65.もぐらっ娘、色んな野菜を育てる。
「うぅ、朝っぱらからどうしたの~?」
「すごいことになっちゃってるよ、エミ姉!」
「すごいことぉ……?」
シホルに強引に手を引かれる形で、私は寝間着のまま庭に連れ出された。
「こ、これって――!?」
そして、菜園を見て驚愕する。
目の前には生い茂る草花。信じられないことに昨日植えたハーブの種がもう青々と立派に育ってた。
「ほら、こっちも!」
菜園用のスコップで地面を掘り起こすシホル。促されて土の中を覗くと、種芋から繁殖したジャガイモがゴロゴロと出てきた。
大量だ。
てか、ほんと信じられない。
これが全部、1日で育ったなんて……。
「私が手入れしたあと、シホル何かした?」
「な、何もしてないよ! 昨日は菜園一度も見てないし……。エミ姉が土を入れ替えたっていってたの思い出して、今朝様子を見にきたらこうなってたの」
ならやっぱ原因は私か?
でも、ただ土を入れ替えて種を植えただけなんだけど。
「おい、朝っぱらからどーしたよ? 何かあったのかぁ?」
騒がしくしてたせいで起こしてしまったらしい。猫みたいにはわ~っと大きなアクビをしながらパメラが家の裏口からやってきた。
「一晩でこうなったのか? ふーん……」
菜園のハーブと種芋が一夜でここまで育ったことを説明すると、彼女は菜園の傍でしゃがみ、ひとつかみ分の土を手に取った。そのまま手元を見つめながら、感触を確かめるようにギュッと握り締める。
どうやら土に異常がないか調べてくれてるみたい。
やがてしばらく間を置いたあとで、パメラは結論を出した。
「この土、魔力が添加されてる。いわゆる魔力栽培だな、こりゃ」
「魔力栽培?」
「ああ、土に魔力を付与して木々や草花を育てる農法だ」
パメラの話では、その方法なら季節関係なく短期間で高品質の農作物が大量に作れるという。
まさにこの菜園と同じ状況だ。
でも、入れ替えた土は普通のダンジョンの土。なのでモグラの爪に一度取りこんだことで、土に魔力が付与されたって考えるのが妥当かな?
「〝魔力土〟さえあれば水や光も一切不要だ。まー実際のとこ、苗床の作成費や維持費で莫大な資金がかかるから一般向けじゃないけどな。主に貴族の庭園なんかで使われてる栽培手法だ。ウチの実家の屋敷なんかでも使ってるぜ」
「はへー」
ま、大体そんな気はしてたけど、つまりこれもモグラの爪の能力ってことで間違いなさそうだね。
そういえば王都で地下道の照明をつけてる時、採掘した壁やら天井が魔力の供給空間になってるってアンナさんもいってたっけ。
一度取りこんだ土をモグラリリースで固定せずに出すと〝魔力土〟になる。うん、新しい法則だ。しっかり覚えておこう。
だけど、魔力栽培か。
今とんでもなく野菜高いし、もしほんとに色々作れたら家計が助かるね。
正直、かなり魅力的な話だ。
「よし。今日は予定なんもないし、実験がてら試してみるか」
菜園の収穫をパメラとシホルに任せて、私は家の地下2階――訓練場に移動した。
東側に少し広めの横穴を掘り、その先に地下農園を建設することに決める。
「まだ実験段階だけど、せっかくだし少し大きめに作っちゃおうかな?」
照明を設置しながら訓練場と同じぐらいの大部屋を作成。今後、木々を育てることも想定した上、天井の高さを8フィーメルほどに伸ばしておく。
あとは昨日の菜園と同じように地面を深めに掘って、ダンジョンの土を固定せず、ドバドバと流し入れれば完成だった。
見渡してみると、けっこうな広さの農園だ。これだけあれば区画をわけて色んな野菜を育てられそう。
「あ、でもこれだと、家にある種だけじゃ足りないか……」
というわけで、地下農園を作ったあと、私は市場を回って様々な種を大量に買いこんだ。
店の人に『今の季節に植えても育たないよ』っていく先々で助言されたけど、魔力栽培なら関係なし。食用じゃない花の種子も含め、気にせずじゃんじゃん買い入れた。
