62.もぐらっ娘、ミニゴブリンが倒せない。
――アリスバレー・ダンジョン地下2階層。
「さてと……」
このまま深層まで一気に下りるのも可能だけど、まずはやるべきことがあった。
それは苦い過去の清算。二度もトラウマを植えつけられた宿敵――ミニゴブリンの殲滅である。
奴らをブチのめさないかぎり、無職となった私に未来はない。
そう、これは冒険者の誇りを賭けた戦いなのだ。
「「「キー、キー!」」」
「出たなー! ここで会ったが百年目! 今日こそ引導を渡しちゃる!!」
曲がり角で6体のミニゴブリンと遭遇した私は、両爪を構えて敵の襲来を待つ。甲高い奇声を上げながら地面を駆ける小さなモンスターの群れ。小柄なだけあってその動きは疾風のように速い。
だが、焦る必要はなかった。
何せ、私は王都のダンジョンでラスボスを討ち果たした伝説級冒険者。モグラホールにモグラシュートと強力な技もすでに会得済み。こんなザコ中のザコ、最早脅威になるはずもなかった。
「貴様らなど奥義を使うまでもない! 全員パンチだけで沈めてやる!!」
「「「キキッー!!」」」
私の宣言が開始の合図となって戦いの火蓋は切られた。
すぐさま一番先頭のミニゴブリン目がけて爪を打ち下ろしていく。腰をしっかり回して放たれた一撃は、オーバーキル確定の破壊力。クリティカルヒットせずとも相手を一瞬で葬り去ることだろう。
「まずは1匹目ッ――!」
でも、次の瞬間だった。
――ブンッ!
スカッ。
あ、なんかヤバい既視感……。
爪が空を切ったことで、よろけて体勢を崩す。
しかし、なんのこれしき!
右爪がダメでもまだ左爪が――!!
――ブンッ!
スカッ。
「あ」
「キー!」
「ちょ、ちょっとたんま! やっぱ今のなし! 今のなっ――!!」
「「「キキッー!!」」」
「ぎゃああああぁーー!!」
ミニゴブリンの群れに襲われ、引き倒された私はその後、足蹴にされてボコボコにされた。
うん、経験上わかる。こうなったらもう為す術なし。人生において三回目の苦い敗戦が決まった瞬間だった。
「ぴやああぁ~~!!」
「「「キー、キー!!」」」
なんとか隙を突いて命からがら地下1階層まで逃げ延びたけど、心に負った傷は深く、大きかった。
「……ま、また勝てなかった。ミニゴブリン相手に……は、ははっ……」
呆然自失の中、ダンジョンを出た私は川辺の土手に座って遠くを眺めた。そうやって先ほどの悪夢を思い出さないように無心となる。
でも、ダメだった。咽喉の奥からこみ上げてくるくやしさに身体が震え、目からは大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちてくる。
そして激しい後悔の念とともにだった。ふと、さっきギルドで豪語した言葉が頭を過ぎった。
『でも、そういう理由ならしかたない。私は別の仕事を探すよ――』
私は別の仕事を探すよ(自信)
私は別の仕事を探すよ(余裕)
私は別の仕事を探すよ(毅然)
私、なんでカッコつけて、あんなこといっちゃったんだろ……。
「うわあぁーーん! 無職はヤダあああぁ~~~!!」
迷惑も考えず、堰を切ったように土手で泣き叫ぶ。
結局、ユイの思ってたとおりになった。自分の不甲斐なさに、マジで精神が崩壊しそうだ。
川辺の穏やかな風が吹く中、ただ涙が止めどなく溢れていく。
「ひぐっ! う、うぅ~~!!」
「あ、やっぱエミカか。こんなとこで何泣いてんだ、お前……」
不意に、足元に影が差した。
顔を上げると、露出度の高い女の子。
「ぶわあぁ~~ん、パメラぁーーー!」
その姿を視認した直後、私は彼女の丸出しのお腹に飛びついた。
「聞いてよおおおおおぉーーー!!」
「へっ、ちょ!? 変なとこに顔埋めんなっ、やめろ!!」
肘で頭をゴンゴン小突かれたけど、私は離れなかった。そのまま号泣しながらも、パメラの形のいいおヘソにグリグリと頭を擦りつけていく。
「ひゃんっ――! わ、わわわかった! わかったから少し落ち着けって!!」
「……」
なんか妙にかわいらしい声が漏れたのでやめたくなかったけど、話を聞いてくれるというので、私はパメラのお腹から離れた。
「は? ミニゴブリンが倒せない……?」
これまでの経緯を話すと長くなるので、とりあえずそれは伏せて今回の敗戦の事実だけを説明する。
私の言葉を咀嚼するのに時間がかかったのか、パメラはしばらく首を傾げたあとで感想を述べた。
「お前って強いのか弱いのか、マジで意味わかんねーのな」
「私だって、今さらミニゴブリンに負けるなんて思わなかったよ……」
「んー。だが、少し気になる話だな、それ。……よし、ちょっとそのミニゴブリンのとこまで案内しろよ、エミカ」
「……え? もしかして私の仇を討ってくれるの!?」
「まー、ダンジョン見学のついでだ。ミニゴブリンの100や200、軽く駆除してやるよ」
「おぉー!!」
倒すのは6匹で十分だけど、これは心強い助っ人だ。
それに2人で戦えば、パメラに5匹倒してもらって残りの1匹を私が受け持つなんてこともできる。あくまで戦術の範疇で、けっして卑怯な手ではないし。うん、いける!
