プロローグ -開戦-
毎度の如く予定より遅れましたが、ぼちぼち新章の投稿をはじめてまいりたいと思います(というか、もう一月下旬とか嘘だ嘘だ嘘だ……)。
プロローグなのに一万時オーバーあるのでちょっと長いですが、バラバラに投稿するのもあれなのでドカンとこのまま投稿します。
あと以下、三ヵ月振りなのであらすじというか現状の各勢力の情報をざっくりと――
・王国
北側に通じる唯一の渓谷街道が塞がれたため辺境北方を制圧するため他ルートを模索。
・救国
こちらも同上の理由で他ルートを模索。ちなみにそのあいだ西側の奇特な協力者を失った。
・エミカ
魔術都市と仲良くなった。アリスバレーに学校も建てた。あと、お魚売りたい。できれば戦争もなんとかしたい。
では、本編をどうぞ。
賊徒の集団終焉の解放者により実質占拠された王国辺境北方の中心都市――シュテンデルート。
地理上、そこから山岳を越えた東側には広大な海原と共に、幾つかの小国家が築いた複数の港町が海岸線沿いに点在している。
現状、救国の支配領域と王国領土は険しい山々と巨壁によって完全に分断されてはいるものの、これら港町と山岳地帯を湾岸に接する北方海峡を縦断する東側海路に支障はなく、当然ながら従来通りの往来が可能である。
そのため渓谷街道が何者かによって封鎖された今、この海路はミリーナ女王が統治する王国側、反旗を翻した救国側、双方にとって現実的な進攻ルートと考えられ、両陣営は年頭より本格的に策略を巡らせていた。
互いが慎重に戦いの口火を切る準備を進める中、季節は移ろい猛烈な冬の厳しさもようやく陰りはじめた早春のこと。
先に動いたのは力で勝る王国側だった。
「全員揃ったようだな」
王国と北方海峡を挟む小国家群の港町。
海上貿易のため船が集まる埠頭からもだいぶ離れた静かな海辺に、その若き女傑集団はすでに集結を果たしていた。
「ええ、F-Ⅶ。あとは現地担当者の合流を待つばかりですわ」
数にして二十名弱。
明らかに手練れの武芸者然とした者もいれば、街を歩けば十人とすれ違うであろう平凡な村娘然とした者まで。その風貌に規則性は存在しない。
だが、彼女たちは誰一人として例外なくファンダイン家の血統であり、そしてまた誰一人として例外なく同じ長姉の下命を拝し、この冷たい潮風が吹く海岸線に集まっていた。
「それにしてもこれだけの姉妹が任務で一堂に会することになるとはな」
「ですけれど、この数で何をやるのかと思えば情報収集を最優先に行動しろとのお達しですわ。些かF-Ⅰは慎重になり過ぎではありませんこと? 弱気は敵に付け入る好機を与え兼ねませんわ」
二十名近くもいながら先ほどから会話をしているのはF-Ⅶと呼ばれた一番背の高い者と、その隣に立つ一番背の低い者の二人だけだった。
血の繋がりはあれど、そこには絶対的な位の差も存在している。他の姉妹たちは二人を遠巻きにして口を噤み、ただ目を伏せたまま控えていた。
「少しは口を慎め、F-ⅩⅠ。F-ⅠにはF-Ⅰのお考えがあるのだろう」
「ですけれど、たかが斥候の任に私たちまで駆り出されるなど……」
「すでに辺境北方周辺の現地担当者が二名も行方を眩ましている。その上、現諜者も敵の手練れによって深手を負ったというじゃないか。自分もここは慎重になって然るべきだと考えるぞ」
「コロ――あ、いえ……F-ⅩⅢがヘマをしたのは必然ですわ。私、ほぼ同期なこともあってあれのことはよく知っていますのよ、ええ。子供の頃から考えも性格も反吐が出るほど甘い奴でしたわ。敵におめおめとやられたのも当然の結果でしょうに。それなのにあんな奴がF-Ⅰの後釜に据えられるなど……私、その点についても未だに納得がいってませんですのよ!」
