66.もぐらっ娘、商会に赴く。
ダンジョンの階層を自由に行き来できるサービス――モグラ屋さん。
莫大な利益を上げながらも、廃業となってしまった主な原因は以下である。
①非公認の商売だった。
②美味しい話に釣られて無茶をした。
人は、失敗から学ぶ生き物だ。
なので上記の点をしっかり反省し、今回は許可を取った上で慎重に商売を進めていくことにする。
「ちょっと出かけてくるね」
「え、今から?」
「夕飯までには帰ってくるよ」
家のことはシホルに任せて、私は作物を詰めた大きな布袋を担いでギルドに走った。
困った時に頼るべきは幼なじみ。
ま、いつもの流れですな。
「ねえねえ、普通に物を売るにはどうしたらいい?」
「……唐突に何?」
「ちょっと商売でもはじめようと思ってね」
「ダンジョンで手に入れたアイテムならこっちで買い取るけど、それじゃダメなの?」
「いや、ドロップアイテムとかモンスターの素材じゃなくてさ、売るのは普通の品物なんだよね」
「は? それならギルドじゃなくて〝商会〟で相談しなさい。売買契約のことなんて訊かれても私にはわからないわよ」
「おー、ユイにもわからないことがあるとは」
「あなたね、ギルドの受付嬢をなんだと思っているわけ? ウチはなんでも相談所じゃないのよ……」
ユイからの補足の話。
街の物流管理はアリスバレー商会が一手に担っており、ギルドが冒険者から買い取ったアイテムも最終的には商会に流れていくんだそうな。
「生活必需品から嗜好品まで、この街で物を販売するには商会の許可が必要よ」
「んじゃ、まずは商会の職員さんに相談しないとダメか。商会の建物ってどこにあるんだっけ?」
「市場の西側だけど……って、もしかしてこれからいくつもりなの?」
「そうだよ」
「紹介状は?」
「何それ?」
「このご時世、紹介状の一つも持ってないと相手にされないわよ」
へー、そっか。
ちゃんと商売するには後ろ盾が必要なんだね。
それならば是非、この街で最大の権力を持つ会長に一筆したためてもらいたいところだ。
「残念だけど、アラクネ会長なら留守よ」
「げっ、マジか……」
最近はやっぱ例の不作の影響で忙しいらしい。
権力のある人は大変だね。
「しかたない。日を改めるか」
「別に紹介状なら、ギルドを代表して私が書いてあげてもいいけど」
「え、ユイが?」
「何よ、その疑いの目は。これでも受付嬢の主任よ? それぐらいの権限、会長から与えられているんだから」
「ふーん。ユイって何気に出世してるんだね。すごいじゃん」
「ええ、そうよ。どっかの万年最低ランクとは違うの」
「……」
あ、これアレだ。
さっきからなんかツンツンしてんなーって思ったけど、一昨日の地下1階を掘り尽くした件、まだ怒ってるっぽい。
「どうぞお納めください」
「あら、どうしたのこれ? 随分と立派なお野菜ね……」
紹介状を受け取って用も済んだその去り際、お詫びの印に布袋に詰めてきた農産物を半分ほどわけてあげた。
どうか、これで怒りが治まりますように。
そう願いながらギルドを出て、そのまま私は商会の建物に赴く。ギルドも商会も街の中央にあるので移動に時間はかからない。というわけで、あっという間に到着。
「おー、でかい」
建物を見上げると、ギルドに負けず劣らず大きかった。その上、全体が白い石材で造られてて外観が綺麗だ。
さっそく突入してみる。
入口の案内板には、扱う品物によって相談窓口がわかれているという説明書きがあった。農産物は1階でいいみたい。なので、そのまま窓口が並ぶ部屋に入った。
ワイワイ、ガヤガヤ――
ぱっと見の印象は、まず人が多いだった。8ヶ所ぐらいある受付全部に列ができてる。並んでる人たちはみんな恰幅のいい大人で、整った身形からいかにも商売人って雰囲気が漂ってた。
ギルドの受付とはまったく違うね。
さすがにこの中で並んで待つのはちょっとヤダかも。
場違い感、半端ないし。
「……あっ!」
でも、しばらくしてふと気づいた。一番奥の受付だけ、なぜか人が並んでいないことに。
そろりそろり。
窓口の前に移動すると、左目の泣きぼくろが印象的な女性の職員さんが所在なさげに座ってるのが見えた。
ただ女性といっても、それほど私と歳は変わらない。たぶん、1つか2つ上ってぐらいだと思う。もしくは商会の制服で大人っぽく見えてるだけで、同い年って可能性もあるかもだった。
「あのー」
「……え?」
「野菜の販売について相談にきたんだけど、いいかな?」
「あっ……も、もちろんです! ど、どどどうぞお掛けくだしゃい!」
しゃいって……。
なんかめっちゃ慌ててらっしゃる。
ほんとにいいのかな? 戸惑う職員さんを気にしながら、荷物を床に下ろして椅子に座る。
「これ紹介状なんだけど」
「は、はい! 拝見させていただきます……」
封書の中身を確認する職員さん。
「拝見させていただきました。本日はどのようなご用件でしょうか、お客様」
どうやら紹介状に問題はなかったみたい。相談に乗ってくれるそうなので、私はさっそく本題を切り出した。
「家で採れた野菜を売りたいんだけど」
「え、えっと……作物の収穫量と、その種類を教えていただけますでしょうか?」
んー。
種類はともかく、量ねぇ。
なんて答えればいいんだろ?