「そういえば、パメラはどうして川辺にいたの?」
「シホルに晩飯の買い出しを頼まれた。市場もダンジョンと同じ方向だよな? てか、家の掃除で大変みたいだから、お前も用事が終わったら早く戻ってきて手伝えよ。妹にばっかやらせるんじゃねぇ」
「あ、はい……」
司令塔である長女のポジションをすでに奪われてるような危機感を覚えつつ、パメラを案内。
再びアリスバレー・ダンジョン地下2階層へと向かう。
「――あれか?」
「そうです、あいつらです! サクッと殺っちゃってくださいよ、先生!!」
階段を下りた最初の曲がり角の先に、さっき私をボコってくれたミニゴブリンたちはいた。
てか、今さらながらに気づいたけど、暗黒土竜に寄生されてすぐの頃、私をボコってくれたのもたぶん奴らだ。6匹っていう群れの個体数も合ってるし、恐怖の中で刻みこまれた記憶ってのはなかなか薄れるもんじゃなかった。
「見た感じ問題はなさそうだな。まー、とりあえずいってくるわ」
パメラは天賦技能の白い大剣を出すと、躊躇なくミニゴブリンの群れに向かっていった。そのまま半分ほど距離を詰めたところで飛び上がり、狭い範囲に密集している標的に目がけ、大剣の一撃を振り下ろしていく。
――ズドオ”オォーーーン!!
すさまじい轟音が響く中、手を休めず連続で斬撃を放っていくパメラ。見事に敵の不意を突き、もう彼女は戦いの主導権を握っていた。
「ちっ……!」
しかし、手数を重ねていけばいくほどだった。その幼い顔はどんどん険しいものに変わっていく。すでに何十回と繰り出されたであろう、鋭く重い一撃。信じ難いことに、ミニゴブリンたちはそんなパメラの剣撃をすべて避けきっていた。
「こりゃダメだ、撤退するぞ」
「……へ? あ、ちょ、置いてかないで! 先生ー!!」
「「「キー、キー!!」」」
なんとか安全な地下1階層まで逃げてきたところで、私は撤退の理由をパメラに訊いた。
「お前も見てただろ、あいつらの異様な回避能力をよ。ありゃ、相当レベルが上がってるぞ」
「レベル? モンスターにレベルなんてあるの?」
「ああ、基本モンスターってのは短命だが、稀に冒険者や他の異種モンスターとの戦いに勝ち続ける個体が出てくる。まー、通常は深層で起こる現象だからよ、地下2階層で起こるなんて普通じゃ考えられないんだが……」
「ふーん」
世の中、不思議なこともあるもんだね。
あ、でも、私はあいつらに二回狩られてるわけだから、あいつらが強くなったのって私のせいってことも……? いや、さすがにそれはないか。
「んで、あのミニゴブリンたちどうするの?」
「どうするもこうするもねーな。迂闊に手を出しゃ、最悪レベルアップを手伝うことになる。てか、強かろうがミニゴブリンはミニゴブリンだぞ? 武器や防具の素材にもならねーし、割りに合わねーよ」
「えー、仇を討ってくれるって話は!? 私の冒険者人生がかかってるんだよ!?」
「……いや、あいつらが邪魔なら無視して3階層に下りればいいだけの話だろ? さっき逃げる途中で試しに一発食らってみたけどよ、あいつら攻撃力は並の個体と大差ねーみたいだし、幸い、実質脅威はゼロだ」
「それは、たしかにそうなのかもしれないけど……」
「まー、そういうわけで、オレは買い出しに戻るわ。ダンジョンの探索もしたいけどよ、まずはこの街での生活に慣れねーとだし。んじゃ、またあとでな」
軽く腕をほぐす仕草をしながら、パメラは去っていった。
「………………」
あとに残された私は複雑な気持ちで地下に続く階段の先を見つめる。なんというか締まらない結果になってしまった。
ま、パメラのいうことは納得はできないけど、もっともではある。現実的で合理的な判断ってやつだ。それにミニゴブリンとの決着は正直いつだっていいし、何がなんでもあの6匹にこだわる必要もない。
「んじゃ、気を取り直していきますか!」
いざ、深層へ。
仕切り直しだった。
2度目の挑戦――
「「「キー、キー!!」」」
「ひっ、出た!!」
3度目の挑戦――
「「「キー、キー!!」」」
「げっ!? また出た!!」
4度目の挑戦――
「「「キー、キー!!」」」
「ひぎゃあぁー! なんで私ばっかり!?」
5度目の挑戦――
「「「キー、キー!!」」」
「ひいっ! もうイヤあああああぁぁ~~~!」
――そして、3アワ後。
通算19回の挑戦の結果、そのすべてでミニゴブリンの強襲を受け、私は袋叩きにされた。
「う、うぐぅ……」
一体なんの怨みか、奴らは執拗だった。
たとえどんなルートで進もうとも、6匹のミニゴブリンたちはいく先々で必ず私の前に立ちはだかった。
「な”ん”でだあ”あ”あ”あああああああぁぁぁ――!!」
20回目の挑戦を前に私の心はポッキリと折れて、地下1階層では絶叫が響き渡った。
ちなみに挑戦を重ねる度、ミニゴブリンたちの動きがさらに疾くなっていったのは、ここだけの話……。
――以下は、ユイとの後日談。
「今、モンスターの討伐依頼をギルドから出しているのだけど」
「うん」
「凄腕のソロ冒険者が何十人、名高いパーティーが何十組と受けているのに、未だに達成者が出ないのよね」
「へー」
「しかも驚くことにその依頼、討伐対象が地下2階層のミニゴブリンなのよ。6体ほどの群れらしいのだけど」
「……」
「あんな弱いモンスターがそこまで強くなるなんて、不思議な話もあるものよね。きっと確率にしたらとんでもない数字よ」
「……」
「それとも、誰かが故意にミニゴブリンをレベルアップさせたのかしら? って、まさかね。そんな暇人、いるわけがないし」
「…… 」