「そう姉妹を卑下するな……。繰り返しになるがF-ⅠにはF-Ⅰのお考えがあるのだろう。それに消極策であろうと積極策であろうと事実、我々はこうして動きはじめた。どちらにせよ首謀者であるシュテンヴェーデル辺境伯はもう終わりだ。世界最強の国家を本気にさせてしまったのだからな。お前の鬱憤はこの先、立ちはだかる逆賊共にすべてぶつけてやれ」
「でしたらF-Ⅶ、今回はくれぐれもこの愚妹めに手柄をお譲り下さいますよう強く申し上げておきますわ」
「ん? そんな確約が必要とは思えんが」
「はぁ……これですから自覚のない戦闘狂は困るのですわ! 前回組まされたときのこと都合よく忘れたなどとは言わせませんわよ。どうか今回は独断専行の果てあなた御一人で敵を早々に殲滅してしまいませんように! よろしいですわね!?」
「あ、ああ……わかったわかった。やれやれ、家柄として詮方ないことではあるが血の気の多い姉妹ばかりというのも困りものだな」
「どの口が仰いますかっ!」
時刻は夕暮れの終焉に近づきつつあった。すでに遥か南西に見える連なる山々の頂は赤黒く染まり、女傑たちが集う海辺にも夜の帳が覆いはじめていた。
やがて水平線が完全なる暗闇に包まれ、数え切れない星々の光が明滅をはじめてのこと。黎明の円卓という特別な枠組みにある二人は、最後の待ち人と思しき仲間の気配が暗がりの向こうからやってくるのをほぼ同時に察した。
「ようやく来たか」
「いえ、妙ですわ。現地担当者は一人のはず……」
違和感を孕んだ複数の影たちは警戒する様子もなくおもむろに、そしてそれぞれバラバラに、砂浜に無数の足跡を残しながらファンダイン家の先遣隊に迫りつつあった。
「止まれ! 貴様ら何者だ!?」
「どうやら警告は無駄のようですわよ」
「そうか。ならばここで一戦交えるしかあるまい」
「呆れましたわ。お考えがあるとか擁護しておいて、いきなり意向に背いているじゃありませんこと」
「仕方がなかろう。見す見す流出元を探る機会を失うわけにもいかん」
「たしかに情報が筒抜けなのは非常に頂けませんわね。ですけれど、まさか先手を打ったこちらが裏をかかれることになるなんて……」
「まぁ、よい。これはこれで話が早かろう。F-ⅩⅠ、私が先陣を切り開く。お前は他の者とともに援護を頼む」
「了解ですわ、F-Ⅶ。ですけれど、くれぐれも先ほどのお約束はお忘れなきように」
「わかっているとも。妹たちの分の食い扶持まで奪ったりはせんさ」
歴史上、長きに亘り平和な時代を謳歌し繁栄を続けてきた大陸の覇者――王国。非公式ながら数百年振りの戦端は想定よりも早く、こうして君主に忠誠を誓う血族たちの手によって開かれた。
◇◇◇×◇†◇◇◇◇◇◇
同日、同時刻。
王都――
優美な装飾が施された壮麗なる御屋敷。歴代の当主が住まい、管理維持とともに増改築がなされてきたそのファンダイン家の本邸には秘密の部屋が存在した。
療養中の現当主が女たちに産ませた二百を超える娘たち。過去、その中においても入室の資格を与えられた者は僅か十二名のみである。
窓どころか扉すらない室内。
その中央で人魂のように揺らめく魔術の仄かな光。
薄闇から朧気に浮かび上がる古寂びた巨大な円卓には、故人と追放者の席も含め未だ人数分の席が残されている。
黎明の円卓――
Ⅳは永久に抹消され、Ⅵは永遠に欠けながらもⅠからⅩⅡまでの数字が時計の文字盤と等しき順列を刻む。そして各々が持つ番号どおりに今、当代ファンダイン家の力の象徴たちはそこに鎮座していた。
「――伝達は以上です。ということで本日よりここにいる七名には私が留守のあいだ、不測の事態に備えて王都に待機してもらいます。陛下の影役は……そうですね、F-ⅩⅡお願いします」
「ひゃいっ! わ、わたちが女王様の代役!?」
「不服ですか?」
「い、いえ! とんでもないれしゅ! わたち、全力でがんばります!!」
「よろしい。では、これにて解散と――」
「ちょっと待て、F-Ⅰ!」
