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218.生存確認


 翌朝というにはいくらなんでもまだ早い時刻。

 未明のアリスバレーの街。

 出歩く人影はなく、活発に動いているのは酒場から出た生ゴミを漁ってる野犬ぐらいで、街の中央にそびえる塔周辺は逆に静寂が気になっちゃうほど閑散としてた。


「大丈夫かなぁ……」


 仮眠後、革袋に必要なアイテムを詰めこんで身支度を済ませた私は、不安な気持ちを抱えたままアリスバレー・ダンジョンに駆けこんだ。


「おなかが減ってどっかで動けなくなってたりしなきゃいいけど」


 ただ、それでも心配している相手が相手だ。この世界において無敵の存在といっても過言ではない天使の安否を気にするなんて正直のところ杞憂も杞憂。

 たしかに数週間不在の上、なぜか刻印が消えかかってるのは気になるっちゃ気になるけど、あののほほん天使のことだ。どうせ今回もこっちの取り越し苦労で終わるに違いなかった。

 ダンジョンの入口から内部に進みつつ、私はサリエルが行方不明になった当日のことを思い返してみる。言葉のやりとりのすべてを正確に覚えているわけじゃないけど、あの天使はめずらしく用事があるみたいなことを言ってた。

 それが緊急の用件だったのか、もともと決められた予定だったのかは知らない。だけど、サリエルの交友関係がほぼほぼ我が家の中で完結してたのは断言できる。

 そして、たとえもしあの日、教会の子たちなんかと約束事があって外出したんだとしても、それならリリやシホルが一緒に誘われてないってのは不自然だし、そもそもそれでそのあと数週間も行方不明になるってのはもっとおかしい。

 以上のことから十中八九、あの日サリエルが向かった先は故郷の〝天獄〟と考えてまず間違いないだろう。

 何か向こうでトラブルがあってこっちに戻れないのか、それともただ単に向こうでゆっくりしてるだけなのかは謎だけど、それは呼び出したあと本人に直接訊けば済む話。

 一つ、私が真に心配に思わなきゃいけないことがあるとすれば、それは天使から翼を奪ったあの〝穴〟の存在だろう。獣の姿に変化して襲ってきたアレにはサリエルもかなり手を焼いてるみたいだったし、現にあの暴れっぷりはマジで心臓に悪かった。

 ただ、また向こうで追い回されてるならそれこそこっちに戻ってきてるはず。んじゃ、なんで二週間以上も里帰りを?

 んー、ダメだ。わからん……。


「ま、この場合、考えるよりもまずは行動だよね。ってことで――いでよ、のほほん天使!」


 少なくとも同業者は絶対来ないであろう塔一階部分の端の行き止まり。もうはっきりさせる覚悟で、私は自室にたくさん保管してあった天使の羽根の一本を、えいやっと目の前に向かって放り投げる。

 実際に使うのは、これでたしか三度目。ボンッというちょっと間の抜けた破裂音が辺りに響くとだった。さっきまで誰もいなかった私の目前――足元に、それは小さく丸まった状態で現れた。


「ん? サリエル?」


 なんだやっぱ無事じゃんか。心配して損したよ、はは。

 なんて感想が口をつく前に、私は降臨したのほほん天使の様子がかなりおかしいことに気づいた。


「お、おーい?」

「………………」


 顏をまっすぐ前方に固定したまま、膝をぎゅっと両手で抱えて座るサリエル。その瞳はちゃんと見開いてはいるものの死んだ魚のように完全に光が失われていた。

 え? 何これ……?


「あっ、もしかしてまた?」


 死んだフリごっこ。サリエルの目の前で手を振りながら、ふと過去の前例が思い浮かぶ。だけど、前回のときともまたその様子は違ってた。

 ピクリとも動かない上にまったく生気が感じられないのだ。

 それは例えるなら、まるで魔力切れを起こして力尽きたモグレムみたいだった。


「ちょ、サリエルってば! ねえ、大丈夫っ!?」


 両肩をつかんでガクンガクン前後に揺らすも反応なし。

 いや、これはマジなやつなのでは……?

 しばらく声をかけて揺らし続けるも、状況は一向に変わらず。

 それでも額から流れてきた汗を拭おうと、一度手を止めた瞬間だった。不意に私の耳元に奇妙な声が響く。


『ザザッ、ザザザ――現在システム修繕ノ為、再起動中デス』

「へ?」

『エラー回復中ハ常時スリープモード維持。緊急復帰サセルニハ、脊髄側頸部ノ起動装置ニ触レテ下サイ。繰リ返シマス。現在システム修繕ノ為、再起動中デス』

「………………」


 それは明らかにサリエルの声ではあったけど、キンキンと鼓膜に直接届くような音で違和感がすごかった。さらにもっと根本的におかしなことに触れれば、その声が聞こえているあいだサリエルの口元は開いてすらいなかった。

 たぶん人形劇の腹話術とも違う。なんというか声帯からではなく別の場所から発せられた音という感じ。

 もしかすると、これが天使の寝言だったり?


