68.もぐらっ娘、モグラ農場を作る。
教会の裏には大きな畑がある。本来なら本格的な夏に近づくこの時季は一面に草や葉が生い茂ってるはずだけど、ジャスパーたちがいってたとおり畑は荒れ果ててた。
「うわ、これはひどいね……」
あっちこっちで泥水が溜まり、色を失った植物の茎や葉がそこら中で朽ちて無残な姿を晒してる。
そんな畑の真ん中で、白い修道服を身にまとったテレジア先生は黙々と鍬を使って土を耕してた。
昔と変わらない姿だけど、明らかに農作業には向かない格好だね。裾も汚れちゃってるし。
「先生ー、エミお姉ちゃんがきたよー!!」
ソフィアが大声で呼ぶと、こっちに気づいた先生が鍬を捨てて駆け出してきた。修道服の裾を踏んづけて転ばないか心配だったけど、無事畑を走りきる。そして目の前までやってきた先生は、そのまま私を力いっぱい抱きしめた。
――ぎゅ~~!
うっ、ちょっと苦しいかも……。
「エミカ! 久し振りね!!」
「やあ、久し振りだねぇ、先生」
「というかあなた、どうしてまったく顔を見せなかったのよ。心配してたのよ?」
「いやー、ごめん。ちょっと色々と忙しくて」
4年間ただひたすら穴掘ってましたんで、はい。
「……あら? エミカはたしかジャスパーたちと同い年よね。それにしては少し細いんじゃない? ちゃんと食べてる?」
「まー、それなりに。でも先生、男女で体格を比べるのは変だと思うよ。男の子のほうががっしり育つだろうし」
「いや、先生はエミカの女の子らしい部分があんま育ってないなーと思って」
「え?」
そういって抱擁を解くと、先生は自らの胸の前に手を持ってきて丸い形を作ってみせる。
何がいいたいか即座に理解したけど、きっとそれは個人差の問題だ。
うん、ふざけんな。
勇気を持って話題を変えよう。
「……てか、先生こそちゃんと食べてるの?」
「それは遠回しに、先生の胸だって慎ましやかだっていってるの?」
「ち、違うよ! なんでそっちに取るの!? 私はただ嵐の影響で大変だって聞いてたけど、まさかここまで畑がひどい状況だとは思わなかったから……」
「あー、なんだ畑のことね。ええ、ご覧の有り様なの」
「元に戻せそう?」
「うーん、もしかしたら全面的に土を入れ替えないとダメかもね。……あ、それよりエミカ、今日は野菜を持ってきてくれてありがとう。あなたのおかげで今日は久し振りにみんなお腹いっぱい食べられるわ」
ジャスパーとヘンリーに続いて、テレジア先生からもお礼をいわれた。
商売の話を切り出すにはちょうどよいタイミングかも。よし、ここで一気に本題に入ってしまおう。
「今日みたいにまた野菜もらえたら教会も助かる?」
「そりゃもちろん助かるわよ。でもエミカ、いいのよ。今日もらった分だけで十分だから」
どうやら先生は私が自腹を切って野菜を届けたと思ってるみたいだった。まずはその辺の誤解をきっちり解いた上で、私はこれからはじめる魔力土を利用した商売について説明した。
「……つまり、手の空いてる教会の子供たちに農作業を手伝ってほしいってこと?」
「うん、もちろん無料ってわけじゃないよ。利益が出たらちゃんとお金も払うし、教会で食べる分は売らずに確保してもらっていいから」
それにプラスして、商会を通して正規のルートで販売することも説明しておく。もし得体の知れない商売だったら、先生も子供たちを参加させたくはないはずだしね。
「それが本当なら素晴らしい話ね。まとめ役のジャスパーやヘンリーが了承するなら、私が反対する理由もないわ」
説明を終えると、先生は理解を示してくれた。
ただ、引っかかった点もあったみたい。
少し考えこむ素振りを見せたあと、先生は私に一つ疑問を投げかけてきた。
「だけどエミカ、その魔力栽培ができる畑はどこにあるの?」
「ウチの庭や地下にもあるけど、先生の許可がもらえるならもう教会に作っちゃおうかと」
「ここに作る……?」
私の言葉に、先生はキョトンとした表情を浮かべる。
んー、こればっかは口で説明するよりも実演したほうが早そうだ。
そう考え、モグラクローで軽く足元の土を掘ってみる。すると直後、先生とソフィアが「わっ」と声を上げた。
「エ、エミお姉ちゃん! 今のどうやったの!?」
「まー、土の魔術でサクッとね」
「冒険者ってこんなこともできるのね……」
好きにやりなさい、と先生に許可をもらったので荒れた畑の上に進む。
さて、どうやって作ろう。
教会の空き地は広大だけど家みたいに地下に……いや、階段や坂道を上がって収穫物を運ぶのは大変か。
だからといって庭の菜園みたいに野晒しだと、また嵐がきたら作物に被害が出ちゃうし、鳥や獣に荒らされる可能性も出てくる。
「うーん、やっぱこの案が一番かな」
色々考えた末、〝囲いと屋根つきの畑〟を地上に作ることに決めた。
まずは全体の範囲を定め、モグラクローで四角く枠取りするように浅い溝を掘っていく。
次に、モグラクリエイトで作った岩石のタイルを溝に立てるように固定化し、1枚1枚ぴったり横に繋げていってぐるりと壁を作成。でもタイル1枚分だと高さが1フィーメルしかないので、縦にも1枚ずつタイルを繋げて高さ2フィーメルの囲いにしていく。
あとは開いた天井部分もタイルで塞いで屋根を張り、照明をつけながら内部を魔力栽培用の畑に変えちゃえば作業は完了だった。
「あ、しまった。閉じこめられた……」
最後に出口を開けるのも忘れずに。
東西南北にポコポコと数ヶ所設置。
よし、できた。
「ふー、けっこう時間かかっちゃったなぁ」
広さは家の地下農場の3倍はあるかな。畑はまだまだ必要になるかもだし、囲いと屋根の作り方は今度短縮できる方法を考えていきたいところだね。
「げっ、なんだこれ!?」
「い、いつの間にこんな物が……?」
開けた出口から外に出ると、ジャスパーとヘンリーを含めた10人ほどの子供たちが驚いた様子で完成した畑を見てた。
私は、ざわざわと騒いでるみんなの前に出て説明する。
「これは〝モグラ農場〟だよ」
たった今、命名――
そのあとジャスパーたちに魔力栽培について説明して、家から持ってきた種をみんなで手分けして蒔いた。
大人数なのであっという間に作業は終了。
あとは明日のお楽しみ。
「なぁ、ほんとに1日で収穫できるのか……?」
「エミカが嘘をいってるようには思えませんが、にわかには信じ難いですね……」
「大丈夫だってば。それより2人にはこれからがんばってもらうからね」
野菜の種類別に一度の種蒔きで何回作物を収穫できるかとか、魔力土がどれだけのあいだ効果を維持するかとか、今後調べなきゃいけないことが山積みだった。
現状、その辺の調査もジャスパーとヘンリーにお願いするつもり。農業の知識は私よりもあるから打ってつけだし、何より与えられた役割に責任を持つ人間だって知ってるからね。安心して任せられるよ。