ファンダイン家、最高意思決定機関による緊急会合。
開始から一つの質疑応答なく進んでいたが会議の場が閉じられようとした間際のこと。そこで今日初めての異議が三時の席から唱えられた。
「事後報告ばかりで致し方なく黙って聞いていたが……さすがに今回は不服だらけだ! まず第一に、なぜ陛下の旧都行きをお止めしなかった! 海路での大規模攻勢を要請するにしても使者に書簡を持たせ、そのまま交渉させればそれで済んだ話であろう!」
「F-Ⅲ、旧都行きは陛下の強いご意向あってのことです。旧都の現領主であられるバートペシュ公爵は幼い頃からの親交もあり、陛下は友人として直接お顔を合わせた上で協力を申しつけたかったのでしょう」
「友軍であれ信頼がなければ成り立たんということか。なるほど、その上で陛下のお気持ちを慮っての選択ならば百歩譲って納得しよう。だがな、主要な護衛を現諜者一人に任せたのは如何な考えあってのことか? まさか長姉たるあなたが我らがファンダイン家、その使命を失念したわけではあるまいな!?」
「すでに現諜者は陛下のご信用を勝ち得、その立場と実力を認められています。獰猛な害獣で溢れた大陸西側の遠征ならばいざ知らず、歴史と時間をかけ確立された旧都への道のりならば通常任務どおり護衛は容易であると判断しました。また、陛下は御身が遠征のため王都を離れることで不埒な野心家どもの反乱を助長してしまうことを危惧されておいででした。お忍びという条件を達成するには、王立騎士団を随行させての大所帯での移動は選択から除外せざるを得なかったのです」
「だとしてもだ! 今回は我々の中からも随員を増やすべきだったのではないか!?」
「随員を増やせば増やすほど、滞在する道中の街で陛下のご存在が発覚する恐れが高くなります。陛下を護るための策が却って陛下を危険に晒してしまうというのは本末転倒というものでしょう」
「何が本末転倒か! F-Ⅰ、貴方はいつもそうだ! 当主代行という立場を振り翳し、そうやって我々になんの相談もなく身勝手にすべてを決め込――」
「はい、そこまでっ!」
白熱した挙句、その論点すらズレかけたところでだった。二時の位置で挟まれながら口論を耳にしていた者がそこで勢いよく席を立った。
「二人とももうその辺にしとこうよ」
厚手の白いローブを着込んだ彼女は優々と左右に両手を広げると、そのまま両者に対して堂々と苦言を口にした。
「というかいくら気に入らないからってさ、F-Ⅲ。今さら済んだことをそんな厭味ったらしくネチネチ言わないの」
「なっ、ネチネチだ!? 私はそんなつもりで言った覚えはない!!」
「F-ⅠもF-Ⅰだよ。遠方に散り散りの妹たちをわざわざ実家に呼びつけておいてさ、碌な状況説明と理由説明もなく待機命令って。急いで駆けつけた側の気持ちも少しは考えてほしいよ」
「F-Ⅱ、あなたも陛下の旧都行きについて何か不服があるのですか?」
「んー、それについてはないかな。早ければそろそろ到着してる頃なわけだし、もう済んだ話と考えればね。でも、西側一帯を統括する立場として、西方領主たちへの念押しの件についてはちょっとだけ」
「この際です、聞きましょう」
「正直なところ、わざわざF-Ⅰが王都を空けてまで今さら西の危険分子の強制排除に動く必要はないと思う。それこそ私たちに任せてくれればいいじゃない。まさか、信用してないの?」
「北方が反旗を翻した今、西方でも反乱が発生すれば事態の収拾がつかなくなる恐れがあります。万一にもそのような状況に陥らぬよう、今のうち直にその芽を摘んでおきたいのです。幸いあちらには劇的に行き易くもなりましたからね」
「西側でも話題沸騰の例の〝モグラの抜け穴〟ね。ま、ここ最近で一番気がかりだったサドクレゲ・ウ・ラルシュアーノも死んだわけだし、残る目立った西側の危険分子といえば自分の力量もわかっていないような田舎貴族が数名ほど。んー、悔しいけどF-Ⅰなら本当にあっという間に片づけちゃうんだろうなぁ……」
