここはエミカの心意気に甘えましょうよ」
「そうだよ。それに実際に肉体労働するのは俺たちなんだしさ、そんぐらいもらっても別に罰は当たらねぇって」
先生は食い下がってたけど、最後にはヘンリーとジャスパーも加勢してくれてなんとか納得してくれた。
どうやらテレジア先生としては、教会の子供たちに簡単に大金をつかんでほしくなかったみたい。お金は人を狂わせるからね。
でも、雇う側の私としては、教会の子供たちを安い給料で働かせるわけにはいかなかった。もしそんなことをしたら弁解のしようもない極悪人になってしまう。
結果として教会の取り分が3割ってのは私の中でもギリギリのラインだった。もしそれを下回るようだったら畑の規模を小さくするとか色々考え直す必要があったと思う。なのでなんとか話がまとまってくれてほんとほっとした。
「ぺティー、あと今日までにやっておくことってなんかあるかな?」
小麦に関しては数週間ごとにまとまった量を商会に渡すことになったけど、野菜に関しては在庫を抱えて腐らせたらもったいないし、さっそく明日から露天で売りはじめる予定だ。
「これだけの収穫量ですからね、明日に備えて荷馬車を手配しておいたほうがいいと思います。それと、あとは今のうちに野菜の価格を決めておくべきかと……」
「どこも不作だしよ、かなりふっかけてもたぶん売れるぜ。それにこの野菜、味も鮮度も抜群だしな!」
「僕もジャスパーと同意見です。最近はローディスを経由して運ばれてきた作物も売られてますが、運搬費で相当価格が上乗せされてますし、それよりかは少し安い値段で売るぐらいがベストだと思いますよ」
「うーん……」
2人の主張はもっともだけど、やっぱあんま値段が高いとほんとに必要としてる人たちが買えない可能性もある。不作の影響で教会みたいに生活が厳しい人たちも多いかもしれないし。
ま、なんやかんや理由つけてるけど、個人的には最初だし、出血大サービスとまではいかなくても大安売りでド派手にいきたい気分だった。
「私は激安価格で販売したいなー」
「おいおい、マジかよ。高く売れる時は高く売るべきじゃねーの?」
「しかし、高価格で販売すると売れ残るリスクもありますし、初日はあえて損するのも手かもしれませんね。大きな宣伝にもなると思いますし」
「んじゃ、値段は例年通りの価格を基準にするね」
「あ、あの……」
「ん? 何ぺティー?」
「あ、いえ、ごめんなさい。やっぱりなんでもありません……」
「そう? ならいいけど」
そんな感じであらかたの準備は整った。
教会の敷地に〝第2モグラ農場〟を作り、みんなで小麦の種を蒔いたあと、その日はいつもより早めに寝て明日に備えた。
そして、翌日――
まだ陽も昇らぬ早朝4時、起床。
露天商の朝は早い。
商会の前でぺティーが借りてきた荷馬車に乗りこんで、さっそく教会に向かった。〝第1モグラ農場〟で採れた計2日分の野菜を種類別に木箱に入れて積みこんでいく。
「悪ぃ、まだ今朝の分が一部収穫できてねーんだわ」
「ありゃ」
販売初日とあってか、教会のほうもけっこうバタバタしてた。農場には忙しなく駆け回る子供たちの姿がある。
話し合った結果、まだ収穫できてない分はあとでジャスパーたちが荷車で持ってきてくれるそうなので、私はぺティーと先に市場に向かうことになった。
「――エミお姉ちゃん、わたしも手伝うよ!」
出発する直前、ソフィアがやってきて売り子として協力を申し出てくれた。
「ありがと。お礼にあとでお小遣いをあげるね」
「そんなのいらないよー。わたしはただ、エミお姉ちゃんの力になりたいの」
「ソフィア……」
ぐはっ!
そんな嬉しいことをいってくれるソフィアに、私のハートはズバッと撃ち抜かれた。
「ねぇ、ジャスパーの妹なんてやめて、私の妹にならない?」
「うん! お兄ちゃんが独り立ちできたらそうするね」
「ジャスパーが大人になるまでか。ちっ、まだだいぶかかりそうだね」
「だねー♪」
「あ、あの、もう出発しても……?」
いきなり妹の引き抜きをはじめた私にぺティーが困惑気味に訊いた。