悩んだ末、妙に緊張した面持ちの職員さんの前で、私は両腕を横いっぱいに広げた。
「収穫量はこーんぐらいで、種類は種があればなんでもいけるよ」
「はぁ? な、なんでもですか……?」
あ、ダメだ。
ちゃんと答えたつもりだけど、完全に首を傾げてる。
まったく伝わってないね、こりゃ。
「ええっと、これが家で採れた作物なんだけど」
それなら実物を見せたほうが早いと思い、私は床に置いてた布袋から中身を取り出し、窓口のテーブルの上に乗せていった。
「こ、これは……どれも一級品です! しかも小麦まであるんですか!?」
「今育ててるのはこんな感じなんだけど、売れる?」
「もちろんです! 嵐で不作な中、これほどの質……間違いなく相当な高値で売れます。お客様、先ほども伺いましたが、収穫量は……?」
「どんぐらいかな? ざっとこの大袋にパンパンに詰めて、20袋ぐらい? いや、もっとかも」
「このサイズで20袋以上となると、そこそこの量になりますね」
「うん。ま、大体それが1日分の収穫量と考えてくれれば」
「へ? い、1日分……?」
予想外の返答だったのか、そこで職員さんは目をパチクリさせる。
理解が追いついてないみたい。
どうしよう、魔力栽培のこと説明したほうがいいのかな。
でも、まだこっちの聞きたいことも全部聞けてないし、その辺の説明はあとでいいか。
「んで、採れた作物はここに持ってくればいいのかな? 買い取ってもらえるんだよね?」
「……あ、はい! こちらで買い取りも行っております。ですが、市場のほうでスペースを借りた上、お客様が露店で直接販売するという方法も可能です」
「それってどっちが高く売れるの?」
「前者は商会に販売業務を完全に委託することになりますので、その分かかった人件費などが売り上げから差し引かれます。もし、より少しでも高い利益をお求めならば、お客様ご自身でお売りになるのをお勧めいたします」
なるほど。
なら手間はかかるけど、露店で売ったほうがいいか。
それに売値も自分で決めてみたいし。
「んじゃ、全部露店で売る方向で」
「あの、お客様……」
「ん?」
「ただ、脱穀や製粉などの作業も必要ですし、小麦の販売に関してだけは我々に委託していただければと思うのですが……」
あ、そっか。
市場で穂のまんま陳列してたって誰も買ってくれないもんね。
「わかった。小麦に関してはそうするね」
「あ、ありがとうございます……!」
「えっと、私はエミカだけど、あなたは?」
「ぺティーと申します!」
「じゃ、今後この件はぺティーに相談するね。あ、そうだ。その野菜と小麦はお近づきの印にあげるよ」
「よ、よろしいのですか!? しかも、こんなにたくさん……」
「うん。まだ家にいっぱいあるし」
そのあと顧客登録を済まして、私は商会を出た。ぺティーは今すぐにでも契約を結びたがってたけど、まだ1日の収穫量も定かじゃないし、それはもうちょっとだけ待ってもらうよう頼んだ。
とりあえず、作物は問題なく売れそう。
あとは無茶しない範囲でどれだけ利益を出せるか。
それを調べるため、私は次に街の南方へと足を向けた。