「F-Ⅱ、そのサドクレゲ・ウ・ラルシュアーノの件、殺した人物の足取りはまだ掴めていないのですか?」
「それがねー、情報を探ろうにもラルシュアーノ家はほぼ壊滅状態だし、他の五紋章家も今回はガードが異様に固くて。現地担当者も躍起になってはいるんだろうけど、前に一度サドクレゲを失脚させたときみたく情報が集まらないって嘆くばかりでさ」
「わかりました。その件はまだ後日としましょう。それでは、もうこれ以上に質疑がないのであれば――」
「あの! 恐縮ですが自分からも一点よろしいでしょうか!?」
続いて声が上がったのは対面側にある十時の席からだった。
「今日はそう簡単には解放してくれないようですね……」
緊張した面持ちで挙手している歳の離れた妹に、この場を仕切る長姉は溜息を抑えつつ発言を促した。
「いえ、失礼。構いませんよ、F-Ⅹ。この円卓では平等に、出席者全員に発言の権利があります」
「えー、ウッソだー。わたしぃ~、そんなこと今初めて知ったんですけどー?」
「き、貴様っ! F-Ⅰに向かってその口の利き方はなんだ!!」
「は? なんだって、あんたこそ何? てか、ちゃんとF-Ⅷって番号で呼んでよね。キサマなんて奴はここにいないんだから。それとも数字すら覚えられないほどあんたってバカだったわけー?」
「くぬっ! 己、表に出ろ! 今日という今日は斬って刀の錆にしてくれる!!」
「きゃはは、刀の錆とか言ってウケるー。てか、マジでキレてて怖ーい♪」
「ちょ、ちょっとちょっと! F-ⅧもF-Ⅹもやめなって! 姉様たちの前だよ!?」
あいだのF-Ⅸも入って並びの三席が一際姦しくなる中、円卓で唯一両側が空席で孤立した位置にいるF-Ⅴはそこで静かに席を立った。
これ以上は付き合うだけ時間を無駄にする。
そう判断した彼女は長姉にだけは一礼を済ませ、そのまま無言のまま背後の闇にそっとその姿を消した。
「あ、姉様方……いきなり声を荒げて申しわけありませんでした!」
「あーあ、F-ⅩのバカがキレるからF-Ⅴも呆れて帰っちゃったじゃん。てか、こっちも早く帰りたいんですけど? 発言があんならさっさとしてくんなぁーい?」
「F-Ⅷ、貴様はあとで本当に斬り刻んでやる! 覚悟しとけ!」
「きゃはは、ウケるー。てか、雑魚にできるわけないっしょー?」
「もう二人ともお願いだから仲良くして! ね、ねっ!?」
また険悪な雰囲気になりかけたもののF-Ⅸの必死の取り成しによって質疑応答は再開。F-Ⅹが質問をはじめると、長姉派と反長姉派で犬猿の仲であるF-Ⅷもピタリと茶化すのをやめた。
「旧都からの海路による大規模攻勢。その事前準備として、すでに北方海峡向こう岸の諸外国へF-ⅦとF-ⅩⅠが率いる先遣部隊を派遣したという最後の件でありますが、自分はそもそもその点において疑問を覚えました。相手はたかが辺境伯一人なのですよね? 現諜者が敵側の手の者に一度敗れたことで慎重になられるお気持ちも十分わかりますが、今ここにいる我々の総力でシュテンデルート城を襲撃して制圧すれば、それで済む話ではないかと自分は思うのであります」
「あなたは敵側の戦力を私が過大評価し過ぎだと指摘したいわけですね」
「い、いえ! 自分は決してF-Ⅰのご判断を否定するつもりはありません。ただ、なぜそのような慎重策に至ったのか。そのお考えを拝聴したいのであります」
私の、私の考え――
円卓の一時の席に座る長姉は、そこで今日初めて言葉を詰まらせた。
ミハエル王子の誘拐未遂事件と連動するように発生した北方動乱。下手をすれば国が崩壊し兼ねない事案が去年より立て続けに発生している。多くの関係者の死により確たる証拠はまだ見つかっていないが、年初にあったホマイゴスでの騒動も無関係ではないかもしれない。