「いや、そんなわけないか。てか、もういいや。なんか頭痛くなってきたし……」


 とやかく考えてもしかたない。首の後ろに触れば起きる(?)って言ってんだから、ここは素直に実行してみよう。

 さっそくその後ろに回りこんだ私は、キラッキラの金髪を右手でかき上げて、爪で傷つけないよう反対の手のひらで慎重にサリエルの(うなじ)に触れる。

 寝言のとおりだった。

 ほんのわずかにカチッという奇妙な感触を感じた直後、私の目の前にあった煌びやかで形のいい頭はいきなり右に左と激しく動いた。


「あれれっ? ここどこー?」

「サリエル、後ろ後ろ」

「ん? あ、エミカだー!」

「おはよう」

「おはよー♪」


 とりあえず無事であることに安堵。まだいくらか早いけど朝の挨拶をしつつ座ってるサリエルを助け起こしたあと、私は彼女から家を出ていた事情を訊いた。


「舌の調子が悪かったからね、天獄でお父さんたちに治してもらってたんだー」

「舌?」

「うん、ほらー」


 そういって小さなベロをちろりと出す天使。見るからに赤くて健康的な舌だけど、本人曰くどうも味覚に異常を感じたらしい。


「なんか朝起きたらね、舌の上がピリピリしてて変だったんだ。お父さんたちが言ってたけど完全にエラーだって。負のスキルが齎す効果を無効化しようとして却ってダメージ計算に支障が生じてるみたい」

「へー、天使も病気になるんだ」


 あいかわらず言ってることはよくわかんないけど、すなわちそういうことだろう。

 てか、なんか変な物でも盗み食いしたんじゃないの?

 試験的に教会でいろいろ栽培してることもあり、最近では家の食料庫に常備してるスパイスの種類もすごいことになってる。その中には飛び上がっちゃうほど辛い物もあったはずだ。


「ん? いや、待てよ」


 よく考えたらサリエルが出かけて行ったのって、私がコツメたちとレコ湖で遊んだ日。その朝に味覚の異常を感じたっていうなら、その原因はおそらく前日の夜にあったはず。えっと、たしかその夜って、シホルたちが家に不在で例のイオリさんの料理が晩ごはんに――


「あっ! 原因は、あのスープか……」

「んー?」


 まさか天使の味覚まで破壊するとは。イオリさんの料理の腕、恐るべし……。てか、そこまでいったらもはや別の才能だよ。


「ねーねー、エミカー♪」


 真相と元凶に気づいて戦慄してるとだった。そんなことはつゆ知らずといった感じのサリエルは、ご機嫌そうに身体を左右に揺らしながら言った。


「なんであたしを呼んだのー?」

「いや、そりゃもちろん、サリエルが二週間も帰って来ないから心配してたってのもあるけ――」

「ほんとぉー!?」

「え?」

「エミカ心配してくれてたんだ、ありがとー! あたし、すっごくうれしー!」

「あ。う、うん。いや、別にそんなの当たり前だし……」


 うわ。なんだろ、このとんでもない罪悪感は。

 ほんとは二週間も経ってようやく不在に気づきました、なんて事実はもう口が裂けても言えやしない。

 しかも正直なところ、どうせ取り越し苦労だとも思って高を括っておりました、はい。


「い、いやぁ……サリエルがいないあいだは火が消えてしまったかのようで、ほんと寂しかったなぁー!」

「あはー♥」


 それでも無邪気な天使の笑顔にギチギチと心を押し潰されながら、私は本題である頼み事のほうに話を強引に持っていった。


「んで……身体の調子が悪いところ非常に申しわけないんだけどさ、一つお願いしたいことがあって」

「なにー?」

「ちょっと行きたいところがあるんだ。バートペシュポート・ダンジョンっていう、ほんと海ばっかのダンジョンみたいなんだけど、わかる……?」

「あー、たぶんあそこかなぁ? うん、わかるよー」


 よし、話が早くて助かる。これ以上うだうだやってたらあまりの自責の念に耐えかねて、私はサリエルの前から逃げ出しちゃうかもしれない。ここはもうさっさと出発するが最善だった。


「パメラのときみたく天獄経由で行くからしっかりつかまっててねー♪」

「うい。あ、てか、無理だとは思うけどあんま飛ばさないでくれると助か――」



 ――ドウ”ゥ~~~ン。



 ああ、もうこれも何度目だろうか。

 不気味な転送音と同時に、目の前は瞬時に暗転。と、そんな感じで私の旧都への短い旅路ははじまった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 天使にすらダメージを与えるマイナスレベル料理 禁魔法レベルのやばいブツなのでは……
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