67.もぐらっ娘、旧友たちと再会する。
現状、家の地下農園だけでもかなりの収穫量が期待できる。
だけど、毎回の生産を維持するには、昨日や今日のようにパメラや妹たちに手伝ってもらう必要がある。
種蒔きから収穫、そして販売まで。それを私一人でこなすのは現実的に不可能だからだ。
でも、だからといって、毎日みんなに手伝ってもらうのも現実的じゃない。シホルとリリには勉強がある。パメラに至っては護衛としてウチにきてもらってる身だし、彼女に商売を手伝わせるのは二重に仕事を押しつけることになってしまう。
作物を大量生産するには〝労働力〟が必要不可欠。
しかし、家族の力を借りることはできない。
ならばどうすればよいか?
そこで私が目をつけたのは〝教会〟だった。
「そういや、先生に会うのって何年振りだっけ?」
そこは身寄りのない子供たちや貧しい子供たちに衣食住を与え、勉強すらも教えてくれる救いの場。
空き地が目立つ寂しい場所にぽつんと建つ、時計台のついた木造の施設を私は見上げた。
うん、懐かしいね。
お母さんが亡くなるまでは、私もここに通って文字の読み書きをはじめ色々と学んだもんだよ。
ま、白状しちゃうと、勉強はそんなに好きじゃなかったけど。
「さてと、いくかな」
しばし思い出を懐かしんだあと、私は目的地である教会の敷地に入った。
「エミお姉ちゃん――!」
「ん?」
ちょうど時計台下の入口まできたところだった。突然、名前を呼ばれた。声のしたほうに顔を向けると、空き地側から赤毛の女の子が走ってきてるのが見えた。そして、さらにその奥には2人の少年の姿も。
みんな、よく見知った顔だった。
――ボフッ!
全力で胸元に飛びこんできた女の子をがっしりと受け止める。
「おっと……」
予想以上の衝撃に若干よろけたけど、なんとかキャッチ。
にゃはは、と嬉しそうにこちらを見上げる女の子をおもむろに引き離しながら、私は彼女の名前を呼んだ。
「ソフィア、しばらく見ないうちにまた大きくなったね」
「えへへ♪」
「いくつになったの?」
「10歳になったよ」
「そっか、シホルの2つ下だったっけ。しっかり背も伸びてるし、元気そうで何よりだね」
「うん! エミお姉ちゃんは元気だった?」
「なんとか生きてるって感じだけど、元気は元気だよ」
数年振りの再会に会話を弾ませてると、ソフィアの後ろにいた2人の少年も、やがてゆっくりとした足取りでやってきた。
「エミカ、久し振りですね」
「お、ヘンリー。あんたもだいぶ背伸びたね」
「うげっ、マジでエミカじゃねーか……。ちっ、冒険者様がこんな寂れた場所になんの用だ?」
「2人と違って、ジャスパーはあんま成長してないみたいだね。身も心も」
「あぁ!? 久々に顔出しやがったと思えば、なんだとこの野郎!!」
私の軽口にジャスパーは顔を真っ赤にして怒る。相変わらず短気だ。てか、今にもつかみかかってきそうでちょっと怖い。
だけど、目の前にいたソフィアがすぐに両手を広げて私を守ってくれた。
「もうお兄ちゃんってば、エミお姉ちゃんに突っかかるのやめなよ」
「お前は黙ってろ、このバカ妹が!」
「バカはお兄ちゃんでしょ。もー、なんで素直になれないかなぁ?」
「ソフィアのいうとおりです。本当はエミカと会えて嬉しいくせに」
「はぁ!? おい、ヘンリー! お前まで何ふざけたこと抜かしてやがんだ!」
「うわっ、お兄ちゃん顔赤くなった!」
「おや、本当ですね。熟れたトマトのように真っ赤です。気恥ずかしいのはわかりますがもう正直になりましょうよ、ね?」
「これは怒りで赤くなってんだよおおぉーー!!」