果たして、本当に敵はたかが辺境伯一人なのか。
「如何されましたか、F-Ⅰ?」
「………………」
深淵を使役する紫紺――
この災厄に真っ向からぶつかり合えば、嘗てないほど多くの犠牲を払うことになる。自身の後継である妹が命からがら逃げ延びた上、運命的なまでの偶然に救われた数日後。病床でその報告を受けた長姉はそんな確信にも近い暗澹たる予感を抱いた。
無論、犠牲を恐れていては使命など果たせはしない。
それ以上に長姉にとって最悪な事実は、自分が戦って死ねと命じれば理解も納得もした上で妹たちがそれに殉ずるということ。過去に汚点とも呼べる裏切り者の例外はあれど、まさにそれこそがファンダイン家に生まれた者が受ける定めであり、言い換えれば呪いでもあった。
そんな運命ならば受け入れろ。
そんな呪縛からは逃れてほしい。
責任と想いの狭間。
長姉の胸中は相反し矛盾する感情ばかりが渦巻いていた。
「敵の中に、F-ⅩⅨクラスの稀有な天賦技能持ちがいるとわかっている以上、念には念をです。今は来たるべきときまで準備を進めるのが最善。私はただそのように考えています」
「そうでありますか……」
「これ以上、私から答えることは何もありません。もうよろしいですか」
「はっ! F-Ⅰ、お答えいただき感謝に堪えません!」
そんなの、あなたたちが可愛いからですよ。
本心を吐露すれば妹たちは納得したか、それとも侮辱と受け取り激怒したか。どちらにせよ本音であれ言う必要のない事実は自らの心の内にだけ留めておけばよかった。
「では、私が留守のあいだ王都を頼みます」
すでに先手は打ち大規模攻勢の準備にも取りかかりはじめた。その他の小さな懸念はこれより取り除いていく。
慎重を期した上での最善。
ファンダイン家の当主代行として自ら下した判断に間違いなどありはしない。この争乱による被害はより最小限に抑えられるだろう。少なくともこの時点でティシャーナには揺るぎのない信念と確信があった。
しかし、次に帰還したとき、彼女は自らが下した判断そのすべてを悔やむことになる。
◇◇◇×◇††◇◇◇◇◇
「嘘ですわ……。こ、こんなこと……」
白い地面に点々と続く赤い血の痕跡。積雪残る夜の森を彷徨うF-ⅩⅠは、まだ現実を受け止め切れずにいた。
「私以外、全滅なんて……」
先刻、現地担当者の到着を待つ先遣部隊の前に突如として現れたのは、百体近い死霊の群れだった。
身の丈以上の巨大な戦鎚を振り回すF-Ⅶがミンチ機の如く死霊を磨り潰し豪快に戦端を開くと、敵を撃滅するため姉妹全員がそれを追随。操られた死人は脆く、戦闘が開始されてしばらくのあいだ先遣部隊は一切の損亡なく容易に制圧を進められた。
最初に異変が生じたのは、闇夜にどこからか霧が漂いはじめてのこと。
いつの間にか一人、また一人と。
絶叫も鮮血もなく忽然と姿を消していく姉妹たち。
先頭を突き進んでいたF-Ⅶが背後の気配の薄さに気づき足を止めた頃にはもう遅く、その頭数は半数までに減っていた。
――ズズッ。
そして、編制を立て直す間もなくだった。
それは頃合いを見てか不吉な異音とともに現れた。
闇夜に溶け込むほどに暗い紫の髪。しかし肌は、それ自体が光を放っていると錯覚してしまうほどに白く美しい。
報告にあった例の敵だと対峙した姉妹全員がほぼ同時に認識した直後のこと。戦いの最中ですら見惚れてしまうほどの特異な美貌を持った長耳のエルフは、前口上もなく疾風の如き速さと鋭さを持って襲いかかってきた。
瞬きする間もなく近くにいた数人から血飛沫が上がった瞬間、間隙を縫って敵の背後に回ったF-Ⅶが戦鎚を振り下ろして応戦するも、さらにその次の瞬間には馴染み深いF-Ⅶの顏が歪み、その頭が首から離れ地面に落ちていく光景をF-ⅩⅠは目の当たりにした。