「んじゃ、みんなお願いねー」
さすがに広さ的に1人ではきついので、家族4人で手分けして植えていく。
「おねーちゃんおねーちゃん! これはなんのタネー?」
「それはニンジンさんだね」
「ニ、ニンジン……!?」
無邪気な笑顔から一変、苦々しい顔で取り出した種を布袋に戻そうとするリリ。でも次の瞬間、背後から忍び寄ってきたシホルが素早くその手をつかんだ。
「はい、ニンジンさんもちゃんと植えようねー」
「あ”あぁー! だめえ”ぇ~~!!」
容赦なくリリから種を奪い取ると、シホルは手早く足元に植えていった。厳しいお姉ちゃんである。
「しーちゃんのばかー!」
「お姉ちゃんにそんなこといっていいの?」
「ばーかばーか!」
「あ、ひどい」
「しーちゃんはばーかばーか!」
「怒った。明日の晩ごはんはニンジンのフルコースにするね」
「ばっ……!?」
ま、好き嫌いはいけないよね。
「2人とも、遊んでないでじゃんじゃん植えてくよー」
そのまま私たちは農作業に没頭。
買ってきたすべての種類の種を蒔き、土寄せや添え木などの工程を終える頃にはお昼になってた。
「できたよー」
昼ごはんは菜園で取れたジャガイモを蒸かし芋にして、バターに刻んだハーブを加えたものをたっぷり乗っけて食べた。
「何これ、うまいっ!」
「うまーい!!」
ものすごいホクホクしてる上、こんなに甘味が強いなんて。
普通に市場で売ってる物よりも遥かに美味しく感じた。
「〝魔力土〟で育った植物の品質は極限まで上がるからな。それも品種関係なしにだ」
「おぉー、〝魔力土〟すごい!」
普通のジャガイモでこの美味しさだもの。
明日が楽しみだった。
そして、心待ちにしてた翌朝――
地下農場に下りてみると、様々な農作物が育ってた。
タマネギ、ニンジン、ジャガイモという基本的な野菜をはじめ、キャベツにトマトにカボチャ、ナスにキュウリにトウモロコシに小麦まで。蒔いた種すべてが実りに実ってた。
ついでに植えておいたチューリップやヒマワリなんかも綺麗に咲き誇ってるし、実験の結果は大成功。
「うはっ、こんだけ作物が実ってると壮観だな」
「でもこの量、私たちだけじゃとても食べきれないですね……」
地下農場の北側に貯蔵部屋を作って、みんなで収穫した野菜を一旦そこに運んだ。
彩り豊かな野菜がずらりと並ぶ。
1日でこの豊作とか。
たぶん食べ切るのに4人でも半年近くはかかりそうだった。
「腐らせたらもったいないよね」
みんなで話し合った結果、半分以上は荷車に乗せてお世話になってる教会におすそわけすることにした。
でも量が量なんで、これは何度か往復する必要がありそうだ。
「んじゃ、いってくるわ」
「いってくるー!」
とりあえずパメラとリリに運送を任せて、私はシホルと一緒に家で使う分の野菜を台所まで運んだ。
「ねえねえシホル、我が家の料理人として他に必要な野菜ってある?」
「んー、今はこれで十分かな。あ、でも、食後のデザートとかジャム用に果物があったらうれしいかも」
「お、なるほど。果物ね」
リンゴやオレンジなんかは木を育てる必要があるから、魔力栽培でも日数がかかりそうだね。苗木なんかもどうやって手に入れたらいいかわかんないし、初期費用にもまとまったお金が必要になるかもだ。
「ん、でも待てよ……? その辺は収穫した実を売れば――あっ!」
なぜ今の今まで、その考えに至らなかったのか。そこでようやく、私は地下農場がものすごいお金になることに気づいてしまった。
そう。
人生で二度目のビッグチャンスは、もう訪れていたのだ。
「まさに〝金のなる木〟じゃん! ヤバいよ、これ!!」
「エ、エミ姉……?」
顔をニヤつかせながら野菜を食料棚にしまい終えると、私は今後について考えを巡らせた。