茶化された挙句ついには絶叫するジャスパーに、からかった2人がけらけらと心底おかしそうに笑う。私も思わず吹き出してしまった。
あー、この感じもなんか久々だ。
そういえば4年前までは、このメンバーにシホルを加えた5人でよく遊んでたっけ。
振り返ると、すべては遠い過去のように思えるね。
「って、懐かしんでる場合じゃないか……」
今は商売の話をしにきてるんだった。
ぱぱっと切り替える。
「ねえ、テレジア先生いる?」
「先生なら裏の畑にいると思いますよ」
「畑? あれ、教会も嵐の被害にあったんじゃ?」
「あったっつーの! 作物は全滅な上、畑もボロボロのひどい有り様だ……」
「耕しても無駄ですよって僕たちもいってるんですけどね。先生は諦め切れないらしくて」
「そっか」
「最近、お兄ちゃんたち畑仕事なくて暇なんだよ。いつも退屈そうにしててかわいそうだから、今日なんてさっきまでわたしが一緒に遊んでてあげたんだ」
「おい、逆だろ逆! 俺たちがお前につき合ってやってたんだろうが!!」
「エミお姉ちゃん、先生のとこいくの?」
ジャスパーを完全に無視してソフィアが可愛らしく首を傾げてきたので、私は頷きながらに答えた。
「ちょっと仕事で用があってね」
「じゃ、わたしもいくー」
「はいはい」
「――って、エミお姉ちゃん! これ何っ!?」
そこで手を繋ごうと腕を伸ばしてきたソフィアが声を上げた。どうやら今初めて私の爪に気づいたらしい。
「エミお姉ちゃん、もしかしてこれって武器? すごい! これでいつもモンスターをばったばった倒してるんだね!」
「う、うん。まーね……」
いつもではないかもだけど、倒してはいるので嘘ではない。
繰り返す、嘘ではない。
「おい、ソフィア。仕事みてーだし、エミカの邪魔はすんなよ?」
「にゃはは、大丈夫だよ。わたしお兄ちゃんみたいに迷惑じゃないもん」
「ちっ、こいつ最近マジで口が悪くなってきてやがる……。たくっ、誰に似たんだ」
たぶんジャスパーに似ちゃったんだと思うけど、いったらまた喧嘩になりそうなので黙っておく。
「んじゃ、ちょっと先生のとこいってくるね」
ま、2人とはまたあとで会うことになると思うけど。
「あー、ちょっと待て待て……」
ソフィアと仲良く手を繋ぎ、歩き出そうとしたところで不意にジャスパーに呼び止められた。
「ん、何?」
「いや、その……まだ野菜の礼をいってなかったと思ってな。正直マジで助かったよ。ありがとうな」
「あー」
何かと思えばそれか。
今日の午前中、パメラとリリがせっせと運んでくれてた姿を思い出す。
「別にお礼なんていわないでいいよ。私や妹たちも教会にはずっとお世話になってきたし」
「でも、本当に助かりました。最近は食料も底をつきはじめていて、みんなひもじい思いをしてましたからね。エミカには感謝してもしきれませんよ。だから、教会の子供を代表して何かお返しができないか、先ほどからジャスパーとも話し合っていたのですが」
「おい、何勝手にばらしてんだ!? お、俺は知らんぞ!!」
ほほう。そんなに感謝してくれてたのか。
ま、裏返せばそれだけピンチだったんだろうけど。
「フーン、そうなんだ。んじゃ、2人にはあとで感謝の気持ちを身体で返してもらおうかな」
「……え?」
「か、身体って!? お前、俺たちに何をやらせる気だ……!?」
「フッフッフ。んじゃいこうか、ソフィア」
「うん!」
あえて意味深に微笑んでから、ソフィアの手を取って歩き出す。
すぐに背後から「怖い」とか「ヤベぇ」とかいってる2人の呟きが聞こえてきたけど、私は気にせず教会の裏手に向かった。