呆然と状況を見送っているあいだにも、仲間たちは次々に倒されていく。気づけば近くにいた姉妹たちも忽然とその姿を消しており、瞬く間に残る先遣部隊はF-ⅩⅠ一人となっていた。
何が起こっているのか。
自分は一体、何を見せられているのか。
まるで悪い夢だ。
いや、悪い夢でいい。
どうか、ただの悪い夢であってほしい。
思わずそう願ってしまったF-ⅩⅠの網膜は直後、剣戟の一閃を捉えた。
辛うじて正気を取り戻して背後に飛ぶも、遅れて激痛が走る。生温かさとともに繋がった臓物が腹から零れ出そうになるのを手で強く押さえながら反転。そのまま逃走を試みようと足を踏み出したところで彼女は自分の身体が光に包まれるのを感じた。
一瞬の暗転。
気づけば、そこは静かで暗い夜の森。
足元には不可思議な円形の紋様が描かれており、F-ⅩⅠはその中心に立たされていた。警戒しつつ夜目を凝らしながら歩き出すと、進む先にはさっきまで共に戦っていた姉妹たちの引き裂かれた躯がところどころに転がっていた。
「……幸運にも、私だけが助かった。なんてことは、ありえませんわね……」
どれだけ楽観的に考えようとも奇跡が起きたわけではない。これは明らかに敵が仕掛けた罠だ。それに嵌った自分はすでに袋の鼠ということだろう。
陥った状況を正確に理解できていたからこそ周囲に立ち塞がる細い黒い木々の影が、F-ⅩⅠには死神の群れに見えてしかたなかった。
「いえ、ダメですわ。ファンダイン家の女に生まれたならば最後まで……最後までですわ……」
たかが一介の領主があれほどまでの手練れを用意できるはずがない。その上でこちらの情報が漏れていたことも気がかりだ。絶対に生きて帰ってこの事態を伝えなければ。でなければ第二陣、第三陣と損亡はさらに拡大するだろう。
絶望が迫っていることを理解しつつもF-ⅩⅠは使命を再認識するとともに己を奮い立たせ、死の森を抜けるために覚悟を決める。
だが、諦めまいと強く心に刻んだ次の瞬間だった。
即座にそれを挫く一閃が彼女を襲った。
――ヒュイン!
――ドサッ。
鼓膜に風切り音が響くとほぼ同時。F-ⅩⅠは突如としてバランスを失い腐葉土と積雪が混じる柔らかい地面の上に倒れた。
すぐに立ち上がろうとするも己の意思に反して立つことはできなかった。倒れたままゆっくり首を捻り背後を見るとそこにあるはずの両足はなく、膝下の切断面からは大量の鮮血が勢いよく溢れ出していた。
「これでは、立てるはずもないですわね……」
倒れた衝撃で今まで押さえていた腹部からも生温かい臓物が飛び出し、最早辺り一帯の雪は血溜まりに溶かされつつあった。
「悪趣味が過ぎますわ。まぁ、これが私の報いなのかもしれませんけど」
だが、そんな状況に反して自らの行く末と命運を完全に悟ったからこそF-ⅩⅠの心情は穏やかだった。
こうなっては、もうやることは一つ。
彼女は太腿に仕込んでおいた二本の投げナイフに手を伸ばしながら近くの木まで這いずると、その根本に背中を預けながら残る気力を振り絞って叫んだ。
「敗北を認めますわ! だから出て来なさい!!」
「あららん、もう終わりー? 諦めがいいのね」
白旗を上げたF-ⅩⅠの誘いに応じてすぐ、潜伏者は闇から浮上するように現れた。
喪服のドレスと黒いベール。
その蛇のようにすらりと細長い手には大鎌が握られている。
すでに暗闇に目が慣れていたこともありF-ⅩⅠはその姿を目にした瞬間、強烈な既視感を覚えた。
「正直、もう目が霞んでよくは見えないのですけれども……私たち、どこかでお会いしましたかしら……?」
「えー、ショックー。パメラもすぐに気づかなかったし、本当に冷たい妹たちよね。ま、私もあなたの番号しか思い出せないからまったく人のことは言えないんだけど。でもさぁー、あなたたち下位ナンバーのこと昔はあんなに可愛がってあげてたじゃない。あまりにつらい記憶だから忘れちゃったー?」
「……っ!? その声……、その斑髪……あ、あなた、まさか本当にあのダリアですの……?」
「ダリアお姉様でしょー? てか、あのって何よ、あのって。含みのある言い方するなんて目上の姉に対して失礼でしょ~う?」
「くっ!」
自分を襲った者の正体が黎明の円卓の欠番であり、追放された姉であることを知ったF-ⅩⅠの衝撃はあまりに大きかった。
それは一瞬、思わずこれから果たすべき使命すらも頭から抜け落ちてしまうほどに。
「裏切り者に尽くす礼など本気であるとお思いですか!?」
それでも、こうしているあいだにも失われていく血と熱が、これ以上の激昂を抑える要因ともなった。
「うふふ、怒りで少しはやる気になってくれたかしら?」
「生きていたなんて……それも逆賊にまで落ちぶれて……! 同族として、本当に信じられませんわ!」
「どう生きようが勝手でしょー。私はあの女に破門された身なんだし。というかさ、そんなことより続きやるの? やらないの? 私としては最後まで惨めったらしく足掻く可愛い妹の姿をまだまだ楽しみたいんだけど」
「それがお望みですの……? でしたら、受けて立ってやりますわよ――って、言ってやりたいところですけれど……やはり、もうこの状況では降参する以外にありませんわ……」
「えー、何よそれー。本当に根性ないのね。ま、黎明の円卓といえ下位じゃ所詮こんなもんか。あなたたち妹連中なんてほとんど数合わせみたいなもんだったし」
「ダリア……いえ、ダリア姉様……。その、先ほどはつい興奮して失礼な物言いをして申しわけありませんでしたわ」
「あら、いきなりどういう風の吹き回し?」
「わかりませんの? これは恥を忍んでの命乞いですわ……。私も是非そちらのお仲間に入れてくれませんこと? 前々からF-Ⅰの決定には気に入らないことばかりで、そろそろ我慢の限界でしたの」
「おー! これは想定外の展開よ。うんうん、たしかにあの女は心底むかつくわよねー♪ よし、私たち同じ恨みを持つ者同士きっとうまくやっていける! そうと決まればさっそ――」
――ヒュッ!
警戒を解いて近づいてきた裏切り者の姉に向かって、そこでF-ⅩⅠは右手に握り締めていたナイフを投じた。
鋭い一閃は正確にその額を貫くべく奔る。
だが、次の瞬間には弧を描く大鎌によってあっさりと弾かれた。
「うん。で? まさか、こんな猿芝居が本気で通じると思ったわけじゃないわよね?」
「……よかったですわ。こんなこともあろうかと、ナイフに毒を塗っておいて」
「はぁ、毒ぅ? いやいや、見てたわよね? 掠ってすらいないわよ。あなた、さっきから頭の方は大丈夫?」
「至って正常ですわよ。その証拠に、私は使命を全うするんですもの……。ダリア姉様、両足ではなく両手を残してくれたこと……最後に、心より感謝いたしますわ」
「あ」
「では、先に地獄でお待ちしておりますわ。ごきげんよう――」
直後、口から大量の黒い血を吐き出し瞬時に絶命したF-ⅩⅠを見て、裏切り者の元F-Ⅳは自らの失態に気づいた。
投じられた物とは別にもう一本、F-ⅩⅠは即効性の毒が塗られたナイフを隠し持っていた。その得物は今、彼女の左脇腹に深く突き刺さっている。それは降参を宣言しつつ同時に自害を果たしていたことを物語っていた。
ファンダイン家の者が拷問程度で口を割るはずがない。
先遣部隊の動向がバレていたのは敵側に情報を探れる特別な力――その類いの天賦技能があるからではないか。
F-ⅩⅠは推測からその事実に至り、自らの命運を悟るとともに直ちに死を選択したのだった。
「あーあ、やられたわね。番号持ちの記憶は得られれば他の雑魚とは比べ物にならなかったでしょうに」
安らかな顔で事切れている妹を見て、ダリアは嘆息した。











